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暗闇

 音がした方向は後ろ。咄嗟に振り向けば、その顔面がはっきりと視認できる距離にゾンビがいた。松明を高く掲げ、大きく左右に振り回している。


「仲間を呼んだのか!」

「ゾンビとしては有り得ねぇ筈だが、そうとしか考えられねぇよな。マズいぞ」


 叫んだゾンビが動かないのでチラッとまた視線を戻したが、どうやらさっきの遠くに居たゾンビも気付いたらしい。ゆったりとした足取りで、だが確実にその火は近付いてきていた。

 これだけでもう既に囲まれていることになる。間に川が流れているものの、あまり勢いも深さもない川だ。ある程度横幅はあるが渡るのにそう時間はかからないだろう。あってないようなものと考えていい。

 まだ2体だけだが、放っておけば次々と集まってくるだろう。そうなればもうおしまいだ。

 打開するならば、今しかない。


「どうする、打って出るか」

「ありだな、1対1で負けるようならどう足掻こうが負けだ、条件がいい今やるしかねぇか」


 ハルトが腰に手を回し小剣を引き抜く。俺も背中の剣を抜いて半身に構えた。

 そうして数秒硬直していると、横から控え目な足音が聞こえてくる。なるべく顔を動かさず目だけをそちらに向けると、駆け寄ってきていたのはアンナだった。


「起きたか。分かってると思うが今は危ねぇ、俺達の近くのどっかに隠れてろ」

「うん、でもお兄ちゃん、下からも来てる」


 アンナが必死の形相で自分の後ろを指す。その先からはゆったりゆったりと火が顔を出していた。これで3方向。既に囲まれていると言っていい。

 悪態の代わりだろう、大きな舌打ちが聞こえてくる。戦力がわかってさえいれば(いささ)か気は楽なものだが、何処まで増えるか分からないというのはその場の判断すら難しくなってくる。

 早く手を打たなければ、早く早くと気ばかりが急き、思考や集中がガリガリと削られていく気がした。


「一旦逃げるぞ」

「! わかった。逃げるとしてどっちに逃げる」

「川を下る方向だ。アンナ、キツいかもしれないが走れるな? マコト、キツいかもしれないが荷物持って走れるよな?」


 俺に松明を渡し、焚き火の中から適当な枝を引っ張りながらハルトが指示を出す。アンナが荒くだが布を畳んで入れた背嚢を持ってきてくれたので、ずり落ちないようにして肩に掛けた。

 当初の目的通りそれは当初の目的通り南へ下る方向だが、そこにはアンナが教えてくれたゾンビがいる方向だ。

 後続が下にいるかもしれない。中々のギャンブルだろう。


「ゾンビはどうするんだ」

「見た感じアイツらの動きはトロい。戦闘になったらどうなるかわからねぇが、咄嗟の動きができないことを願うしかねぇだろうよ」

「ということはつまり?」

「ああ! 走り抜けザマに一撃お見舞いするってこった。行くぞ!」


 ハルトがゆっくりと走り始める。俺がアンナに目で合図してから走り始めると、それを確認して安心したのかグンと速度を上げた。

 みるみるうちにゾンビとの距離が縮まり、そして二つの影が交差する。

 ただ突っ立ってただけのゾンビは狼のような速さで駆け抜けるその影に全く反応できなかった。ぞぶっという聞きたくないのに耳に残る嫌な音と共に、ゾンビの脇腹が抉れる。痛みに声上げた頃にはその姿は遥か後方だ。

 俺が近付いているにもかかわらず、ゾンビは上半身を捻って後ろを向いている。なんならそのまま振り向いてハルトを追い掛け始めそうな様子だった。


 それはあまりに悠長だ。

 無防備に晒された背中に向かい、大きく剣を振り上げる。

 モンスターノートにゾンビの弱点はこれといって記載されてなかった。聖なる加護云々が効くらしいが、生憎とそんなものは持っていない。

 ただ、ゾンビの弱点は頭だと相場が決まっている。

 勢いに任せて剣を振り抜き、左から右へ切っ先が円を描く。特別重い感触もなく、切り離されたゾンビの頭が慣性に乗ってすっ飛んだ。

 俺と足並みを合わせるようにして頭がゴロゴロと転がる。そうして二度と動かなくなった瞬間、一際強く血液が全身を駆け巡った。


 ああこの感触だ。どうやらゾンビの対処方法は首を刎ねるで正解らしい。いや、もしかするとこの剣に付いている加護自体がゾンビに対して有効なのかもしれない。

 いずれにせよ、この一撃でゾンビを殺せたのは確かだ。となれば勝機がないわけではない。

 アンナにあわせてだろう、さっきより幾分か手加減したスピードでハルトが先を行く。それでも辛そうに荒く息を吐く音が後ろから聞こえてくるが、敢えてそれを無視して走り続けた。

 甘えを見せる余裕は無い。振り向いて声を掛けでもすれば、それは甘えていいという安心感を生みかねない。

 だから、辛かろうが一人で走って貰うしかないのだ。


「止まれ!」


 前方から少し焦り気味の声が聞こえ、取り敢えず止まる。松明を持った左手を横に広げ、付いてきて居るであろうアンナに異常を示した。

 気付けば上がっていた息が、さっきまでの足音の代わりに聞こえ始める。それはさっきより何処かバラバラで、歪だった。


「どうした! ……いや、なるほどな」


 ハルトに歩み寄り事態を訊こうとして、瞬時に察する。ハルトの背に隠れて見えなかったが、松明を掲げたゾンビが2体、道を塞ぐように並んでいた。

 今までのただ突っ立てるだけの警戒心の無さそうなゾンビ相手ならば通り抜けることもできただろう。だが、そいつらは腰を低く構え威嚇するように喉を鳴らしている。明らかにこれまでのとは別だ。通り抜けようとして、仮に一方は捌けたとしてももう一方の一撃を確実に貰う。

 そこで致命傷を、或いは足にダメージでも貰ってしまえば退場は確実だ。


「右を俺がやる。左はやってくれるよな?」

「……おう。任せろ。上等だ、タイマンならボアと全然変わんねぇ」


 横に並んで問いかけると、頼もしい答えが返ってくる。それでこそだ。

 剣を構えじりじりと距離を詰めていく。向こうは棍棒のように松明を頭上に掲げるが、鈍器としてみればただの木の棒だ。遠心力すら殆ど乗らないだろう。全く怖くない。

 言い聞かせるようにして、怯むことなく足を運び続ける。少しずつ、こちらの踏み込みのリーチに入れてからがスタートだ。


 そこまであと数歩、と言ったところで何を思ったのかゾンビがまた叫び声を上げる。耳障りに過ぎるその咆哮に、俺もハルトも一瞬怯んだ。

 今度の咆哮は一瞬ではなく、空気を震わせるように長く、長く咆哮が続いた。

 今のうちに攻めないのか、とハルトを見ると何やら苦しそうに頭を抱え、軽く呻いている。なんだ、この咆哮に何かあるというのか。

 そして、異変は俺にも起きた。


「ぐ、あっ?」


 表現しようのない、幾つもの言葉をごちゃ混ぜにしたような呻き声が頭の中でガンガン鳴り響く。耳からではない、頭の中に直接届いて揺さぶってくるようなそれは、油断すれば胃の中の物を吐き出してしまうような気持ち悪さがあった。

 ふらふらと足が揺れるが、それをどうしても止めることができない。体の動きを正常に戻そうとすればするほどその異常を止めることができなかった。

 これと似た感覚は覚えがある。それは、そう、大きく波に揺れる船の上のような、そんな感じだ。

 やっとゾンビの咆哮が収まり、それに合わせて頭に響く声もピタリと止んだ。


「ハルト、大丈夫、か」

「う、ああ。もう大丈夫だ。お前は回復にはもう少しかかりそうか」

「そう、だな。面目ない」

「別に。まぁ、それよりもこっちが問題だからな」


 その声は何というかおどけているようで、自暴自棄なように感じられる。まだ気持ち悪い頭でどうした? と目で問うと、クイッと顎で前方が示された。

 それを見て気持ち悪さが一瞬で引いていく。


 前方を塞ぐ2体のゾンビのまた後方に、のっぺりとした薄い影のような存在が浮かび上がっていた。大きい、高さはゾンビの2倍以上だ。

 それは朧気で松明をかざせば消えてしまいそうにも思えるのに、凄まじい威圧を放っていた。その捉えづらい輪郭をよく見れば、それは人型だ。

 カーテンのような服装は地面を浸食するように大きく広がっており、下半身は元より上半身のシルエットすらわからない。だらしなく垂れ下がった腕は手の先までその布で隠れており、右手に当たる部分からは細長い杖が生えている。

 頭にはファッションというには過剰なほど鍔の広い帽子を被っていて、その下に見える顔はただただ真っ黒だった。表情など存在せず、ともすればジッと見てると取り込まれそうな気さえする。

 そもそも、これらが服装であるかすら怪しい。言うなれば、どちらかというと外皮に近いような感じがした。それを剥いでしまえば中身など全く存在しないただのハリボテではないかという気さえする。

 その希薄な存在感とそれを上回る威圧が、より一層不気味だった。


「親玉登場って感じか」

「お、元気になったか。で、どうするよ、割と大変な事態になったが」


 ハルトがチラチラと後ろを見るのでそっちを向くと、背後からもぞろぞろとゾンビが来ているようだった。動きの遅い方のゾンビだが、それでも無視するという選択肢は無い。松明を持ったままなんとか左手を差し出してアンナをこちらに引き寄せる。


「うん、そうだな。正面の2体とデカブツは俺が引き受けた。お前は背後を任せる。いいな」

「そっちの方が辛いと思うが、いいのか」

「いい。あれが親玉なら丁度用がある」

「……わかった」


 アンナを挟むようにして、俺達は背を向け合いながらそれぞれの敵を見据えた。肩に掛けた荷物をゆっくりと地面に降ろす。

 親玉を倒せば全てが終わるというのなら、或いは今からでも間に合うかもしれない。そんな淡い希望をきっと、ハルトも抱いている。

 なら、その仕事は彼が適任だ。俺の出る幕じゃない。

 俺にできることは、彼が正面の敵に集中できるようにしてやるだけだ。


「行くぞ。危なくなったら報告しな」

「おう。お前こそ、な」

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