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第5話:根粒菌と研究者からの相談事②

 ひとり言のつもりがものすごい勢いで聞き咎(とが)められた。

 僕は少し体をのけぞらせながら答える。


「わかったというか……思い当たることがひとつ……」


「なんでもいい! ぜひとも教えてくれ!」


「は、はい」


 僕はライゼルさんの勢いに押されつつ説明する。


「マメ科植物の特徴として根粒菌(こんりゅうきん)との共生関係があると思うんですが、これはご存知ですか?」


「いや……。すまないが初めて聞く。そのコンリュウとはなんだ?」


「えーっと、じゃあ豆類を植えると土が良くなることは知られていますか?」


「ああ、それは代表的な農業の手法だ。

 豆を育てることで土が富むのは栽培に携わるものにとっては当然の知識だ」


「あ、よかった。実はそれは、マメ科植物自身の力ではなくて、植物の根っこに共生している根粒菌(こんりゅうきん)のおかげなんです」


「なに? ……そうなのか?」


「はい。これを見てください」


 僕は元気な方のブロシア豆の根っこを指差す。


「これ、根っこに小さなふくらみがいくつもついてるでしょう? これが根粒(こんりゅう)といって、マメ科植物の根っこに根粒菌(こんりゅうきん)が住み着いてできるこぶなんです」


「なるほど、根粒(こんりゅう)か。つまりその菌が生育を助けると言うことか?」


「正確には少し違います。

 植物の成長には窒素(ちっそ)が不可欠ですが、この根粒菌(こんりゅうきん)は空気中の窒素(ちっそ)を植物が利用できる形に変換する能力を持っているんです。

 なので、結果的に植物の生育が良くなるんです」


 僕は根粒菌(こんりゅうきん)の空中窒素固定《くうちゅうちっそこてい》の仕組みについて簡単に説明する。

 マメ科植物がやせ地に強く、緑肥(りょくひ)と呼ばれるのはこれのおかげだ。

 ……伝わったかな?

 ライゼルさんは少し考え込んだ後、生育不良のブロシア豆の根を観察する。


「……なるほど。確かに君の言う通り生育不良のブロシア豆にはその根粒(こんりゅう)がないな。

 だが、仮にこれが原因だとして、ブロシア豆に根粒(こんりゅう)ができない理由は一体なんだ?

 根粒菌(こんりゅうきん)は豆類の根に共生する菌なのだろう?

 ブロシア豆以外の豆は栽培に問題ないのだから、我が国の土壌(どじょう)にもその根粒菌(こんりゅうきん)は存在するはずだ。

 ブロシア豆だけがうまくいかないのはおかしいだろう」


「あ、それは根粒菌(こんりゅうきん)にも種類があるからなんです」


 僕はライゼルさんの鋭い考察に感心しながら答える。

 さすが王立学園の研究者。すごい洞察力と理解力だ。これなら専門的なことを話しても大丈夫だろう。


「ひとくちに根粒菌(こんりゅうきん)と言っても種類があって、どんな豆とも相性がいいわけではないんです。

 これを根粒菌(こんりゅうきん)の宿主特異性(しゅくしゅとくいせい)と言うんですが……」


 僕は昔読んだ本の知識をひっぱり出す。

 確か、ヨーロッパで大豆があまり定着しなかったのは、気象や食文化の影響もあるけど、大豆に適合する根粒菌(こんりゅうきん)がいなかったのも一因だったはず。

 ブロシア豆もそれと同じ可能性が高い。


「この国にはブロシア豆に適合する根粒菌(こんりゅうきん)がいないんじゃないかと。

 それなら、他の豆の栽培はうまくいくのに、ブロシア豆だけうまくいかないというのに辻褄(つじつま)が合います」


「む、なるほど。聞いたことのない知識ばかりだが、理屈は通っているな。

 ……«解析(アナライズ)»」


 ライゼルさんがふいに杖をふるう。瞳の色が変化して複雑に光って見える。魔法だろうか。

 ライゼルさんは光る目でブロシア豆や植木鉢をじっとを見つめると、納得したようにひとつ頷(うなず)いた。


「確かに前提知識を得た上でよくよく観察すれば根粒(こんりゅう)の部分に特異(とくい)な精気を感じるし、鉢植えの土にも同じ気配が感じられる。

 一方で不健全なブロシア豆や土にはそれがない。

 ……君の仮説は十分に検討に値するだろう」


 僕は内心驚いて舌を巻いた。

 ……魔法ってそんなこともわかるんだ!?

 そんな僕の様子にはまったく気付かずにライゼルさんは頭をガシガシとかきむしる。


「しかし、原因が特定できたとして、どうしたものかな。まさかナトリ国から土を輸入するわけにもいくまい」


「ああ、それはやめた方がいいと思います。

 根粒菌(こんりゅうきん)だけじゃなくて、外来生物とか余計な病原菌とかが混ざって入ってきちゃうかもしれませんし……」


「そうだな。そもそも大規模栽培が可能なほどの土となると量が膨大すぎる。できなくはないがコストの問題がクリアできん。

 となると、この根粒菌(こんりゅうきん)を分離して培養(ばいよう)するのが近道か? いやまず、研究用に一定量だけ土を輸入する方が……」


 ぶつぶつと呟(つぶや)きながらライゼルさんは考え込む。

 しばらくそうしていたかと思うとふいにバッと僕を振り返って破顔(はがん)した。


「いやぁ、ダイチ君! なんとか今後の目処(めど)が立ちそうだぞ!

 正直言って駄目元だったが、まさか、こんな短時間の会話で解決の糸口が見つかるとは!

 さすが最年少M級冒険者だな!

 この礼は必ず! 取り急ぎ私は戻らせてもらう! 至急手配せねば……!」


 この話はくれぐれも他言無用でな!と早口で念押しするとライゼルさんは嵐のように去っていった。

 いつのまにか魔法の霧は晴れて元の食堂に戻っている。

 あまりの勢いにしばらくぽかーんとしてしまったが、気を取り直して僕はすっかり冷めきった食べかけのトーストを手に取った。

 ……なにはともあれ、お役に立てたならなによりだ。 

長編版はこちら(タイトル同じです)

https://ncode.syosetu.com/n3580ln/

**************

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