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6-4 誰にも渡さない

 王宮で静養して三日目のシェルの元へ、光月が見舞いにやって来た。


「しっかし物騒だよな」

 

 寝台の横の椅子にどかっと腰を下ろすと、光月は勝手に卓の上の果物を食べはじめた。

 果物を食うのは勝手だが、飾ってある花には触れるなよ、とシェルは思った。


 清蘭が庭で摘んできてくれる花は、まるで彼女のように楚々と咲いている。


「王宮内で爆発とか、信じらんねぇぜ。藍国は警備も手薄なんだな」

「否定はできんな。今後は警備も強化されるだろうが」

「ふーん。持ち物の検査とかされんのかな。参ったなー」

「なぜ、お前が困る?」


 シェルが目をすがめた。眉間にしわを寄せているから、とても人相が悪い。


「なんで睨むんだよ、おっさん」

「睨んでるわけではないのだが」


 光月の顔はぼんやりとして、目鼻立ちもあいまいだ。


(うーむ、よく見えん)


 そう言うと、シェルは光月に顔を寄せた。


「うわ、やめろって。近いぞ!」

「眼鏡がないから、しょうがないだろう。うん、確かに赤い瞳に憎たらしい顔は、光月だ」

「お、おう」


 ナツメをかじりながら、光月はうなずいた。少々腰が引けている。


「お前、誰かに似ているな」


 ぼそっとシェルが呟いた。


「そ、そーいえばさぁ。清蘭はどうしたんだよ。あの姫さんなら、あんたにずっとくっついてるだろうに」

「……確かに」


 連日、この部屋に詰めていた清蘭だが。今朝は一度も顔を見せていない。



 シェルは寝台から降りようとした。だが、床に足をつけて歩きだしたとたん、痛みに呻いてしまった。


「おいっ。まだ歩くなよ。傷がふさがってねぇんだぜ」

「これくらい平気だ。姫さまが、いらっしゃらないなんて妙だ」


 シェルの息遣いは苦しい。なのに光月は、ぷっと吹きだした。


「何がおかしい?」

「いやー。あんた、清蘭に愛されてるって自覚があるんだな。すげーわ」

「なっ!」


 何を言うんだ、この男は。


「赤くなってかっわいいねー」

「大人をからかうな」


 不機嫌な表情をしてみたが、顔だけではなく耳まで熱い。


「みっともない」

「別にみっともなくないぜ」


 ナツメが気に入ったのか、光月は皿ごと手に持ち、次々と緑の果実を口に運んでいる。


「そんだけ好きになれる相手がいるって、羨ましいな」

「お前にはいないのか?」


 光月は唖然と目を見開いた。つまんでいたナツメが床に落ちて転がる。


「考えたこともなかった」

「そうか。そういうものかもしれないな」


 分からなくはない。自分も、もし今も故郷のパラティアにいれば、清蘭と出会っていなければ。

 身も心も捧げたいと願う人と、巡り合うことはなかったかもしれない。


「俺は……っうか、俺らはさ、人の運命を狂わしちまうことがあるんだ。だから、人と深く関わるのは正直怖いんだよな」

「そんな風には見えないが」

「軽口をたたいて賑やかにしていれば、まぁ相手にはばれないわけさ」


 暢気そうで軽そうなのに。こいつはこいつなりに苦労してるんだな。


「ところでさ、やっぱり姫さんのことが好きなんだな」


 突然の指摘に、シェルははっとした。

 慌てて取り繕おうとしたが、うまい言葉がでてこない。


「……なんということだ。これまでひた隠しにしてきたのに」

「いや。愛情はダダ洩れだと思うぜ」

「ああ、格好悪い」


 年の差を考えろ。身分の差を考えろ。立場を考えろ。

 必死に自分に言い聞かせるけれど、どれも効果が薄い。というか効果がなかった。


 自分だけを慕ってくれて、姿を見かけるたびに飛びついてくる愛らしい姫さまを、どうして嫌うことなどできようか。


「ま、あたふたしてる方が人間らしくていいぜ。シェル」

「初めて私の名前を呼んだな」

「そうだっけか?」


 光月はとぼけた様子で肩をすくめた。

 その時、扉を遠慮がちに叩く音が聞こえた。

 シェルは「今の話は内緒だ」と、唇の前で人差し指を立てた。すでに心の乱れを悟られぬように、表情は落ち着いている。


 ◇◇◇


 清蘭はためらいがちに扉を叩いた。

 中から返事が聞こえる前に、扉が開く。顔をのぞかせたのは光月だ。


「どうしてあなたがいらっしゃるの?」

「見舞いだよ。さ、入った入った」

「いえ、ここはあなたの部屋ではないのですが」


 中に入ると、つんと鼻を刺激する消毒薬のにおいに混じって、甘い果実の香りがした。

 でも、寝台から離れた卓の上に果物のヘタが残っている。


「あなたが食べてしまったのですか?」

「うまかったぜ。干した果実もいいが、生も結構甘いな。藍国の気候がいいのかな」

「あれはシェルに用意したんですよ」

「まぁ、細かいこと言うなって」


 いつ会っても気楽そうな人だ。


「姫さま。今日はどうなさったんですか?」

「え? わたくし、何かしましたか?」


 首を傾げる清蘭と、なぜか「しまった」と呟くシェルを見比べて、光月がにやにやしている。


「姫さんが、いつもよりも遅いから落ち着かなかったんだよ。な、シェル」

「うるさいぞ」

「照れるなって」


 いつのまに、こんなに仲良くなったのだろう。光月は堅いシェルとは正反対の性格なのに。


「遅れたのは、これが理由なんです」


 清蘭は布の包みをさしだした。シェルのてのひらに載せ、布を解く。中からでてきたのは眼鏡だった。


「図書室ですぐに見つかったんですけど。レンズが割れていて。それで修理に……」

「まさか街に出られたのではないでしょうね!」


 急にシェルが大声を出すから、清蘭は身をすくめた。


「いえ。侍女に頼んだのです」

「そうですか。なら、よかったです」


 シェルは眼鏡をかけると「よく見えます。ありがとうございます」と言った。

 清蘭が子どもの頃、シェルは眼鏡をかけていなかったけれど。記憶の中では、ほとんど彼は眼鏡をかけていたから。


 なにも顔につけていないシェルを見ると、不安でしょうがなくなる。


「どうなさいましたか? 物憂げなお顔をなさって」

「えっ?」


 表情に出てしまっていただろうか。清蘭は思わず自分の顔を触った。

 シェルはふと手を伸ばしかけた。けれど、ためらいがちにその手を下ろす。


「妙な感じですね。これまででしたら、姫さまはすぐに私に飛びついていらしたから。もう何日飛びつかれてないのでしょうか」

「わ、わたくしだって怪我をしている人に、無茶なことはしません」

「怪我の前からですよ?」


 うっ。

 清蘭は言葉を失った。


「もう大人ですもの」

「そうですね。大人でいらしゃると思いますよ。ただ……」


 ただ、なんだろう。

 続く言葉を待ったけれど。シェルは言葉をくれない。

 ただ清蘭をじっとみつめているだけだ。


「あー、もうじれったいな!寂しいから抱きついてくれって言えよ!」


 光月が声を上げるのと同時に、清蘭の背中を強く押した。そのままよろけて、シェルの胸に倒れ込んでしまう。

 すぐに離れることもできたのに。背中の傷が痛んではいけないと、考えもしたのに。


 清蘭は、そっとシェルの背に腕をまわした。筋肉質の引き締まった体、でも服の上からでも包帯が巻かれているのが分かるのがつらい。


「ひ、姫さま」

「今日は抱きつくのではなく、わたくしが、あなたを抱きしめたいのです」


 シェルの手は、清蘭の背にかすかに触れたと思うと、また離れてしまう。

 それがもどかしくて、清蘭はシェルの顔を見上げた。


「どうしたのですか?」


 シェルは今にも泣きそうな表情をしていた。戸惑ったように清蘭と目を合わせては、横を向いてしまう。


「いえ、なんでもありません」

「なんだよー。姫さんが来てくれないし、抱きついてくれないから、寂しかったって正直に言えばいいのによー」


 軽口をたたく光月を、シェルはにらみつけた。

 いつもの精悍なシェルだ。けれど、やはり清蘭に視線を戻すと、その瞳は揺らいでいる。


「どうせ俺とか、妹の前でだけそういう顔を見せてんだろ? かっこつけてないで、姫さんにも素の顔を見せろよ」


 じゃあな、と手をふって光月は部屋を出ていった。

 光月がいなくなったせいか、開かれた窓の外でさえずる鳥の声と、紅水河の流れる音がよく聞こえた。


 清蘭もシェルも騒がしい性質たちではない。二人きりでいることだって慣れている。

 なのに、どうしてこんなにも沈黙が気になるのだろう。


 というか、いつまでも抱きついているわけにもいかない。清蘭が手を離そうとすると、シェルによけいに強く抱きしめられた。


「あの、動けませんが」

「姫さま。今の私には、もう余裕なんてないんですよ」


 たくましい腕に拘束されて、身動きができない。


「もしあの爆発で姫さまに何かあったらと思うと、鉤爪で心を掻き毟られるように痛むのです。お姿を常に拝見していたい。ほんの一時でも離れていたくない。最近になって気づいたこの気持ちは……護衛としての範疇を越えています」


 ぽつりぽつりとシェルが言葉を紡ぐ。


「私は卑怯です。姫さまがいつまでも子どもでいてくださったら、私を慕ってくださることを嬉しく思うだけで済むと。けれど、あなたは私に大人として恋してくださっています」

「ええ、確かに好きと伝えました」

「私もです」


 しばらく瞼を閉じた後、シェルは腕の中の清蘭をまっすぐに見つめた。空と同じ青い瞳には、清蘭しか映っていない。


「どこの王子だろうが、どんな高貴な相手との縁談があろうが、私はあなたを誰にも渡しません」

「シェル?」

「愛しています、清蘭」


 さらりとした清蘭の髪を手で梳くと、シェルはそっと唇を重ねてきた。


 窓から吹き込んだ風に、卓に飾られていた花が揺れる。

 青い花びらが、二人が寄り添う寝台の上に儚く散った。


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