第12話:妖精の誕生と鱗粉贈り
僕らは今、ひどく静かな暗室の中にいる。
目隠しと耳栓をして抱えられて移動したのでここがどこかはさっぱりわからない。
移動方法の厳重さに驚いたけれど、それでも興味の方が勝ってなされるがままに連れて来られた。
随分長い間揺られていた気がする。不安になってきた頃に目隠しをほどかれるとこの場所に立っていた。
決して言葉を発さないように事前に注意されていたし、消音効果のあるマスクもしているので、自分の呼吸の音すら響かない。耳鳴りがするほどの静寂だ。
周りになんとなく人の気配を感じるので、それが教授やチルル達なのだろうと思うけれど、はっきりとはわからない。
見えているのは宙に浮くガラスのような透明の球体だけだ。球体の中は空間が切り取られているみたいだ。テラリウムのようにも見える。
中には光り輝く真っ白な花がそっと咲いている。
地面から真っ直ぐに花だけが伸びていて葉はない。
花茎も花弁もとにかくすべてが美しい白色だ。
けれどほんのり輪郭が透ける感じもあって、まるで宝石でできているようにも見える。
……花の形は全然違うけれど、ギンリョウソウに雰囲気が似ているかも。
花は3輪あるけれど、そのうちの1輪は花ではなく、おそらく果実だ。花びらは残っているけれど、真珠のような丸い実が頭を垂れている。
これがきっともうすぐ妖精が生まれそうな花なんだろう。
どれくらい息を潜めて見つめていただろう。
ぼーっと夢中でずっと眺めていた気もするし、ほんの一瞬のことだったような気もする。
真珠にピシリとヒビが入った。あっという間にそれは広がり、殻がはがれ落ちていく。
中から青い光が漏れ出す。まぶしくて何度も瞬きをする。
目が慣れた頃にはエメラルドグリーンの大きく美しい蝶の翅が鮮やかに目に映った。
大きな翅を誇らしそうに妖精がひらりと宙を舞っている。
……もしかしてアレキサンドラトリバネアゲハ?
僕は世界最大のパプアニューギニア原産の蝶を思い出す。でも、図鑑で見たのよりも、もっと大きくてもっと色が複雑で、もっともっと鮮やかだ。異世界なんだし、似ている別種なのかもしれない。
妖精は透明の球体の中でひらひらと花の周りを回る。しばらくそうした後、ふいにこちらを振り向いた。明らかに目があう。僕はどきりと心臓が跳ねた。
妖精はじっと真顔で僕を見つめた後、その小さな白い腕をまっすぐこちらに伸ばす。音は聞こえないけれど、指をパチンと鳴らす仕草をする。
途端に妖精の翅からきらきらとした光る粉が広がり、それは隔離されているはずの透明の球体からもあふれ、僕の体に降り注いだ。
驚いて何もできないでいるうちに、妖精は一瞬フッと笑うとふいと視線を外した。僕には興味を失くしたようだ。もうこちらを見ることはなかった。あふれた光る粉も暗闇にかき消えていく。
妖精はふわりふわりと何度か舞った後、自分が生まれた花の、残っている花茎に身を寄せる。横たわるとすやすやと眠り始めた。
そして透明の球体は光を失い始め、徐々に暗くなっていく。花と妖精の姿もそれに合わせて暗く沈んでいく。
完全にそれが見えなくなる直前に、僕は肩を叩かれてハッとする。
手渡しで目隠しを渡された。ライゼルさんだろうか。目隠しをしろということだろう。
暗闇の中手探りでそれを目につければ、すぐさま抱えられて僕は運び出されていく。
抱えてくれているライゼルさんは焦ったように小走りしているのに、僕はただただ今見た光景を思い返しながらぼんやりと揺られていた。
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「ダイチ君、君は本当に自分の加護を知らないのかね!?」
ライゼルさんに両肩をがっしり捕まれてそう問いただされる。
僕は呆気にとられながら頷く。いくら聞かれても知らないものは知らない。
「ハイコー、確かつい最近、妖精誕生の記録を見返していたよな?
今までに妖精の鱗粉の放出は確認されているか?」
「いや、自分が見た限りではないっす!
というか、そもそも空間同調結界を超えてこちらを認識している事例自体が2回ほどしかないんすよ。
そしてその2回は威嚇行為を取られて途中で同調解除しています」
誕生した妖精が結界越しに鱗粉を贈って見学者に友愛を示すなんて完全に初めての事例です、とハイコーさんは興奮して言う。
とにかく、さっきのきらきらした粉が特別だということが二人の会話からわかった。
「これはどう考えても希少な精霊のご加護があるとしか思えんが……」
「先天性のスキルの可能性はどうっすか?
それか魅了系の血統魔法ってことも……」
「まあ待ちなさい、二人とも。
ダイチ君が困っておるじゃろう。少し離れなさい」
「あ、教授……」
「精霊のご加護や固有スキルなどは個人情報じゃよ。本人を目の前にしてそのように大っぴらに推測するものではない」
本人が開示していないのに不躾だとアリーフェ教授が二人を嗜める。
「その通りですね。すまない、ダイチ君」
「申し訳ないっす」
ライゼルさんとハイコーさんが僕に頭を下げる。
「い、いえ」
教授が取り成してくれて僕はほっと息をついた。
ライゼルさんが教授へ目を向ける。
「しかし、教授はいやに落ち着いていらっしゃいますね。まさか、この結果がわかっていたのですか?」
「まさか、まさか。だが長く生きとると勘が鋭くなってのう。妖精に会わせるべき人物というのはわかるようになってくるものじゃ」
アリーフェ教授が白髭をするすると撫でながら言う。
「それに、妖精の鱗粉贈り自体は何度か見たことあるのでな。
先代教授が贈られているのを見たことがあるし、ワシ自身も体験したことがあるぞ。二人も妖精に選ばれるように精進せよ」
「え!? そうなんですか?」
「それは初耳ですよ……」
ハイコーさんが驚き、ライゼルさんは呆れたような声を出す。
アリーフェ教授はそんな二人に少し肩をすくめてみせた。
「とはいえ、結界越しに鱗粉を贈られるというのはなかなかに稀有な出来事じゃったな。普通は妖精の誕生に立ち会うのにも相当の運が必要じゃ。
ダイチ君は妖精誕生花に並々ならぬ縁があるように感じるの」
アリーフェ教授が僕ににこりと笑いかける。
「どうだね、ダイチ君。
我が妖精学研究室へ正式に所属することを考えてみてくれんかね?」
あまりにもさらりとアリーフェ教授に言われて僕は呆気に取られる。
「え? いや、あの、僕はM級冒険者ですし……」
「ああ、いやいや。M級冒険者をやめよと言っているのではないぞ。
つまり、兼任するのはどうかという提案じゃ」
「兼任、ですか?」
僕は理解できなくて問い返す。
そんなことできるんだろうか。
「そうじゃ。M級冒険者は冒険者出身の研究者という側面も持つからの。そして高度な研究になればなるほど、機材も資料も王立学院に勝る場所はない。
これまでも王立学院と冒険者ギルドに同時に籍を置いて研究していた例はあったはずじゃぞい?」
「そうなんですか……」
僕はそう説明されてぐらりと気持ちが揺れた。日本で叶えられなかった進学のことを思い出す。
王立学院ってつまり日本で言うところの大学だよね。大学、行ってみたかったんだよなぁ……。
王立学院にも所属すれば、大学生活が体験できるんじゃないだろうか。
いやでも……。
「でも、妖精学については僕学んだことがないですし……。いきなり妖精の研究をしろと言われても……」
それはちょっと無理じゃないかなぁと僕が思っていると、アリーフェ教授が腕組みする。
「ふむ。君ならば研究しながらどんどん知識を吸収していくじゃろうから問題ない気がするが、希望すれば学生と同じ講義を受講することは可能じゃぞい。
妖精学研究室の、そうじゃな。最初は研究助手といった立場になってもらえれば融通は効かせられるの」
教授はなんでもないことのようにさらりと続ける。
「ダイチ君なら、妖精学以外にも薬師コースの講義なども受けてみてはどうじゃ?
上級薬草学など興味があるのではないかね?」
「え!? 妖精学以外の講義も受けられるんですか?」
僕は驚いて声を上げた。
それはすごく興味がある!
これから新しい薬草を採取したり薬草図鑑の続きを作ったりするのにも役立ちそうだし。
僕が興奮でどきどきしているとアリーフェ教授は優しく微笑んだ。
「研究を優先してもらうことにはなるが、時間の調整がつけば興味のあるものは薬草学でも魔獣学でも何でも受けてもらって構わんよ。
その時はワシが話をすべて通そう」
「あ、あの! 冒険者ギルドに相談しないといけないですけど……。でも、すごく興味あります!」
「うむうむ、そうかね。
では、後日改めて正式に連絡をくれたまえ」
教授が満足そうに頷く。
話が一段落したところで後ろのライゼルさんとハイコーさんを見れば、二人は何か言いたげに教授と僕を見比べている。
……あれ? もしかして僕、ちょっと軽率だったかな?
でも今さらだ。気持ち的にはもう王立学院に行きたくて仕方ないので気にしないことにする。
長編版はこちら(タイトル同じです)
https://ncode.syosetu.com/n3580ln/
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