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選択肢

 剣を拾い、埃を落としてから鞘に戻す。謎の虚無感が這い上がってくるのを感じながら、まだじっと固まっていたアンナに呼びかけた。


「行こう」

「……わかりました」


 衝撃的な出来事があったのは確かだが、それでもついさっき通った道を忘れるわけがない。流れる人の方向とは真逆を行くようにただ案内された道を戻っていった。独り言すら口をつかない。

 見上げれば空は赤く焼け、一日が終わることを示すようだった。朝はまだここの外に居たのだとは思えないほどに濃厚な一日を過ごした。まるで一週間分の用事を一日で済ませたような疲労感だ。

 噴水のある広場に戻ると、ある程度人は残っているものの、次第に散開している様に見えた。やはりそろそろ帰る時間なのだろう。レイテルさんの店もそろそろ夕方から夜にかけてのラッシュが始まっているのかもしれない。急がねば、と更に速く足を動かそうとしたところを、何か後ろに引っ張る者がいた。

 立ち止まって振り向くと、後ろに居たアンナが裾を掴んで引っ張っていた。そのまま歩くのをやめず、隣までやってくる。


「行かないんですか?」

「ああ、そうだな」


 先に一歩踏み出して訊いてきたので、慌てて足並みを合わせて進んでいく。俺に気負わせないためだろうか、その足取りは早歩き気味に見えた。

 ただ何事も無く歩いていく。用事もないのに呼び止めるようなことをするタイプではないと思っていたのだが、ただ隣に立つために止めたのだろうか。それなら少し走るくらいすれば良いはずだが、と思案しながらアンナを見るが、この位置から見えるのは艶のある髪と形の良いつむじだけだ。

 俺がおかしいのか、と思い悩んで数秒、アンナが唐突に喋り始める。


「マコトさんは、どうしたいんですか?」

「どうしたいって、何がだよ」

「これからですよ。この街に来て、明日からする事です」

「それは、まず当分はレイテルさんの所を手伝うんだろ」

「違います。やりたいことを訊いているんです」


 落ち着いてゆったりと、言い含めるような窘め方には覚えがあった。背伸びした様子など何処にも感じられず、だからこそ驚いた目でアンナを見てしまう。


「やりたいこと、か?」

「はい。わかってます。マコトさんは使命感が強い方ですから、多分、泊めて貰えるならその分、いやそれ以上に頑張ろうとすると思います」

「いや、それは」

「します。マコトさんはそれが当たり前のことだとか、それ以上に頑張るつもりはないとか言うのかもしれませんが、するんです」

「そうか、わかった。そうなんだろうな」


 何処か頑固さを感じられる言い方に、自然と同意を返していた。言いくるめられた感がないわけではないが、不快な感じは全くない。


「でも、そういう人だから、マコトさんのやりたいことは違うところにあるんだと思います」


 違いますかと優しげな微笑で、アンナは俺の答えを促してきた。

 やりたいこと。

 今日、ここに来てあらゆる人と出会って、たった表面だとしても色々な何かが渦巻いていることを知った。教えて貰った。

 賑わう商店街に潜む闇。見て見ぬ振りの貴族に、それに擦り寄る騎士。笑う太陽。アデル。貴族殺しという、確かに忍び寄る激動の足音。

 気にならないと言えば、嘘だ。知らないままで良いのか、何も関わらないまま、何かが起きても気付きませんでしたで良いのか。良いわけがない。選択肢があるというのなら、俺は選ぶ。

 それが許されるというのなら。余所者で、まだ力のない、俺に。

 顔に出ていたのだろうか、「やるべきこと」がある以上考えないようにしていた事に、アンナはもう気づいていたらしい。


「そうだな。やりたいことは別にある」

「やっぱり。そうだと思ってました。じゃあ、私は応援しますよ」

「応援?」

「はい。マコトさんのやるべき分まで私がやればいいんです」


 それはつまり、レイテルさんの所で俺がやるべき分もアンナがやるということだ。

 前の暮らしぶりを考えると、俺より料理や配膳は断然上手いように思えるが、それでも慣れないうちの負担は凄まじいだろう。何気ない様子でレイテルさんはやってるが、あれはあれで人外の所行だ。その3分の1だけでいいと言われてもやれる自信がない。

 アンナだってそれがわからない人間ではないはずだ。結構無理を言っていることだと自覚しているはずである。

 不信とも取られかねない、驚きと困惑が混じった目でアンナを見つめる。自然と俺の足は動きが遅くなっていて、アンナが先に行ってしまった。それに気づいたのか前を行く影は綺麗な黒髪を靡かせくるりと振り向く。

 そうやって引いたカーテンから射した夕焼けがハリのある褐色を照らして、その歳に似合わない艶やかさに息を漏らした。


「でも、その分頑張って解決してくれないと困りますよ? 成果はありませんでした、では許しませんからね?」


 浮かべた笑顔は先程とは違った、幼さの残る悪戯っぽいもので、そのちぐはぐさに目を細めた。


「わかってる。やるからには、やるさ」

「ええ。マコトさんならやってくれると信じてます。……あの日みたいに」


 歩き始めて、追いついた辺りで呟かれたその言葉の表情は、また身長差に隠されて上手く見えなかった。


「ありがとう。その、なんだ。いや、やっぱりなんでもない」

「ふふ、ええ、大丈夫です」


 強いんだな、と言おうとしてやめた。

 彼女のそれが作り物ならば、強がっているだけならば、その一言でさえ枷となる。いつか、俺にでさえ弱さを見せられないと思うようになってしまうかもしれない。

 そんなことがあってはならない。俺が助けて貰っているなら、答えられるときに答えるべきだ。

 そんな俺の内心さえもわかってます、と言うようにアンナは笑い、答えた。


 落ちる太陽に向かい、ただ歩みを進める。

 それにもう迷いは無い。

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