第7話:妖精学研究室①
「銀翼馬魔とても美しかったわね! 銀翼はもちろんあの鬣の輝きったら! それにうなじも素晴らしくて……蹄も……」
「ハハハ、チルル君は生粋のテイマーだな」
興奮してまくし立てるチルルにライゼルさんが笑う。
ライゼルさんの好意で僕らはペガサスの定期健診を見学させてもらったのだ。
「本当にきれいな馬でした。元気になってよかったです。
でも、僕ら本当に見学してよかったんですか?」
迷宮のような王立学院のかなり奥まったところで行われていたので普通は部外者は入れないのだと思う。
ピリッとした空気が張り詰めていて正直かなり緊張した。
チルルも感動を押し殺して見学していたので、その反動で今饒舌なのだと思う。
「大丈夫さ。あの馬魔たちが元気になったのは他でもないダイチ君のおかげなんだからな。調教師たちも君ならばと快く許可してくれた。
馬魔たちも君が助けてくれたのがわかるのか、かなりリラックスしていて驚いたぞ」
「そうなんですか?」
「そうとも。銀翼馬魔はその辺の魔獣とは格が違う大変誇り高い生き物だからな。
普通はあんなに近づけんぞ? さすがはM級冒険者とその護衛の優秀なテイマーだと皆感心していたところだ。まったく気づいていなかったのか?」
ライゼルさんがちょっと呆れたように言うが僕はあまりピンとこない。
……そうだったんだ。
「さあ、馬魔の話はこの辺でいいだろう。いよいよ本題だ。
私の所属する妖精学研究室に向かうぞ。何度か途中で転移するからはぐれないようしっかりついて来たまえ」
「は、はい」
僕らはライゼルさんの後ろにぴったりくっついて進む。相変わらずどこをどう進んでいるのかさっぱりだ。
広すぎるし、魔法の認証やロック解除みたいな機構が多い。
迷子になったらとてもじゃないが抜け出せない。
ライゼルさんにとっては日常のようで迷いなくずんずん進んでいく。
「さあ、着いたぞ。ここだ」
ライゼルさんに着いて二重扉をくぐって中へ入る。
とても明るい。まぶしくて僕は思わず目を細める。
「あれ? 外に出たの?」
チルルが声をあげる。
僕は目を開けた。本当だ。草原と泉、奥には木立も見える。
……ここが研究室?
僕は思わず首を傾げた。
研究室というからには理科室とか科学室みたいな部屋を想像していたけれど、これじゃ中庭だ。
「いいや。れっきとした室内さ。よく見てみたまえ。周りには壁もあるし空ではなく天井だだろう?」
「あ、本当。すごく広いドームみたいな空間なのね」
「こんな場所だとは思ってもみませんでした」
驚く僕らにライゼルさんが胸を張る。
「まあ、そうだろうな。王立学院はよその学校とはまったく規模が違う。
研究室とひとくちに言ってもその研究内容や対象によって空間ががらりと変わるからな。
ここには使役妖精たちのために自然環境を再現しているのだ。
例の根粒菌を培養した部屋はまた別にあるぞ」
「へえ、そうなんですね。研究室って勝手に一部屋だと思ってました」
「ハハハ、それじゃあとても驚かせたな」
チルルがきょろきょろと辺りを見回しながら聞く。
「ライゼルさん。妖精ってどんな生き物ですか?
妖精の使役はテイムと近い魔法技術だけど、精霊の加護が強い人しか使えないって」
「ほう、チルル君はさすがよく知っているな。その通りだ。
妖精使いになるには精霊の加護が必須だ。
妖精はその美しさから非常に人気の高い存在だが、加護がないものは携わることができない。
そのため人気のわりには研究者の数は限られているというわけだ。
さて」
そこで言葉を切るとライゼルさんが僕らを見てニヤリと笑う。
「では、実際に妖精を呼んでみせよう」
ライゼルさんがパチンと指を鳴らす。
するとブワッと風が吹く。驚く間もなく辺りの空気がキラキラときらめき始める。
あわいパステルカラーの光がいくつも空中に舞っている。
「あ!」
気が付けば色とりどりに輝くたくさんのチョウに囲まれていた。
いや。よく見ればそれはチョウじゃない。確かに翅や触角はチョウにそっくりだけど体の部分が人間だ!
チョウの特徴を持った小さな人形のようにも見える。
見とれていると、ふいに妖精が一頭躍り出て、くるりと宙返りするとワンピースのような体毛を揺らしながら優雅にお辞儀する。
「かわいい!」
僕とチルルが同時に声を上げた。
きれいだし、動きがとてもチャーミングだ。
さっきのアルジャンペガサスは近寄るのも緊張する美しさだったけど、妖精たちは思わず触れたくなる美しさだ。
ライゼルさんが得意そうに笑う。
「そうだろう! なんといっても妖精の一番の魅力はこの可憐さだとも!
特に蝶型妖精はこの世で最も美しい生き物だと言っても過言ではない。
どんなに面倒な研究もこの愛嬌があるから乗り越えられるというものさ」
ライゼルさんはしみじみと語る。
「ところで、君たちは妖精との相性がとても良いな」
妖精に夢中の僕らにライゼルさんが感心したように言う。
「使役妖精は妖精適性がないものにも術者の仲介である程度好意的に振舞わせることができるが……。
そんな配慮をせずとも二人にはかなり懐いているな。
君らは精霊の加護持ちかい?」
「あ、えっとわたしは風と土、それから月の精霊のご加護があります」
チルルが妖精とハイタッチしながら答える。
ライゼルさんはチルルの答えに驚いたように目を見開いた。
「ほう! 月とは珍しいな。それに三属性の加護があるのも素晴らしい!
どうだい、チルル君。テイマーをやめて妖精学者を目指してみないか?」
「う~ん……。妖精はとっても魅力的ですけど、わたしに研究者が務まるとは思えないかなぁ……」
チルルは断ってはいるけど目は妖精をずっと追っている。
かなり心惹かれているみたいだ。
「ライゼルさん。チルルをスカウトするのはいいですけど、今すぐは困りますよ。
今チルルにテイマーをやめられたら護衛がいなくなっちゃいます」
「何を他人事のように言っているんだ。スカウトしたいのは君もだぞ、ダイチ君。
その様子じゃあ君も複数属性の加護持ちだろう?」
ライゼルさんは僕の肩に腰かけてくつろいでいる妖精を指さして言う。
僕はその質問に少し困る。
「あ、僕は自分の加護を知らなくて……。
あの、この国にはまだ来たばかりなので」
僕は異世界転生のことをにごして答える。
「なに!? 自分の加護を知らないなど不便じゃないか!
早く教会で洗礼を受けたまえよ」
「あ、はい。すみません……」
「加護がわかったらわたしも知りたい! ダイチ、教えてね」
「おそらくレアな加護があると思うぞ。先ほどの銀翼馬魔の無警戒さといい、君は魔獣や妖精適性がかなり高いのではないか?」
そんなことをわあわあと話しているとふいに声をかけられた。
「ライゼルせんぱ~い。戻ったんなら遊んでないで一声かけてくださいよぉ」
少しよれた白衣のお兄さんだ。たぶん、ライゼルさんと同じエルフだろう。
すらりとスタイルがいいのに、髪は寝ぐせではねていて、目の下のクマが濃い。
「む、ハイコーか。遊んでいるとは失敬だな。私は来賓対応中だぞ」
「え、来賓というと……、もしかして、あのブロシア豆のM級冒険者様ですか……?」
僕たちに初めて気が付いたようにハイコーさんがこっちを見る。
よっぽどお疲れのようだ。
ハイコーさんの質問にライゼルさんが答える。
「ああ、その通りだ」
「あ、あ、あ」
ハイコーさんがふらふらとこちらに近寄ってくる。
な、なんだろう?
長編版はこちら(タイトル同じです)
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