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アライブ

「結局起きてるんだな。お前」

「なんか、体が眠たくなくてな」


 ぱちぱちと特有の音を立てながら燃える焚き火を二人で囲む。時折音を立てて崩れるそれを、木でつついて整えた。

 下からの火は互いの表情がよく見える。ハルトは、今にも泣き出しそうな顔でジッと火を見つめていた。いつもなら影が落ち、隠れるであろうその表情は、やはり逃げ場など無いとでも言うように克明に照らされている。


「本当に、眠いなら寝ていいんだぞ」

「悪いが本当に眠くないんだ。それとも、一人の方が良いか?」


 心配そうな声音に気付いたのか、自嘲気味な笑みを浮かべながら首が横に振られる。


「いい。一人も二人も今更一緒だ。寧ろ、話し相手が居るだけ二人のがマシって感じだな」

「そうか、ありがとうな。俺も無理に寝ろと言われたら困っていたところだ」

「そんときは子守歌でも歌ってやるよ」

「それはいいな。よく眠れそうだ。一刻も早く聞きたくもない歌から逃げなきゃならないからな」


 言うじゃねぇか、と半笑いを浮かべながらハルトは手元の革袋を煽る。一筋、口の端から零れた中身はただの水だった。恐らく、そこの川のものだろう。俺とは違い、かなり用意周到に準備を済ませていた彼とはいえ、常に革袋の中を満たすわけにも行かない。

 得に飲み水は新鮮さが一番だ。


「なぁ、強い人間ってのは、何だと思う」


 水を飲み下し、同時に吐かれる息の勢いにあわせて、唐突にその言葉はぶつけられた。驚いて視線を向けると、濡れた口元を片手で乱雑に拭っている。()めつけるようなその目は真剣で、だがその奥が不安そうに揺れていた。

 その問い、その言葉に覚えがあるとすれば、やはりニルデの事だろう。

 彼にとって、或いは彼女にとっても、互いに心の割合を大きく占めていたらしい。

 なら、誰よりも大きく失ってしまったそれらは、強く心を締め付けるのだろう。そうして生まれた広い(うろ)を埋めようとすればするほどに、過剰な負荷に軋んでいく。

 それを受け止めて放っておくか、ひび割れてでも無理矢理ハリボテを作り上げるかは、自分で決めるべき部分だ。

 彼は、まだ渦を巻く彼のわだかまりに、自分なりのけじめを付けたいのだろう。


「お前は、どうなんだよ」

「疑問に疑問で返すのはズルくないか」

「わからないからな。仕方ないだろ」


 呆れ混じりなのか、鼻からため息のようなものを吐き出してから、ぽつりぽつりと話し出される。


「俺は……少なくとも、俺が強い人間だとは思わない」


 答えとも取れない、独り言のような言葉。話ながら恥ずかしげに笑いを挟むそれを、ただ静かに聞いていた。

 彼がまだ探している途中なら、ただ頭の中で暴れるその言葉を吐き出してしまうのが一番だ。そうやって少しずつ整理していくのを、俺は見届けて、聞き届けるべきだ。ずっと一人で抱えていれば、それは膿んで腐ってどうしようもならなくなる。

 何から何まで吐き出してしまうというのは、それこそどれだけ強い人間にだって必要だ。

 相手が誰であれ構わない。まったく知らない通りすがりの奴でもいい。ただひたすらに吐き出して、受け止めて貰うことが、大切なのだから。


「親父は、多分俺の中で強い人間なんだと思う。俺の中のアイツは抗えないほどに大きい。ずっとその背中を見て生きてきたから、ずっと追い越そうとしてきたから、仕方ないのかもしれないが。でも、アイツは俺達に父親としての自分しか見せなかった。根本にある別の自分を、ずっと隠してきた気がする」


 そこで言葉を切って、次に言うべき言葉を探るようにかぶりを振る。何度か頭をこつこつと拳にぶつけて、ようやく顔を上げた。


「アイツの、最後の問いが、俺に向けた課題だというのなら。俺が今出せる結論は、多分凄く情けないやつだと思う」

「……それは?」

「そうだな。多分俺は、ただただ、ひたすらに死にたくないんだ。死ぬのが怖いんだ。きっと、それが俺の死んじゃいけない理由だ」


 何処か吹っ切れた様子で、ありのままを、当たり前をハルトは伝えてきた。それは本当に混じりけのない本心で、だからこそ色々な思いが込められているのだと思う。

 その結論は、ハルトから言わせればきっと弱いものなのだろう。それもそうだ、ただ死にたくないから生きてますなんて胸を張って言えることじゃない。それは誰もがそうで、そうあるべきだから。

 だがそれでいい。当たり前でいい。単純であるからこそ、それは強い決意として胸に残り続けるはずだ。当事者としての、自分の生の感情として。

 それを、その弱さを認めればこそ。

 きっと強くなれると、彼はそう信じたのだろう。


「悪くないんじゃないか」

「そうか?」

「ああ、少なくとも、答えがないっていうよりは数倍マシだ」

「だといいんだがな」


 満足げな笑みを浮かべながら焚き火に追加の枝が突っ込まれる。ガサッと音を立てて形を壊したそれらは、いくつもの火の粉を宙に浮かべた。

 儚い光を残して昇っていくそれらを目で追う。

 そして、その光はより強い光に塗り潰された。


「おい! 顔上げろ」

「ん、どうし……」


 俺の言葉に咄嗟に顔を上げたハルトが、声を喉に詰まらせた。散り散りになった音はもう生まれることなく、口だけがパクパクと虚しく動く。

 傾斜の上、恐らく向こうはこちらに気付いていないがゆったりと赤い火が揺れている。はっきり松明と分かるその火からは、怖気や不安以外の感情を生み出すことができない。

 あれはゾンビのものだ。間違いない。根拠はないが、体中を巡る警報がそれ以外有り得ないと伝えてくる。


「どうして、もう村は壊滅したってのか!?」

「いやどう考えても早すぎる。やっぱり、アンドルフさんの言っていたことがあってたんだろう」

「親父のが? どういうことだよ」

「あの本隊はやっぱり村の人達を逃がすためだったって事だよ。何が目的かは分からないが、きっと既に村の周りを取り囲んであったはずだ。何処から逃げても、逃げられないように」

「じゃあなんだ、俺達がここまでゾンビに遭遇しなかったのは」

「ああそうだな、ただの運かもっと広く取り囲んでいるかどっちかだろう。後者だったら最悪だな。川を降りてもいずれぶつかることになる」


 ハルトが舌打ちをしながら立ち上がるが、どうするべきかと視線だけを右往左往させている。バレずにやり過ごすのであれば焚き火は消すべきだろうが、そうなると戦闘になったときが本当にまずい。光がない中での戦闘は向こうの独壇場だ。ましてや、こっちにはアンナもいる。


「取り敢えずアンナを起こすか」

「ああ、頼む、任せた」


 できるだけ目立たないようにと屈んで、アンナの元に向かおうとした瞬間。

 耳をつんざく、聞いたこともない高さと音量の悲鳴が森に響き渡った。

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