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ヴィンシュタイン城下町

「そういえば散歩、と言っていたがここまで結構遠いはずだよな。こんなところまで来るものなのか」

「ん-、そうだな。気分だよ、気分。散歩日和だったからな」


 少し前を行くアデルに何とか足並みを合わせて着いていく。足が長いせいか歩く速度は中々速く、意識しないと軽く離されそうだった。アンナに至っては早歩きか小走りレベルの忙しさで足を動かしている。


「まぁ、たまにはこうやって出てこないと腕が鈍ってしまうから丁度良かったよ」

「腕が鈍るって、剣の腕のことか?」

「それ以外に何がある。歩かないと足腰に不安があるような歳じゃないぞ」

「いや、あんた程の腕前なら騎士とかでもやってそうだと思ってな。それなら腕が鈍るとかはないだろうに」


 騎士という言葉にキラキラと目を輝かせ、アンナがアデルを見上げる。期待に満ちた目を真に受けたアデルは、かなりバツが悪そうに頭を掻いて、下手くそな作り笑いを浮かべた。


「元々はそういう事もやってたんだが、昔の話だ。今はもう違う」


 遠くの景色に目を細め、やたら優しげな声でアデルは言った。最後の方は穏やかな風にさえ掻き消されそうなものだったが、あまりに透き通った音色はつい耳が拾ってしまう。

 その美しさに驚きつつ、では普段の喋り方になるまで何があったのだろうと邪推する自分がいた。


「じゃあ、なんだ、今は何の仕事をしてるんだ」

「えー、あー、うー。えーっとだな。あのだな」


 声をどんどん濁ったものに変えていきながら、どんよりとした雰囲気を漂わせて目を逸らす。心なしかその歩みもゆっくりになり、猫背気味になっているように見えた。

 この反応、いやまさかそんなことはあるまい、と思いながらジトッとした目で顔色を窺う。


「ない」

「は?」

「ないって言ったんだよ。悪いか」


 これ以上ないほどぶっきらぼうに、アデルは短く吐き捨てる。挑発するように聞き返すと半ギレ気味に返ってきた。これは結構痛いところを突かれているのかもしれない。


「仕事をしていない?」

「仕事がない、が正しいな」

「やる気がない?」

「ないわけじゃないぞ」

「探す気がない?」

「……否定は、できないかもしれない」

「無職?」

「そういうことになるんだろうな」

「穀潰し?」

「ああ」

昼行灯(ひるあんどん)?」


 ついぞ耐えられなくなったのか黙り込んだアデルは、はぁーと超弩級に大きくて重い息を吐き出す。魂やら怨念やらが生み出されていそうなそのため息は、なんというか俺に降りかかってきて一生呪われそうな気さえした。

 先程までの凜とした立ち振る舞いは何処へやら、そこに居るのは抜け殻のような覇気のない生き物だった。


「その……あんまり、苛めないでくれないか。初対面だろ。それに、私も思うところはあるんだよ。なりたくてなってる訳じゃないし。でも、まぁ、な? ほら、なんというかさ。ね? わかるだろ? わかれ」


 陸に打ち上げられて死を悟った魚みたいな目で言われても特に何の感想も浮かばない。これが哀愁に満ちた風体のおっさんならまだしも、なまじ美人なだけにただひたすらに悲しかった。


「じゃあ金とかはどうしてるんだ。生活にも金が要るだろ」

「金ー? 金かー。数え切れないぐらいあるからなー。まーでもまだ大丈夫なんじゃないか。どれぐらい残ってるかは把握してないけど」

「それは一番ダメなやつじゃないのか」

「良いだろうるせー! よく考えりゃ旅人だって似たようなもんじゃないか。浮浪者。ろくでなし」

「一つの所に留まった上で職がないよりマシだがな」

「あっ……お前、ほんと、首を出せ……」

「キレ方のレパートリー豊富だな」


 いいよ別に、案内し終わったら二度と面倒見ないわクソ野郎……。と聞こえるか聞こえないかギリギリの所で呟きながらアデルは歩き進めていく。働いてないのに金の面は把握しきれない量を持っているとは、もしかしたらこいつはかなり良いところの娘なのかもしれない。

 そのいいとこの娘がこんな所にわざわざ来るとは思えないが、騎士のような事をやっていた、という発言から考えればどうだろうか。騎士の家の生まれで、だが女であるため入隊できず、といった経緯があるのなら今までの言葉全てに合点がいきそうな気がする。


「見えてきたぞ。あれだ」


 考え耽っていると、アデルが遠くの方を指さして言う。広い草原の中で聳え立つ城壁は一際大きな存在感を放っていた。横幅から見ても相当大きな国だ。山一個くり抜いてそこに国を建てたような、置き換えたといっても過言ではない巨大さである。

 目を丸くしてそれを観察する俺と、ほわーと口を開けているアンナを見て、心なしかアデルが笑った気がした。


「行こうか。中は広いから、重要なところだけ私が案内しよう」


 言ったきりすたすたと歩き始めたアデルを、近付いても一向に大きさが変わらないように思える城壁を見ながら追い掛けた。


◇◆◇


 中に入るには色々と検査が要るのだろうと思っていたが、アデルが傍にいた兵士と軽く会話しただけで、俺達も一緒に入れて貰えるようになった。やはりこいつには何かあるのだろう。

 重い音を立て開けられた城門を潜ると、中には慣らし踏み固められた歩きやすい地面が広がっていた。流石に入ってすぐの場所は賑わっているわけではないが、レンガや石で作られた2階建ての建物が隙間が生まれないように並ぶ様には圧倒される。

 どことない古風な雰囲気に、それこそ隣のアンナのように心が浮き立つのを感じた。


「ようこそ。ヴィンシュタインへ」


 どこか誇らしげ言って、アデルが口元を歪める。アンナに似たいたずらっぽいそれは意外にも似合っていて、ほうと息を漏らした。

 さて、と呟きながら表情を戻し、アデルは言葉を続ける。


「腹が減ったな。お前達はどうだ」

「俺はそこそこだな。何か食べるならそれでもいい。アンナは?」


 質問と共にアンナの方を見ると、コクコクと小刻みな頷きが返ってくる。食事にして問題ないらしい。


「じゃあ先ずご飯にしよう。良いところを知っている。というか、まずそこを紹介しようと思ってたんだ」


 満場一致であることを確認してから、嬉しそうな声を残してアデルはまたも先に行ってしまう。案内としてはそうして貰える方が助かるのだが、如何せんその速度が速い。もう少しペースを落として欲しかった。

 あまり人気のない道を進んでいくと、遠くから活気のある声が聞こえ始めた。進行方向から考えると、活気があるのは国の中央寄りらしい。気にせず進み続けるアデルに取り残されないように足を速める。

 聞こえてくる声が活気というか最早喧騒と言っていいまでに大きくなったところで、それらの大元は姿を現した。

 部屋の通路沿いを開け放ち、カウンターのようにしてある建物がずらっと奥まで並んでいる。休みの看板を出しているような店もあったが、その前を大体出店のようなものが塞いでいた。歩くのが苦しいというわけではないが、ぼおっとすれば普通に人とぶつかりそうなほど往来が激しい。

 時間的には昼には少し早いかと言った具合だ。家に居た人も食事に出てくる時間帯でもある、そうなれば自然と人は増え、当然稼ぎ時でもあるんだろう。


「こっちだ」


 物珍しそうにきょろきょろしている俺とアンナに呆れたのか、先に行っていたらしいアデルが引き返してクイクイッと俺の袖を引く。気付いて顔を向けると、その手を離して親指で後ろを指した。

 その仕草はイケメン過ぎじゃないだろうか、と苦笑しながら見物もほどほどにしてアンナの手を引いた。

このキャラで後悔はしていません(きっぱり)

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