第七夜 ~宝石の悲鳴~
「ローズスフィア伯母様が?」
「ああ、報告があった。
だから早速、お前の苦手分野の色恋沙汰が強い方の依頼を渡した」
「そう。ありがとう…」
“夢渡り人” として、引退していたローズスフィア伯母様が復帰した。
私が、居なくなったせいだ。
強くて大らかで、聡明で優しい、お父様の姉君。
伯母様も年齢的にキツイだろうに…一族の為に仕方なくだろう。
そして、家族との不和で悩んでいた私に、手を差し伸べてくれた人。
迷惑を掛けたくなくて、私はその手を取ることが出来なかった。
でも結局、こんな事になってしまったのだ。
「ああ、それから、お前をよろしく頼むとも伝言を貰った」
「えっ、伯母様から?」
「ああ。もう家の事は気にせずに、自分の人生を生きろってさ」
「……そう」
「おい」
「何?」
「アーン、しろ、アーン」
「は?」
「口開けろ、アホみたいに」
「…手に何持ってんの、それ」
「王都で流行ってる菓子だ。えーと、何だったかな…
メレンゲクッキー?面白い食感らしいぞ」
「食べるから、手で渡せ」
「ダメ。食いたきゃ口開けろ、ほ~れほれ」
「………あ゛~~」
「ははっ、なんつー声出してんだよオメーはっ、ほれっ」
「……っ、……」
「どうだ?」
「シュワシュワする…甘~い…」
「ふっ、甘いの好きか。やっぱ女だなぁ」
「一個だけ?ケチー」
「ほれ、その前に仕事だ」
「…………宝石が毎夜、悲鳴を上げる…って何?」
「宝石大好きマダム、エルジュ侯爵夫人からの依頼だ。
この人は、様々な宝石をコレクションしている。
その中の一つが、夢の中で毎夜悲鳴上げるんだと」
「その宝石は、どんな経緯で手に入れたの?」
「元々妹が持っていたが、彼女が先月事故で亡くなって、
形見としてマダムが譲り受けたそうだ。
そのブローチは、妹の亡くなった婚約者に贈られた彼の形見だった。
そして、今度は妹の形見になったという…縁起の悪い品物だな」
「ブローチの宝石の種類は…アメジスト。ああ、紫の水晶か。
水晶の中では上等の物だけど…あんまり高価じゃないし、
コレクションしてる人が、わざわざ欲しがる物じゃないよね?
宝石言葉が確か “真実の愛” だったかな?ねえ、リタ」
「正解です、お嬢様!」
「そんな意味があんのか。
で、問題の現物預かってるが見るか?」
「うん。見せて」
黒いジュエリーボックスをカパリと開き、
その問題のブローチを凝視する。
真ん中に大きなオーバルカットの美しい紫のアメジストが鎮座している。
その周りを囲って、小さなダイヤモンドが綺麗な曲線の装飾でキラキラ輝き、
下にティアドロップ型のホワイトパール1粒がぶら下がっている。
愛しい人に贈るにふさわしい、凝った細工の美しいブローチだった。
…しかし、何も感じない。
呪物だったら、少しは何かあるのだけれど…
「綺麗な色の宝石だけど…これには特に何もないね」
「俺も見たが、ただのブローチだ」
「そっか、あんた鑑定も持ってたもんね」
「臣下に任せる事が多いから、殆ど俺の魔力は使わんがな。
ふと、触れた時に油断してると魔力が干渉して雪崩れ込んでくる」
「魔力強いのも、難儀よねぇ」
「まあ、今は魔力封じがあるから、干渉しないしされないがな」
「そういえば、アンタって魔力属性どれだけ持ってんの?」
「ふははははーっ、教えん、国家機密だからなっ!」
「……悪役国王」
「あ?」
「別に」
ペラペラと依頼書と文官が調べてくれた、
事前調査と背景調査の記入欄に目を通していく。
「ん?妹の事故死って…階段からの転落死?」
「ああ、夫人の目の前で足を踏み外したらしい。
打ち所が悪くて即死だった」
「ねえ、妹の婚約者も、同じ死に方してるんだけど…」
「ああ…」
「…その時も、夫人が近くにいるね」
パタン。
ジュエリーボックスを閉める。
そして、イグネシアスと目配せして、お互い眉間にシワが寄る。
「そんでさ、背景調査が…エグくない?」
「そうだ。妹ミリアムの死んだ婚約者ノダムは、
元々は侯爵夫人の婚約者だった」
「これって…婚約者を妹に取られたってこと?」
「まあ、そうだろうな。お前も既視感あんだろ」
「んー、侯爵夫人は婚約破棄して別の人物を入婿で迎え、
今現在女領主として、侯爵家を継いでいる。
妹ミリアムは死んだノダムを忘れられず、
ずっと死ぬまで独身だった…っと…」
「お前が、考えている事は分かる」
「とりあえず、侯爵夫人の夢に渡ってみる」
原因は、ブローチじゃない。
エルジュ侯爵夫人だ。
* * * * * * *
「こっわ…何よ、この悲鳴…」
夢に渡った途端、
耳をつん裂く悲鳴と、けたたましい金切り声が、鼓膜を襲ってきた。
地獄の深淵から聞こえてくるような、暗くて陰鬱で重い負の感情の塊。
耐え難い苦痛に悶え苦しむ、悲痛な叫び声だった。
全身の鳥肌と怖気がとまらない。
嘘でしょ…これが宝石の悲鳴なの?
こんなの、まるで…まるで、断末魔じゃない。
目の前には、吹き抜けの玄関ホールの2階に続く階段が見える。
その階段を見上げ、姿勢良く凛とした後ろ姿で佇んでいる女性。
茶色の髪を綺麗に編み上げて、紫のドレスを身につけている。
彼女が、エルジュ侯爵夫人だろう。
視線の先には、階段途中にポツンと置かれた、あのブローチがある。
ここ…妹と婚約者が転落死した、例の侯爵邸の階段…
真っ直ぐ伸びた階段は、登り切った踊り場に大きな天使の絵画が飾ってあり、
そこから左右に階段が分かれていた。
洒落た曲線の木造製の手摺りとコンソールテーブルは茶色だが、
それ以外は、ベージュと白に統一してある。
吹き抜け天井には、花が咲いたような細い骨組みのシンプルなシャンデリア。
豪華絢爛に余計な装飾でゴチャゴチャしてる成金趣味の貴族邸が多い中、
この侯爵邸は、なかなか洗練されているようだ。
因みに私は、とりあえず様子見なので、姿を消している状態である。
そして、その叫び声と悲鳴に被さるように、
夫人が声を荒げて、怒鳴り始めた。
「一体何なの、私に何が言いたいの?
もう、叫ぶのをやめて…やめてっ!やめなさい、ミリアム!」
ミリアム…妹の名前…
「あなたが、私からノダムを奪ったのは許したじゃないの!
愛していたのに…私はノダムをっ…愛してた。
でも、あなたが彼以外は嫌だと泣くからっ、あなた達は両思いだったから、
私は身を引いたのっ…
だから、ノダムから貰った、美しい紫の瞳と同じ色のアメジストの
ブローチだけでも、手元に置いておきたかったのにっ…それなのに…
それまで欲しがって…それも渡したじゃない!
私は他家から、代わりの婿を迎え入れて、あなた達二人を祝福した。
だけど、彼は死んで、あなたも死んだ…
だから、だからっ、ブローチを返してもらっただけよっ!
もう、いいでしょ?…返して…返して頂戴!
それなのに、それなのに…まだ、まだ私に文句があるの?」
なんて事…あのブローチは、元々夫人の物だったのだ。
何だか私と侯爵夫人の境遇が重なって、微妙な気分になる。
妹に婚約者を奪われた、侯爵家の女後継者。
彼女は、婚約者ノダムを愛していたし、未練があったのだ。
私と似た状況ではあるが、この部分が大きく違っていた。
だから、その分…この人の方が、さぞ辛かっただろう。
すると、半透明の幻影が2名階段に現れた。
これは恐らく、過去の出来事だ。
「本当にごめん…エルジュ」
「……もう、いいわ。私仕事があるの。行っていい?」
「あの、ごめんっ、そのっ言いにくいんだけど…
去年、私が君の誕生日に贈った、そのブローチを返して欲しいんだ」
「……は?今、何て言ったの?」
「ミリアムが、そのブローチが欲しいって言うんだ…
それに、君は別れた男の物なんて…もう必要ないし、いらないだろう?
同じのをプレゼントしようにも…そのパールが一点モノで…もう無くて…」
「……………そう…」
胸に付けている、あなたと同じ瞳の色のアメジストのブローチ。
震える指先で、外して彼の方に腕を伸ばした。
渡したくなかった。
だから、彼に渡すフリをして、
ワザと指先からスルリと滑らせてブローチを落とした。
カラーン…と玄関ホールに響き渡る落下音。
コロコロと階段を転げ落ちていく。
それを彼は慌てて拾おうと屈み込んで、体のバランスを崩した。
あちこちぶつけて、ああ、痛そうだわと思いながら、
落下して行くのを私はただ黙って見ていた。
動かなくなった彼を見て、何とも思わなかった。
あなたは、なんて、残酷な男なの。
どうして、私からブローチまでとりあげようとするの。
どうして、私の前で、幸せそうに二人で笑ってられるの。
どうして、私の不幸の上の幸せを当然だと思っているの。
どうして、私を更に追い詰めたの。
ねえ、
本当に、私が許したと思っているの?
私はずっと心の奥底で、
裏切り者のあんた達なんか、死ねばいいと思っていたわ。
最悪なのは、あなたが死んでから、
ミリアムはノダムの形見として、ブローチを譲って欲しいと、
泣いて縋って頼んできた。
結局、奪われてしまった。
あのブローチは、彼と同じ瞳の色。
どんなに高価な宝石より美しい紫水晶。
それから私は、そのブローチより美しい宝石を見つけようと、
様々な宝石を求めてコレクションして行った。
でも、いくら高価な宝石でも、美しい紫の宝石でも、
私の気持ちは満たされない。
だって、私が欲しいのは、
あなたが私の誕生日に贈ってくれた、
あのブローチだけだもの。
そして5年後、また同じ階段の途中で呼び止められる。
今度はミリアムが、ブローチを返してこようとした。
「お姉様が気に入っていたのは、分かっていたのに、
譲ってもらって、ごめんなさい。
私はもう落ち着いたから、これは返します。
今まで本当に、ごめんなさい…ごめんなさい、お姉様」
“ ごめんなさい ”
私の苦しみをそんな言葉で済ますのね。
勿論、返して欲しかった。
彼が私にくれた、たった一つの物だったから。
でも、受け取る時に怒りと屈辱で手が震えた。
そして今度は、本当に取り落としてしまったのだ。
ミリアムは、落ちたブローチを追いかけて、
手を伸ばして階段を踏み外し、不様に落ちて行った。
奇しくも、彼と同じ死に方だった。
これは、呪いだ。
私の二人に対しての憎悪が、
ブローチを通じて、二人を殺したのだ。
そして、ブローチが悲鳴をあげる。
いや、叫んでいたのは、悲鳴をあげていたのは、
エルジュ侯爵夫人自身だった。
だめよ、侯爵夫人───もう自分を責めないで。あなたは悪くないの。
私は手を伸ばし、
悲鳴をあげているブローチを粉々に粉砕した。
パッキ─────…ン…
ピタリと悲鳴は止まった。
その場にガクリと膝をつき、夫人は蹲る。
好きだった人の大切な形見かもしれないけど、
あのブローチがある限り…彼女は苦しみ続ける。
あれは現実でも、手放した方がいい。
でも…彼女は手放さないだろう。
どうしたら…いいのかしら。
無表情に踊り場から見下ろしている、エルジュ侯爵夫人の冷たい白眼視に、
これが絶望を超えた人の表情なのかと、心が芯まで冷えた。
事故を誘発していたかもしれないけど、彼女は何もしていないのだ。
この人は彼に未練があり、二人を決して許してなんていなかった。
当たり前だ。そんな簡単に許せるわけない。
だけど、二人の裏切りを知っても、
彼女は貴族らしく、感情や態度を出さずに耐え抜いた。
後継者らしく気高く振る舞い、二人を寛大に許したフリをした。
それゆえに、誰も彼女の心に寄り添わなかった。
せめて思い出だけでもと、大切にしていた唯一無二のブローチまで奪われ、
愛は、絶望と憎しみに変わり、心が冷えて深い怨恨を孕んでいく。
妹のミリアムもアマンみたいに、姉にコンプレックスがあったのだろうか…
自分以外の者を羨み、その人に成り代わろうとしても、何かを奪ったとしても、
その人になれる訳ではない。所詮偽物なのだ。
一生自分は偽物のまま、一生羨む人を追いかけ常に苛立ち、
思考停止状態で成長もできず、自分の良さまで殺してしまう。
結局、自分自身も心から幸せになんてなれないのに。
しかし、なんで略奪者って、傷つけた相手の前をウロウロして、
幸せを見せつけるような真似をするのか。
せめて、こっちの視界に入らない様にするくらいの気遣いはして欲しいわ。
無神経ゆえに、的外れな言動と軽率な行動で、相手の心を踏みにじり怨恨を生む。
彼女は心の底から二人を呪っていた。
だから、あの二人は死んだ。そう思い込んで自責の念に駆られ、
その苦痛を抱えきれずに、悲鳴を上げ続けていた。
死んだ後でさえ、彼女はあの二人に苦しめられているのだ。
* * * * * * *
「あのさ、ブローチそのまま返却しないで、加工してくれない?」
「加工?なぜだ」
「彼女はそれを凄く大切にしてるけどさ、
でもね、同じ位辛い事も思い出してしまう物なの。
こっちで預かってる時に、何か悪い魔力が入ってきたとか、
適当に言い訳して、それを排除する為に、他の形にしたとかさ…
うーん…どうせなら、以前の形を微塵も残さない、
可愛い動物の形に加工できる?」
「無許可でか?」
「あんたは最高権力者の国王なんだから、何でも可能でしょーが」
「確かにそうだな、任せろ。ふははははーっ!」
「よっ、悪役国王」
「また抜き打ちワルツするから、ステップ覚えとけよ。
お前、筋肉痛で一日中寝込んでたって?」
「ふははははーっ」
ふざけ過ぎて、ベシリと頭頂部を叩かれる。
私の注文通り、その呪いのアメジストのブローチは、
真珠を両手に抱えダイヤの台座に座った、可愛らしいテディベアに加工された。
平伏しながら、文官が事情を説明した上で夫人に返却した。
あまりにも変わってしまった宝石を見た夫人は、最初目が点になっていたが、
ちんまり座っている愛らしいクマの姿に、大笑いしたらしい。
そして、エルジュ侯爵夫人は宝石の悲鳴を聞かなくなった。
趣味の宝石コレクションもすっかりやめてしまい、
玄関ホールの階段もリフォームして作り変え、
今現在アメジストのテディベアは、夫人の私室のキャビネットの中に、
置物として、ちんまり座っているそうだ。
以上の報告と一緒にイグネシアスが、
手のひらより少し大きい箱を私にポンと渡してくる。
「ほら、ご褒美だ」
「へ?何?……あっ…」
「メレンゲクッキー。お前好きそうだったから、多めに買っておいた」
「…ありがとう。ほら、あんたにも一個あげる。アーンしろ、アーーン」
「お、いいのか?アーーーン」
バクリッ
「ぎゃーっ、指ごと咥えるなっ‼︎ 」
「ん〜〜…スノウの指うま〜い。むぐむぐ」
「こんのぉ、変態がぁっ‼︎」
バッチーンッ‼︎
顔に赤い手形をつけて執務室に戻ってきた国王陛下に、文官たちは騒ついたが、
何故かイグネシアスは終始ご機嫌だったという。
* * * * * * *
カランカラン…
「いらっしゃ〜い」
「あ、あのっ、ここで呪いを請け負ってくれるって本当?」
「ええ、ここは魔女の店ですから。ようこそ、たどり着けたねぇ」
「呪って、欲しい人がいるの」
「対価次第だねぇ。あんたは何が払える?お嬢ちゃん」
「わ、私の魔力をっ…もうすぐ魔力封じされるから、その前に…」
「ほう、何の魔力だい?」
「排斥と魅了。排斥の方が強いわ」
「ふ〜ん、悪くないねぇ。魔石に付与して売れるし…
魅了は問題になるから要らないよ。それに、あんたの魅了は微量だしね。
ああ、排斥とセットで働いてるのか…ふん、魔力封じされるなんてさ、
さぞ今まで自分勝手に生きてきたんだろうねぇ」
「う、うるさいわね!出来るの?出来ないの?」
「呪う相手の名前は?」
「スノウスフィア、お姉様よ」
「ああ?国王陛下のお気に入りじゃないか。却下」
「は?ちょっと?何よそれ!」
「だって、この国の最高権力者の逆鱗に触れたら、
こっちが危ないじゃないか。商売できなくなっちまう」
「はあ?じゃあ、何処ならやってくれるの?
その店を紹介しなさい!」
「…あたしは出来ないけど、自分でやるなら話は別だ」
「え…?どういうこと?」
「あたしじゃなくて、あんたが自分で呪いをかけるんだ。
その代わり、リスクがあるけどねぇ。ど〜する?」
「…リスクって?」
「呪いがバレたら、自分に返ってくる」
「…バレなきゃ、いいんでしょ」
「やれやれ、そんなに姉が憎いのかい?」
「黙って奴隷になっていれば、ここまでしなかったわ。
勝手に出て行って、そのせいで…こっちは、そのっ、色々大変なの!
魔力封じだって、元はと言えばお姉様のせいだしっ、
だからっ、私より幸せになるなんて許さないっ!」
「スッゲー他責思考。ひゃはははははっ」
「笑ってないで、早く呪いの方法教えなさいよ!」
「あー、じゃあ、先に排斥の魔力いただくよ。お嬢ちゃん」
「ええ、急いで頂戴!」
村の外れの奥の森。
そこに、魔女が住んでいる。
その魔女は、対価次第で何でも叶える。
定かではない、その噂を頼りに、
アマンは、その魔女の店を執念で見つけ出し、
とうとう辿り着いてしまったのだ。




