第11話:妖精誕生花
「ふふふふふ、ハーハッハッハッ!」
突然教授が大爆笑し始めた。
震えていたのは怒っていたからではなく笑っていたからのようだ。
……どっちにしろびっくりしたけれど。
僕は大笑いする教授をぽかんと見つめる。
「ア、アリーフェ教授?」
ハイコーさんも困惑したように教授へ声をかける。
「失敬。M級冒険者殿。いや、ダイチ君だったね?
改めて非礼をお詫びする。君の知識は素晴らしい!」
アリーフェ教授にがっちりと両手で握手され頭を下げられた。
僕はなんと答えたものかわからず戸惑う。
「は、はあ」
「ブロシア豆の一件は文句なく素晴らしい結果だったが、それにしてもちとライゼルやハイコーはあまりにも君を過信しているように思えておったのでな。
ワシも研究者の端くれ。いくらギルドが認めたM級冒険者といえどその実力は直接この目で確かめなくては気が済まぬ性分でな」
「アリーフェ教授。もしや最初からダイチ君を試すつもりだったので?
即興で用意したにしてはテスト内容があまりに揃いすぎでしたが?」
半分あきれたようにライゼルさんが言う。
教授は飄々としたままだ。
「さて? ハイコーの提案が危険なことは事実じゃよ。試しはどの道必要じゃった。
そしてライゼルの言う通り、ダイチ君は見事に充分な資質を示してくれた」
特に知っている昆虫の知識から妖精について推察していた点がとても良いと教授は褒めてくれる。
偉い研究者の先生に褒められてとてもうれしい気持ちだ。
「もちろん、植物の知識も素晴らしいがの。詳しく聞きたいことがたくさんあるわい。
ダイチ君は新人の時のハイコーよりよほど妖精学者として優秀じゃな」
「ええ!? そんなぁ……」
ハイコーさんが悲鳴のような声をあげる。
「そうじゃろうが? そなたは、トウモロコシの授粉効果が上がらん理由に妖精使役者の実力と答えてライゼルに頭をはたかれたのを忘れたのかね?」
「あれはひどい回答でしたね。
使役者のコンディションに左右されないように体調や魔力残量などの前提条件を慎重に整えて行ってる実験だというのに考えなしにもほどがある。
そしてその使役者は他でもない私だったしな」
「わ、若気の至りっすよぉ……」
ハイコーさんが情けない声をあげる。
みんなが思わず笑い出した。空気がふっと緩む。
ひとしきり笑った後、切り替えるようにライゼルさんが教授へ言う。
「では、アリーフェ教授。
ダイチ君とチルル君に野良妖精の相性診断をしても構いませんか?」
「いや、それよりももっと上がよかろう」
「え? もっと上……とは?」
ライゼルさんの問いに答えず教授は意味ありげに僕を見る。ハイコーさんも何のことだかわからないという顔だ。
「さて、ダイチ君。
君は妖精誕生花に興味はあるかね?」
「妖精誕生花!?
本気ですか教授!」
「ええ!? まさか見せるんすか!? 野良妖精どころの騒ぎじゃないっすよ!?」
「落ち着け、そなたら。騒がしいぞ」
「だ、だって、そりゃあわてますよ!
ボクだって閲覧許可が降りるのに配属されて5年かかったんすよ!?」
「それはおまえが長すぎるだけだ、ハイコー。
私は半年ほどで許可が下りたぞ」
「いや、でも、ダイチ君はM級とはいえあくまで見学者っすよ!?
学院生ですらないのに、そんなんありっすか!?」
なにやらライゼルさんとハイコーさんが言い争っているが、僕にはなんのことかさっぱりだ。チルルに目配せしたけど首を振られた。C級テイマーのチルルにもわからないならなにか専門的な話だろう。
……フェアリーテイルって言ってた? おとぎ話ってこと?
まあ、確かに妖精はおとぎ話っぽいけど……。
頭にはてなマークを浮かべているとアリーフェ教授と目が合う。
僕は直接尋ねてみる。
「あ、あの。アリーフェ教授。
フェアリーテイルってなんのことですか?」
「妖精誕生花とは、つまり妖精の生まれる花のことじゃよ」
「えっ、妖精って花から生まれるんですか」
僕が反射的に聞くとアリーフェ教授が片眉をあげた。
「おや、知らなんだね?
子どもの頃に寝物語で聞かなかったかい?
遠く遠く、深く深く、誰も知らない秘密の場所、精霊様が守る土地に、ひっそり静かに咲いている。
それは小さな妖精たちが生まれて還る幻の花……と大体はこんな話じゃが」
「す、すみません。初めて知りました」
こっちの世界では小さい頃に聞く童話みたいだ。
蝶型とか蜂型とか呼んでるからてっきり妖精は昆虫のように卵から生まれるのかと思っていた。
……花から生まれるなんてとても異世界的でロマンチックだ。
教授は少し不思議そうな顔をした後、得心したように頷いた。
「ああ、そうか。ダイチ君は確か異国から来たのだったね。
こちらも舌を巻くほど博学だから失念していたが、この国の常識にはうとくても当たり前じゃったな」
異世界転生のことは話せないので、僕は曖昧に頷いた。
すると横でチルルが思わずといったようにぽつりと呟いた。
「妖精の揺りかご、幻の花……。本当にあるんだ」
チルルはとても驚いた表情をしていた。
童話だと思ってたものが本当にあったんだから当然か。日本で竜や人魚が本当にいると聞かされたら僕だってとても驚くと思う。
アリーフェ教授が優しく微笑む。
「そう、一般的には幻の花と呼ばれて空想の存在と思われておるが、ちゃあんと実在しておるんじゃ。
ちょうど、もうすぐ生まれそうな花が確認できておってのう。
運が良ければ妖精の誕生を見られるかもしれんぞい?」
「ちょちょちょ、アリーフェ教授!?
妖精誕生花だけじゃなくて妖精の誕生自体を見せるんすか!?」
「ハイコー、そなた先程から慌てすぎじゃぞ。
そもそも妖精の誕生が見られるかどうかは運次第ではないか」
「いやいや、そうですけど、そうじゃなくて!」
ハイコーさんはまたも大慌てだ。
一方の教授は泰然としている。
「なんじゃ、そなたは反対なのかね?」
「反対もなにも、大丈夫なんすか!?」
「妖精誕生花の閲覧権限は他でもないワシが持っておるんじゃ。問題ないわい」
「いや、しかし教授。本当に問題ないのですか?
閲覧者は学院だけでなく王族や所管の部署にも報告されますよ?
特に妖精の誕生を見学させたとなれば、また王宮に呼び出されるのでは?」
ライゼルさんは腕組みして言う。ハイコーさんのように慌ててはいないが、ライゼルさんも懸念点はあるようだ。
「うむ、まあ、それは十分にありうるが……。その時はその時じゃのう」
別に法をおかしているわけではないからのう、などとアリーフェ教授がひげを撫でながら言う。
なにやら研究者3人で話が盛り上がっているがこちらは着いていけてない。
本当に僕らが見てもいいものなんだろうか。
そんな不安が顔に出ていたのだろう。アリーフェ教授が僕に笑いかける。
「内輪の話で盛り上がってすまんかったのう。
なに、君たちが考えなければならないのはたったひとつ。
妖精誕生花を見たいか、見たくないか、それだけじゃ。
どうだね? 見たいかね?」
そう教授に問いかけられれば、答えはひとつに決まっている。
僕は頷いた。振り返るとチルルも首を縦に振る。
アリーフェ教授が満足げに息を吐いた。
「うむ。ではご覧にいれよう」
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