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噴水にて

 商店街へ戻ると騒ぎはより一層増していた。祭りかなんかではないかという程のうるささに、軽く顔を顰める。人が多いところは得意じゃない、明日からここで生活するとなると軽く憂鬱になる自分がいた。

 それはアデルも同じなようで、すれ違う人を避ける度に凄く微妙な表情になっている。


「あとはもう軽く店を紹介するぐらいだが、いいな?」

「ああ」

「わかった。じゃあ結構歩くぞ」


 だるそうな声を出して、アデルが少し歩く速度を上げた。追いつけないわけではないので、アンナの手を握って俺達も足を速める。

 アデルを見失わないようにしながらも物珍しさに目を動かす。買い物に出歩いている人間が大半のように思えるが、よく見れば数人で固まって大きな紙を見て話し合っていたり、ベンチに座りながら革袋を煽って談笑している者もいた。

 商店街と紹介されたものの、どちらかと言えば取り敢えず暇になったら来る場所、という性質が近いのだろう。

 家に居てもする事と言えば睡眠か食事、あとは家事ぐらいだ。それを充分済ませてしまえば後はする事が何もない。逆に言えば、できることが何もない。そうなれば、用が無くても自然と人が集まるここに来るのは至極当然と言える。


 そうして行き交う人々に目を送っていると、俺の方が時折ちらちらと見られていることに気付く。余所者のことを気にかけているのだろうかと思ったが、この人の量では見知らぬ人物の一人や二人気にしないだろう。それこそヴィルヘルムのような奴以外は。

 不思議に思って送られる視線の真意を探ろうとしていると、その目が俺の顔ではなくそのすぐ横を見ていることに気付いた。自分の横に何があるのだろうと思案して、すぐに察する。

 剣の柄だ。よく考えてみれば、人の往来でこれ見よがしに武器を帯びているなど当たり前で良いはずがない。寧ろ、注意されたり止められたりが普通の筈だ。

 思えば笑う太陽の集団でさえ、分かりやすく武装はしていなかった。何処かにナイフとかを隠し持っているのかもしれないが、それでも一応ぱっと見はわからないようにしている。

 気になって、アデルに話しかけた。


「なぁ、武器を持ったまま出歩いて問題ないのか?」

「ん? 逆に何が問題なんだ。いちゃもんでも付けられたのか?」

「いや、さっきから結構見られてるんだよ。流石に居心地が悪い」

「ああ、お前はそうか。いや、気が回らなかったな」


 そこでうーん、と考える素振りを見せて、アデルは続ける。


「そうだな。今は私が居るから問題ないが、お前一人で行動するときは外しておいた方がいいかもしれない。万が一騎士にでも見られて目を付けられると面倒だ。最悪、無理矢理奪われかねないしな」

「アデルは大丈夫なのか」

「私か? もうある程度目を付けられてるからいいんだよ。今更帯刀程度、咎められないさ」

「もう既に、か」

「ああ。誰だってやんちゃはするもんだろ?」


 はぐらかすように笑いを浮かべ、アデルは口をつぐむ。よく見れば、俺よりもアデルに向けられた視線の方が多いことに気付いた。

 目立つ容姿をしているにもかかわらず、その視線は羨望よりも忌避や異端を見るようなものだ。それを受けて、恐らくそれに気付いて尚、アデルは飄々としている。

 それは彼女の過去に由来するものだろうか。止められたにも関わらず、好奇の感情が少しずつ募っていくのを感じた。


◇◆◇


 一時間ほど歩いたのだろうか、太陽が沈む方向に傾いているのだと明確に感じる。程なくして空は赤く染まるのだろう。

 商店街の中央であろう、一際大きく賑わいを見せる広場までやってきた。ここでも出店のような簡易的な店が所狭しと商品を広げている。心地のいい水の音がしたのでそちらを見れば、広場のど真ん中には噴水まで作られていた。

 流れる陽気な音楽に耳を傾ければ、近くで三人組が楽器を掻き鳴らし歌っている。楽器のケースや帽子を広げているが、残念ながら投げ入れる金は持ち合わせていない。

 流石にここでの生活で無一文は辛いだろう、レイテルさんに今晩相談するべきだろうか。


「お、おうい、こくしの!」


 喧騒の中でも一際通る声に、ぴくりとアデルが反応する。また呼ばれたその言葉はあまり嬉しいものではないのだろう、不機嫌そうな目で声の元を追っていた。


「おうおう、久々じゃないか」

「久々と言うほどでもないけどな。相変わらず昼間から酒か、おっさん」


 人混みを掻き分けずかずかと現れたのは、革袋片手に顔を赤くした40代ほどに見える男性だった。特有の明るい口調と、どこからか立ち上る残念そうな感じはおっさんと呼んで相違ない。

 よく見ると軽そうな鎧を装備していて、腰には少し短めな剣を下げている。胸に刻まれた盾のような模様は、安っぽい鎧を飾るには充分すぎるほど凝っていた。

 ちょびひげを生やしている顔は所々皺が深いものの、精悍そうに見えなくも無い。


「おおう、連れが居るのか。珍しい。俺はカテリーナ。呼びにくいならカテリナでいい」

「マコトと言います」

「よろしくな!」

「え、あ、はい。よろしくお願いします」


 こちらの言葉に割り込むように言って、勝手に手を取ってこちらの背中をばしばしと叩く。ひとしきり動いてからぐびっと酒を煽った。

 なかなか陽気が過ぎる人である。


「昼間っからこの調子かよ。それでも騎士か?」

「おうとも、大丈夫大丈夫やるときゃやるさ。それよりも一杯付き合わねぇか」

「連れが居るとわかってて誘うその強引さには感服するよ全く」


 呆れた様子のアデルを見てまたガハハと笑うおっさんを横目に、アデルに耳打ちする。


「この人これでも騎士なのか」

「……ああ、そうだぞ。こんな奴滅多に居ないが、これでも一番街に真摯な騎士だ。そうだな、こいつは紹介した方が良かったか」


 いきなり耳元で話しかけたことに鈍く驚いて、表現しがたい顔で睨まれる。すまん、と右手を縦にして謝った。

 全くイメージと違うその体たらくに怪訝な目を向けていると、それに気づいたおっさんが右手をブンブン振って抗議する。


「なんだ疑ってんのかー? いや向こうに居ても良かったんだけどよー、あそこで酒飲んでるとすっごい目で見られるんだよな。居心地悪いのなんのって感じだぜ」

「ここでなら凄い目で見られないという自信はどこから来てるんだ?」

「見られるとして白い目だから大丈夫だ」

「慣れって怖いな」


 呆れた口調のままアデルが返し、こちらにちょいちょいと手招きをする。渋々ついていくことにすると、おっさんは満足げに口を上げて歩き始める。

 結局噴水の縁と、その近くにあった木箱にそれぞれ座り、四人で円を描く形になった。


「そこのあんちゃんとお嬢ちゃんは、いける口か?」

「残念ながら。遠慮します」

「私もダメです」

「そうか、じゃあ仕方ねぇ。お前は飲めるよなぁ?」

「どうせ付き合わなかったら不機嫌になるんだろ?」

「わかってるじゃねぇか、ほれ」


 乱雑に渡された革袋を掴み、アデルは顔ごと上に向けて飲み下した。豪快な飲みっぷりにおっさんが喜んで手を叩く。

 顔を戻すと辛いものでも食べたような顔で、ふぅーと深く息を吐き出す。


「重いな。1発で酔いそうだ」

「だが良い酒だ。だろう?」

「否定はしない。ただ飲むだけなのが惜しいところだな」


 さっそく真っ白な肌に朱が灯っていき、アデルもおっさんと似たような顔になる。いいぞいいぞ、と言いながら革袋を取り、おっさんもアデルの真似をして酒を飲んだ。そういうことをしない奴とは信頼しているのだが、本気で酔われるとこちらが大変だ。

 つい口出ししそうになる気持ちを抑え、二人の話に混ざることにした。


「紹介だ何だって言ってたが?」

「ああ。こいつは今日ここに来たんだ。そいえば聞いてなかったが、いつまでここにいるつもりなんだ?」

「ええっと、決まってないな。出て行かなきゃいけなくなった場合以外は、ある程度は居ると思うぞ」

「ほほう、なら新入りさんか、改めてよろしくだな」


 再び右手を出してきて、また握手かと思って俺もそれに乗りかけたが、その手に握っていたのは酒だった。慌てて右手を振って断りを入れる。

 しつこいぞ、と(たしな)めながらアデルが代わりにその袋を奪い、再び酒を煽った。再び重く息を吐いた後、ふふっと上機嫌に微笑む。

 なんだか危ない流れに感じてきた。


「街のことは何処まで話したんだ?」

「大体のことは」

「笑う太陽のこともか?」

「話した」

「となると俺があんちゃんに話す事なんて何もないんじゃないか。なぁ?」

「何かあるだろ。何でも良いんだよ。私に対する話でもいいぞ」


 ほらほらと急かしながらアデルは革袋を返す。考えるふりをして案の定おっさんはそれを傾けた。そんなことをすると余計頭が回らなくなるんじゃないかと心配になる。

 酒は硬い口を柔らかくするには良いんだろうが、その分頭も柔くなる。こういう話の場では不相応に感じた。


「街の噂については?」

「……まだだったな。というか、私もそういうのは疎い。何かあるのか」


 そこから不穏な何かを感じ取ったのか、睨むように語気荒くおっさんに問う。ふむ、と呟いて革袋をぽちゃぽちゃ鳴らした後、陽気な口調を収めて口を開いた。


「貴族殺しについての噂は、知ってるか?」

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