どうしようもない奴
ザクッという柔らかい衝撃に身が震える。両手の刃は力強く振り下ろされて、地面に深く突き刺さっていた。はぁ、と重く息を吐き出す。
下げた視線の中央には、深く頭を垂れる少女の姿があった。
祈りが届いたのだろうか、アンナは血に汚れておらず、傷ついた様子も無い。刺さった剣の先を見れば、その先端は華奢な脚のすぐ傍を抉っていた。
嬉しいことの筈なのにまず驚きが勝ってしまって、唖然としたまま涙が零れそうになる。
そのままの姿勢で数秒固まっていると、アンナが顔を上げ、うってかわって心配そうな目でこちらを見上げてきた。
「旅人さん?」
その表情を見た瞬間、全身を熱が駆け巡った。
激しく跳ね回る心臓とそれによって送り出される血液が有り得ない速さで全身を巡る。体の中央で何か大きな爆発が起こって、それが体を焼き尽くすようだった。
左手で心臓を押さえながら、倒れるようにしゃがむ。右手の剣に体重を預け、なんとか体勢を保った。
「旅人さん! どうしたんですか!」
焦るアンナの声が聞こえたのは最初だけで、あとは何か言っているのはわかるのに内容がロクに聞こえなくなる。触れられる感触も、熱さの中に消え失せた。
この熱は、なんだ。
荒い呼吸に肩を上下させながら、左胸を強く握りしめる。寧ろ心臓はその高鳴りを強くするばかりで、止まる気配を見せてくれなかった。それ以外の音が聞こえなくなって、次第に一拍一拍に耳を傾けていく。
その痛いまでの心臓の叫びに、俺は覚えがあった。
全くここに来てどうしようもねぇ奴だな、と鼻で笑うように言われた気がする。それは体の奥深くから響くようで、血と共に全身に渡った。
ああ、あの時救ってくれたのは、叶えてくれたのはお前だったのか。
この心臓の痛みは、ハルトを殺めたときのものと一緒だ。
ならこの血の熱さは、何よりも強く輝いていたあの炎と同じだ。
それを理解し途端、全身の疼きは引いていった。あれだけ苦しんだ痛みは既に無く、燃えるような熱は寧ろ心地が良い。驚くほど力が漲っていた。
もう二度と後悔しないと決めたのに、すぐに諦めていた。しょうがない仕方が無いと、あの日から全く変わらない文句を並べて、そう言えば許されると思って、それで心地の良い言葉に身を任せてしまった。
にもかかわらず、もう一度俺に力をくれた。
ありがとう、感謝の言葉しか無い。
この熱は彼の魂が燃える炎そのものだ。呼応するように血が滾り、唸る。こうまでしてくれて立ち上がらないわけには行かない。
やっと自由になった右腕に力を込め、体を起こす。夜の風が肌を撫で、表面を一瞬冷やすが、即座にその冷気すら焼けてしまった。
「旅人さん、右腕が……」
アンナはずっと側にいてくれたのだろう。右手を左手で覆うように握りながらこちらを見上げて、恐怖と心配の混ざった視線で俺の右腕を凝視している。
見ればゾンビになっていた体の部位が全て燃え上がっていた。勢いは強く、チリチリと火の粉が舞う。驚いて腕を上げると、引き抜いた剣すら小さく音がなるほどに火を上げている。首元まで伝うその炎も、全く熱くない。
溢れ出る謝罪の気持ちと心配させまいとする笑顔が混ざって、今俺は凄く微妙な表情をしているんだろう。
「これは大丈夫だ。だけど、その、悪かった。本当に」
「いえ、いいんです。戻ってくれたのなら、私はそれで」
きっと、心配させないようにという気持ちは、彼女も一緒だったんだろう。嘘建前でも、こうやって笑顔でしっかりと言葉を紡げるアンナには頭が上がらない。
「それでも、悪かった。ごめん」
「……ええ、そこまで言うのなら、私は貴方を許しません」
「え、いやそれは、えっと」
「勝って戻ってきてくれたら、考えます」
さも真剣を装うように悪戯っぽく彼女は言う。当たり前だ。そうするために俺は、ハルトは力を貸してくれた。
「わかった。決着を付けてくる」
「はい。待っています」
その言葉に送り出され、俺は振り向かずに影の元へ向かった。一歩踏み出す度に体の熱が膨れ上がる。俺の姿が見えた途端、驚いた様子で影は杖を振り、手の平を向けてきた。だが、それはもう今の俺には何も響かない。
今度はすぐに危ない事態だと察したのだろう。手遊びを止めて体を引き下げ構えを取る。
剣士とはまた別の、利き腕と得物を後ろに下げ照準のように手を前に出す構え方。射程に入ればすぐに術を撃つという威圧が見える。
気にしたって無駄な話だ。撃たせればいい。今ならどんな術だって躱し、上回る自信がある。
ペースを落とさず、ゆったりと歩みを続けた。ただ揺れること無く影を見据え続ける。狙いを付けているなら、放つその瞬間を逃さなければいい。
そして、ゴツッと、一つ小さな石を踏みつぶした。
「ァァァァアアアアア!!」
「来い!」
その音を合図に互いに声を張り上げ、空気を震わせる。
これで最後だ。




