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門出

 顔がやたらと温かいのを感じて目を開ける。その直上には太陽があって、すぐに顔を逸らしながら手で影を作った。

 硬い場所で寝たとき特有の骨から響くような鈍痛が各部を苛む。顔を顰めながら体を起こして、周囲を見回した。


「ああ、起きましたか。おはよう御座います」

「ん、おはよう」


 背中の方から声がして、振り向くとすぐ傍にアンナがいた。守ることができたんだな、とこれ以上ない安堵を覚える。

 アンナが座っている位置はさっきまで俺の頭があった位置だ。多分、あの時倒れてしまった俺を見てすぐに寝かせてくれたのだろう。そうやってそのまま夜を越え、今に至るといった感じだろうか。

 倒した影は跡形もなく消えていて、壮絶な戦いの跡のみが辺りに刻まれていた。何度も死を覚悟した、忘れたくても一生忘れられないほどの戦いだった。よく見ればアンナの目も泣き腫らしたように赤くなっている。胸の奥に小さな針が幾つも突き刺さった。

 昨日の出来事にまるで何年も前のことのように思いを馳せ、ハッと思い出して右腕を見る。ゾンビ化され、挙げ句燃え上がった筈の腕は、何事も無かったかのようにそこにあった。同じように左脚にも目をやるが、あの切れ込みは綺麗さっぱり無くなっている。それらをグルグルと回したりして、異常がないか確認した。

 結局何から何まで救って貰った。彼が居なければ、答えてくれなければ、倒れたのは俺の方だ。

 胸の中へ、もう一度ありがとうと呼びかけても返事が返ってくることはない。それはまるで、今度は一人で上手くやれよ、と言われるかのようだった。

 わかってる。

 覚悟を改めた所で立ち上がりすぐ隣に置かれていた剣を拾う。またベルトでキツく肩に掛け、調整してズレたりしない強さで締めた。


「そういえば……アンナは昨日寝たのか?」


 俺が布を使っていたことを思い出して、俺に合わせて荷物の中身を確認していたアンナに声を掛ける。すると、またあの健気な笑みが向けられた。


「はい。充分寝ました、大丈夫です。昨日あんなに戦ったマコトさんよりは元気だと思いますよ」

「そうか」


 少し強がっているような響きのある言葉に軽い引っかかりを覚えながらも、彼女がそう言うならと頷く。内心、マコトさんと呼ばれたことに少し感傷的になっていた。

 前に何度かそう呼ばれたことはあったが、どちらかと言えばアンナの呼び方は「旅人さん」と呼ばれることが多かった。それが、名前で呼ぶようになったということは、つまり彼女がその呼び方ではいけないと思ったからだ。

 つまり、彼女自身が旅人になるということを決意したことに他ならない。これはアンナなりの自分へのけじめだ。この普段通りの受け答えも、彼女の決意に他ならない。

 だがそれに比べて俺の方はといえばまだ決意が済んでおらず、確認するように問いかけてしまう。


「どうする、このまま南に降りれば城下町があるらしいが、今のうちに村の方へ戻ってみるか」


 返ってくる言葉はなく、ただふるふると横に首を振る動作で返される。

 無駄だとはわかっている。有り得ない出来事だというのも理解している。それでも、一筋の可能性、もしかしたらという言葉に身もを傾けたくなってしまう。

 例えそれが現実逃避で、子供のようなわがままだとしてもだ。

 本当にいいのか、という目を向けるとテキパキと準備をしながら返事が返される。


「誰かが生き残っているかもしれない、というのがあるのはわかっています。でも時間と携帯食の問題もありますから、いいんです」

「時間はどうにでもなる。携帯食は、最悪家を漁ればいくらでも出てくるだろ」

「そうかもしれませんが、そうじゃないかもしれません。……戻ってしまうと、決めたことを取り消してしまうかもしれません。自分に甘えてしまうかもしれません」

「本当に、本当にいいんだな?」

「はい。行きましょう」


 全ての道具が入っていることを確認し、寝るための布の汚れを払って背嚢に入れて、準備完了ですという仕草を送ってくる。手を伸ばし、預けられたそれは心なしか前よりも重い気がした。

 自分を押し殺しての決断だろうが、それを少しも悩むことなく言い切るアンナに尊敬に近い感情を得る。俺がぶっ倒れている間に整理を付けたのだろうが、それでもここまで突き通せるのは寧ろ心配してしまうほどだ。

 いつか、抱え込みすぎて彼女が壊れてしまわないか、思案に表情が陰る。

 数歩先を行き、振り向いてホラホラと手招きに誘われて、重い一歩目を踏み出した。目指すは南、どうかしてなければ大きな城下町がある場所へ。

 村の崩壊を見た後となっては、それが今も存在しているのかすらも怪しいのではないかと思ってしまう自分がいた。


◇◆◇


 森の中を駆け抜けた昨夜とは違い、川沿いの道は石に木を気を付ける必要があるだけで歩きやすい。想定より速いペースで進むことができていた。

 視界が開けているお陰でモンスターに不意を突かれる心配もする必要がない。森側から何か来る場合でも落ち窪んだ地形で奇襲なんて事は起きないはずだ。

 空けた天井から降り注ぐ陽が流れる川の表面で反射し、綺麗な輝きを見せる。心地の良い陽気はまるでハイキングをしているかのようだ。


「いい天気ですね」

「そうだな」


 発展性のない同意を返すと、そこで会話が止まってしまう。何を言えばいいか、どこまでふざけた返事をしていいか探り合っているようだった。

 特別必要というわけでもないのだろうが、隣に人が居る中全く会話しないというのもすこぶる居心地が悪い。それもあってアンナは話しかけてくれたのだろうが、それを発展させて取り留めもない会話ができるほど俺の話術と甲斐性は高くなかった。

 あー、と低く唸りながらなんとか会話になりそうな題材を探していく。


「その、今から行く城下町っていうのについて、何か知っているか」

「ええっと、あまり詳しくはないですが、少しは」

「何でもいい。話してくれ」


 俺が促すと、うーんと軽く唸ってからぽつぽつと確かめるように話していく。


「お母さんから聞いた話ですので、正確かどうかはわかりません。けど、お父さんは村に来る前にその城下町に居たらしいです。結構、長い間」

「へぇ……」


 これは以外と収穫があったな、と感嘆する。そこがどんな街であるかというのは重要であるし、何よりこの道を一度通ったことがあるというのが大きい。

 つまりはモンスターノートに記載されているモンスターしか、ここから先の街まで出てこないということだ。物語で聞いたことのある奴や出没頻度の高そうなものは、面白くてあらかた覚えてしまっていた。

 中には手強そうなものも居たが、対処法がわかるだけありがたい。


「その街は、活気に溢れていて、それだからこそ色々と危ないところだったらしいです。商人達が賑わえば、裏の汚い儲け話が増えて、街の規律が強いからこそ、その影に良くないものが吹き溜まる。人が多いとそういうことも多いんでしょうか」


 これは本に書いてあったことなんですけどね、と悪戯っぽく続く。アンドルフさんの中でもそこが印象に残るということは、相当大きい街の筈だ。滅亡してるという線は考えなくても良さそうだ。


「マコトさんは、そういう大きな街とか行ったことがあるんですか?」


 唐突に俺に向けられた質問に驚いて、アンナの方へ視線を落とす。アンナの方はそんなに驚くことありましたか? といった感じだが、これも仕方が無い。今の俺は、一応旅人の先輩の筈だ。そういう質問をされるのは当たり前だと言える。

 大きな街、大きな街か。

 行ったことあるかと問われれば確実に行ったことがあるのだろう。それも、随分と長い間、そこにいた。


「聞いちゃいけなかったですか?」

「いや、全然そんなことはない」


 俺の顔が余程神妙なものになっていたのだろう、窺うようにこちらをのぞき見られ、慌てて返事をする。不思議に思われないよう、自然になるように言葉を続けた。


「行ったことはあるぞ」

「おー、どうでしたか?」

「それは、そうだな。便利だったとは思うが、良いところとは言いづらいかもな」

「なるほど。そういうものなんですね」


 感慨深げな呟きで、会話が途切れる。

 別の世界を知ってこそ、わかるものがある。最早懐かしいと言える元の世界のことに思いを馳せて、そう思った。あれは本当に便利で、素晴らしいものだと思う。だが、だからこそ生きづらいのだ。個人が必要とされることが少なくなって、群の中に埋もれてしまう。それを嘆き叫んでも、結局は疎まれるだけだ。

 あの中で自分はここに居ると、その意思を保ち続けるのはあまりに疲れる。

 だから、あの村は多分本当に「良いところ」と言えたんじゃないだろうか。


 一人勝手に感傷に浸っていると、突然視界に入ってくる光量が増え、そこに目を向ける。どうやらこの木の洞窟が終わるらしい。

 小走りになったアンナが先を行き、出口で立ち尽くす。すぐに追いついてその隣に立った。


「わぁ……」


 隣から感動の声がして、それもすぐに心地よい風に運ばれていく。ここは他より地面が高い所だったらしい。

 眼下には一面の草原が広がっていた。

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