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全てをかけて

 影が動き出したと同時にこちらも地面を蹴る。疾走感と共に前傾姿勢になって、低く低く地面を滑った。

 後ろに大きく引き絞ってからの振り上げ、杖が三日月のような軌跡を描く。吐き出された衝波は地面を食い散らかしながら進み、その荒れ狂う姿はさながら蛇のようだった。

 上に避けた方が安全のように思える。が、迫り来るそれを横に跳んで躱した。

 上に跳んでしまえばもうそこに足場は無い。わざわざ撃ち抜いてくださいというような手にそう乗るものか。

 見上げるように杖を構えていた影と、横に飛び跳ねた俺の視線が交差する。ヤマがはずれたことに驚いた様子も無く、すぐさまこちらへ狙いを定めてきた。

 杖の先を塞ぐように剣を構える。燃え盛る烈火に視界が揺らめくいて、互いの視線の先を隠した。攻撃を躊躇った隙に、想定通り跳んだ先にあった木に足が付く。

 一瞬の間、俺も影も動き出した。

 木を足場にして素早く潜り込むように着地する。俺が先程居た木を、暗い光線が喰らい尽くした。

 距離は至近。勢いを殺さないように膝を折り、スライディングする。そのまま下から袈裟懸けに右腕を振るった。


 だがやはり剣は影を捉えず、空気を切り裂く音が虚しく響いた。すぐさま立ち上がり、再び駆け出そうと足に力を込める。

 いや、前に出てくる気配が無い。咄嗟、直感に任せて振り向きざまに剣を薙ぐ。背後に出現していた影が驚きで後方に滑っていった。

 勘が働かなければ危ないところだったな、と胸をなで下ろし、息を吐いた。辺りを埋め尽くす火の粉が煙たいのか、影はしきりに左手で宙を扇いでいる。やはり炎には弱いらしい。その様子にはどこか疲労を感じさせる。

 術の撃ちすぎか、或いは光源が近くにある状態で無理に移動したせいで消耗したのか、どちらかだ。いずれにせよあの一撃は有効だということ。何もかも効かない相手ではない。

 剣を正眼に構え直し深く腰を落とす。自然と全身が低くなり、構えは下段へと移っていた。

 消耗がある、ということはあれも術の一種に違いない。という事は使用には事前の準備が要るはずだ。それに、恐らく一つの術を使っている間に別の術は使えない。わかりきった隙ではなく、不意を突けば攻撃は当たるはず。


 わざとらしく肩を上下させ、上がった息を整える。炎を出していることに相当のエネルギーを使っていると思わせる。

 不意を突くのなら、一度相手のペースにハマったと思わせるのが常套手段だ。

 好機と思ったのだろう、影が大技らしき術の仕掛けを始める。両手を空高く掲げ、器でも持つように広げた。その空間にこぼれ落ちそうなほどの巨大な闇が広がっていく。全身の力を注ぎ込むように、儀式めいたそれは続けられた。

 朧だった暗闇は圧縮され、実体を持つ虚無として浮かび上がる。何処か神秘的な雰囲気すらも漂わせ、思わず息を呑んだ。

 例えるならば日食。ただただ黒く虚ろな太陽が光を()んでいく。予想以上の力に気付けば剣を握る力が強くなっていた。

 互いの全力、上回った方が勝つだけだ。


 掲げた両手を折り、叩きつけるように前方へ向ける。どす黒い塊はその中身を解放し、絵の具をぶちまけたように弾け飛んだ。

 散らした飛沫は中空で纏まり、鋭利な刃となって降り注ぐ。前や横からでは無く上空からもそれは襲いかかってきた。

 迎撃して剣を振ると、軌跡を追従する猛火に焼かれ、幾つもの刃が消し飛んでいく。一つ一つの威力はそう高くない。凌ぐ分には難しく無さそうだ。

 その弾速、物量は驚異的なものがあるが、慣れてしまえばどうということはない。

 数歩ずつ下がりながら怒濤を捌いていく。影がもっともっとと手を突き出すほどに、その勢いは強くなっていった。どうやら攻勢だと思っているらしい。


 攻め時だ。

 正面のみを軽く突き、できた隙間を抜けていく。こちらの防御をかいくぐるために上や横に厚く配置された弾幕は、中央を突破するには容易かった。

 上から来る攻撃をステップで躱し、影までの最短を削る。数を散らしたそれに最初抱いた恐怖は無かった。このまま正面を突破し、疲弊した影本体を攻めれば終わりだ、と踏み込む。

 束の間、体の中を何かが突き抜けた。


「うっ!?」


 痛みを感じたのは左のふくらはぎだ。それ以外の感覚を失った気持ち悪さに顔を顰め、足を止めてしまう。チラリと左足を見やると、そこには大きな切れ込みが入っていた。どくどくと空恐ろしい早さで血が抜けていく。だがそれも、時間と共に収まっていった。傷口すら焼け付いていくらしい。好都合だ。

 さっきの攻撃は前方からでは無い。となると後ろからか。どうやって?

 背後を睨むと、躱し、無視した幾つもの影が地面から再び飛び出し、各々意志を持ったようにこちらへ殺到してきていた。

 あの術は単純に威力や数を増やすものでは無かったということか。マズいな、これは。流石に背後にまで気を配る余裕は無い。

 何故か攻撃の手が緩くなった前方に視線を戻すと、指を踊らせ刃を回している影がいた。それに合わせて俺の周りをぐるぐると刃が回る。


 遊んでやがる。


 お前にもう逃げ場はない、とわからせるためなのだろう。悪趣味な態度に顔が苦くなる。全方向からの攻撃、今度は順番にではなく一度に来るだろう。何処か穴を空けて突破するなんて余裕は無い。同時に全てを潰さなければ、潰し残しがあればやられる。

 何かないか、と考えを巡らせていると一つ思い当たる答えがあった。

 似ている。ハルトと共に狩りに出て、蜂に囲まれたあの状況に。あの時と何ら変わらない。

 だから、お前が今もここに居るなら、答えてくれ。あの大群を消し飛ばした火焔を、あの力を俺に貸してくれ。

 呼びかけ、願うと、しっかりとそれは返ってきた。炎が右肩からゆっくりと這うように左肩まで回っていき、少しずつ左手の先へと進んでいく。

 少し時間が要るってのもあの時と変わらないか。

 皮肉ったように思うと、少しだけ炎の進みが速くなったような気がした。


 取り囲む刃の渦は速度を上げていき、砂嵐のように視界を覆っていた。外の景色はまるで見えなくなり、時折何かが擦れ合う不快な音が耳を苛む。

 もうそれに恐怖はしない。

 渦は最高速に達し、ジェット音のような空気を切り裂き、爆ぜる音が鳴り始める。それは少しずつ大きくなる死の足音のようだ。

 だが遅い。やっとだが、受け取った。残してくれたものを全て。中央に居る俺へ刃が収縮を始める。行儀の悪い軋みが響き、互いを削り合っていた。

 その油断、余裕が命取りになると知れ。

 左手の業火を握りしめ、思い切り地面に叩きつける。衝撃と共に枷から解かれた爆炎は、一帯を赤く塗り潰した。地が震え、空気が揺れ、轟音に全てが消し飛ぶ。俺自身でさえもその衝撃から意識を戻すのに大分かかった。


 地面には大きく穴が空いていて、川の水がザッと流れてくる。気味の悪い呻き声が聞こえてきたのでそちらを見れば、顔を両手で押さえた影が上半身をくねらせて悶えていた。

 あの光はその目に強すぎたらしい。

 無様に叫び続ける影へ、歩み寄っていく。距離が縮めながら剣を上げ、重く息を吐き出した。遂に刃が届く距離にまで近付く。

 決着だ。

 全力を注いだ一撃を放とうとした刹那、影が顔から両手を外す。間の悪い、ここに来て気付かれたか──!

 それにより、振り下ろすのがワンテンポ遅れる。渾身の気合いと共に振り抜くものの、手応えは全くなかった。躱されたか。これほどのチャンスすら逃すのか。

 いや、まだだ。


「逃がすかッ!!」


 あのタイミング、完全に躱しきれるはずがない。顔を上げ何かないかと睨むと、影の右腕が微かに実体化していた。やはり炎に照らされることには弱いのだ。

 逃げ切ろうと少しずつ空気に溶けていく手を、剣から離した左手で掴む。触れた手首の感触は冷たく、まさしく死人のそれだった。

 左手の残り火に力を込め、爆ぜさせると共に握りつぶす。手の中の物は瞬時に焦げ、灰となった。


「ガアアアアァァァァァァアアアアアア!!」


 断末魔の如き凄絶な叫びが響き渡り、影が姿を戻して地面に倒れる。あれは余程繊細な技だったんだろう。地面に倒れている今も一部が霧になったり実体に戻ったりして、それが苦しそうに喘いでいる。

 これでは逃げることなど、絶対に不可能なはずだ。

 剣を逆手に持ち、影の頭がある方向に回る。足下に丁度その頭が来る位置で、背中を反るほどに両手を振り上げた。


「これで、終わりだ」


 全身のバネに溜め込んだ力で、頭部に深々と剣を突き刺す。そこから血が流れることはなく、ただ体に炎が広がり、ロウのように溶けていって、消えた。

 終わったんだ。本当に。

 その事実を脱力しながら噛み締める。あれだけ暴れていた心臓も、体の熱もびっくりするほど早く引いて、両腕の火はただの火の粉となって空へ昇っていった。

 達成感からだろうか、心の奥にぽっかりと大きく穴が空いたように感じる。いや、まさか。それは彼の魂が燃え尽きたからなどとは、考えたくはない。

 こういうのは、終わったら多少なりとも喜びに震えるものだと思っていたのだが、どうやらその気力も残ってないらしい。

 倒れる体と落ちる意識を止めることができなかった。

やっと書きたいところまで書けた感じです

ここまで読んでくれている方に感謝します

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