第六夜 ~踊る魔物~
「踊る夢のせいで、寝込んでいる?」
「ああ、毎夜、超絶好みの美女に踊ろうと誘われ、それが楽しくてだな。
逆らえなくて、つい誘いにのってしまうそうだ」
「で、絶賛体調不良と」
「ああ、今寝たきりだ。眠るとまた誘いを受けるから、
必死に起きているそうだが…そろそろ限界がきている」
「多分、夢魔だよ」
「何だ、それ」
「夢にだけ出てくる魔物って言った方がいいかな。人を誘惑して精気を奪うの。
最近は報告無かったのに…厄介なんだよね、コイツ」
「お前でもか?」
「うん。向こうさんも、夢の中で好き勝手できるし、魔力持ってるし…
何より見かけがねー」
「そうか、お前一人で…大丈夫か?
魔術師を補助につける事も出来るが…」
「ううん、一人の方がやり易い。前も対峙した事あるしね。
でも、ちょっと気になるんだ。夢魔は性的な誘惑が多いはずなんだけど…
ダンスに誘うって初めて聞いた。趣向を変えたのかしら」
「その侯爵は、社交ダンスの講師だ。レッスン指導部門に所属している」
「ふ〜ん…彼の好みを把握したのね。とりあえず今日、夢に渡るわ。
侯爵やばい状態なんでしょ?しかも、コイツ強敵だから時間掛かるのよね。
もっと早く報告して欲しかったけど…」
「恥ずかしかったらしいぞ。
夢の中で美女に誘われて、踊りまくって、具合悪くなったとか言えんだろ」
「はいはい、貴族の矜持が廃るって?死んだら元も子もないでしょ。
プライド高いのもいい加減にしなよ、馬鹿じゃないの」
「はははっ、そう言うな。頼んだぞ」
「言っとくけど、多分すぐ終わらない。侯爵にも伝えておいて」
やれやれ、またアイツと対峙しなきゃなのか…
気をしっかり持たないと。
* * * * * * *
「みぎゃー!またお前かっ!」
「久しぶりー、夢魔ちゃん」
「く、来るなぁ‼︎ 」
「あらあら、すっかり嫌われたわ」
毛を逆立てて、後ずさる夢魔。
夢の中で、姿は変幻自在だが、天敵の私を見て一瞬で本体に戻る。
全身毛で覆われた、手足の長い猿みたいな姿に、長い尻尾、クリクリお目々に、
耳は尖り、頭には小さな角があり、背中には蝙蝠のような小さな翼。
大きさは、中型犬くらいしかない。
そしてこれが、なかなか可愛い外見なのである。
その傍には、逃亡用の鬣の長い黒い馬が控えているが、
そいつも私を見て、目を丸くして固まっている。
ダンスホールのソファには、また誘惑に負けて踊りまくった、
ぐったりした侯爵が一人。やれやれ…
「また、邪魔しに来たな!」
「それが私の仕事だしー」
「うわーん!いじめっ子!」
「……あー、やりにくい…」
そうなのだ。
この外見のせいで、まるで私が虐めているみたいなのだ。
しかし依頼主の命も、もう後が無い。
「という事だから、どっか行って」
「僕に死ねと?」
「別に死なないでしょ。
人の精気なんて、夢魔ちゃんにとって、オヤツ程度なんだし」
「デザートだっ‼︎」
「はいはい。じゃあ、今回も力尽くでやるしか…」
「うわーんっ!暴力女ー‼︎ 怖いよぉー‼︎」
「……………」
こいつ、本当にやりにくい。
前回、話し合いで納得ぜずに、私に魔法で害して来たのだ。
あまりにも抵抗するので、仕方なく私が拳を巨大化させ、
遥か彼方にぶっ飛ばして解決したのだが、それをずっと根に持っている。
「あのね、夢魔ちゃんが加減知らないせいで、
依頼主がもう虫の息なのよ」
「そんなの知るか!やっと捕まえた獲物だぞ!」
「あら、久しぶりの獲物なの?」
「そうだ!最近、変な魔石が流行っているせいでっ、
僕は人間に近寄るのも難しくてっ…趣向を変えてやっとゲットしたのだ!」
「魔石?ああっ、夢魔除け魔石か!その手があったわね」
「やめろ、やめろ!これ以上、僕の楽しみを奪うなぁー!」
「自分からバラしてやんの。馬鹿め。ありがとう、助かったわ」
「くうぅぅぅぅ〜‼︎ 僕のバカァ〜!」
「まあまあ、私が時々こうして相手してあげるから」
「お前は強すぎて、誘惑出来ないし、翻弄されないから面白くないっ!
僕は、愚かな人間が好きなんだぁぁぁーっ!」
「あら、光栄だわ。ありがとう」
「褒めてなーいっ!うわああああーんっ」
確かに、可哀想ではある。
夢魔も存在しているのだから、生きる権利はあるのだ。
どうにか利害の一致で…取引できないだろうか…
えぐえぐ咽び泣く夢魔と半目の黒馬を横目に思いを巡らす。
「ねえ、夢魔ちゃん、提案なんだけど…」
* * * * * * *
「色欲で、浮気者の貴族リストを渡すだと?」
「そういう取引を提案したの。
夢魔ちゃんも食いっぱぐれないし、色欲浮気者達も満足するし、
結果的に周囲の人間には迷惑かからないでしょ。
どう?一石二鳥じゃない?」
「ほう、面白いな。早速文官にリストアップして貰うとしよう」
「え、反対されるかと思った」
「する訳ないだろ。こんな面白いこと。はっはっはっ!」
「あんたねぇ…本当に国王?」
「実際、お前の言う通りだしな。
浮気は、本人は分かっていてやっているから、責められるのは自業自得だが、
パートナーや周囲の人間への裏切りだし、世間体も悪い。
家族を巻き込んで迷惑をかけて、結局全員不幸になる。
奔放にしたいのなら、特定の恋人を作らず、結婚もしなければいいのだが、
安全な場所も立場も確保したいという、欲深い奴が多くて始末に負えん」
「そうだね…」
“本当にごめんなさいっ、お姉様っ”
“いけないと分かっていても、この思いは止められなかったの。
私だって苦しかった…とっても悩んだんです”
あれは、どう考えても謝罪してる態度じゃなかったわね。
なーにが、とっても悩んだんです!だ。ケッ。
裏切られた事もそうだけど…
あの場で誰一人、私の気持ちを理解しようとしなかったのが、
どうしようもなく…虚しかった。
「不貞男の元婚約者と、淫乱バカ女の妹もリストに入れておくか?ん?」
「好きにすればー?」
冗談だろうと、適当に返事をしたのだが、
イグネシアスは、本当にリストに加えていたのだ。
個人情報だからと、魔法契約で封をされた封書を持たされて、
私は中を見る事ができず、そのまま夢魔ちゃんと再度会って手渡した。
「はい、これゴミカス色欲不貞野郎共リスト」
「わーい!よし、取引成立じゃ!」
「ただし、殺さない程度に満遍なく調整すること。分かったわね?」
「分かってる、分かってる♪」
「瀕死の人が出たら、私が行くからね?」
「わ、わわわわわ分かってるってば!」
こうして、夢魔対策は一応解決し、侯爵も何とか持ち直した。
彼はまた誘惑に負けそうなので、念の為に夢魔除け魔石を持たせる事にする。
報告書を提出した後、イグネシアスは私におもむろに訪ねてきた。
「スノウ、お前ワルツ踊れるか?」
「うん。貴族令嬢は、淑女教育でみんな習うし」
「相手してくれ」
「何でよ」
「苦手なんだ」
「は?あんた苦手だったっけ?
貴族学院の授業で、ソツなくこなしてなかった?」
「いいから、相手してくれ」
「別に、いーけど」
「じゃ、行くぞ」
「ええっ、今から?」
だだっ広い王宮のダンスホールに連れ出され、
靴もダンス用のヒールに履き替えさせられる。
そして、リタがなんだか嬉しそうに準備をしているのだ。
ああ…そうか、リタは舞踏会に同行するのが好きだったな。
その場にいるだけで、ワクワクして、華やかな雰囲気が良いと言ってたっけ。
“夢渡り人” として仕事を始めてから、時間が合わなかったり、
私が疲れている時が多くて、夜会とかキャンセルしまくってたから、
長い間、そういう場に参加してなかったもんね。
仕方ない…リタの為に我慢して付き合うか。
魔石で稼働する蓄音機が、優美な音楽を奏でる中で、
イグネシアスは左手を差し出し、私を迎え入れて右手を肩甲骨に添える。
やっぱ血筋なのか、絵になる男である。
「頑張ってください、お嬢様〜♪」
「ほら、ナチュラルターン、次リバースターン行くぞ」
「…あんた上手いじゃん」
「いーや、苦手だ」
絶対、嘘だ。
ホールドが完璧だし、めちゃくちゃ安定して踊りやすいもの。
「クローズドチェンジ!」
「えっ」
「ステップずれてる、ずれてる。はははっ」
「引きずるなっ」
「ほら、ついて来い、基本中の基本だぞっ」
「ちょっ…早い早い!」
「ふはははははっ」
「何その笑い方、悪役みたい。ふははははっ、って」
「やべ、素が出た。この笑い方、油断すると出てきちまう」
「ふははははー!」
「おい」
「変な笑い方~、ふはははははーっ」
「……リタ、レコード変えてくれ」
「は、はい?どれですか?」
「その一番端の。そうそう、それ。ありがとう」
「やーい、悪役~♪」
「ほら、行くぞ、ついて来い!ナチュラルスピンターン!」
「ちょっ、いきなりテンポ早いって‼︎ 」
「ふはははははーっ! さあ、翻弄されるがいい‼︎ 小娘がっ!」
「ぎゃー、悪役めーっ‼︎ 」
イグネシアスは、終始笑顔で私を引き摺り回しながら、
めちゃくちゃなワルツを踊り、アホみたいに大笑いして夜も更けて行った。
なかなか楽しかったが、普段動いていない己の体は嘘をつかない。
そう、私は次の日に筋肉痛になって、苦しみ悶えるハメになったのだ。
* * * * * * *
「は?魔力封じ…ですか?」
「そうだ。今更だが…お前の “排斥” は、特定の人物に害を及ぼす。
スノウスフィアが、その魔力のせいで犠牲になったのだ。
それに…虚偽の妊娠報告は、許容出来ん」
「えっ、あの…妊娠は勘違いだったのです。いつもの生理が来なくて…
てっきり子が出来たと思ってしまいましたの。
先走ってしまったのは、謝罪いたします。
でも、わざと嘘を言ったのではありませんわ、信じてください!」
「もう、いい加減にしてくれ…
お前のせいで、スカイホール伯爵家は、もうメチャクチャだ」
「わ、私一人だけのせいにしますの?酷いわっ!」
「その “酷いわっ” を聞くたび虫唾が走る…もう黙ってくれ!」
「お、お父様?…お、お母様からも何か言ってくださいませっ!
こんなの酷いっ‼︎ 」
「アマン、言う通りに。魔術師団の方が来て、魔力封じをして下さるまで、
自分の部屋で大人しくしていなさい」
「そんなっ、ヘリオっ、何とか言って!あなた私の婚約者でしょ?」
「僕は…君が妊娠したから…後継が出来たから、スノウスフィアと別れて、
君と婚約したんだっ。
アマン…君が割り込んで来なければ、僕たちは普通に結婚出来たのに…
それなのに…妊娠が虚偽だなんて…どうして、どうしてくれるんだよっ!
それじゃあ僕は、婚約者がいながら、妹の誘惑に負けた…ただの色欲の
不貞男だと社交界で噂されて…馬鹿にされるだけじゃないかっ‼︎」
「え、何、それ……じゃ、じゃあ!子供が出来れば文句ないんでしょ?
今から作ればいいじゃない!ね?予定日は少し遅れるけどっ…」
「やめてくれ…もう君になんか触れたくもない。
それに…僕は毎夜、理想的な素敵な女性と夢のような逢瀬を過ごして、
充実してるんだ…凄く…幸せなんだ。
ああ、なぜこんなチンチクリンに陶酔していたのか、理解できないっ。
もう、もう婚約破棄でも、解消でもしてくれ‼︎ 」
「はあ⁉︎ 何、あんた、まさか浮気してるの?ふざけんじゃないわよ!
破棄なんて出来る訳ないでしょ、馬鹿じゃないの!
あんたは私の純潔を奪ったの!その責任取りなさいよ!
それに、お前は入婿だし!そんな奴に決める権利はないわ。
解消なんて、破棄なんて、絶対しないから!」
「ああっ、もう、うるさい ‼︎
部屋に戻れアマン!ヘリオ君も下がってくれ!」
「…っ、‼︎…」
なんで、なんで、こんな事になってるのよ。
もう少しで、もう少しで…何もかも手に入るはずだったのにっ!
お姉様が出て行ってから…全て狂ってしまった。
そうよ、お姉様が悪いのよ…勝手に出て行ったりするから。
いつも通り大人しく、黙って奴隷のように働いていれば良かったのに…
急にあんな強気で、態度を変えるのだもの!
こうなったのは…全部、全部、お姉様が悪い!
許さない、許さない、許さないから!
アマンは、部屋にある縫いぐるみや、食器、雑貨を手当たり次第に投げつけて、
奇声を上げながら私室で暴れ狂っていた。




