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意志

「クソ! クソがクソがクソがクソが!」


 ある程度の距離を走ってから唐突にハルトは立ち止まり、いきなり悪態をつき始める。声を掛けようと思ったが、収まるまで見ておくことにした。


「クソ、どいつもこいつも、死にたがりしかいねぇのか! なんで、怖くねぇのかよ。本当に」


 言葉を吐こうとするほどに、堪えていた嗚咽も共に出る。自然に出る喘ぎと相まって、その言葉のリズムはでたらめだった。


「何でそんな、簡単に死ねるんだよ……」


 絞り出した問いが、結局ハルトの奥底で渦巻いていたものなのだろう。戦う人間も、戦わない人間も、死を覚悟しながらも残ることを選んだ。

 正気の沙汰だとは思えない。

 だが、この地に残った思い出が、積み上げてきた絆が、その執念を生むのだろう。

 それを全くと言って良いほど理解できないのは俺の経験が足りないからか、そもそも生きてきた世界が違うからか。

 一度全てを失ったこの身では、ここに踏んばるにも軽すぎる。


「行こう」


 心の中を吐き出すだけの叫びが一通り終わったことを確認して声を掛ける。すると、今までのどれよりも鋭い眼光が八つ当たり気味に向けられてきた。


「ここで俺達だけ逃げるのは、全て見捨ててしまったような気がするんだ。駄目か」

「そうすれば、それこそアンナを見捨てることになると思うぞ」

「……悪い。この受け答えも、もう何度目かだな」


 ハルトが空を見上げ、数回深く息を吸う。決心が付いたのだろう。


「そうだな、まだ負けと決まったわけじゃねぇ。親父は相当しぶといからな。念のためにアンナを逃がすだけだ」

「ああ」

「よし、悪かった。行こう」


 最後にパァン! と大きく音が鳴るように自身の頬を張り、ハルトが駆け出す。その走りはただがむしゃらな全力疾走でもなければ、力ない惰性のものでも無い。いつもの調子を取り戻した心強いものだった。


◇◆◇


 家に戻ると、そこにはやはりまだ明かりが付いていた。他の家らしい建物の中には明かりが消えているものが殆どだったから、アデーラさん達も教会に向かってしまったのではないかと不安になっていたところだ。


「アンナ、居るか」


 ハルトの後に続くように開いたドアから中を見やると、そこには並んで椅子に座っているアデーラさんとアンナの姿があった。

 ハルトの声に顔を上げ、安堵するように息を吐く。


「母さん、悪いが」

「ええ、わかってます。あの人がこういう時にどうするかは、想像が付いてましたから」


 言いながらアデーラさんは立ち上がり、アンナの手を引いてこちらに歩み寄る。アンナも分かっているのか、アデーラさんの手を離れてハルトの手を取った。


「旅人さん」


 一歩下がったところで様子を見ていたところをアデーラさんに呼ばれる。歩み寄ると、扉の影から大きな背嚢が引っ張り出されていた。


「これは」

「ええ、夫の……今は、貴方のものです。私が用意できる限りの道具と携帯食は入れてあります。中の地図に記してありますが、ここからずっと北に下ると大きな城下町があるはずです。今は分かりませんが……どうか、頼みます」

「分かりました。すいません」


 かなり大きく膨らんだそれを受け取り、肩に掛ける。ズシリとした感触はきっと、これの重量だけのものではないはずだ。

 一歩進む度に響くそれは、不思議と重いという感覚はしなかった。

 俺が下がると、ハルトが前に出てアデーラさんと向き合う形になる。


「母さんは、どうするんだ」

「私は教会に向かいます。私のわがままでここまで放っておいてしまいましたから」

「わかった。俺は少し外に出るよ」

「ええ」


 ろくに言葉も交わさず、ハルトは踵を返す。手を繋がれたアンナが心配するように二人の顔を交互に見ていた。

 言葉を交わせば辛くなる。別れを紡げば決意が揺らぐ。それは互いを思う行動のようで、何処か独善的で残酷なような気がした。

 それはハルトが一番わかっている。一歩進む度に、溢れる気持ちを殺している。なら、俺がそれを問うのは、今更後ろに引くようなことをするのは、あまりに酷だ。

 アンナを挟むようにしてハルトの横に立つ。

 

「外に出ると言っても、何処から出るんだ。あの様子じゃ周りを囲まれててもおかしくないぞ」

「親父の森から出る。あそこからなら視界も悪いし、外に続く隠し扉もある」

「数日は野宿になるか」

「そうなるな。その、地図に書いてある城下町ってのが近いなら助かるんだが、まぁそう甘くは行かないだろう」


 早歩き気味にもかかわらず、アンナはしっかりと着いてきてくれている。俯いた顔から表情は窺えないが、それでも、だ。

 もう少しで村が戦場になる。火の海が広がり、血の雨が降り、死体の山が築かれる。

 それを今すぐ受け止めろというのはやはりあまりにも現実味がない。今も周りはこんなに静かで、空気は澄んでいるのだから。

 だからこそ、戦うと宣言することもできるのだろう。現実の死を目の前にして、どれ程の人間がそれでも尚と剣を取れるのだろうか。

 俺は、仮にそうなった時。剣を振り続けられる自信がない。


「森を出た先に大きな川がある。南と北に伸びている川だ、辿り着けば後の道のりは楽になるはずだ。それまでは、危険だが歩くぞ。いいな」


 振り向かずに放たれたその口調は、答えは聞かないという意志が感じられた。

 どう足掻いても、やるしかないのだ。言い訳も御託ももう要らない。

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