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 森の奥深く、まだ苗木のそれを掻き分けるように進んでいくと、村の外と中を分ける柵に小さな扉を発見した。

 俺が屈んでやっと通れる位の大きさだ。アンナは大丈夫だろうが、アンドルフさんでは通ることはできないだろう。つまりは、やっぱりここが必要になるほどの事態の時に自分はどうするか決めていたということだ。

 扉の(かんぬき)を外し、先ず始めにハルトが外に出る。それに続いてアンナが扉を潜り、俺が殿(しんがり)をつとめる形になった。

 外は一転してまた背の高い森が続いている。自然の屋根は月の光を隠し、数メートル先でさえも見えないほどだ。やはり怖いのだろう、アンナが一番近くに居た俺に恐る恐る近付き、隠れるように背後に回る。

 ハルトの方は別のことに気を回す余裕が無いという様子だ。となるとアンナを守るのは俺の役目だろう。そう思い、不安げに震える小さな手を握って進み始めた。


「なぁ、灯りは点けられないのか」

「灯りか。普段なら点けてもいいんだが、ゾンビのことを考えると点けない方がいいと思うが」

「松明ならアイツらの仲間と思わせられないか?」

「なるほどな……いや、松明を装備しているのがアイツらだけで、周りにゾンビが潜んでいるかもしれない」

「それもそうだが、ゾンビは灯りがなくても敵を判別できる。確かに点けるとバレやすくなるかもしれないが、それはこっちも一緒だ。暗闇でいきなり襲われるよりは数倍マシだと思うぞ」


 俺の呼びかけに立ち止まり、考え込むように腕を組む。そうしながら横目でチラチラと様子を窺う姿は、やはり何処か見覚えがあった。

 頭を落とし二の腕を指で二度叩いた後、ハルトはゆっくりと顔を上げる。


「わかった。点けよう。俺は夜目が利くから考えてなかった。悪い」

「まだ全然大丈夫だ。で、どうすればいい? 枝を折ってそれに点けるか?」

「いや、一本は多分その荷物の中に入ってるぞ。俺の分はそこら辺の枝を折って作る」


 言われて右肩に背負っていた背嚢を降ろし、口を空ける。取り出しやすいように整備されている中身から、一際高く伸びる木の棒があった。恐らくこれが松明だろう。

 引っ張り出すと、先端は包帯のような布が括り付けられて瘤のように膨らんでいた。全くイメージ通りの松明である。先端を触ると少しだけ湿っていて、布の奥に柔らかい何かがあることが解る。手を離しても元に戻らない事とその感触から、クリーム状の何かだと察しが付いた。

 松ヤニのような何かだとすれば、このままでも燃えるんだろうか。オイルを付けた方が賢明なのだろうが、この暗闇ではどうにも探しにくい。

 背嚢に手を突っ込んで色々と引っ張り出していると、少し離れたところでボッと灯りが付いた。ハルトが例の不思議な術で火を点けたのだろう。近付いてくるそれを立ち上がって迎える。


「なぁ、この松明はオイルが必要なのか」

「ん? ちょっと貸してみろ」


 はっきりと姿が分かるようになったハルトに松明を渡す。自分の枝を持ちながら器用にその松明をいじり、そしてため息なのか苦笑なのか分からない乾いた声を漏らした。


「どうした」

「どうもねぇよ。はっ、あの親父め。こんなものまで上等なもん使ってやがる。元はどんな人間だったんやらなっ! と」


 言葉に合わせて、ハルトが松明の先端をマッチのように木に擦る。爆発するような豪快な音と共に、煌々とした灯りがもう一つ生まれた。想定外の出来事に思わずおお、と声を漏らす。

 確かに木はザラザラとしてて硬いのかもしれないが、それで擦って火が付くなどどれだけ燃えやすい素材だという話だ。寧ろ今まで不意に燃え上がらなかったことの方が不思議に思えてくる。


「ほらよ。当分はこのままで燃える。また火を点けたいときはどっか硬いところで擦れば火が付くから安心しろ」

「おう。ありがとな。アンナ、すまないが片手は空けておきたい。離しても、いいか」


 確認するように言うとアンナはコクリと頷いて手を離す。空いた左手に松明を持ち、右手で剣が抜けるか軽く確かめた。いざという時に抜けませんでは話にならない。

 一通り済ませてから背嚢を背負い直し、先に進み始めているハルトの後を追い始める。

 一歩目を踏み出した辺りで左の裾に軽い負荷を感じた。首をなるべく動かさず横目に確認すると、そこには申し訳なさげな様子で浅く握られた手があった。

 それを見て、不思議と力が漲ってくるのを感じる。

 ハルトは先を見てくれている。注意深く、少しの違和感も見逃さないようにと。

 ならそれに俺も答えなければならない。この場には、俺達しか居ない。互いしか、頼るものがないのだから。


◇◆◇


「見えたぞ、川だ……!」


 押し殺そうとしているが、それでも零れる喜びが抑えきれないといった様子の声が耳に届く。下ばかりを見ていたアンナも、驚きと嬉しさが混じったような顔を上げた。

 何分、いや何時間歩いたか分からないほど歩いた。荷物は重くはないはずなのだが、それが鉛の塊に感じられるほどに、だ。一度もモンスターと遭遇しなかったが、戦闘になったらどうなっていたかわかったもんじゃない。

 ここまでくれば村からも大分離れている。考えたくないが、巻き込まれるか残党狩りにあうかという心配もないだろう。


「今日はここで野宿か」

「ああ。川の近くに焚き火を組もう。そこからは交代制で見張りだ。まずは俺が起きておく、お前は休め」

「いいのか?」

「俺の方がこういうのは慣れてそうだからな。いいぞ、別に。俺は焚き火用の木を取ってくる。それまでにお前も準備しておいてくれ」

「ありがとな」


 気にすんな、とでも言うようにひらひらと手を振り、ハルトは暗闇に溶けていく。ぼおっとした小さな灯りだけがゆらゆらと左右に揺れていた。

 一度決意すれば、もう弱さは見せない。強がりと言えばそれまでだが、しかし強がれるからこそ、彼は強い人間だ。それは何と頼もしいことなのだろう。これでは俺が面倒を見られる側なのではないだろうか。

 安堵のような笑みが口元からこぼれるのを感じながら、川の元まで降りていく。川の周りは他より少し落ち窪んだ地形となっていて、小さく丸い石が散見された。

 その石を足で蹴飛ばして場所を確保し、背嚢を降ろす。


「持ってて貰えるか」


 未だ健気に着いてきてくれていたアンナに松明を向けると、コクリと頷いて大事そうに松明の持ち手を抱えた。その様子は、寧ろ自分にも役割が与えられて嬉しいといった感じだった。苦笑が漏れそうなほどに意気込んでいる様子は危なげだが、その気持ちは痛いほど分かる。

 しっかりと受け渡しを終えてから背嚢の中を漁り始める。水入れや松明の様子からして、これはアンドルフさんが使っていたものをそのまま詰め込んだのだろう。保存食は多めに入っていると信じたいが、この様子だと全ての道具は一人分しか用意されて無さそうだ。

 それでもいい、せめて寝袋に近しいものがあればいいんだが。


 手をかき混ぜるようにして何かないか探していると、一際大きいタオルのような何かに触れた。握って確かめると、それは紐で緩く丸められているらしい。

 周りのものが飛び出さないように引っ張り出し、紐を解く。大きく縦長に広がったそれは、ポケットのような形状をしていた。

 柔らかく厚めな布を長短二枚重ね、端が縫ってあるだけの簡素なものだ。多分きっと、この隙間に体を入れて寝るのだろう。枕は布が長い方を下にして畳むなり丸めるなりすればどうとでもなるはずだ。本当に簡単な作りだが、逆にそれは機能美に溢れていた。


「アンナ、これの使い方分かるよな?」

「はい、本やお父さんの話で時々出ていました。説明が要りますか?」

「いやわかるならいい。アンナはこれを使え」

「え、で、でも、旅人さんの方が疲れてるでしょ?」

「いいんだよ別に。そうでもないから。それにこれを俺が使ってたらいざという時に動けないからな」

「ありがとう、ございます」


 気にしなくていいぞ、と返しておきながらその布を広げられるようになるまで石をどかす。そうこうしているうちにハルトも左腕に枝をたくさん抱えて戻ってきた。


「下にいるから火が見えづらくて困ったぞ」

「悪いな。だが、まぁ文句はアンナに言って欲しいな」

「小さくて悪かったですね」


 この手のには慣れていたのだろうか、即座に不機嫌そうな答えが返ってきて軽く吹き出してしまう。まだぎこちないが、これくらいが丁度いい。いつまでも暗いままでは居られないのだ。

 表向きだけでも明るく笑わなければ、いつかそれは心を腐らせていく。あの感覚は自分で解っていても中々面倒だ。


「その松明ちょっと貸してくれないか。俺の枝じゃあ火を点けるには弱すぎる」

「あいよ」


 呼ばれた俺がハルトに近付いていくと、困惑した顔でアンナが着いてくる。今までがそうだったからその惰性なのだろうが、そのとてとてとした足取りは何処か微笑ましい。


「あー、アンナはもう寝てていいぞ。後は俺らに任せろ」


 ハルトが少し面倒くさそうに言うと、まだ不安げに俺を見上げてくる。でも、と言いたげな瞳はか細い。こういった時にどう答えれば良いか、俺は知らない。だがこのまま手伝って貰うにも渡す仕事がないのも確かだ。


「おやすみ、な?」


 優しくいうとそれで察してくれたのだろう。申し訳なさそうに戻っていき、先程敷いた布の隙間に体を潜らせていく。


「お前は何処で寝るつもりだ」

「そうだなー、木にでも寄りかかって寝るさ」


 夜は更け、川の表面を流れる月の光から、それが高く昇っていることがわかる。考えたくないことを考えないようにしながら、ただひたすらに松明で枝の山をつついた。

 ただ、それらは意地悪するようにいじらしく、ただ煙を濃くするだけで中々燃えてくれない。

 その燻りは、何かを暗示しているようだった。

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