第10話:教授と妖精授粉法②
「ライゼルがそこまで言うのであれば、テストしてみようじゃないか」
教授がさっと杖を一振すると机の上に魔法陣浮かび上がり、その中から書類の束がでてきた。
「それは……!」
「そう、この研究室の者ならば見覚えのあるものばかりじゃろうな。
しかし口出しは無用じゃ。
さて、M級冒険者殿。近くへ」
拒否することもできず僕は素直に教授の元へ向かう。
「この研究室では妖精の生態に関する基礎研究から、使役妖精を社会に活かすための実践的な研究まで幅広く取り組んでおる」
教授はそういって書類をぺらりとめくる。
「これはうちの研究室で取り組んでおる研究成果の概要じゃ。
これを読んで君の考えを聞かせてくれたまえ」
「待ってください、教授!
それは学院の卒業生が試験に合格した後、正式に研究員として配属された時に行う新人テストではないですか!
いくらなんでも難易度が高すぎます!」
「口出し無用と言うたはずじゃ。
それに、難易度は調整しておる。彼は植物特化型のM級なのじゃ。使役妖精を使った農業改革関連の研究に限定しておるわい」
教授はライゼルさんに目も向けずにひらひらと手を振る。
……とりあえず、やってみるしかなさそうだ。
僕は教授が差し出す書類束を手に取った。
なになに、『地下農場の農作物栽培における妖精授粉法の効果に関する調査研究』。
え、これライゼルさんが話してた研究じゃない? おもしろそう!
僕はがぜんやる気になって真剣に資料を読み込む。
様々な農作物、妖精の種類や系統、妖精の使役者、使用魔力、結実率や収穫量などが細かに掲載されていて、どの農作物と妖精の組合せが効率的に授粉できたのかが一覧で評価してある。
魔力のあたりはさっぱりだけど、丁寧に読めばわかる部分も多い。
なるほど、気象条件なんかの前提は魔法で一律にそろえてあるみたいだ。
「どうだね? 何か自分なりに気がついたことはあるかね?」
「そうですね、とても面白い研究だと思います。
妖精の中では蜂型妖精の結果が平均して高いので最も花粉媒介者に適しているのは彼らではないでしょうか。
特にこれとこれの2系統の蜂型妖精はミツバチに特徴が似ています。
授粉可能な植物の範囲が広くて優秀だと思います」
「……君は妖精の系統の区別がつくのかね?
以前妖精学を学んだことが?」
教授が驚いたように僕を見る。
「いえ、妖精を見るのも妖精学に触れるのも始めてですけど……。
ただ、僕の国では昆虫学という学問があって昆虫についてはそれなりに詳しく学びます。
蜂型妖精と呼ぶからには妖精も蜂の性質の一部を引き継いでいるのでしょう?
なので、昆虫の知識から推測しました」
「昆虫学? 妖精との比較研究ではなく昆虫単体を研究する学問なのかね? それはまたマイナーな……」
呆れたように感心したように教授がため息をつく。
僕からすると昆虫学はメジャーな学問なんだけどなぁ。思わず苦笑いしてしまう。
……でも、魔獣や妖精が実在する世界では昆虫がマイナーでも仕方ないか。
「それでは、これについてはどう説明するね?
トウモロコシに関する授粉結果だが、ほとんど成果があがらなかった。さきほど、君が授粉に向いていると言った蜂型の2系統も含めてだ」
教授が資料を指差す。
「ああ、これはしょうがないと思います。
トウモロコシは風媒花ですから、妖精たちには難しかったんじゃないでしょうか」
トウモロコシは風を利用して受粉する風媒花だ。昆虫の特徴を持つ妖精が授粉できなくても不思議はない。
それに加えてトウモロコシの花は雄花が先に咲いて雌花が遅れて咲く雄性先熟の傾向がある植物だ。
妖精たちが雄花から花粉を運んでも肝心の受粉先であるめす雌の花がなかった可能性もある。
「失礼、フウバイカだから、とはどういう意味だね? 初めて聞く言葉なのだが」
「あ、もしかしたらこの国では違う言い方なのかもしれません。僕の国では風媒花と呼んでいました。
つまり、花粉を風が運ぶように進化した花のことです。トウモロコシは花粉の媒介に風を利用します。
妖精たちが活躍できるのはおそらく昆虫が媒介する虫媒花の方だと思いますから、当然の結果かなと思います」
「なるほど、風媒花か。直感的な用語じゃな。
その花の特徴は言えるかね?」
「あ、はい。風媒花にもいろいろありますが、基本的には花が地味です。
花粉の媒介者が風なので、視覚的にアピールする必要がありません。なので花弁が退化していたり小さかったりすることが多いです。
それから虫を呼び寄せるための蜜や香りも基本的にはありません。コストの無駄なので」
「うむうむ、なるほど」
アリーフェ教授が満足そうにあごひげをなでる。
「では、こちらはどう説明する?」
ぺらりと教授が資料をめくる。
小麦の研究のページが現れた。
「君の言葉を借りれば、小麦も風媒花だが、トウモロコシと異なりこちらは結実が良く収穫量も多かった。説明がつくかね」
「あー、これは……。
小麦は確かに風媒花ですが、そもそも自家受粉をする作物なんです。自分自身の花粉で結実しやすい性質を持っていて、ひとつの花の中で受粉が完結できるので……。
その、確かに収穫量は多いですが、妖精授粉の成果かどうかは不明かなぁと……」
僕は言葉を濁して答える。
この研究資料では妖精が頑張ったように見えるけど、実際は単に自家受粉によって結実しただけなんじゃないかなぁ。
でも、はっきりそうとは言いづらい。
教授は楽しそうに笑った。
「ほほっ、なるほどのう。では次じゃ。
この温室栽培のカカオの結果はどう見るね?
カカオは君のいう虫媒花じゃ。君の推論では蜂型妖精は虫媒花において力を発揮するということじゃったが、他の作物と比べるとカカオは結果が芳しくない。
なぜだと思う?」
「ええっと、カカオは確かに虫媒花ですが、本来の媒介者は主に小さなハエの仲間だったかと思います。
蜂型妖精の花の好みには合わなかったのではないでしょうか?」
「ほう、花の好みとな。
使役妖精は使役者、つまり妖精使いの命令に従う契約を結ぶが、それでも妖精が自身の好みを優先するというのが君の見解かね?」
「うーん。僕は妖精のことはわかりませんが……。
妖精が昆虫の性質を受け継いでいるならある程度本能的な部分もあるのではないかなと」
命令されればなんでもできるなら風媒花の結果はもっと良くてもいいはずだ。
僕は先ほどのライゼルさんの言葉を思い出す。
「それに、妖精は人に対しても相性が激しいんでしょう? 仮に使役されていても加護がない人とはあまり仲良くできないと……。
それなら、いくら命令でも、好みでない花の授粉はあまりやりたがらないんじゃないかなぁと思います」
「ふむふむ。では、最後じゃ。
このリンゴの結果はどう見るね?
リンゴの収穫量はカカオとは真逆で異様に高い。
妖精を導入しなかった対照実験区画との差が特別に顕著じゃ。
この理由はわかるかね?」
「これは、リンゴが自分の花粉では結実しない、自家不和合性を持つ植物だからだと思います。
さっきの小麦は自分自身の花粉で自家受粉をよくする植物でしたが、リンゴはその逆です。
対照実験区画では花粉媒介者となり得る虫も排除されているので、ほとんど実がならなくても無理はないかと。
なのでリンゴは妖精授粉法を導入する意義がかなり高い果樹だと思います」
日本でもリンゴは農家さんが人工授粉を行っている。
妖精授粉が人工授粉の代わりになるならリンゴ栽培はかなり効率化できるはずだ。
一番この研究の成果を発揮できる農作物だと思う。
そんなことを考えていると急に教授がうつむいてぶるぶると肩をふるわせはじめた。
ど、どうしよう。しゃべりすぎて怒らせたかな!?
長編版はこちら(タイトル同じです)
https://ncode.syosetu.com/n3580ln/
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