第3話:凄腕薬師と薬草の試験
「さて、アウェア副長。
アンタが直々に頼んでくるから時間をとってやったが、アタシャ暇じゃないんだ。つまらない内容なら悪いが途中でも帰ってもらうよ」
いかにも気難しそうなエルフのおばあさんが安楽椅子にどっしりと構えている。
事前に聞いていた通り、一筋縄ではいかなさそうな人だ。なんでもアウェア副長が昔からお世話になっている凄腕の薬師らしく、通された場所は客間ではなく薬草の工房のようなところだった。
僕はきょろきょろしないように首にぐっと力を入れる。
……気になっても見ない、見ない!
強ばっている僕の横で、アウェア副長が訪問理由を説明してくれる。
今日は僕の薬草図鑑製作のために薬師のリクスさんに協力してもらえないかお願いしに来たのだ。
「ハァン、図鑑の製作ねぇ。
……植物特化型のM級冒険者の話はアタシャも聞いてるよ。薬師の中でも噂になっとるからね」
アウェア副長に向いていた鋭い瞳が僕に向けられる。
「んで? こちらのボクちゃんがそのM級冒険者本人なのかい?
……アタシャは他種族の年齢を測るのは苦手だが随分と若くないかえ?」
「はじめまして、ダイチ・マキノと申します。
年は18です」
僕はなるべく丁寧に自己紹介して頭を下げる。
リクスさんは僕の年齢を聞いた途端に目をカッと見開いた。
「18ィ!? ちょいとアンタ! いくらなんでもガキンチョすぎるだろうよ!
こんな年齢で本当にM級冒険者としてやっていけるのかい!?」
「それはもちろん……」
アウェア副長が僕の植物に関する知識はとても希少で革命的なのだと力説する。この前の講義も大成功したところだと。
改めて持ち上げられると大げさに感じてちょっと居心地が悪い。
「はぁ……。これまでの常識を変えるような革命的な植物知識ねぇ……」
リクスさんが脱力した声で言う。
あ、これはどう見ても胡散臭いと思われている。
「どうにも胡散臭い話だねぇ」
と、思っていたら実際に言われてしまった。
「お疑いになるのも無理はありませんが……。
それならダイチ様に試験をしてみてはどうでしょうか。
驚く結果になると思いますよ」
アウェア副長が自信ありげに言う。力量を示すテストが必要になるだろうと言われていたので、僕は姿勢を正す。ここで関心をひければ協力してもらいやすくなるのだ。
「ほーん、そうかえ?
そこまで言うなら、ま、腕試しといくかい」
そもそも実力不明なもんに手を貸すつもりはないからね、とリクスさんは言うと、パンッと手のひらを叩いた。
「じゃあ、ダイチの坊。
そこの盛り籠の薬草、同種に分けて分類しておくれ。ああ、当然だが手袋は忘れずにね」
「わかりました」
僕は言われた通り手袋をつけて薬草を仕分けていく。モヨギ草を始めとして、この前の講義で紹介したものばかりだ。これなら落ち着いてやれば間違えることはない。
僕はきちんと確認しながら丁寧に一つ一つ並べた。
「ふーむ。基本はできているようだね。
まあこれができないようじゃあ薬草採取も覚束ないから当然さね」
僕が分けた薬草をちらりと見るとリクスさんは頷いた。
僕はほっと息をつく。まずは第一関門クリアだ。
「じゃあ、次だ。
この植物の名前はわかるかえ?」
リクスさんが赤い実のついた枝を取り出した。
僕は答える。
「それはマヤモモの枝です」
「効能は?」
「ええと、捻挫や打撲などの外傷に効きます。
あと……、赤い実は傷みやすいですが食用になります」
僕はこちらの世界で得た知識をひっぱりだす。
マヤモモは見た目も効能も日本のヤマモモに似ている樹木だ。面白いと思ったのを覚えている。
まあ、細かい特徴は違うし、ヤマモモの薬効は樹皮にあって、マヤモモの薬効は葉にあるので似ているだけで別物だけれど。
「じゃあ、こっちは?」
リクスさんが別の枝を出す。
あ、それは……。
「それも、マヤモモです」
「ほう!」
リクスさんの顔色が変わった。
すごく面白がっているような表情だ。
「先程のマヤモモとの違いは?」
「さっきのマヤモモは成木の枝です。
このマヤモモはまだ芽生えたばかりの幼木で、初期の本葉です。
効能は……、確かこちらのほうが強かったはずです」
日本のヤマモモも幼木の時は鋸歯、葉っぱのギザギザが鋭くて全然別の植物みたいに見える特徴がある。
マヤモモはそんなところまで似ているのだ。
異世界の植物なのに日本の植物と共通点があるのはとても興味深いと思う。
「こりゃ、驚いたね。
アンタ、マヤモモの成長段階別の見分けができるのかい」
薬師でもわからんもんが多いのに、とリクスさんが感心したように言う。
「じゃあ次だ。この二つの葉は同じものだが、どちらの方が完全な葉だね?」
リクスさんが光沢のある丸い葉を2枚差し出した。片方は葉身に穴が空いていて、もう片方は穴がない。
これはわかりやすい引っかけだ。
僕は迷わず穴の空いた方の葉を指差す。
リクスさんがくっと口角を上げた。
「理由は? そちらの葉は穴空きじゃないか」
「これはステラの葉ですが、穴が空いているのが正常な状態です。この穴は虫食いや病気で空いているわけじゃありませんから」
ステラの葉は日本のモンステラの葉っぱに似ている。モンステラも葉に穴が空いているけれど、それは自ら進化した結果だ。破れたり虫食いになったりしているわけじゃない。
モンステラの葉に穴が空いている理由は諸説あるけれど、自生地で激しい雨や強風が吹くからその圧力を逃がすためだとか、葉が重なりあっても下の葉に光を当てて光合成効率を上げるためだとか色々と理由が推測されている。
ステラの葉に穴が空いている理由は知らないけれど、採取した時に滝の足元に生えていたから、もしかしたら水しぶきの水圧を逃がすために葉に穴が空くように進化したのかもしれない。
リクスさんは笑う。
「ふふふ、いいねぇ。じゃあ、次が最後だ。
これが何だかわかるかい?」
リクスさんが丸裸の枝を取り出した。花や葉はむしられていて、本当に枝しか残っていない。
「リクス薬師、さすがにそれはやりすぎです。
その枝は薬効部分を取った後の処分する廃材でしょう?」
アウェア副長が抗議の声を上げる。
でもリクスさんはニヤリと笑うだけだ。
「まあ、やらせてみようじゃないか。
ダイチの坊、手にとって見てみな」
僕はとりあえず裸の枝を受け取って眺める。木質化した枝なので草本ではなく樹木なのは確かだ。
樹木の見分けは花や実で判断するのが一番わかりやすくて、その次は葉での見分けだ。
僕が植物のことを教わった庭師のおじちゃんも、樹木調査は冬にはやらないと言っていた。常緑樹ならともかく、葉が落ちた冬の落葉樹はなんの木なのかわかりづらいから、と。
とはいえ、まったくわからないわけじゃない。
生えている場所の地形や樹形、樹皮の特徴からわかることもある。
今回は切り枝だから、地形や樹形は参考にならない。
でも、樹皮は枝に皮目があるならわかるかも。あとは芽の形に特徴があったりとか……。
……あ。
枝をぐるりと一周する白い筋がある。これは托葉痕だ。いわゆるハチマキと呼ばれる特徴で、日本だとモクレンの仲間に見られるものだ。
こっちの世界だとこの特徴が当てはまるのは……。
僕は思い付いた答えを述べる。
「これはシコブの枝じゃないでしょうか?
多分、特徴的に……」
語尾は少し小さくなる。
ハチマキと枝の色からシコブだと思ったけれど、もし僕が知らない近縁種があるなら間違っているかもしれないので自信はない。
ちらりとリクスさんの顔を伺うと、リクスさんは一拍おいて破顔した。
「ふぇっふぇっふぇっ! いいねぇ! 文句なく合格だよ!
その枝はアタシャがさっき薬効部分も魔力も全部抜いちまったシコブの出がらしさ」
リクスさんが手を叩いて喜ぶ。
「いやぁ、久々に愉快な気分だよ。アウェア副長。アンタァ、いい子を連れてきてくれたじゃないか。
どうだい、ダイチの坊。M級冒険者なんて面倒なもんはやめちまって、アタシャのところに弟子入りしないかい?」
うちにくるなら上級薬師に仕込んでやるよ、とリクスさんが笑う。
アウェア副長がため息をついた。
「リクス薬師、そんなに堂々と引き抜きをかけないでくださいよ。私が先に見つけた才能なんですからね」
「ああ、アンタの見る目は確かだね。
驚くべき能力だが、魔法じゃあないんだろう?
これだけ側にいても全く魔力を感じないからね。
一見すると、伝説の鑑定眼を思わせる精度だが、それも違う。時間をかけて観察しているし、特徴から答えを推察している。
磨き上げられた素晴らしい能力さね。おそらく薬草識別能力だけなら宮廷勤めの上級薬師にも引けをとらないよ。
M級なのも納得だ」
疑り深くて辛口だったリクスさんがストレートに褒めてくれる。腕試しに合格できたこともあり、素直にうれしい気持ちだ。
アウェア副長はそんなリクスさんの言葉に驚いたように目を見開いた。
「さすがですね、リクス薬師。私は最初てっきり鑑定眼だとばかり思い込んでしまいましたよ」
「フフン、その辺の小僧っ子とは年季が違うよ」
リクスさんが鼻を鳴らす。
「それで、図鑑の監修だったかい?
いいよ、協力してやるさ。
その代わり、ダイチの坊。アンタ、時間がある時はここに茶ぁ飲みに来な!
アンタの知識は興味深い。いろいろと話しとくれ」
こうして僕は心強い味方を手に入れたのだった。
長編版はこちら(タイトル同じです)
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