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〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


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第三夜 ~溺れる月~





イグネシアスは、基本何でもこなして優秀だった。

しかし、貴族学院時代に唯一苦手な科目があり、単位取得がギリギリだった。


反面、私は全教科満遍なく出来ていた器用貧乏体質で、

飛び抜けて優秀な物は無かったが、全教科平均点以上を取得しており、

学力は100人中、常に10~20位の間をふらふらキープしていた。


そしてある日、いつも通り奴にダル絡みされ殴り倒した後に、

私のノートがバサリと落ち、それを拾ったイグネシアスが、

その中身を見て目を輝かせた。

“ 何だこれ、凄く分かりやすい。ノート貸してくれ!” と懇願され、

別に私はこだわりもなかったし、早くどっか行って欲しかったので、

ノートを顔面に叩きつけて彼に貸し出した。

そのお陰でコイツは、苦手な科目を無事クリアし、

学年一位で王家のプライドを守り抜いたまま卒業できたのだ。


その時の貸しで、お返しに何でもすると言われ、

私は今回の伯爵家からの自立と除籍手続きを遠慮なく要求したのだ。


一応表向きの職業は、正妃様の執務担当の女官なので、

今日は簡単な事務作業をこなしていた。

そして、その横で私を嬉しそうに観察している、この国の国王イグネシアス。


コイツ、本当に忙しいのか?



「ねえ、仕事は?忙しいんでしょ?」


「今、休憩中」


「じゃあ、正妃様に会いに行きなさいよ。夫婦でしょ?」


「まだ婚約者だ。まあ、あれも忙しいのだ。今の時間は妃教育中だな」


「あ、そっか。他国に嫁いだから、学び直さなきゃだもんね。

 大変だねぇー、王族は」


「どうだ、お前も妃教育を学んでみるか?」


「は?何でよ。必要ないでしょ」


「俺の妃になるかもしれんだろ」


「なるわけないでしょ」


「……………」



突然、後ろからガバリと抱きつかれ、

そのせいで書類を書き込み中の右手のペンが、

ズゾーッと横にズレて書き損じる。



「ああっ、失敗したっ!

 何なのよ、私は今執務中なんだよ、邪魔すんなっ!」


「仕事の依頼…持って来た」


「はあ?それを早く言いなさいよっ」




* * * * * * *




「溺れる月を…救いたい?」


「何とも詩的な言い回しだが、内容は深刻だ」



14歳のリスラン・ジル・ウェルハイズ伯爵令息は、

貴族学院へ通っていたが、現在、登校拒否で引き籠もって1ヶ月が経っている。

そして、なぜこんな事になったのだと、何か悩みがあるのなら言ってくれと、

両親は何度も辛抱強く、彼と話し合いをした。


リスランが言うには、毎晩見る夢の中で、溺れている月を救おうとしている。

それが出来ない僕は生きていく資格なんてないし、罰せられるべき人間だ。

月を救うことさえ出来れば、学院にも行くし、生きていけると、

しっかりとした口調で言い切ったそうだ。


この夢と原因に、両親は心当たりがある。

令息が4歳頃に飼っていた子猫クレセントを彼は非常に可愛がっていた。

金色の瞳に、胸に三日月型の白い模様のある長毛の美しい黒猫である。


しかし、庭の花に夢中で戯れて遊んでいたクレセントはバランスを崩し、

噴水に落ちて溺死してしまった。

それを目の前で見ていた幼いリスランは、助けようと自身も噴水に飛び込むが、

所詮幼い子供だ。彼も溺れてしまい、近くにいた庭師に助けられたが、

クレセントは死んでしまった。


彼はショックで泣き続け、夜も眠れぬ日々。そして次第に衰弱して行った。

息子の生命の危機を感じた両親は、悩んだ挙句に魔術師へ記憶阻害を依頼、

その悲劇を忘れさせて、この時は事なきを得たのだという。


そして、今頃こんな形で影響が出てきてしまっているのを

どうにかして欲しいと、今回王宮専属の魔術師団の依頼に至ったそうだ。



「思いやりは結構だけど、悪手だったわね」


「両親の対応がか?」


「そう。彼は小さな子供だったけど、何も分かっていなかった訳じゃない。

 ちゃんと何が起きて何を失ったか理解している。

 記憶阻害されても、根本は忘れていないし、罪悪感も根強く残ってしまった。

 例え一時を誤魔化せても、その傷と後悔は深層心理に残り無くならない。

 だから潜在意識で、こんな形で現れているんだよ。

 辛くても事実を理解させて、家族が一緒に寄り添い、時間と共に薄れゆく

 傷を抱えながら、現実の理不尽さを乗り越える勇気を持たせるべきだった」


「…解決できるか?」


「夢の中で溺れる月を救えるようにするわ。一応それで解決するでしょ?

 でも今回はそれで良くても…安易に忘れさせようとした親にも問題がある。

 終わった後に、その少年の親に伝えたい事がある。その許可は貰える?」

 

「ああ、勿論だ」




* * * * * * *




リスランは噴水の中に入り、バシャバシャと水面を波立たせていた。

暗い夜の空に三日月(クレセント)が浮かび、噴水の水面に映っている。

彼は両手をお皿のようにして、それを必死に救い上げようとしているのだ。


当然、実体は空に浮かんでいるから、現実では不可能なのだが、

夢の中のせいなのか、彼はそれが出来ると、心から信じて疑っていない。


…可哀想に…ずっと忘れられなかったんだわ。


私は、彼の手の中の月を実体化させて、

救い上げられるように操作した。


そして、ピタリと少年は動きを止める。


目を見開き、手の中にあるコロンとした三日月を見つめている。

そして、その小さな月を大事そうに抱きしめると、

それは黒猫に姿を変えたのだ。



…あれ?私そんな風に操作したっけ?


ま、いいや。ついでに彼の罪悪感も払拭してあげよう。



「ごめんね、ごめんね、クレセントっ!

 あの時、助けてあげられなくて、本当にごめんっ!…僕はっ、僕は…」


「助けてくれて、ありがとうニャ、

 僕はもう苦しくないから、気にしなくていいニャア」


「…喋れるの⁉︎…あれ? “僕” って言った?君メスだったような…」



やべ、間違えた。



「ど、どっちでもいいニャア!」


「うん、そうだね。ふふっ。君が苦しんでないならいいや」


「だから、リスランは元気で生きて、人生を楽しんで欲しいニャア」


「うん、分かった。ありがとう。いつか、また会える?」


「生まれ変わったら、リスランの所に行くニャッ!」


「約束だよ?」


「ニャアッ」



やれやれ…猫のアフレコなんて初めてしたわ。

私に出来る事は、ここまでだ。

後は彼と、家族の向き合い方の問題。


それにしても、月を猫にする予定は無かったんだけど。

猫の詳しい外見も知らないし…リスランが具現化したのかしら。  

まあ、いいか…解決したし。


さて、夢から脱出しますか。



そして目を覚ますと、

目の前に長い睫毛と黒髪の男が居る。………イグネシアスだ。


私をまるで抱き枕のように、ガッシリ抱き抱えて熟睡していた。

踠いてジタバタするが、バカ力の腕に巻き付かれてビクともしない。


私が夢渡り中は、第三者は基本侵入禁止のはずだ。


頭をグルッと横に動かし、オロオロしているリタに半目で訴える。



「リタ?何これ」


「あ、あのっ、申し訳ありませんっ!陛下が急に入室してきましてっ、

 止められませんでしたっ」


「は?」


「何でも、急ぎの仕事が入ってきて徹夜をして相当辛かったらしいのです。

 “スノウの成分がないと死ぬ!俺が死んでもいいのか!国王だぞ⁉︎

 国が滅んでもいいのか!” と明け方に走り込んで来て、お、脅されまして…」


「何だよそれ!私関係ないじゃん!おいっ、起きろっ、離せっ‼︎

 は───な───せぇぇぇ────────っ‼︎」



グイグイ引き離そうとしても、ベシベシ叩いても起きやしない。

だめだ、全然動かない。はー、はー…疲れた…


この野郎、気持ちよさそうに寝てるんじゃねぇっ!

こっちは仕事が終わって、やっと眠れるのに…

何で私は、コイツの抱き枕になってんのよっ!



「申し訳ありません…お嬢様…」


「もういい疲れた。このまま寝るから。リタ、あなたも休んでいいわ」


「で、でも…二人きりになりますが、大丈夫ですか?」


「こいつは、私をペットか何かと思ってるから大丈夫よ。

 信じらんないくらい、私たち色気と無縁だし」


「それは、それで問題なのでは…」



そして、そのまま熟睡し、

昼ごろ目を覚ましたコイツをぶっ飛ばした。


いつも通り、目をキラキラさせて大喜びしてるし、

全然報復になっていない。




* * * * * * *




「解決したわよ。多分リスランの方は、大丈夫だと思う」


「両親に伝えたい事は?」


「はい、書き出しておいたから、字の綺麗な文官に代筆して貰って」


「どれ、…………ふむ…なるほどなぁ。

 長年 “夢渡り人” やってるだけあるな。

 お前の意見は実に勉強になる。俺も子供だと思って誤魔化されて、

 隠そうとしていた大人を冷めた目で見ていたな。

 結果的に大人への不信感に繋がって、信頼関係を築けなくなる」



私は、両親に以下の苦言を呈した。


子供は人生経験が浅いだけで、大人が思っているより子供ではない。

今後は、記憶阻害なんか使って彼を守ろうとしないで、  

辛い出来事があっても現実と向かい合い、彼を支えて共に乗りこえること。


親が子供の成長と学ぶ機会を奪ってはならない。

世の中嬉しいこと、楽しいことだけではない。

残酷なことにも、向き合わなくてはいけない。


でなければ、それに対処出来なくなり、目を逸らしたい事から逃げ、

簡単に自分の人生を終わらせたり、痛みに鈍感で他人を害するような、

短略的な人間になる可能性が高くなる。


リスランは本来、賢く優しい心根の持ち主。

キチンと説明すれば、理解するし、自分の中で考えて消化して成長していき、

更に深慮深い優秀な男性になる。

だから、自分達の息子を信じてあげてほしい。




「まあったく、夢の中とはいえ、初めて猫のアフレコしたわ。

 ニャアニャアって。はっずかしー」


「えっ」


「何よ?」


「可愛い…」



ゾクリ



「もう一回言ってくれ、ほら、ニャアって」


「うっせー、変態‼︎ 」


「んだよぉ〜…ケチー」




溺れる月か…


まるで伯爵家に居た時の私みたいだわ。


暗い水底に沈む月。

沈んでいるのか、浮かんでいるのか…方向もわからない。

見つけて欲しくて、必死に瞬いてるけど、

誰も私を見ようともしない、触れてもくれない、引き上げてもくれない。

息も出来ないほどの絶望の深淵の底に、ずっと身を沈めている。


そして、待つのに疲れて、

自力で浮かんで泳いで陸に上がって、助けを求めた。

結果、目の前の男が大喜びで両手を広げて迎えてくれたのだ。



「お前は職業柄、他人を救って癒してばかりだな。己はどうなのだ?」


「え?」


「お前の事は、誰が救ってくれる?」


「…………」



油断ならない。

コイツ普段はふざけている癖に、いきなりこんな風に、

私の心の柔らかい部分を掴んで激しく揺り動かすのだ。



「お前…夢は見るか?」


「夢って…寝てる時の?」


「ああ」


「見たことないかも。

 ほら、他人の夢にばっかり入ってるし、

 その後は疲れて泥のように眠るから…多分見たことない」


「そうか」


「うん」


「今度、仕事抜きで、俺の夢の中に入って来い」


「…何で?」


「可愛がってやる」


「……………」


「おい、何だその顔。可愛いな」


「絶対行かない」


「遠慮すんな」


「してねーよっ‼︎」



私を “夢渡り人” として理解して、あの家庭環境も知っていて、

私の人間性も受け入れた上で、普通に接して相手してくれるのは、

リタ以外、コイツしかいない。



こんな変態しか…



でも、腐っても国王だし、

権力は魅力的なのよね、権力は。




そして、一ヶ月後。


ウェルハイズ伯爵邸の中庭に、一匹の白の長毛種の子猫が現れた。

金色の瞳に、胸に黒い三日月型の模様。

まるで前の色合いを反転したような姿に、リスランは大喜び。

再びクレセントと名付けて飼うことにしたと、

ウェルハイズ伯爵から、報告があったそうだ。


そして、私からの苦言をちゃんと噛み締めて、

家族で成長して行きたいと感謝された。

因みに、元凶の噴水は埋め立てられて現在花壇になっている。


その報告をコイツから聞かされた私は、ほっこりすると共に、

やはりあの猫も夢に入って来ていたのだと確信していた。




* * * * * * *




「伯爵家の当主をアマンへ交代すると提出した、

 書類の審査が通らん…とりあえず、保留にされた」


「そうですか」


「交代の理由が正当性が無く、到底納得いく物では無い。それに加えて、

 主力の “夢渡り人” が不在のスカイホール伯爵家に価値はなく、

 スノウスフィアへの今までの不当な扱いも、非常に不適切である。

 数々の拙劣な愚行に、貴族としての役割を放棄していると推察される。

 婚前交渉、婚約者の不貞を容認するなど、品格も著しく低下している。

 よって王族へ仕える臣下として、信頼性を失いつつある伯爵家は、

 以上の要因を鑑みて、王宮に公務以外は出入り禁止とする。

 …と、正式に通達されたのだ。もしかしたら…降爵されるかもしれん」


「…では今は、あなたが継続してやるしかないのでは?」


「……なあ…」


「はい」


「何故、我々はスノウスフィアに、あんなに辛く当たっていたのだ?

 自分でも分からんのだ…意識はあるのに、ぼんやりして…

 意味もわからずスノウスフィアに対して憎しみが湧いてきて…

 無意識に酷い言葉が口から出てきていた」


「それは私もです。あの子が居なくなってから、それが無くなりましたわ」


「…出て行って当然だ。あんな扱いをされれば…」


「謝りたいですわ…許しては貰えないでしょうけれど…」


「どこに居るのだろうな。

 国王陛下が守っているようだから、大丈夫だと思うが…」


「そういえば、子供の頃から陛下は、スノウスフィアがお気に入りでしたわね。

 あの子は、煩がっていましたけど。なので、悪いようにはしないと思います」


「そうだな。しかし、この謎の自意識の喪失は、アマンの魔力の影響なのか…

 微量だからとお目溢しされていたが、改めて鑑定をお願いした方が、

 いいのかもしれんな…」


「そうですわね」



夫婦の部屋から聞こえてくる会話を

ちょうど通りかかったアマンが、廊下で立ち聞いていたのを

両親は気がついていない。


不味いわ…このままでは、全て私のせいにされる。


せっかく目障りなお姉様の面目を潰して立場を失墜させ、

逃げられないよう支配して、使い潰そうと思っていたのに…

出ていって除籍までして、手の届かない国王陛下の側仕えになるし、

ヘリオは馬鹿で使いモノにならないし、とんだ計算違いだったわ。

どうにか、どうにかしなければ…。








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