53.婚姻の儀の裏で③
どうやら何かが変化したことに気付いたかたは少なくないようですが、その原因であるのが花嫁であるところの私であることは、王弟殿下にしか分からなかったようです。少しのざわめきが生まれ、そしてすぐに引きました。ざわめいたのがおそらく、この結界の維持を任せられているかたがたというわけで、そうするとわりに人数は揃えているようです。もっとも魔法に敏感な方だけでなくとも、聡いひとならば、今我々が世界から切り離されていることに心許なさくらいは感じるかもしれませんので確実ではありませんが。
さて、その王弟殿下はと窺うと、やはり目が合いました。というより睨みつけられています、私。けれども表だって何もしてこないのは、おそらくは意図が分からないせいだと思います。世界から隔てられたところで、誰にも得はなさそうに思えますからね、まさか私がこの婚姻を、世界から見て無効なものだとしたいのだとは、そうそう思いつけることではないでしょう、多分。
――何の真似だ
王弟殿下の口がはっきりとそう動きました。私は口元に笑みを刻み、そしてそこで、誓いの辞となりました。もちろんそういうタイミングを狙ったのです、偶然ではありません。
「‥‥それでは陛下。
貴方は‥‥マール・クルス姫を伴侶とすることを誓いますか?」
やはり聖職者にエンの名は敷居が高かったようです。濁してきました、これは神聖な儀式なのでは?正式な名で執り行うべきなのでは?とは言っても仕方がないので口には出しません。あとで兄にでもこぼすことにいたしましょう、もっとも兄も私の名を呼びませんけれどね。
「‥‥誓います」
本当に大丈夫なのだな、とちらりと流した視線が語っていたので、大丈夫ですと心で答えました。
「‥‥それでは殿下。
貴女はアデランテ・カミノ国王陛下の伴侶となることを誓いますか?」
「誓います」
己の声が空気に解けて消えて、私は結界への割り込みを解除しました。その間中ずっと、王弟殿下の視線が突き刺さっておりました。いえ、解除してからもずっと、今度は怪訝な視線が突き刺さりましたが、私ははっきりと無視しました。
正直なところ、いくら私が宵闇のエンの記憶を持っていても、ここまで年季と気合の入った結界にちょっかいをかけるのは負担でした。まして相手にはおざなりとはいえ呪文があり小道具があり陣があります。それに魔力だけで抗するのです、たったひとりで。それを選んだのは私ですし、もちろん勝つ公算はあったのですけれど。




