貴族殺し
「貴族殺し……?」
「ああそうだ。7日ぐらい前か、有力貴族が一人殺されている」
口を薄く開けたままアデルの方を見るが、気付いているはずなのに目が合わない。顔すら向けてくれず酒にご執心ですとばかりに革袋を見つめていた。
アデルが知っていたとして、話す気があったのならあの壁の所で話しているはずだ。街で流れる黒い噂ならば、人通りが少なく切り出しやすいあの場以外、俺に話せる場所はなかったのだろう。知らない、にしては反応が異常すぎる。普段ならもっと驚くはずだ。
では、何故話さなかった? いや、話す気がないのなら、何故それがバレるような話題へ持って行った?
もっと他にいなし方もあっただろうに、と疑いの目を向けると、顔を隠すように彼女はまた顔を上に上げて酒を口に含めた。
その際、ちらりとこちらを見られた気がする。
「お前は知ってたよな? 結構有名な話だとは思うが」
「……」
おっさんが問い返すが、アデルは口をつぐんだままだ。下げた顔は瞑目していて、肩を揺らめかせながら口いっぱいに溜めた酒をこくこくと少量ずつ胃に運んでいく。3人の視線を一斉に浴びながら、尚アデルはマイペースに味わっていた。
「ん? ああどうした。続けてくれ」
うっすらと目を開けながらアデルはおっさんに続きを促す。おう、と頷いてからおっさんはアデルから酒を奪い取った。
酔いが回ってきた、という感じのアデルだが、どう見てもそれは演技には見えない。だからこそ、あそこまで露骨なはぐらかし方に何かあるのだろうとわかる。
結構有名な噂だということは、きっと注意して探ればすぐに話を聞くことができるものなのだろう。それを隠し通すのが無理だとわかっていたから、他人の口から言わせたのだろうか?
自分の口から言わないのは何故か? ボロが出るから? この人に用は無いのに酒に乗ったのは、実は最初からそのつもりで酒の勢いに任せるつもりだったから?
それを狙っての行動ならあまりに不器用すぎる。自分が演技が下手だと自覚しているなら尚更、こんなものすぐ見破られると気付くだろう。それでも押し通した。いやまさか、これらが全て演技や仕掛けだとは思えない。
それは何故だ? 俺を試すため? 敢えて俺に違和感を残しておきたかったから?
「じゃあ、話を戻すぞ。貴族殺しについてだが」
おっさんが本格的に話を始めようとしていたので、じろっとアデルを一瞥してから思考を切り替える。俺らの顔を交互に見やり、それぞれが聴く体勢を整えたのを確認してから、はっきりとした声で話し始めた。
「俺から言えることはそう多くない。精々噂に毛が生えたぐらいだ。何せこっち暮らしなんでな。情報が来ねぇ来ねぇ」
「それでいい。話してくれ」
「ああ。殺されたのはサリヴァン家の当主。かなりのオッサンだったがヤバい噂の絶えない野郎だったな。それもあって、何らかの恨みで殺された可能性が高い。昔はここの金回りを管理していたほどに金は持っていたのに、一銭も盗まれてなかったからな」
「一銭も? 他に金になりそうなものもですか?」
「おう。金目のもの、というか家のものには全然手が付けられてなかったらしいな」
「その件で他に被害者は居るのか」
「いないな。当主一人だけだ。門を見張ってた騎士は誰も通さなかったし、そもそも死んでいるのに気付いたのは朝だったらしいからな。勿論、犯人が誰かはまだわかってない」
門というのは、さっき紹介された壁を通るための門のことだろう。何処にあるとは説明されなかったが、俺には無用で当たり前のものだ。それも故意なのかもしれないのだが。
そこに居る騎士が誰も通さなかったということは壁を乗り越えたということに他ならない。気付かれず通ったのかもしれないが、門と言うからには扉がある筈だ。そこを開ければ流石に音が出る。そうなれば騎士がうたた寝をしていたとしても起きるし、何より目立つ。
だがあの壁を乗り越えるというのは、どう頑張っても人間じゃできないように思えた。
「なんで外の奴らが犯人だと決めつけられている。その条件なら普通は中での謀殺が考えられるんじゃないのか」
「普通はそうなんだろうが、死体がな、胴から真っ二つだったんだよ」
「……それの何処がおかしい」
問い詰めるような口調でアデルが急かす。不機嫌そうなそれに、おっさんが悪かった悪かったと両手を上げながら、口が渇いてきたと言わんばかりに一際深く酒を煽り、続けた。
「どう見ても手慣れていた死体だったんだよ。スッパリと一直線、綺麗に業物で払われた死体だ。そもそも人の胴を二つに斬れるほど刃の長い武器なんざ、向こうでは騎士以外が持っちゃいけないんだよ」
「騎士が誰かの命でやったという考えは?」
「騎士の繋がりは割と厳重だ。誰かがやれば必ずバレる。それこそ大人数の集団で計画しない限りは無理だろうし、そこまでやって金を貰うなら金品は盗むはずだ。しかもここの騎士は殺しになんて慣れてないぞ。躊躇なく横一文字は無理だ」
「武器の隠し持ち」
「ないな。向こうは周りにどう見られるかが全ての世界だ。人を呼んでうっかりバレでもしたら途端に追い出されるぜ」
「外から武器の運び込み」
「外からも中からも人が通った記録がない。壁を上れるなら直接そいつに頼むぞ。なぁ?」
アデルが質問をぶつけていくが、その程度想定していましたと言わんばかりの答えが返ってくる。むー、と軽く唸りながら左右に頭を捻り、そこで項垂れて息を吐き出した。
「全部想定の域を出ない、か」
「ああ。人数のかかった計画なら隠蔽も完璧だろうし、壁を越える人間なんて想定できてねぇから後を追えねぇ。次の被害者を出さないように色々手を回しているのが現状だ」
「笑う太陽が絡んでいる可能性は?」
「一番危惧されていることだ。あの中に壁越えができる奴が居ても、あいつらが一部貴族や騎士と手を組んでるにしても、両方厄介に過ぎる」
「だろう、な」
腕を組んでアデルが考え込み、それを見ておっさんが酒を持ち上げる。だがそこからはもう一滴二滴ほどしか中身は出てこず、覗き込んでもペチペチと叩いても一滴も漏れ出てくれなかった。叩いて増えるのはビスケットだけらしい。
「おい、お前」
「ん? なんだ。まだ言ってない情報でもあったか」
「いや、酒買ってきてくれねぇか。切れた」
「はぁ? 自分で買えよ暇はいくらでもあるんだろ?」
「酔った。動けねぇ」
「嘘つけ。それで動けないなら私も動けないわ」
「ほれ」
おっさんがジャラジャラと硬貨特有の音を出す小袋をアデルに投げつける。少しばかり目標から外れたそれを、アデルが立ち上がり一歩ジャンプして掴んだ。中身がどこにも出てないことを確認して、アデルがおっさんを睨む。
「危ないな。取り損ねたらどうする」
「取ったから良いだろ。それよりお前動けるんじゃねぇか」
「あ、ああ、お前やりやがったな」
「おらよ。お前の好きなのを買ってこい」
「ガキの使いか。クソ、一番高いのを貰ってきてやるからな」
続いて投げられた空の革袋を受け取り、アデルはまだ多い人混みの中に消えていく。気付けば空は赤く色づいていた。
おっさんと取り残され、特に話すことも無くなってしまう。
「なぁ、旅のあんちゃん」
「何でしょうか」
「お前とアイツが出会ったのは、外だったんだよな?」
「ええ。散歩、と言っていましたが」
「やっぱりか。アイツ、いつまでそんな馬鹿な事続けてるんだか……」
遠い目をしながら独り言のようにごちて、そして手を口に運ぼうとして何も持ってないことを思い出し、顔を顰める。最後にバツの悪そうな顔で頭を掻き回してからおっさんは一連の動作を止めた。
馬鹿なこと、とはやはりモンスターの蔓延る外を出歩くなど、正気の沙汰ではないと言いたいのだろうか。
「で、お前さんへの案内やら面倒を見るってのも、今日だけっていったんだろ?」
「え、ええ。そうです。よくわかりますね」
「そんなもん、簡単に予想できらぁ」
「付き合いが長いんですか?」
「短くはねぇな。……あいつは、お前に選ばせたいんだよ。お前がアイツをどう思っているのか知らねぇが、面倒を見ない、っていうのはこれ以降関わるのなら対等で相手するぞ、ということだ」
「選ばせたいですか」
「ああそうだ。お前がただ恩返しやら、興味やらで関わるのはやめておけ。あいつは、まぁ察してるとは思うが、あの歳で面倒なもんをいっぱい抱えてる。抱えすぎている。それに手を貸せないんだったらあいつは迷惑がるだろうよ」
「わかりました。ご注意、感謝します」
俺が頭を下げると、おっさんは真面目な顔を捨て去ってヘッと笑った。
「その言い方、なーんか鼻につくんだよなぁ。馬鹿にしてねぇか?」
「してませんよ。悪酔いのし過ぎじゃないですかね」
「やっぱり言うじゃねぇか。まぁ、頑張れや」
「はい」
そうして、言葉が自然に溶け消えるように、会話は終わる。
アデルの帰りを待ちながら、彼の言うことが本当なら俺はどうすべきなんだろうかと、ひたすらに考えていた。




