第2話:薬草の講義は大成功
用意された会議室の黒板の前で僕はごくりと唾を飲んだ。
「ダイチ様、そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ。ギルドがしっかりサポートしますから、力を抜いてください」
「いや、そう言われても……」
今日はM級冒険者として初めてのお勤めなのだ。
具体的にはよく依頼のある薬草の特徴についてわかりやすく初心者に解説することになっている。
僕は今日の講座のためにまとめた資料を何度も読み返す。ほとんど覚えているけど、じっとしていると落ち着かない。
どんどん人が集まってくる。
ひそひそと僕のことをうわさされているのが途切れ途切れに聞こえる。
「すごく若い講師の先生だね」
「なんでもF級から飛び級したらしいよ」
「F級から!? それはさすがに嘘でしょ」
「だよな。Fだったらオレらより下じゃん」
「ていうか飛び級なんてあるの?」
「さあ……」
「あいつが噂の最年少M級冒険者か……」
「種族はハーフエルフか? 見た目は若い小僧っ子だな」
「ギルドはなにを考えてるんだ?」
「貴族のコネで昇級したと聞いたが」
「いやぁ、いくらお貴族様でもギルドにゃ無理は通じねぇだろ」
「おれぁ、王族の隠し子だって聞いたぞ?」
「馬鹿言え。王族がこんな辺境の街に来るわけないだろが」
「じゃあ、結局何者なんだよ?」
「よぅ、おまえさんなんでここにいるんだ?
薬草採取専任うん十年のベテランにゃあ、今さらこんな講義は必要ないだろう。冷やかしか?」
「失敬だな。薬草採取の専門講義なんて初めてだろう? どんな内容か興味があってな。
そっちこそなんでここにいるんだ。魔獣狩り専門のB級冒険者にゃあ、もっと不要な講義だろう」
「いやま、そこはほら、かてぇこと言うなよ」
「なんでぇ、結局わしと一緒じゃねぇか」
「おれ達以外にも結構上級者が顔だしてるぜ。なんせM級だからな。みんなどんな奴なのか一目確かめようって腹だろう」
集まった人たちは初心者っぽい若い獣人からどう見てもベテランな風貌のエルフやドワーフまで種族も年齢もバラバラだ。
でもみんな僕に対して疑いや好奇心が混ざった目線を向けているのは一緒だ。
……うう、やりづらい。
僕は講師席に用意されている水をぐびりと飲む。
ふぅ、落ち着け。何度も練習したし、この日のために薬師とか専門の人たちにも聞いて確認もした。
大丈夫、大丈夫。
「そろそろ定刻です。ダイチ様、大丈夫ですよ。自信を持って」
アウェア副長が僕の肩をぽんと叩く。
「時間になりましたので、始めましょう。
ただいまより薬草採取技術向上のため特別公開講義を開講いたします。
この講義はギルド初の試みであり……」
アウェア副長が挨拶と講義の説明、そして講師役の僕の紹介もしてくれる。
僕は遠い異国から来た薬草学者の弟子という設定になっている。M級昇級のつじつま合わせだ。
「それでは、ダイチ先生、よろしくお願いいたします」
アウェア副長が続きを僕に振る。
先生、そう僕は先生なのだ。頑張らなくちゃ。
「ええと、今紹介していただいたダイチ・マキノです。今日はよろしくお願いします。
まず始めに、モヨギ草とニセモヨギ草の見分け方について解説します。
そのために、まず皆さんには、葉のつき方、葉序について覚えていただきたいと思います……」
僕は練習通りに話し始める。
まず、植物にはそれぞれ葉のつき方、つまり葉序が決まっていることを説明する。
主に葉が互い違いにつく互生、葉が対になってつく対生の2種類があることを説明する。
……本当は他にも輪生とか束生とかもあるけど、その辺はややこしいので今回は割愛する。
そして実際にモヨギ草とニセモヨギ草の実物を見せながら、葉のつき方で簡単に見分けられることを説明する。
少しどもってしまうこともあるけど、忘れずに予定どおりに説明できた。良かった。
僕はほっと胸をなでおろす。
参加者の人たちはざわざわし始める。
「えっ、なんか普通に説明されたけど、めちゃくちゃすごくない?」
「……だよな? 誰でも簡単にわかるし」
「すげぇな! 鑑定魔法や魔道具なしで、確実に見分けがつくじゃん!?」
「これなら薬草採取で稼げるかも!」
「異国の学者の弟子だったか? 素晴らしい知識だな。これならM級になったのも納得だ」
「半信半疑だったが、これは秘匿しなくていい情報なのか……? ギルドはえらく太っ腹だな」
「葉序だったか? 葉のつき方に規則性があるとは初めて知ったな」
「ちょ、おれ今からモヨギ草の依頼受注してこようかな……!」
「馬鹿、まだ講座は始まったばかりだぞ? 最後まで聞いてけよ」
「いや、早く試したくてよ……」
「ほぅ、なるほど。葉のつき方の規則性のことを異国では葉序と呼んでいるのか。興味深いな」
「なんでぇ、注目するところはそこか? おまえさんは見分け方を知ってたのかよ?」
「そりゃ、こちとら薬草採取専任でやってきとるんだ。経験則でわかっとるわい。
じゃが、こうやって体系付けて学問として話を聞くのは面白いぞ。新たな発見があるな」
どんどん大きくなるざわめきに対してパンパンッとアウェア副長が手を叩く。
「皆さんお静かに! 質問がある方は挙手をお願いいたします」
しん、と会場が静まる。
集まった冒険者の人たちはお互いに目配せして、質問するかどうか悩んでいるようだ。
特に初級者っぽい獣人の子たちは口を開けたり閉めたりぱくぱくしている。
僕から聞いた方がいいか迷っていると、いかにもベテランのおじさんが手を挙げた。多分、種族はドワーフかな?
アウェア副長が指名する。
「では、質問をどうぞ」
「どうも。わしゃ、薬草採取専任でやっとるもんだ。葉序による見分け方の解説、大変興味深かった。
しかし、何故この情報をギルド主導で公開したんじゃ? 薬草の見分け方は冒険者の経験則による技術のひとつじゃから見つけた者に秘匿する権利があるはずでは?」
「それについては私からお答えしましょう」
僕が答える前にアウェア副長が口を開く。
確かに冒険者には技術やノウハウを秘匿する権利がある、と前置きしてから副長はこの講座のメリットを説明する。
この講座はすべての薬草について話すわけではなく、依頼が常に出ている一部のものに限定したものであること、それによって市場の不足や専任冒険者の負担が解消されること、結果的には冒険者を含めた皆の医療費や薬代が安くなること、などが説明されていく。
質問者のドワーフのおじさんも納得の顔をしている。
「ご納得いただけたようですね。他に質問は?」
アウェア副長が問いかける。
おずおずという感じに初心者っぽい若い獣人の子が手を上げる。
アウェア副長がその子を指名する。
「あのぅ、この見分け方って他の薬草にも使えますか?」
「いえ、葉序で見分けられる薬草は、今回の講義ではモヨギ草だけです」
「そ、そうですか……」
質問した獣人の子があからさまにがっかりする。
アウェア副長がフォローするように声をかける。
「他の薬草にはまた別の見分け方がありますからね。続きの講義で説明があります」
その言葉で受講者が一斉にバッと僕を見る。
うう、ギラギラした目が多くてちょっとこわい。
「皆さん続きが気になるようですね。
では、ダイチ先生、次の薬草解説をお願いします」
「はい」
僕は気を取り直して次の説明に移る。
「えっと次は、“葉の状態が良いものに限る”だとか“葉が欠けていないものを求む”と依頼書に掲載されるゲレン草とブーハ草についてです。
この二つは複葉という葉を持っています。
複葉は複数の葉という意味で、いくつかの葉が集まって一枚の葉になっています」
僕はそこで言葉を切って見本のゲレン草とブーハ草を見せる。どちらも丸い葉が連なって一枚の葉を形作っている。
正確にはゲレン草は3枚1組の三出複葉で、ブーハ草は奇数羽状複葉だけど、専門的すぎるのでそれは流しておく。
僕は葉を指差しながら説明を続ける。
「つまり、この一枚は葉っぱに見えますが、実際には葉の一部である小葉で、ここだけ採取しても完全な葉にはなりません。
この小葉が集まったここまでが葉っぱ一枚という扱いです。
薬師の方にも確認しましたが、複葉の状態で欠けがないことが薬効を高めるのに必要だそうです」
「ええ!? そうだったの?」
「俺、わざわざむしって枚数数えてた……」
「虫食いをちぎって捨ててたけど逆効果だったってこと?」
「……今までこんなに重要なことが知られていなかったのか?」
「かぁ~、マジかよ!? どおりでやけに査定が低いと思ってたぜ」
「さすがに薬師の怠慢じゃないか? 説明不足すぎるだろう。ギルドも今までこれを放置したのか?」
「特殊な葉ならちゃんと依頼書に図解しておくべきではないか?」
「……なるほど。これは知らなんだな」
「おっ? 薬草採取選任者でも初耳かい?」
「ああ、複数の葉が集まった状態の方が査定が上がるのは知っていたが、そもそもそれが葉の完全状態だからという理屈は知らんかったな。
そうか、それならば薬師たちの話にも合点がいくというもの」
「ふーん。なんだか随分楽しんでんな」
「かなり興味深いぞ。内容を整えれば王立学院の研究としても通じるのではないかと思う。
おぬしもワシを茶化すばかりでなくちゃんと聞いておけ」
「はい、静粛に! ギルドへの苦情は後程聞きましょう。
講義に関係のない雑談をしたい方は退室願います!」
アウェア副長の言葉でまたピタリとざわめきが収まる。
「次をどうぞ」
「はい、次は……」
僕はアウェア副長に促されるまま説明を続ける。副長は質問タイムを受けると無駄に長くなると判断したようで冒険者たちから声が上がっても制止してどんどん次に進めている。
僕は粛々とそれに従って説明を続ける。
葉の縁に鋸歯、つまりギザギザがあるかどうかで植物を見分ける方法、葉にも寿命があって鮮度が変わるという話、芽生えたばかりの子葉と成長した後の本葉では葉の形が変わること、枝を切るときはブランチカットという枝の付け根に沿った剪定をする方が切り口の回復によいこと、などを見本の植物や図解を見せながらどんどん進めていく。
……アウェアさんが有無を言わせず進行してるから進められてるけど、ざわめきがどんどん大きくなるな。
「……以上が最後の説明です」
「はい、ダイチ先生ありがとうございました。
それでは、本日の薬草採取に関する特別講義はここで終了といたします。
退室は後ろの扉からよろしくお願いいたします」
「おい! 勝手に終わらせるな! 質問が山ほどあんぞ!」
「そうだ、そうだ! 質疑の時間を取れよ!
葉の寿命についてもっと詳しく!」
「枝の切り方だったか? ブランチカットとやらは実際の樹木で実演してほしいんだが……」
「ぼくらも葉っぱの形についてもっと知りたいです!」
「ワシもぜひダイチ先生と話したい。個別に議論したいことがたくさんあるぞい。
特に植物の体系的な分類方法について伺いたい」
「今日の講義内容をまとめて本にしてくれないか? メモをとりそびれた項目がある」
「つーか、むしろ先生に薬草図鑑を作ってもらいたい! ギルドの棚に置いてくれよ!」
「次の講義はいつあるんだ? いまのうちに予約はできるか?」
「薬草以外の、例えば果実についての講義はないのか?」
「樹皮の採取について助言を求める!」
受講者が一斉に不満と疑問と要望の声をあげる。
僕が圧倒されてなにも言えないでいる間にアウェア副長がパンパンパンと手を叩く。
「ハイハイ! 好評でなによりですが、時間が長引いたため今日はここまで!
ご意見ご質問ご要望はすべて配っている用紙に記入して提出してください! 私が目を通しますから!」
こうして僕のM級冒険者としての初めての講義は大評判のうち幕を閉じたのだった。
長編版はこちら(タイトル同じです)
https://ncode.syosetu.com/n3580ln/
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