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行きつけ

 アデルが案内した先は豚のような動物の看板を掲げた食堂だった。木で作られた扉は持ち手の部分が少しボロくなっていて、人の出入りを感じさせる。現に外にいる今でさえ中の喧騒が耳に届いてきた。

 これが本格的な昼時になるとどれほどの賑わいを見せるのか想像も付かなかった。


「入るぞ」


 俺達に向けて言い放った後に、アデルは扉を開ける。中には丸いテーブルに椅子が4つ並べられたものが数十個用意されていて、その殆どが客で埋まっていた。奥には一人用のカウンターが見える。見るからにアルコールの強そうな酒を陽気に飲んでいる人達もいるが、この時間から飲んで問題ないのだろうか。

 人の隙間をするすると抜けていったアデルは手近な空席を発見して座る。その机をトントンとノックしたのはここに座れという合図だろう。何とか隙間を抜けてそこに辿り着く。

 俺の隣にアンナ、その対面にアデルが座るような形で待っていると、アデルが何かを目で追っていることに気付く。その先を辿れば、両手にお盆を持った店員らしき人物が忙しそうに駆け回るのが目に映った。

 髪が落ちないように付けられた三角巾から漏れる色は金。繊細で絹のようにキラキラと少ない光を弾くそれは、隠すのが勿体ないと思えるほどだ。高く通った鼻筋と長い睫毛(まつげ)、深い青を湛えた瞳はそれぞれの主張が強いにも関わらず絶妙に調和していた。

 アデルとは正反対の美人だな、と思いながら顔に向けられていた目は、知らずその胸元に落ちてしまっていた。急いでいるせいか小走りになっている全身の躍動を、その胸は一身に受けて暴れている。

 うん、その、こちらもアデルとは正反対らしい。思わず確認を取りたくなるが、勘づかれるとどうなるか目に見えているのでやめておいた。


「おーい」


 店員さんが両手の盆を空にしたところで、アデルが手を上げて軽く振る。最早恐ろしいまでの速さでこちらを見た店員さんがパァッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。


「アデルが他の人連れてくるなんて珍しいじゃん! どうした、遂に恋に目覚めた?」

「お前への軽い殺意なら既に目覚めてるよ」

「おー冷たい冷たい。シャイなの?」

「おーうるさいうるさい。バカなの?」


 朗らかで包容力のある声高らかに、その女性はアデルに絡んでいく。めんどくせー、と言わんばかりにこめかみを押さえながら対応するアデルにも彼女に対する親しさは感じられて、元から仲が良いことが察せられた。でこぼこなコンビに感じるが、だからこそ噛み合うのかもしれない。


「して、そこのお連れさんは?」

「散歩の途中で会った。旅人だ」

「なるほどね、レイテルです。よろしくお願いね」

「マコトとアンナです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 レイテルさんの自己紹介に自分とアンナを順番に指して答える。スッと右手が差し出されたので立ち上がってその手を握ると、ブンブンと上下に振られた。見た目通り元気な人である。


「んー、よろしくぅ!」


 その手をいきなり引かれ、ぎゅーっと抱きしめられる。一瞬何が起きたかわからずにまるで反応できなかった。というか、事態を把握した今でさえ目を白黒させている。

 取り敢えず前方が柔らかくて暖かくて心地いい。このままだと何か色々ダメになりそうな気がしたので慌ててその肩を引き剥がす。


「いや、ちょっ、近いですって……」


 ぐいっと両手を押し出して適正距離に戻る。背後からの二人の視線が痛くてチラッと見ると、アンナはぽかーんと口を開けて俺を見上げていて、アデルはどちらかというと俺ではなくレイテルさんの方をジトッと睨んでいた。


「そんな事してる暇あるのか、客いるだろ」

「大丈夫。大丈夫。まだ本格的じゃないし」


 アデルの助け船によって解放されたことを安堵して、椅子に座り直す。なんとか平静を装っているつもりだが、その実心臓はバクバク鳴っていた。速く収まってくれと願いながら二人の話に耳を傾ける。


「取り敢えず飯にしたい。注文取れるか」

「あいよー。でも今は日替わり2種類しかだめだよ。メニュー見た?」

「私は肉が多い方にしてくれ」

「あー、俺もそれでいいです」

「じゃあ私はなるべく安い方で……」


 大雑把が過ぎる注文にも何ら問題なく対応して、レイテルさんはメモを取っていく。頭の中で確認している様子も無く、その手の動きはかなりの速さだった。相当手慣れているらしい。実はここで働いている中でもベテランなのかもしれない。


「で、お前、前から人手が欲しいって言ってたよな」

「うん、やっぱり私一人だと辛いからね。朝昼晩、人が多い時だけでいいんだけど、頼んでも来てくれなくてねー」


 その口ぶりは、まるでこの店の店員を全部一人でやっているとでも言っているかのようだった。そういえばと思って周りを見れば、やはりレイテルさん以外の店員さんらしき人物が一人も見当たらない。この食堂はきっと、これまでの会話から考えるに座れない人が出てくるぐらいいっぱい客が来るのだろう。

 それらの対応全てを一人でこなし、管理するなどはっきり言って人間業とは思えない。軽い畏怖の視線を込めてレイテルさんを見上げていた。


「こいつらを手伝いに寄越すから、寝るところと飯をあげてやれないか」

「え?」


 ぽん、と俺の肩が叩かれて、思わずアデルの方へ間抜け顔を向けてしまう。俺の確認や了承もないまま話が進むんじゃないかという嫌な予感がして、冷や汗が頬を伝った。


「旅人さんだったね。確かにアデルの所は無理そうだし、いいよ。お父さんとお母さんに確認取れたらだけど、多分いいって言うし。手伝いが二人も増えるなら、ね」

「いや待て、俺やアンナの意志は……」


 俺の言葉は、アデルにもう一度肩をがしっと掴まれたところで止まった。


「マコト、ここに宿屋なんてないし、どこか泊まれる場所が用意されるだけでも奇跡なんだぞ」

「う、まぁそうなんだろうが、なんか釈然としない」

「私の一人暮らしの死ぬほど狭い所に来るのとどちらがいい」

「そりゃあここの方が良いけど、あんたのとこ汚そうだし」

「……はは、だろう? 大人しく聞いておけ?」

「ああでも、間違いが起きなさそうという点ではお前の所の方が良いかもな」

「レイテル。店を汚すぞ。いいな」

「はーい」

「はいじゃないが!」


 まばたきする間もないほど素早くアデルの手が腰に伸びる。即座に曲刀の柄を手で押さえ、抜刀を防いだ。軽い苛立ちにいじってしまったが、やはりそこら辺が彼女の琴線らしい。自覚があるなら直せよと思うが、どうにもならないところなのだろう。

 数秒力比べをやったあと、フッと力を緩めたアデルがため息と共に服を払う。


「ともかくだ。初日で宿を見つけられたんだから良いだろ。不満があるなら出ていけば良い。勿論、今日はレイテルも話を通さなきゃならないだろうから、手伝いも明日からだ。悪い条件じゃないだろ」

「そうかもしれないが……」

「私は、それでもいいですよ?」


 アンナまで向こう側について、言葉に詰まってしまう。形勢が決まったとみたのだろう、レイテルさんは店の奥の方へ行ってしまった。

 俺が折れるしかないのだろう。


「わかったよ。ありがたい話ではあるし、そうする」

「きまりだな。これで心置きなく飯が食える」


 アデルは満足満足といった感じで、アンナも一緒になってわーいと笑う。俺だけが謎の敗北感に包まれていて、寂しさと共に胸のモヤモヤを飲み下した。


◇◆◇


「いやー、食った食った」

「そうだな……」


 肉が多い方を頼んだ結果、届いた食事は山盛りの肉の山だった。塊の肉を焼いてその表面を削ぎ落としたものだろう。外は良く焼けていて、中はほんのり残った赤身がジューシーなボリュームある一品だったが、あまりの多さに最後の方は食傷気味になってしまった。

 店内には男性客ばかりだなとは思ったが、やはりそういうことだったらしい。食べ慣れているのか、アデルはあの量でも凄く美味しそうに食べていた。見てるこちらがお腹いっぱいになりそうな食べっぷりだった。やはり諸悪の根源はこいつかもしれない。

 恨みを込めた目でその横顔を見ても、つやつやとした表情でまるで気付いてくれない。寧ろその唇が脂でつやつやしていた。それはどうなのだろうか。


「よし、案内を続けるぞ」


 きりり、と表情を引き締めてアデルは進んでいく。アンナも元気よくそれに続いて、今度は俺が引っ張られる形になった。

久々にこういうテンションのが書けて私もつやつやしています(つやつや

会話だけの回が書きたくなるくらいには、こういうやり取りは好きですね

しませんけど

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