第4話:根粒菌と研究者からの相談事①
「やぁ、君がこの図鑑を作ったと言う最年少M級冒険者か? 植物特化型の」
僕が作った薬草図鑑がバサリと机に置かれ、真正面にどっかと人が腰かける。たぶん、エルフのお兄さんだ。重そうなローブに豪華な長い杖を持っている。
ギルドの食堂で遅めの朝食を食べているところにいきなり声をかけられたので、僕は目をしぱしぱさせる。
「あ、はい。そうです」
「ふむ。そうか。
……君からはまったく魔力が感じられないな。魔力欠乏症か? それとも魔力障害か?
まあ、いい。今回の用件には魔力の有無は関係ない。君が本当にこの図鑑を作れるような実力者ならの話だがね」
じろじろと全身見られて一方的に品定めされる。
……めちゃくちゃ感じ悪いな、このお兄さん。
なんなんだろうと思って見ていると、お兄さんが杖をカンッと床に打ち付ける。
途端に机の上に魔法陣が浮き出て、植木鉢が現れた。
「これが何かわかるか?」
お兄さんがずいっと植木鉢をこちらに押し付けられる。有無をいわせぬ態度だ。
しょうがないので僕はかじっていたトーストを脇に置いて植木鉢を引き寄せた。
前の僕ならびっくりしてドギマギしていただろうけど、公開講義で大勢の人から何度も質問責めにあっているので、これくらいならへっちゃらになっている自分がいる。
……さて、どんな植物かな?
初めて見る草本が植わっている。
葉は三出複葉の互生で小葉は丸い。
葉っぱだけならクローバーに似ている。けれど、草形が違うし、草丈も高い。似ているだけで別種だ。
あ、一輪だけど花が咲いてた。小さいけどこれはマメ科特有の蝶形花だ。
とりあえず、僕は無難に自分の考えを伝える。
「初めて見るので名前はわかりませんが、おそらく豆の仲間だと思います」
エルフのお兄さんが片眉をつり上げて顔色を変えた。
「ほぉ……。この短時間で鑑定魔法なしにそこまで見抜くのか。M級の名は伊達じゃないな。
なるほど。実力はわかった」
エルフのお兄さんがシャキッと背筋を伸ばして表情を改めた。
「いきなりすまない。試すような真似をして大変失礼した。
王都で出回る噂のほとんどはとんでもない尾ひれ背びれがついたものばかりでな。
この薬草図鑑は素晴らしい出来だが、リクス薬師が協力者となっている。君個人がどの程度の実力なのか計りかねていたのだ。
だが、今回は噂よりも素晴らしい実力者のようだ。
私は王立学院所属の研究者、ライゼル・サンダーボルトという。種族はエルフだ。よしなに頼む」
「あ、はい。僕はダイチ・マキノと言います。
よろしくお願いします
……一応、M級冒険者をしています」
「そのように謙遜しなくていい。初見の植物であるのにもかかわらず一目で豆であることを見抜いたその眼力は天晴れだ。
君のその能力を見込んでぜひとも相談にのっていただきたい」
「はぁ、僕が力になれることであれば……」
「ありがとう。では、秘話の魔法を使用させてもらう。
«防音室»、«目隠霧»」
エルフのお兄さん改めライゼルさんが杖をひとふりすると周りの音がさぁっと遠退いて霧に包まれる。
……改めて魔法ってすごいな。
「先ほど君に見てもらったのはブロシアという豆だ。
隣の島国、ナトリ国から贈られたばかりで、我が国では新種にあたる。
この豆は魔草ではなく一般の農作物に分類される。
だから農業ギルドに委譲して管理を任せたのだが、何故かこれがうまくいかないのだ。
困り果てた農業ギルトから原因究明の依頼があり、こちらも研究者総出で調査にあたっているのだが結果が芳しくない」
「なるほど。具体的にはどううまくいかないんですか?」
「一言で言えば元気がない、という感じだな。
見るからに細くて活力がなく、全体的に色も淡い。
同じ条件下で栽培した他の豆はまったく問題がないから不思議なのだ。
譲り受けたナトリ国からは、やせ地に強く育てやすい性質で、他の豆と同様に扱って良いと言われているのにもかかわらずだ」
「そのナトリ国とは気候が大きく違いますか?」
「いや、それほど違いはないな。向こうの方が多少冬が暖かいという程度だろう。日照や雨量の差も、まあ少ないと言っていい。農作物も我が国とほとんど同じものの栽培が盛んだしな。
なにより気象条件を魔法で調整しても状況があまり好転していない」
「なるほど、そうなんですね……」
「なんでもいい。気付いたことがあれば何でも発言してくれ。何か解決の糸口になるようなものに心当たりはないか?」
ライゼルさんが焦りを隠さずに言う。
……どうしてそんなに必死なんだろう?
「あの、この豆が育てられないとそんなに困るんですか? 他にたくさん豆があるんだから、別にそんなに焦らなくても……。
それともこのブロシア豆ってそんなに美味しいんですか?」
「……いや、ブロシア豆は食用ではない。
実はブロシア豆は馬型魔獣の良質なエサ、飼い葉なのだ。
先日、ナトリ国と我が国は条約を結んだばかりなのだが、その際に友好の証として貴重な銀翼馬魔が番で贈られている。見事な翼の馬魔なのだが……、今その二頭ともが食欲不振だ」
ライゼルさんが苦しそうにぐっと眉を寄せる。
「ブロシア豆はその馬魔の好物ということで一緒に贈られたものだ。
もしこのまま豆の栽培がうまくいかず、馬魔たちを万が一にも死なせるようなことがあれば、ようやく締結した条約が破棄されるどころか戦争にまで発展しかねん。死活問題なのだ」
「な、なるほど。それは大変ですね。
あの、ナトリ国に育て方を尋ねてはいけないんですか? それかいっそブロシア豆を輸入しちゃうとか」
「……それは最終手段だな。いよいよとなれば背に腹はかえられぬが、可能な限り避けたい。
考えてみたまえ。栽培が簡単なはずの植物を丁寧な育て方の解説書付きで渡したのに、すぐに白旗をあげてうまく育てられません、理由はわかりませんと泣きついてくる相手など、信頼できるか?
我が国の農業水準を疑われる上に、今後の国交にも差し障る。せめて、原因くらいは自力で明らかにすべきだ。
そして、輸入については鮮度の問題がある。輸入するとなると必然的に干し草になるがそれではエサの質としては一段劣るのだ。
草原から直接食むのが一番馬魔にとっては好ましいからな」
「なるほど、いろいろあるんですね……」
「というわけで、植物特化型M級冒険者である君に白羽の矢がたったというわけだ。なんでも良い。なにか知見を述べてくれないか」
ライゼルさんがずいっと身を乗り出してくる。
「ええっと……。ちなみに、この植木鉢のブロシア豆は元気ですか?」
「ああ。こちらはナトリ国から見本としていただいた健全なブロシア豆だ。そして」
ライゼルさんがまた杖をカンッと床に打ちならした。また魔法陣が現れて別の植木鉢が現れる。
今度は黄変してひょろっとしているブロシア豆が現れた。
あらら、確かにこれは元気がない。
「これが生育不良のブロシア豆だ」
「これは確かに大変ですね。肥料はどうしてますか?」
「家畜の糞尿を元にした堆肥をすきこんでいる。多少は生育が改善されるが思ったほどの効果はないな。
同じ条件下のエンドウ豆やヒヨコ豆と比べると明らかに生育不良だ」
「気象条件は変えたんですよね? 水のやり方も試してますか?」
「もちろんだ。乾燥気味から水溜まりができるほどたっぷりまで試したが悪くなることはあっても良くはなっていない。
雨水が一番いいが、地下水や河川の水でも好転はない」
「なるほど……」
僕は生育不良のブロシア豆を引き寄せてあれこれ眺めてみる。
……うーん、虫食いや特徴的な病変はなさそうだ。
「生育魔法をかければ当然良くはなるが、時間が経つと少しずつ元に戻っていくし、維持するには魔力が膨大すぎる。
そもそも農作物に直接魔法をかけると魔力に当てられて魔草化したり生息域外の魔獣が寄ってきたりしてろくなことがないので本来は行うべきではない。
その上、そうやって無理やり育てたブロシア豆は好みでないらしく銀翼馬魔の食欲不振は結局戻っておらん。八方塞がりだ」
ライゼルさんがお手上げというジェスチャーをする。
とにかくとても困っていることはよくわかった。
「あの、根っこを確認したいのですが、鉢から抜いても構いませんか……?」
ここまでの話で健康なブロシア豆はとても貴重であることがわかったけれど、引っこ抜いて根を見てもいいだろうか。
僕が遠慮がちに言うと、ライゼルさんは少し考えて頷いた。
「よかろう。どうせこのまま後生大事にしまっておいても大規模栽培ができなければ意味がない。
存分に確認してくれ」
「ありがとうございます!」
ライゼルさんがこれを使えと雑紙を渡してくれる。
僕はありがたくそれを受け取って慎重に鉢植えからブロシア豆を抜いてはずし、紙の上に寝かせる。
土を丁寧にのぞいて、細い根を細かく確認していく。
「あの、そっちの生育不良のブロシア豆も抜いて良いですか?」
「ああ、構わんよ。こんなのは腐るほどあるからな」
ライゼルさんが自嘲気味に言う。
僕は元気がない方の豆も丁寧に抜いて根をあらわにしていく。
「……あ、やっぱり」
「何かわかったのか!?」
長編版はこちら(タイトル同じです)
https://ncode.syosetu.com/n3580ln/
**************
お読みいただきありがとうございました。
感想/レビュー/ブックマークなど励みになります。
お待ちしております。




