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笑う太陽

 アデルが無表情で男を見上げ、相手はそれににやついた顔を返す。激しい緊張がこちらにも伝わってくるようだった。

 時間が粘ついているかのように、時の流れを遅く感じる。


「何の用だ。お前達に用を作った覚えはないが」

「なんだ、通りがかりに知り合いが居たら挨拶するもんだろう? それが礼儀ってもんだぜ」

「ほう。随分と育ちの悪い挨拶だな」


 明らかな敵意をひらりと躱して、お返しとばかりに毒が返される。そういったやり取りに飽きたのか、男は今度は俺の方へ顔を向け、値踏みするようにギョロギョロと不躾な視線を送ってきた。思わず身構えてしまい、その様子をまたにまにまと笑われる。

 アンナは俺の後ろに隠れてちらちらと男を見上げているが、それを見つけると途端に口の端を吊り上げた。

 性根の悪さが全面に出てきていて、気持ちが悪い。


「見ねぇ顔だな。誰だお前」

「こいつは……」

「お前には聞いてねぇ」


 口を開こうとしたアデルが凄みを利かせた声に制される。それでも続けようとしたように見えたが、横目に睨まれ、苦しそうに舌打ちをした。左の腰に手を添えている辺り、相当来ているらしい。酷く申し訳なさそうな目でこちらの様子を窺っている。

 それはどちらかというと巻き込ませた事を悔やんでいるようで、ともすればさっき言葉を切ったのは俺がターゲットにされるのを嫌った為なのだろうか。そう見られているのなら気分が悪い。

 後ろに居るアンナが強く裾を握りしめるのを感じて、気分を奮い立たせる。


「先に絡んできたのはそっちだろ。名前は先に名乗るべきじゃないのか」

「クッ、ハハハハハ! 舐めてんじゃねぇぞ」


 一際大声で笑った後今までのどれよりも低い声が響く。

 並のチンピラの圧ではないが、気圧されることも引くこともしない。俺が引けばアンナが居るわけだし、何よりもアデルが居るのだ。

 取り巻きを含めて人数は6人、この程度なら二人で負ける気はしない。


「俺の名前を知らないとは、冗談で言っているのか? ああ?」

「本当だ。生憎とつい昨日ここに来たばっかなんだ。田舎者に教えてくれよ、有名人?」

「ん? なんだ、お前余所者か。道理で見ないと思ったぜ」


 意外とあっさりと圧を外し、男は余裕の笑みに表情を戻す。そして右肩をグイッと突き出し、太い指でトントンと叩いた。


「ヴィルヘルム・バーンシュタイン。『笑う太陽』のリーダーだ。ここで生きるなら、覚えといて損は無いぜ?」


 ニィッとあくどい笑みを浮かべてヴィルヘルムは両手を広げた。芝居がかった仕草だが、その貫禄もあってある程度は様になっている。フルネームの名乗りのように思えるが、わざわざそうする意味はやはり自分の特別性の誇示だろう。


「マコトだ。あまり世話になりたくはないが、よろしく」

「おお、よろしくな」


 気さくに右手を出してきたので、一瞬考えながらもそれに従って右手を出す。レイテルさんといい、ここは挨拶として握手が当たり前なのかもしれない。

 お互いに伸ばした右手同士が軽く触れた瞬間、ヴィルヘルムは勢いよく俺の手を握りつぶした。ミシミシと骨が悲鳴を上げる感触に肺から息を漏らしながら手を引く。それを無理矢理掴み続けるなんて事は無く、抵抗もされずに手は離れた。


「お前」

「悪いな、加減を忘れちまった」


 睨めつけると、またウザったらしい笑みに戻して両手を上に上げる。噛みつくわけにも行かず、渋々抗議を止めた。

 ジンジンと右手が痛むが、あれでも加減しているように思える。本気を出されていたらどうなっていたかわからない。もしかすると、骨は全て砕けて再起不能になっていたかもしれない。


「覚えておけ、余所者。関わる関わらないじゃねぇ。この街に居るなら、必ず俺らの世話になる。その女と居れば尚更、な。肝に銘じておけよ」


 言うだけ言った後、取り巻きに指示を出して男は去る。離れて行くその背中を恨みを込めた目で見ると、右腕を高く掲げ中指を立てていた。最後の最後まで最低な野郎だ。

 ヴィルヘルムの姿が完全に遠くなったところで、アデルが口を開く。


「悪かった。いきなり、災難だったな。ごめん」

「いやいい、それよりあいつは何なんだ」

「笑う太陽、今一番この街で手を焼いているゴミの集団だな」


 触るぞ、と断りを入れてアデルが俺の右手を取る。大丈夫だと返したものの、じっと真剣に見られれば邪険にできない。若干居心地の悪い時間が続いた。


「あの人数で、そんなに対処に困るものなのか」

「いや、本来ならもっと多い。100近くは居るんじゃないか。正確な人数は私にも、おっと」


 そのままの状態でアデルが喋り、ぽしょぽしょと息がかかって思わず手を引く。俺がいきなり動いたことにびっくりして少し体を引っ張られた様子だったが、それだけ動かせるなら大丈夫か、と軽く笑った。その仕草に軽く頬を掻いて目を逸らしてしまう。


「あいつらは定期的に商店街の店から金を巻き上げてる。レイテルの所は払っていないらしいんだが」

「金を巻き上げているって、どういう理由で?」

「店に強盗が入ってきたときや喧嘩が起きたとき、とにかく不利益な事が起きたときに自分達が解決してやる、という契約だ。その料金としてだろうよ」

「それは、騎士の仕事じゃないのか」


 当たり前と思える俺の問いに、アデルはフッと歪んだ笑みを浮かべる。苦笑と自嘲が混じったような、どういう笑みなのか掴みづらい笑いだ。


「騎士にとってもあいつらは相手にしたくないんだ。あいつらが全力で抵抗すれば、本格的な内紛になりかねない。しかもそうなればあいつらが真っ先に狙うのは貴族だろうよ」

「それは……」

「わざわざ手を出さなくても、寧ろ自分達の仕事を代わりにやってくれるんだ。どれだけ抗議されようがそれは貴族達からのものじゃない。無視しても問題ない類だ」

「貴族は、そんなに大切なのか」

「勿論。何より大切だとも。この街の中央にある城、その城の王を決めるのは金持ちや有力貴族達だ。少なくとも私達じゃない。隔離された今となっては尚更、貴族達の機嫌を損ねないのが何より重要なんだよ。仲良くなれば、金だってくれるしな」


 心底バカにするような口調から、その金が決して綺麗なものではないのだろうとわかる。そうやって自分達を贔屓してもらい、いざという時に守って貰おうという算段なのだろう。

 そうなると騎士はいっそうこちらへ興味を示さなくなる。そうなれば笑う太陽の奴らはより自由に行動できて、更にそれを貴族は恐れる。騎士はこちらに目を向けなくなる。

 悪い循環が生まれ始めているのは、きっと何よりアデルが理解していることだ。


「腐ってるな……」

「ああ。それはもう臭い立つほどにな。最悪だ」


 鼻をつまんでおどけた声に、乾いた笑いを漏らす。


「アデルは、何でそいつらに目を付けられているんだ?」

「そう、だな」


 そう唐突な問いでもない筈なのに、アデルは言い淀む。噛み合わせた歯から薄い音を立てて息を吐き、顔を逸らしながら頭を掻いた。

 そうして、諦めたように重く溜め息を吐く。


「今は、話さなくて良いことだな」

「今は?」

「ああ、今は。お前によって話すときがいつになるか変わるだろう。それは明日かもしれないし、ずっと来ないかもしれない」

「話したくないことなのか」

「ああ。端的に言えばそうだ。無理に聞けば、いや、お前が知ったなら、私はお前を嫌う」


 送られた流し目は、好奇心は人をも殺すぞ、と言っている気がした。

 そういう経験がないわけではない。それたことだってある。何時でも、何処にでも、そういう奴は居るし、そういう気は起きる。

 今だってそうだ。アデル自身器用ではないのだろう、そういう不器用な躱し方をされると誰だって気になってしまう。

 知りたい、というのはどれだけ業深い感情なのだろうか。


「次、行こうか」

「わかった」


 歩き出すとともに放たれた言葉には、この話題はやめにしようという意味が込められている気がした。

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