6-3 爆発
アシアが恋愛小説を借りたいというので、三人で王宮の図書室にやって来た。
技術に関する書が多いが、蔵書の中には恋愛小説や実用書も存在する。『秘伝、これであなたもモテモテです』なんて、冗談としか思えない本まである。
「アシアは恋愛小説が、嫌いなんだと思っていました」
「わたしならこうする、と補って読むと参考になる。拘束してくる男から、いかに逃げるか。どのように反撃するか、とか考えながら読んでいる」
「楽しみ方が、違うんですね」
アシアを軟禁したり、拘束するような度胸のある男性はいないと思うけれど。
「アシア。早く決めろ」
書架と書架の間に立つシェルが、声をかけてくる。
狭い通路が、シェルがいるとさらに窮屈に感じる。
アシアはまだ借りる小説を決めかねているようだった。その間に、清蘭は技術書の棚へと向かった。
その時、ふいにシェルが清蘭の方へ足を進めた。
「姫さま、こちらへ」
「え、どうしたんですか?」
「風を感じる。窓が開いています」
急に肩を掴まれて、シェルの方へ引き寄せられる。
シェルはすらりと剣を抜いて身構えた。
側にいるだけで、ピリピリとした緊張感が伝わってくる。侍女が窓を閉め忘れただけかもしれないのに……と清蘭は考えたが。とても言いだせるような雰囲気ではなかった。
「アシア。姫さまを」
「分かった」
すがめた青い目が追っているのは、数列先の本棚だ。本と棚板の隙間に、黒い影が見え隠れする。
「賊が侵入しています。アシア、姫さまの側から離れるな」
「兄さま。足音は……一人だ」
「……窓から出ていったな」
侵入者がいなくなったのなら、警戒を解いてもいいはずなのに。二人ともさっきよりも厳しい表情をしている。
「姫さま、アシア。伏せろ!」
叫び声とともに、床に体が押しつけられる。シェルが清蘭をかばって、のしかかってきた。
その時だった。ドゥッ!と激しい音が聞こえたのは。
激しい音に鼓膜が痛くなる。
バサバサと書架の本が床に散乱した。
きなくさいにおい。辺りに充満していた煙が晴れると、床には破けた本が散乱していた。
「……爆発したんですか」
まだ清蘭はシェルの体の下にいる。彼の腕の間から、清蘭は顔を出そうとしたが、大きな手で頭を押さえつけられた。
「動かないでください。まだ……」
再び爆発が起こり、シェルの指示がかき消される。
「うっ……」
「ど、どうしたんですか?」
煙に咳きこみながら尋ねても、シェルの返事はない。
「兄さま! 兄さまっ!」
狼狽するアシアの声。シェルは自分の上にいるのに、返事もなく動いてもくれない。
「シェル。返事をしてください」
ずしりとシェルの重みが増した。答える声はない。
清蘭はなんとか体の向きを変え、自分を守るシェルに向き合った。辺りはまだ煙が残り、薄暗い。
「……姫さま。ご無事ですね」
「は、はい」
よかった。少し返事が遅れただけだ。シェルは床に両肘をついて、体を浮かせてくれた。
けれど、ほっとしたのもつかの間だった。
シェルが目を閉じ、そのまま清蘭の横に倒れ込んだのは。
「シェル?」
彼の背中に手を回すと、てのひらがべったりと鮮血に染まった。
「清蘭。兄さまを揺らすな。頭を打っている可能性もある」
「ア、アシア。血が、シェルの血が」
立ち上がったアシアは、辺りを確認した。散らばった本と共に、黒く焦げたかけらが床に落ちている。
「火薬に金属片を混ぜてある。卑怯な手だ」
「そんな……」
恐ろしさに歯が噛みあわずに、がちがちと音を立てる。
「すぐに救援が来る。下手に動かない方がいい」
「でも、シェルが」
「兄さまは清蘭の護衛だ。清蘭を守るために犠牲になることに、問題はない」
清蘭は目の前が暗くなる思いがした。
いつも傍らにいて、護ってくれるシェル。でも事が起これば、彼は自分の命さえも投げ出すのだ。清蘭を生かすためには躊躇いもなく。
あの日、幼い清蘭に忠義の誓いを立てたシェル。
その契約の重さを、初めて知った。
アシアは瞼を閉じ、深く呼吸した。
自分の心を落ち着けるように。
「わたしには守るべき人がいない。だから、さっきは取り乱した。だがわたしもパラティアの人間、もう平気だ」
アシアの握りしめた拳は震えていた。
ああ。アシアは強いのではなくて、強くあらねばならなかったのだ。
王宮内での爆発だけあって、すぐに助けは訪れた。
「護衛の者は大丈夫ですから。姫さまも、ご自分の部屋にお戻りください」
「いいえ。ここにいます」
医師に勧められても、清蘭はシェルの寝台の側に座ったまま動かない。
シェルは背中から胸にかけて包帯を巻かれ、今も眠ったままだ。
「しかし姫さまが無傷で、何よりでございますな」
「シェルがかばってくれたからです」
ほんのわずかなかすり傷さえも、清蘭にはなかった。着ている服が金属片で引き裂かれた程度だ。
自分は命をかけてまで守られる存在ではないと、清蘭は思っている。けれどこの考えは、シェルの想いや願いを踏みにじるものだ。
「こんなわたくしのために……ありがとう」
清蘭は瞼を閉じて、シェルの手の甲にひたいをつけた。
「……まるで誓いの儀式ですね」
冷たい手が、清蘭の頬に触れる。
「怪我はございませんね?」
「シェル……」
「どこか傷むのですか? 打撲ですか?」
「う……ううっ」
意識が戻ったばかりなのに、清蘭のことばかり心配するシェル。
(あなたの方がつらいはずなのに)
泣いてはいけないと分かっているのに、後から後から涙がこぼれてくる。
シェルはおろおろしながらも、上体を起こした。
いつもの慣れた柑橘系の香りではなく、髪にしみついた煙くささと、きつい消毒薬のにおいに、余計に泣けてくる。
「シェルが死ななくて……よかったです」
「死にませんよ。私がいなくなったら、姫さまをお守りすることができないでしょう」
「そうですけど」
清蘭を守るためだけに、シェルは存在するのではない。
「守られるだけなんて、いやです」
「ええ……存じています。それでも私にとっては姫さまは唯一の方。守らせてください」
背中が痛むのだろう。シェルは歯を食いしばり、表情をゆがめた。
清蘭は椅子から立ち上がり、寝台に膝をついて彼を支える。
「姫さまに怪我がなくて、本当によかった」
抱きしめてくれるシェルの腕は、いつもよりも力が弱かった。
平和な時はいい。けれど、また何かあれば……シェルはぼろぼろになってしまう。
それが、とてもつらい。




