ヨルヲヌケ
剣を振り上げ、構えてすら居ない影の元へ跳ぶ。そこでやっと俺の存在に気付いた影は杖を振りかぶりその先端へと力を集め始めた。
だが、遅い。
無防備な素首を刈り取らんと振り抜いた剣を、影が瞬時に反応し杖で受け止めた。
跳ね返る感触は硬質。シルエットは木で作られたもののように見えるのだが、それは少しも傷ついては居ない。折ることは難しそうだ。
先端に溜めていた力は──杖の先には無い。霧散した? いや、そうとも考えにくい。
思考を続けていると、影が杖で勢いよく剣を弾き、空いた左手を振りかぶる。その手の平には霧のような黒が渦巻いていた。なるほど、即座にそっちに移したか。
俺が着地すると同時に、影が左手を解き放つ。大きい塊の雲となって吐き出されたそれは、一直線に突き進んでくる。
視界の大半が黒に染まり、溶け込むように影の姿が見えなくなった。
寧ろ好機、それは相手も同じの筈だ。
姿勢を低くし飛び込むように雲をくぐる。倒れそうになった上体を、左手を地面に叩きつけることで持ち直した。
そうして、未だ左手を掲げているその脇下へ剣を滑り込ませる。
捉えた。
だがその確信は、影の姿と共に掻き消えた。
一瞬で姿を消した影が、また随分と距離を取って元の姿を形作る。その様子から負傷や疲労は感じさせず、いまだに余裕を保っているようだった。
剣しか武器の無い状態で、こうやって距離を離されるのは厄介すぎる。このまま消耗戦を挑まれては、こちらも埒が明かない。
どう手を打つかを考えながら、腰を落として剣を構えた。松明を持った左手は後ろに下げ、自然と右半身が前に出る。
そちらが動かないならと影は手遊びのようにくるくると杖を振り、さっきと似たような黒い霧を無数に作り上げた。先程より大きさは小さいものの、数が尋常ではない。
そうして浮かぶ幾つもの闇が杖を突き出すと共にこちらへ駆ける。鋭い矢が視界を埋め尽くし、怒濤の奔流となって空を貫く。
「チッ」
軽く舌打ちをして半身を保ちながら屈み、剣の峰で矢を受ける。時折耳元を掠める風切り音に冷や汗が伝った。
数が多い分狙いは乱雑。大雑把な守りだが隙間を精密に射貫かれなければ当たることはない。最も、その数の多いうちの一本でもこちらの守りをかいくぐればお終いなのだが。
頼む、頼むぜと誰に届くかも分からない祈りを呟き続けながら体を縮こませる。
ふと体のすぐ隣を過ぎ去ろうとした矢が、剣に添えていた松明の火に焼かれて掻き消えた。
まさか、火或いは光源となるものに弱いのか。
奴の持つ特性がそのまま影ならば、その線も充分に有り得る。そもそもワープする術があるのならこちらの背後を取り奇襲すればいい話。それをしないのは常に光源が俺の背後にあったからか?
一か八か、ほぼ奇跡を願うような作戦とも言えない勝機。だが、このまま相手が撃ち止めてくれるのを願うよりかは数倍マシだ。
深く息を吐くと共に覚悟を決める。忍び寄る不安を押さえつけ、強く正面を見据えた。
やるしかない。
身を浮かすと共に渾身の力で松明を投げる。火車のように回転しながら影の元へと迫る松明は、黒い矢を燃やし、その柄で受け、勢いを弱めながらも目的を果たさんと進み続ける。
それによって生まれた抜け道、削り取られた矢の群れの隙間を逃すまいと強く地面を蹴る。
消え損なった矢は両手で握った剣で叩き斬った。
火を嫌うなら、それが弱点ならば必ず松明を払わなければならない。しかしそれは松明を瞬時に消し飛ばすものではないはずだ。
ただの暗闇では光は消せない。必ず杖で対応する。そして、光が近くにあっては影になれないのなら。
その瞬間、光に触れ、絶対に影になれないであろうその一瞬がチャンスになる。
疲労による限界を訴える両足を、それでも足りないと動かし続ける。ここしかない、やるしかないんだと活を入れ続ける。
そして、後数歩踏み込んで剣を叩きこめるという距離で、ついぞ松明が影に至った。
揺れながら、まだその火は煌々と輝いている。
今度こそ、届く。
視界を焼く松明を鬱陶しそうに見上げた影が、狙い通り杖を伸ばして腫れ物でも触るようにはたき落とした。
そして弾かれた松明の先に俺がいる。狙って叩いたのなら上等、俺の視界を遮りこれに対応させることを狙ったのだろう。
だが、ゆっくりと流れるような景色の中、俺は飛び込んでくる松明の柄を掴んだ。
死に際に、抑えきれない怒りを、恨みを願われた。
捨ててしまった半生を、或いは可能性を渡された。
そして、その全てを果たしてみせると、決意した。
そうして進んだこの道が、この歩みが、この程度で折れてたまるものか。
狼狽えるように影が体を下げる。だがそうして1歩距離を離すごとに2歩、3歩と空いた空間を塗り潰していく。
全く離れない距離に遂に危機感を抱いたのか、顔を背けながら影が杖を振りかぶった。
あと1歩と踏み込むと同時に、影が杖を振り下ろす。
目の前を覆う分厚い暗澹の幕が下りる。振り払おうと左腕を伸ばして松明を突き刺した。暗い幕を光の刃が切り裂いていく。
だが、その闇は晴れなかった。寧ろ左腕の肘までを深く飲み込んでいた。幕の先にあるはずの松明の光が全く見えず、その幕はただただ暗い闇を湛えていた。
それを、恐れてしまった。
本能的な恐怖に取り憑かれた体が、そこで急ブレーキをかけて左腕を引いてしまう。
先ず、まだ左腕が繋がっていることに安堵した。そして握っていた松明の火が、黒く黒く焦げ付いていたのを見て、更に心が安らいだ。無謀にも踏み込まなくて良かったと安心した。してしまった。
それにつけ込むように、影が一瞬で目の前に躍り出る。巨大な威圧感に反応が遅れ、剣を構えることすらままならない。頭上に高く掲げられた杖には今まで見たどの闇よりも暗い気がした。
ああ、これは。
恐れを抱いた俺への裁きなのだろうか。
サカナクション好き




