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「さて、何から話すかな」


 人が増え始めた通りを、邪魔にならないように距離を詰めながらアデルと並行して歩く。人が多いせいかアデルの歩みも緩慢で、意識せずとも追いつくことができた。

 緩く握った拳を唇に当て、アデルは考えてますという仕草を取る。


「よし、じゃあまずこの場所についてだが」

「おう」

「ここは商店街、まぁとにかく店がいっぱいあるところだな。これが結構な広さがあって、ここを歩き回るだけでも一日かかるかもしれない。明るい内は人が多いしな」

「暗くなったら人も減るのか」

「大体の奴は自分の家に帰る。夕食は家で取ることが多いからな。店自体に住んでいる奴や何か特別な事がない限りはここには残らないだろうよ」

「特別な事ってのは?」

「それは店の準備やらが忙しかったり、店を工事したりする時とかだな。あとは、まぁ、夜じゃないと仕事できない奴らとか、あとは家に帰りたくないような奴らだけだろうよ」


 アデルの口からは、なんとか言葉を選んで喋っているような気配が感じられた。そのことから、何が言いたかったのか大体わかってしまう。

 夜じゃないと仕事できない奴らも、家に帰りたくないような奴らも、きっと大声で言えないような集団なのだ。例えば娼婦であったり、殺しや地上げであったり、或いは不良の溜まり場のようなものがあったりするのだろう。店自体に住んでいる者がいるなら、それらの家に物盗りや乞食が来ることもあるのかもしれない。

 国が広く、人が集まれば、本来少数派であるそいつらですら集団になる。貧富の差というのも、きっとあるのだろう。


「だから夜は大人しくレイテルの所に引っ込んでいた方が良い。まぁ、あそこは夜でもやってるから、そういった奴らが来るかもしれないが……気をつけてくれ」

「ああ、わかった」

「それと、あんまり北の方には行くなよ」

「どうしてだ?」

「あんまり言いたくはないが、北は金がない奴らや職がない奴らが多い。ここよりは少ないが、昼にも人がいる。ここよりも危ない奴らがな。極力行くな。……一応言うが、私はそこに住んでないぞ」


 職がない、といったフレーズで俺が疑わしい目で見始めたことに気付いたのか、げんなりとした目を返される。流石に自分が住んでいるところをそこまでボロクソに言うとは思えなかったが、まぁ印象が強烈すぎたので仕方ないだろう。


「となると、ここが拠点で周りに住宅が集まっている感じか」

「大体合ってるとも言えるし、あってないとも言える」

「どういうことだ」

「まぁ黙って着いてこい。そろそろだ」


 気付けば、俺達は人の通りとは真逆に向かって歩いていた。既にさっきまでごった返していた人はまばら気味になって、歩きやすくなっている。それでも普段通り足を速めないのは、俺達への配慮か、言葉を選んでいるからか、或いは無意識で進みたくない場所と認識しているからだろうか。


「あれ、見えるか」


 ピッと斜め上に伸ばされた指の先を見ると、そこには城壁よりちょっとだけ背が低いぐらいの壁が、土地を分断するように聳え立っていた。それはなんというか、強く人を拒絶する雰囲気が感じられる。そもそもただ土地を分けるだけなら、こうまで壁を高くする必要はないのだ。

 どこか異常とも言える高さの壁に、眉をひそめていた。お決まりの軽口すら口をつかない。


「あの壁は何だ」

「何だと言われても、壁だな。人の侵入を拒むという点においては、これ以上の壁はないんじゃないか?」

「何のために建っている?」

「勿論、人を区分ける為だ。貧しくて汚い私達とは、同じ空気すら吸いたくないんだろうよ」


 その重い何かの籠もった声に思わず隣を見た。横目に見たその表情は、悲しみや恨みといったあらゆる暗い感情を全て混ぜ込んだようなもので、あまり、直視できなかった。いっそ深い殺意すら感じさせる。機会さえあればあの中の人間全て殺してやるとでも言うような。


「人を区分けるってことは、つまりこの壁はずっと続いているのか」

「ああ。形の悪い円状でな。入り口がないことはないが、騎士が見張っていて大概は通してくれないな」

「あの中には誰がいる?」

「まぁ大体察しは付いているだろうけど、金持ちや貴族の集団だな。一度も入ったことはないからどんな人が住んでるかは私にもわからないよ」


 まぁ、と呟き、話を終わらせるようにアデルは言葉を続ける。


「あの壁にもあんまり近付かない方が良い。騎士さん達はこの壁にご執心だからな。近付くだけでも怪しまれる。目を付けられると中々辛いぞ」

「わかった。気をつける」

「じゃ、行こうか」


 終わり際はあっさりと、アデルは踵を返していった。その顔に先程までの暗い色はない。

 それは何かを振り払ったというものではなく、自分に折り合いを付けて丸め込んだだけのように思えて、いつか決壊しそうな気がした。


◇◆◇


 アデルの後に続くように商店街へと戻っていく。もうここ辺りの人通りはなくなって、時折遠くから聞こえる声が耳に心地いい。

 案内、という名目上はここで喋る必要などないのだろうが、あの壁の説明をして以降アデルは一言も喋っていなかった。アンナも無闇に喋るタイプではなく、寧ろ二人きりでなければ無口に近いように思える。無理に話しかける必要もないだろう。


「ん? あれは……」


 軽く辺りを見回しながら歩いていると、正面から野太い声が聞こえてきた。歩くのを止めていないが、一瞬アデルの体がピクリと強張った気がする。

 その背中から正面を見ると、ガタイの良い男を先頭にして柄の悪そうな一団がこちらに向かって歩いてきていた。

 アデルは無視して足を速めるが、その正面を塞ぐように男が立ちふさがる。190近くありそうな、相当の巨漢だった。驚いてまじまじとその姿を見上げる。

 アデルの腰ほどの太さはありそうな腕に、盛り上がった大胸筋と締まった腹筋が逆三角形を描く。その様は黒いタンクトップの上からでも分かりやすすぎるほどだった。これまでの素行と自信を感じさせる顔に、ソフトモヒカンに整えてある金髪がより強い威圧を醸している。

 よく見れば右肩には笑う髑髏と太陽を重ねたようなタトゥーが入っていて、そこから手首まで炎状の模様が刻まれている。


「おいおい無視はダメだぜ、こくしの嬢ちゃん?」

「お前に嬢ちゃんと呼ばれる歳じゃないんだがな。クソガキ」


 若さを感じさせるが低く重たい声に、アデルはあくまで冷徹な視線を送る。聞き慣れない単語に、思わず呟いてしまった。


「こくし……?」

「関係の無い話だ。気にするな」

「ん? なんだ、お前遂にボーイフレンドでもできたか? ガキまで連れてやがる、残念だなぁ実は狙ってたんだぜ?」

「黙っていろよチンピラ」


 男の挑発に、取り巻きもクツクツと笑う。

 何やら一触即発の事態が始まろうとしていた。

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