3度目の正直
深く息を吐きながら、柔らかなベッドに腰を下ろす。あの後レイテルさんを少し手伝ってから、夜食の分のまかないを貰って今に至る感じだ。俺はずっとザックさんの隣で皿洗いをしていたが、明日は配膳を手伝うことになるらしい。
今日一日、最後の最後まで本当に疲れた。明日の予定は埋まっている。今後どうするかは余裕を持って決めるべきだろう。余所者の俺が、一人でどれだけ情報を集められるか、具体的な行動を起こせるかわからないが、やらないよりマシなはずだ。
上半身だけをベットに預けて考え事をしていると、ここには一応水浴び場があると説明されたことを思い出した。考え事をするなら風呂に入りながらの方が捗る。
お湯が沸いているとは思えないが、それでも洗わないよりマシだ。
部屋を出て通路に入ると、手前からレイテルさんが向かってきた。軽くウェーブのかかっていた髪がストレートになっていて、その頭を乱暴に布で拭いていることから頭を洗ってきたのだとわかる。
俺に気付いた彼女は布を首に掛けてから話しかけてきた。
「今から水浴び?」
「ええ。レイテルさんは丁度上がってきた頃に見えますけど」
「んー、そうだね。場所はわかる?」
「大丈夫です。覚えてます」
「ならいいや。私の部屋ここだから。じゃ、ごゆっくり」
「ありがとう御座います。ゆっくりさせていただきます」
レイテルさんがすぐ傍の扉を指して、開ける。この通路は二人で通るには少し狭い。レイテルさんが部屋に入るまで待つことにした。
手前に引いた扉の影にレイテルさんが消えていく。そのドアもあと少しで閉まるか、と言ったところでひょっこりとレイテルさんが顔だけを出してきた。
「よかったら、上がった後私の部屋に来てよ。あ、お父さんには見られないようにね」
一方的に言い残して、レイテルさんは扉を閉める。放たれた言葉を噛み砕くのに時間がかかって、そして気付いた頃には扉は固く閉ざされていた。
ノックして呼びかけたところで開けてはくれないだろう。その真意はわかりかねるが、どうせ思わせぶりな発言はただのからかいの筈だ。
何か話をするにしても、たっぷりと余裕がある時間は今しか無い。仕事しながらではできない話もあるだろう。
頭の中で呟くように考え事を続けながら、水浴び場までの道を辿った。
◇◆◇
結果を言えば、その下らないからかいに踊らされたことになる。レイテルさんの部屋の前まで来てから何分経っただろうか、未だに行動を起こせずに居た。
何の話をされるのだろうと考えても、すぐに邪念が入り込んできて深くは考えられなかった。油断をすれば激しくなる心音を押さえるために、わざとゆっくり体を洗ったほどだ。
女性の部屋に入るというだけでも緊張するのに、夜に向こうから誘われてだ。少しも意識しない方がおかしいと言えるだろう。
三回深呼吸をしてから、よし、と呟く。意を決して部屋をノックした。
「はーい。誰?」
「マコトです」
「おお、来たんだ。遅かったね」
ドアを開け、レイテルさんが中へ手招きをする。含みのある愉快そうな笑いに思わず顔を顰めた。急いで急いでと手招きを激しくされたので、その表情のまま部屋に入っていく。
「失礼します」
中の様子は俺の部屋とそんなに変わらなかった。強いて言うのなら俺の部屋はベッドと机しか無かったが、ここにはそれに加えて本棚と服を掛ける棚があるくらいだ。寝る場所としてしかここを使ってないのだろう。装飾という装飾が全くない。無味無臭だ。
「ここに呼んだ理由は大体解ってると思うけど」
「思わせぶりなのはやめて本題に入ってください」
試すような発言に耐えられず、弄ばれる前に会話を促す。その様子を察してか俺にチラッと流し目を送ってから、向き直るようにしてベッドに腰を下ろした。
そうして、服の上からでも肉付きのわかる長い足を組んでから、覗き込むように俺を見上げ、話を促す。
「マコト君がやりたいことについて聞きたいの。真面目な雰囲気は苦手だからつい茶化しちゃったけど、真面目に答えて欲しい」
そう言って俺を見る表情は、ふざけを一切排した真摯で誠実な物だった。ただ意志の強さを宿す目が、射貫くように俺を捉える。いっそ睨むようなそれに、思わず佇まいを正した。机から椅子を引っ張って座る。
「アデルから街の話をされて、それで俺にできることはないかと」
「どんな話だったの?」
「壁の話、貴族の話、笑う太陽の話、そして貴族殺しの噂の話です」
「そう」
それを聞いて、レイテルさんは何処か遠くを見るような表情で顔を上げた。やはりどれも思うところがあるのだろう。具体的な内容は話してないが、どんなものだったか想像がつくはずだ。
「なんでそれをやりたいと思ったの?」
「何でって、それは……」
聞かれて、咄嗟に言葉が出てくれなかった。
誰かに助けをもとめられたから? いや違う。そんな事など誰にも言われていない。では、危険な雰囲気を感じ取ったから? これも違う。ただ他人から聞いた噂に過ぎない。何かが起きる予兆と捉えることもできるが、ただの私怨なら一人殺しただけで晴れる物が殆どだ。
笑う太陽だって嫌な奴らではあるものの、酷い実害があるわけじゃない。奴らと事件が結びついているとするならば、それは最早俺がどうこうできる問題ではない。
元から、こんな首を突っ込みがちな性格だったか。違う。絶対に違う。どちらかと言えば寧ろこういうのからは手を引く性格だった。仕方ない、が口癖になってもおかしくないくらいの、そういう性格だった。
ダグダの時とは全然違う。懇願も指示もされていない。明確な危険はない。なのに何故、俺はアンナに、レイテルさんにこうもはっきりとやるべき事があると言えた。
俺にやれることがあるのか。どう頑張って足掻いたところで、空回りして無駄に終わる事の方が多いだろう。そもそも俺はこの街に特別思い入れがあるわけでもない。どうでもいいと切り捨てればそれまでだ。気になることが、知りたいことがある? それは苦労に値するのか?
そういうときは簡単だ。ただ耳を塞げば良い。聞こえぬふりをすればいい。関わらない、という程簡単な我慢などない。ただの妥協だ。今までの人生で何度だってやってきた。
そもそも、知りたいと思うこと自体が異常なんだ。下らない興味を抱くほどガキだったか? ましてやそれを我慢できないほどに? そんなのはもう卒業しただろう。
これほど御託を並べても、まだ燻る。否を突きつける自分がいる。なら、それは理性による行動じゃないんだろう。
「嫌だから」
「何が?」
「何もしない自分自身が、だと思います」
言葉はすんなりと口を出た。ここまで来ても溢れ出るものはマイナスだった。
もうきっと、やるべき事なんて生半可なものじゃない。使命感、責任感、強迫観念が押し潰してくる。ただそれに飲まれないために逃げなければいけない。向かう方向が正しいか否かなど、知ったことじゃない。
これ以上、背負う十字架が増えるのなら、俺はそれに耐えられず死ぬだろう。自分を殺すのは一度で充分だ。
この問答は何度目だ。数えるだけで気が滅入る。自分の馬鹿加減にため息が出そうだ。
だがそれでも、今一度決意を思い出した。
「ありがとう御座います」
自然と、レイテルさんに向かって深く頭を下げていた。頭を戻すと最初は驚いて固まっていたが、そのあとうんうんと頭を振って満足げに笑った。
「お節介だったかもね。そんないい顔ができるとは思わなかったよ」
「今までが腑抜けてたって言いたいんですか?」
「そう言う訳じゃ無いけど、でも、何がしたいかは大体わかってたからね。任せて良いのか、不安になったんだよ」
この忠告をされるのも3人目か。その度に飲み込んでいた言葉を、今ならばと臆面なく吐き出した。
「知っている限り教えてください。噂や、アデルのことを」
ガバガバ毎日更新でほんと申し訳ない
安定させます




