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〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


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6/10

第四夜 ~巨大な空洞~






「あれ?あそこにいるの…」


「陛下と正妃様ですね」


「二人で居るの珍しいね。初めて見るかも」



財務部へ書類を届けに、渡り廊下を歩いていたら、

イグネシアスとクリスティーヌ正妃様が、

中庭で仲睦まじく、顔を寄せ合って談笑していた。


ああいうのを見ると、

やはり王族は存在感があり、華があって美しい。

黒髪碧眼の国王と金髪碧眼の正妃。



お似合いだわ。


関係は、上手くいっているみたいね。



「あんまりジロジロ見るのも悪いわよ。行こうリタ」


「は、はい…」



分かっていたじゃないの。


アイツと私じゃ、身分差がありすぎる。

こんな風に友人でいられるのは、アイツが許してくれているからだって。

私なんて気分次第で、いつでも捨てられる立場なのだ。



特別な存在じゃない。


勘違いしてはダメよ。



「あ、えーと、エルッヒ子爵令嬢?」


「…え?、いえ、スカイホー……あっ、はいっ。そうです」


「書類ありがとうございます。

 あなたがいらしたら、陛下から渡すようにと、言われているのがあるんです。

 少しお待ちください」


「はい」



何だろう…

書類を届けた文官にそう言われ、少し応接室で待たされる。

そして、差し出されたのは、アマンの魔力再鑑定結果だった。


私は目を丸くした。

以前と違い、この子の魔力属性が増えていたのだ。




魔力の種類、その比率

――――――――――


魅了:1.5


排斥:8.5


――――――――――




“ 排斥 ”




魅了は依然と同じで微量だが、それに隠れた形で、

排斥魔法が追加されていた。


魅了に似た波動の魔力で、よく鑑定間違いをされるそうで、

そして、非常に珍しい稀な魔力だそうだ。


“排斥” とは、特定の人物に魔力を向けると、

その人物は、周りから嫌われ孤立する。


それを私に限定して、アマンは向けていたのだ。


魔力というより…呪いみたいね。


更に、下の備考欄に衝撃の事実が記載されていた。



―――――――――――――――


非処女、妊娠の兆しと形跡は無し


―――――――――――――――



………は?



リタと顔を見合わせる。


妊娠、していない?




* * * * * * *




私達は私室に戻り、お茶休憩しながら、

再鑑定結果書を眺めてリタと話し合う。



「妊娠は…狂言だったって事だよね?」


「そう考えるのが、普通かと…」


「いつかバレるのに、何でそんな嘘つくかねぇ」


「これ、伯爵家にも郵送されているはずです」


「うわぁ~、どうすんだろ。私を巻き込まないで欲しいわ」


「お嬢様に、また縋って来そうですね」


「でも、妊娠してないだけで、あの二人ヤることやってるし、

 今更結婚は取り消さないでしょ」


「…まあ、その通りですが」


「やれやれ、何なの…あの人達」


「離れて正解ですね」


「そだね。赤の他人だったら、笑いながら高みの見物できるのになぁ…」


「スノウ、仕事だ‼︎ 」


「…ノックしなさいよ、イグネシアス。いつも、いつも、いつもっ‼︎」


「お?それ見たか?

 懐妊鑑定もついでに指示したんだが、見事な結果だな」


「アンタが指示したの?…まあ、うん。どうするんだろーね」


「はははっ、興味なしか。また揉めるぞ、あの連中」


「…なんで、楽しそうなのよ」


「ザマァみろと思わんのか?」


「別に。私に迷惑かけなきゃ、どうでもいいわ」


「お前は本当にクールだな。そこもいい」


「…仕事じゃないの?」


「せっかちだな…ほらよ」



ペラリと渡された依頼書を受け取り目を通す。




* * * * * * *




巨大な空洞に、落ちていく夢を見る、

ルシアーナ・マリ・ヘンドハイツ侯爵令嬢、17歳。

娘が苦しむのを見ていられなくなった、母親からの依頼だった。


夢の中で、湖の上の桟橋に、令嬢は佇んでいるが、

眼下には湖の中に、ポッカリと空いた巨大な空洞の穴がある。

その底の見えない穴に、湖の水が吸い込まれるように、

緩やかに穴の淵に沿って、流れ込んでいく。


それをジッと見ていると、いつの間にかその淵に立っており、目の前に黒い穴。

そして、流れる水に足を取られて、その巨大な空洞に落ちていく。

真っ暗な中を永遠に落ち続け、無重力の気持ち悪さと身体中に走る激痛で、

落下途中で耐えられず、彼女はいつも悲鳴を上げながら目が覚める。


その夢を見た日は、生理でもないのに下腹部の鈍痛に苦しみ動けなくなり、

彼女は1日中、気分も落ち込み、泣き続け、情緒不安定になり、

どうにも手に負えなくなる。


原因に心当たりはないかと、依頼者の母親に尋ねたが、

どうも言いずらそうに、誤魔化している様子だったそうだ。


そして、文官が背景調査を洗った所、

この令嬢は、過去に妊娠して “堕胎” していた事が判明した。



「本意ではない妊娠だったの?」


「いいや、本人は産みたがっていた。

 腹の子の相手も婚約者だし、問題はなかった」


「じゃあ、何で堕胎なんか…」


「問題は年齢だ。彼女は12歳だった」


「…へ?…あ~なるほど、早すぎたのね」


「体が成長しきっていない出産は、母体もその子供も危ないからな」


「…そうか、可哀想に。

 彼女も赤ちゃんを殺すことになるのは、理解していた年齢だものね。

 婚約者との関係は、今どうなってんの?」


「まだ付き合っている。婚約者の方は、変わらず結婚したいそうだ。

 だが、彼女が今の状態では、難しくなってくるだろう。

 そして、来年結婚予定だが、子供を作る事を非常に怖がっていて、

 今現在、婚約者を遠ざけているそうだ。

 しかも、婚約者のある発言が彼女を相当傷つけたらしい…何を言ったのかは、

 そこまで調査が及ばなかったが…」


「女は心も体も傷付いてるのに、男は種を植えつけるだけで痛くも痒くもない。

 仕方ないとはいえ、子作りに関しては、完全なる男女不平等だからね。

 体の負担と心の深慮深さが、めちゃくちゃ差があるし、全く違うのよ。

 どうせ、その婚約者…慰めるつもりが、見当違いな事でも言って、

 裏目に出たんじゃないの?男は、よくやりがちなのよ」


「確かにな…男として耳が痛い。補足だが、婚約者が強引に迫った訳ではない。

 お互い合意の上の行為だったそうだ」


「だからだよ」


「ん?」


「強引にされていたら、その婚約者のせいに出来るけどさ、  

 合意の上だから、彼女は自分自身を責めて苦しんでいるの」


「なるほどな…」


「う~ん…今更、元には戻れないし、赤ちゃんも帰ってこない…

 繊細な問題だから、困ったわね」



彼女は、何を求めているのだろう。

この世に生まれて来れなかった、自分の子供…

犯した過ちの結果、自らの手で葬ってしまった、罪悪感と自己否定。


湖は母体あるいは羊水、巨大な穴は産道、体の痛みは堕胎だろう。

彼女は、自分が赤子になったつもりで、

自分自身に罰を与えているのかもしれない。



よく考えて…自分がその立場だったら…


どうしたい?



「分かった。今夜、夢に渡る」


「大丈夫そうか?」


「うん。早く苦しみから、解放してあげないと」


「そうか。頼んだ。俺は明日から一週間、隣国に公務で留守にする」


「あ、そうなんだ。分かった」


「念のため、この前の護衛騎士を控えさせる。顔は覚えてるな?名はエルヴァン。

 俺が居ない間に、仕事の依頼があった場合、文官がお前に依頼書を届けて、

 説明する。総務部の文官ライルだ。こいつは王宮専属の魔術師団の依頼窓口の

 担当で、仲介、媒介、調整役。事前調査もこいつが手配してくれている。

 要望や質問があれば、何でもやってくれる使い勝手のいい文官だ」


「了解〜。エルヴァン騎士に、ライル文官ね」


「俺が居なくて寂しいだろ」


「全然。しっかり仕事しなさいよ」


「う〜ん、可愛い」


「……………」




* * * * * * *




…暗い景色。全てがモノクロだわ。

居るだけで気が滅入る。


彼女はぼんやり桟橋に立っていた。

そして、湖の中に巨大な空洞の穴。


うわ…何あれ。

聴いていたより穴が大きくて、怖いんだけど…

彼女がまた落ちる前に、早く対応しなくては。


私は、その穴を徐々に小さくして完全に塞いだ。

これで、彼女はとりあえず落下は免れる。


そして、ここからが私の腕の見せ所である。

塞いだ穴のあたりから、ふわふわと卵を出現させて、

少しずつ彼女に近づける。彼女はそれに気がついて卵を見ていた。

よし、視認してる。


さあ、ルシアーナ受け取って。


彼女の明るい赤みかかった茶色のウェーブヘアがふわりと揺れて、

両手を前に伸ばして、卵を受け取った。


それが、あなたが産めなかった赤ちゃんだよ。

抱きしめてあげて。


ルシアーナは、両腕で優しく胸に抱き寄せた。

赤ん坊くらいの大きさと体温だから、彼女は分かっているはずだ。



「会いたかった…私の赤ちゃん…

 ごめんね、ごめんね…

 産んであげられなくてっ、ごめんね…私が浅慮だったばかりに、

 妊娠を知った時、本当は産みたかったの…あなたを産みたかった…

 でも…皆に反対されてしまって…バカな母親で本当に、ごめんなさいっ」




彼女の望みは、ただ一つ。



“赤ちゃんに、謝りたい”



産めなくて、ごめんね。

私の軽率な行動のせいで犠牲にして、ごめんね。

私だけ生き残って、ごめんね。

代われるものなら、自分が死ぬべきだった。

例え、自分が死ぬ事になろうとも、あなたを産むべきだった───。


そして何より、その子を母として抱きしめたかった。


一度芽生えてしまった母性というものは、

そう簡単に切り捨てられないのだ。



「私は、ずっとあなたに申し訳なくて、毎日あなたの墓前に、

 お花を供えていたの。でもね、ある日一緒に来た彼が言ったの。

 “僕は、この事は気にしていない。もう済んだ過ちだ。

 だから、君もいつまでも気に病まないで、子供はまた作ればいいよ”って…

 簡単に、あなたを切り捨てたのよ。

 私…私、彼の気持ちが分からないっ…」



ああ、最悪。

一番言っちゃいけない言葉だわ。


婚約者は、彼女の心を軽くしてあげようと、

その言葉を投げ掛けたのだろうけど、一番の悪手だ。

これは、婚約者に厳重注意ね。


女にとっては、決して軽い事じゃない。

その子は、その子だけ。

次出来た子は、その子の代わりには成れないんだよ。

分かんないかねぇ。


慰めなんか、いらない。

励ましなんて、いらない。


その子の為に、泣いて悲しんで、

その心に共感して、一緒に寄り添って欲しいんだよ。

それだけで、救われるの。


卵を抱きしめて、泣き続ける彼女をしばらく見守っていた。

そして、落ち着いた頃に、卵をまた浮遊させて彼女の手から離れる。

ルシアーナは慌てて手を伸ばして、必死に卵を掴もうとするが、

それはスルリと逃げて行く。



「ま、待って!お願い!待って‼︎ 」


「まま…」


「え?」


「もう、行かなきゃいけないの」


「…ママって、呼んでくれるの?」


「うん。まま、抱きしめてくれて、ありがとう」


「……っ、……」



そして、その卵は赤ん坊の姿に変わり、

後ろから誰かがフンワリ抱き上げた。

背中に翼のある、白い衣を纏った優しそうな人物だ。



「ばいばい、まま。先に行くね」


「…あっ、…」



小さな手を振って、赤ん坊はその人物と共に、

バサリと翼を羽ばたかせ、空へ溶けていった。


ルシアーナはしばらく空を見上げていたが、

ホッと息を吐き、小さく呟いた。



「さよ…なら…」



さて、これで少しは、彼女の気持ちも落ち着いたはず。

あとは、婚約者の言動改善が必要だわ。



「……………」


「おかえり」


「………は?」


「おはよう」


「…何で、また居んのよ。公務じゃなかったの?」


「これから出立する。その前に、スノウの可愛い顔見てからと思ってな」


「はよ行け。

 こっちは、何とかなりそうだし。

 ああ、文官に婚約者の言動指導したいって伝えて。

 彼女に対して、最悪の事ほざいていたから…」


「分かった。昼過ぎにライル文官をお前の所に来させる」


「…はあ、じゃあ私は寝るから」


「ああ、おやすみ。

 なあ、俺にいってらっしゃいって、言ってくれないのか?」


「いってら」


「おっ、やる気出た。土産買ってくるからな、スノウ」


「………ん〜…」



油断していた所を素早く私の額に軽い口付けをして、

さっさと部屋を出て行った。あんの野郎…

こんな塩対応を満面の笑みで、大喜びする変態国王を

布団の中から半目で見送り、私はそのまま眠りについた。


そして、昼過ぎに真面目が服着てるような文官が訪ねてきた。

茶髪に黒目、銀縁メガネ。顔は整っていて、頭が良さそうだが、

冗談が通じなさそうな人だ…。



「初めまして、ライル・チカ・シュタインです。総務部の文官をしております。

 王宮専属魔術師団の依頼窓口の担当として、国王陛下不在の際は、

 私が依頼書と説明をさせていただきます。以後、お見知り置きを」


「スノウスフィア・ルナ・ス…エルッヒです。

 よろしくお願いします」


「貴方様の大体のご事情は、陛下より聞いております。

 それで、ルシアーナ・マリ・ヘンドハイツ侯爵令嬢の

 婚約者に伝えたいことがお有りだとか…」


「はい、実は…」



私は、婚約者の放った無神経な言動と、それの何がまずいのかを彼に伝えた。

ライル文官は綺麗な文字で、手元のファイルに書き込み、ため息をついた。



「なるほど…これはいけませんね。分かりました。

 報告結果と共に、こちらの言動指導もお送りします」


「あ、はい。よろしくお願いします」


「いつも、貴方様の働きと的確なご指摘には、感謝しています。

 非常に参考になりますので」


「え、あ、そうですか。こちらこそ、いつもお世話になってます」


「いいえ。これが仕事ですので、それでは、そろそろ失礼します」


「はい。ありがとうございました」



あれ?結構柔軟な人っぽい。

彼は、綺麗に腰を折って礼を取り、部屋を出て行った。


余計な詮索してこないし、仕事するならこういう人のがやり易いかも。

イグネシアスってば、私の前ではアレだけど、優秀な人材揃えてるなぁ。

確かに国王としての資質はあるし、ちゃんとしてんのよね。


私の前だけなのか…あんな我が儘なガキみたいになるの。



「リタ、今日はもう予定ないよね?少し休もうか」


「はい、お茶でもいれますか?」


「うん、お願い」



窓から、見事な庭園を手入れしている、

庭師の作業を眺めながら、私はぼんやり考えた。


この違いは何なのかしら。

愛しているのに産めなかった赤ん坊を思い、自責の念に苦しむ令嬢。

自分の欲望の為に、虚偽の妊娠で子供を利用するアマン。



アマンは…親になるべきではない。



子供は未来を繋ぐ、とても尊い存在。

それを大事にする親、しない親。

悲しい事に、子供の幸せは親次第。



それを痛いほど、私は経験している。



そして、後日。

ルシアーナ・マリ・ヘンドハイツ侯爵令嬢は、

あの夢を見なくなり、元気になった。


そして、男性とは、婚約解消したそうだ。


あの言葉は、やっぱり引っかかるだろうし、彼女を深く傷つけた。

母性が目覚めた彼女には、到底受け入れられない言葉だったのだろう。


彼女がどうしても一度距離を取り、心を整理したいと譲らず、

婚約者は、いつまでも待っているからと、泣く泣く手を引いたらしい。



彼らが、この先どうなるかは、分からないが…


どうか、あの愛情深い侯爵令嬢に、


幸いな未来が訪れますように。








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