過酷転生
「なんだ!?」
「嘘だろ……」
その鐘の音が鳴り響いた瞬間、アンドルフさんとハルトが切羽詰まった顔で外を見やった。かなりマズいことが起こったことが、その表情から容易に分かる。
多分、今から行こうとしていた物見で鳴った鐘だろう。村の安全を守るために、常に誰かが詰めているに違いない。
その鐘が鳴ったということは、即ち外部から危険がやってきたということだ。
心当たりは一つしかない。
「アデーラとアンナは安全なところに移動しろ。お前らは俺に着いてこい、急ぐぞ!」
ドアを開けると同時にアンドルフさんが叫び、駆けていく。一歩遅れてハルトと俺も続いた。
夜の村は暗く、家の周りにしか明かりが見えない。薄い月明かりを頼りに、アンドルフさんの影を追った。
こういった時に星が綺麗によく見えるのは、何処か不吉だ。
ただひたすらに走って行くと、遠方で他の明かりより頭抜けて高い場所にある明かりが視界に入る。物見というのは、きっとあそこだ。
「どうした! 何があった!」
俺達より一歩速く着いたアンドルフさんが、上を見上げて叫ぶ。すぐに上に居た人が顔を覗かせ、その緊張した顔を一瞬綻ばせた。
「アンドルフさん! とにかく上がってください!」
「わかった!」
三人顔を見合わせて頷き、側面の梯子を一人ずつ登っていく。物見の作りはいわばT字状になっていて、上は数人詰めても問題ないほど広そうだった。
登り切り、物見の人があちらです、と指さした方向に目を向ける。
その光景を見た瞬間、体から湧き上がった何かを表現することはできない。ただ不気味でゾッとしたというのでもなく、恐怖に足が竦んだというのでもない。
あの帰りに見たゾンビ達が、高く高く松明を掲げ、尋常ではない数で行進していた。
落ち窪んだ虚ろな眼窩を晒し、降り注ぐ火の粉に肉を燻らせ、呻き、それでもなお悠長な足取りでこちらへと進んでくる。
普段あまり動じた様子を見せないアンドルフさんも、これには口をあんぐりと開けていた。
「何だありゃあ……」
ハルトが思わず呟き、物見の人は今にも死にそうな心配顔でこちらを見ている。想定外過ぎる事態に、自然と歯ぎしりをしていた。
後悔しても遅いし、あの時どうこうしたところでどうにかできる問題ではないのは分かっている。ただ事の起こりに立ち会った当事者として、自分に腹が立った。自分が、自分がという声が頭を蝕んでいく。
「鐘の音は聞こえたはずだ。いずれ村の戦える奴ら全員が集まる。そこで話そう」
「どうするつもりなんですか、アンドルフさん」
「単に操りきれてないだけかもしれないが、アイツらの行動は見つけて下さいと言わんばかりだ。こちらに存在を示して、逃げて下さいと言っているようにしか思えない」
「じゃあ、皆さんで逃げるおつもりで?」
「そうとは決まっていない。それは、皆で決める」
これ以上伝えることはないといった様子で、アンドルフさんは梯子から下に降りていく。
夜でも活動に問題がないモンスターが松明を掲げ、さらに集団行動を取っている。到底有り得る話じゃないのだろう。ましてや、本来出没しない地域で、だ。
絶対に何かある。それは何だ? 何が狙いでこんな手間が掛かることをしている?
考えても考えても頭には何も浮かんでこない。ここでの経験が、情報が少なすぎるのだ。
「俺達も降りよう」
「ああ、そうだな」
ハルトに促され、俺達も物見から降りる。そこから、どれだけ時間が経ったんだろう。ただ気の焦りを抑え込むだけの無為な時間が流れた。
そうして待って、やっと村の若い男が全員集まったらしい。ざっと見ても50人居るか居ないかだ。戦うには、あまりに少なすぎる。
アンドルフさんがその集団の前に立ち、おもむろに口を開いた。
「全員、集まったみたいだな」
アンドルフさんの声に答える者は居ない。ただ真剣な眼差しが、射貫くように向けられる。
「現状を説明する。遠方にゾンビの大群が、こちらに向かってきている。本来ここには居ないはずだが、原因は分からない。移動は遅いがそう時間もかからずこの村に着くだろう。そうなれば、どういう事態になるか目に見えている」
そこで言葉が切り、全員が事態を把握したか確認するように見回す。そうやってたっぷりと溜めてから、次の言葉が放たれた。
「俺がお前達に聞きたいことは一つだ。家族を連れて逃げ、この村を捨てるか。戦える俺達全員で戦うか。幸い時間はある。自分で決めてくれ」
「あんたはどうするんだ」
「俺か? 俺はお前さん達の答えに合わせるよ。負け戦は嫌いなんでね」
どこからか飛んできた疑問に答え、満足か? とアンドルフさんが目で問う。アンドルフさんに向いていた目が、考え込むためかバラバラの方向に変わっていた。
それはまるで、どうにかして自分の心を見られないかと試しているかのようだ。
「戦う。俺達は、その為にやってきたんだ」
始めに声を上げたのは、集団の中でも大分若いグループだった。よく見れば、今朝出会ったハルトの友人も居る。ハルトも目を丸くしている辺り、やはりハルトのグループなのだろう。一瞬、アンドルフさんの眉が寄った気がした。
「俺もやるぞ、村を守るんだ!」
「ああそうだ! 村を捨てるなんざ真っ平ゴメンだ!」
「戦うぞ!」
一つの声から広がっていくように、どんどんと勢いが増していく。あちゃー、とでも言うようにアンドルフさんが頭を抑えた。その様子から、バツが悪そうにハルトが目を逸らす。
「よぉし、お前らそれでこそだ! やるぞ! 準備に掛かれ、小便と愛の言葉は済ませておけよ!」
「「「オォー!!」」」
アンドルフさんの言葉が起爆剤となり、大きな雄叫びの渦が空気を震わせる。全員、どうにかなってしまったかのように生き生きとした様子だった。
各々装備や周辺の準備を始めている中、ハルトがアンドルフさんの所に歩み寄る。
「親父、俺らはどうすればいい。俺は弓なら自信がある」
「ん? ああ、ならアンナを連れて逃げろ。申し訳ねぇが旅人さんも一緒に行って保護してやってくれ」
「……は?」
さも当然という指示に、俺もハルトも長いこと固まってしまった。アンドルフさんはアンドルフさんでその間に周囲に指示を飛ばしている。
「おい親父! それはいったいどういうことだよ!」
「言葉通りだ。俺はここで戦うからアンナを守れないし、そうなるとお前に任せるしかないだろ。アデーラは言っても聞かなさそうだからなぁ。昔から、頑固なところはとことん頑固だからなアイツ」
「このッ……クソが!」
相手が聞く耳を持ってないと分かったハルトが、精一杯の悪態を吐きながらずかずかと歩き去って行く。ハルトについて行ってくれと言われた以上は、そのあとを追うべきなのだろうか。
少しオロオロとしながらも、取り敢えずその後ろ姿を見失わないようにと踏み出すと、その出鼻を挫くように声が掛かる。
「マコト」
「その呼ばれ方は初めてですね。どうしました? アンドルフさん」
いつもより数倍も真剣な声で呼ばれ、思わずおどけてしまう。それはまるで、いつもと逆の立場に立っているようだ。
「辛いことを任せる。すまない」
「いえいえ、この位しないと、今日は朝出てしまいましたから。今日の分の働きがまだでしたしね」
「はは、そうだな。働かざる者食うべからずだ」
「アデーラさんの料理は美味しいですから、大分頑張らないとですね」
「当たり前だ」
そういうやり取りの末、互いの笑いも小さくなっていく。上がっていた口角は次第に元に戻っていき、それに合わせるように視線も下がっていた。
「頼んだぞ」
「ええ」
もう互いの表情は見ない。
届く声に背を向けながら、俺は向かうべき場所へ走り出した。




