剣戟
程なくしてアデルが戻り、たっぷり中身を蓄え膨らんだ革袋を見ておっさんが顔を綻ばせた。だがそれも束の間、蓋を開けて匂いを嗅いだ途端に顔を顰める。
「おい、これ果実酒か?」
「そうだぞ。何でも良いっていったのはお前だからな」
「俺は果実酒はあんまり好きじゃないんだが」
「私が好きだからな。上物の奴だぞ」
「嘘だろ……うわマジか、相当軽くなってるぞ金袋。どんだけ使ったんだ」
「さぁな。ほら、回せ」
「ふざけんな、誰が飲ませるか馬鹿野郎。もう行けこのアホ」
おっさんがしっしと追い払う仕草をすると、そう言われると仕方ないな、と意地悪な笑みを残してアデルは踵を返した。慌てて立ち上がり追い掛ける。
見失わないように人混みを掻き分け、やっとのことでその背中に追いついた。
「もう日が暮れそうだが、何処に行くんだ」
「ん、最後にな。あのおっさんは酒臭かったから丁度良かっただろ」
商店街は最後の追い込みと言わんばかりに家路に帰ろうとする客を誘惑し、一層の賑わいを見せている。そこから外れるようにして、少し早歩き気味にアデルは歩いていった。周りを追い越し、どんどん人気の少ない方へ逸れていく。
声を掛けようか迷ったが、その迷いのない足取りに文句を言うことができず、ただそのあとを追い掛けた。気付けば家の隙間を抜くような細い道を通るようになっていて、次第に周りが薄暗くなっていく。
流石にこんな所に用があるとは思えない。
「おい、何処に行くんだ」
「あと少し、この先だ」
細い通路の先をアデルが指さし、先を進んでいく。人一人しか通れない程の狭さに不信感を抱きながら背中を追うと、途端に少し空けた場所に出た。
建物の背だろうか、のっぺりとした高い壁が四方を覆い、日は射さず抜け道は背後の道しかない。丁度家を建てるのに具合が良い広さかといったその空間は、勿体ないもののどうしようもないため遊ばせているだけのものに思えた。
「ここがどうした。隠し扉でもあるのか?」
あまりに不気味で入り口に立ち止まり、さらに奥へと歩いていくアデルに問いかける。ゆったりと振り向いたその手は腰の柄に掛けられていて。
白刃一閃。
抜刀術のような素早さで抜かれた刃が薄く光を弾き、反射したそれが俺の首を舐めた。明らかに届くはずのない斬撃にもかかわらず、半歩足が引いてしまう。
「どういうことだ!」
「お前も抜け。背中の剣は飾りじゃないんだろ?」
「訳がわからないな、何のために?」
「いや、単に興味が出ただけさ。旅人なんてそう会うものじゃない。多くの怪物と渡り合ってきた剣を、知りたくてな」
「それはもう見せただろ」
「斬り結んでみなけりゃわからないことだってある。それに、私は今酔ってるんだ。そんなに嫌なら利き手だけのハンデもくれてやる、一戦だけだ。一戦」
軽い調子でうそぶきながら、左手を後ろにやって釣りでもするかのように右手を上下させる。その度にちかちかと刃が光り、顔を顰めた。
真面目くさった敵意も殺意も感じ取れない。ただその行動の真意が掴めない。ただの酔い故の行動とは、思えないのだが。
どうするべきかわからず後ろを見ると、アンナが心配げな顔で見上げていた。もう何度見たかわからないその顔に、半笑いを返しておく。
「逃げるか、少年?」
「……ああわかったよ。受けてやる。一戦な」
「それでこそだ。勢い余っては怖いからな、加減をしてくれよ?」
「それを気にするべきはお前の方だろ、酔っ払い」
アンナを端の方へ押して、巻き込まれないようにしておく。こんなので殺傷沙汰になれば話にならない。とっとと終わらせたいのが本音だ。
背中の柄に手を掛け、一息に抜き放つ。腰を落としていつもの正眼の構えを取った。
「手早く済ませるぞ」
「それはどういう意味でかな」
愉快さを滲ませるような挑発の笑みと、未だくるくると振られる剣先に軽いため息をつきながら踏み込む。交戦距離までの三歩を一気に詰め、力任せに剣を振るった。相手は片手、ただの力技でも押し切れる筈だ。が。
アデルが悠長に剣を振り上げたかと思えば、一瞬身を下げて俺の攻撃を躱した。剣を上段に戻して受けようとした刹那、ぐるりとアデルの体が空気を巻くように回転する。
剣先が描く軌跡は満月、ゴブリンの時に見た切り上げと同じように見えるが、その速度と円の大きさの桁が違う。
放たれた一刀は目で追うこと叶わず、手に響いた衝撃で体には当たらなかったのだとわかった。防いだ? いや、完全に体は反応できていなかった。つまりは敢えて剣を狙ったということだ。舐められているというべきか、恐れ入ると言うべきか。
今度は後れを取るまいとアデルの方へ目を戻す。一回転して再び頭上に戻った曲刀の回転を、捻りを加えて横に変化させた。腕全体を使い頭上で一回転させた後、飛び込むように斬りかかってくる。
獣のような素早さだが、曲刀に遠心力を乗せて戦う以上初撃は見切れる。
左から来る攻撃に剣を寄せ体重を掛ける。こちらの防御が整った瞬間、凄まじい唸りを纏った一撃がそれを打ち砕いた。
重い、片手打ちとは思えないほどに──!
あの時は左腕にアンナが居て、思うように体重を乗せきれなかったとでも言うのか。あまりの衝撃に片足が宙を離れ、腕が痺れる。歪みかけの視界の中アデルの姿を追った。
既に剣は上段、唐竹割りに降ろされる体勢だ。喰らった衝撃に抵抗せず、一瞬身を預けて剣を上に引き戻す。
重い重い一撃に、鋼鉄が打ち合わさる凄絶な音が鳴り響いた。
今度は、何処からだ。降ろされた剣は既に腰まで戻っている。その位置からだと右からの振り抜きか。防戦一方だが、振りの大きさから対応できないわけではない。先ず一旦下がって距離を開け、受ける。
その為には、と前に出していた右足を引く。だが動かない。
驚きのあまり足元へ目を向けると、俺の足の上にブーツのような靴が乗っかっていた。気付いた途端、その鋭い踏み込みに足先が痛む。
剣ばかりに目が行っている隙に踏み込まれたか……!
完全に後手になった防御は間にあう訳もなく、圧倒的な一撃に手元が払われる。重い音と共に剣が手から離れ、その先を目で追った次の瞬間には喉元に冷たい刃が向かうのを感じた。
死ぬ。
その余りの恐怖に目をつむるが、危惧したそれはやって来ない。トントンと二度肩が叩かれ、恐る恐る目を開ける。
首のすぐ側には大きな曲刀が凶暴な反りを見せつけてきており、持ち主を辿れば静かな面持ちのアデルがいた。スッとそこから曲刀がなくなったかと思えば、ゆっくりと頭の上を通り反対側にまた添えられる。恐ろしさに、顔を引くと撫で斬るように刃が下ろされた。
「私の勝ちだな」
「ああ。そこまでの技量ならやらずともわかっただろうに」
「いいや、やっぱりこうして戦ってこそわかることがあるんだよ。そうだな、君は素直すぎだ。剣の筋もそうだが、私の一撃を無理に受けようとし過ぎている。受けちゃならない攻撃は、無理にでも躱すか逸らした方が良い」
強者の余裕という奴か、少し優しくなった声音でアデルはアドバイスを寄越す。どうも、とできるだけ皮肉に聞こえるように返した。
「で、満足か?」
「ああ。これで私の案内も終わりだ」
「とんでもない案内だったな。あの世コースじゃなくて良かったぜ」
「ふふ、そうか。じゃあ明日から頑張ってくれ」
「……それは」
「ああ。もう私の手で面倒は見ない、と言っているんだ。私はこれで」
言い切ると共に曲刀を鞘に収め、アデルは去って行く。何故か、そこで呼び止めるための手が伸びかけて、それで止める理由など何も無いと押し止めた。
いつまでも、敢えて一人を選んでいるかのような背中を、見えなくなるまでジッと見つめていた。
某剣豪がリリースされたゲームやってて昨日更新忘れました。許してください。なんでもしますから
やはりああいうゲームで日本のキャラはいいですね。好きです。中でもエンピレオと長刀の剣士ことアイランド仮面は最高ですね。元から好きでしたけど。食わせましたけど。聖杯。いったい佐々木何郎なんだ……




