第二夜 ~笑う女~
※今回は夏という事で少しだけホラーです。苦手な方はご注意下さい。
「却下」
「はっ、畏まりました」
「…やはり来たか。
今頃慌てやがって、だったらもっと大事にしろ阿呆が!」
スカイホール伯爵から、謁見の申し込みがあった。
この間送りつけた、スノウスフィアの除籍証明書の異議申し立てだろう。
飄々とした態度の裏で、壮絶な葛藤を抱えて生きてきた、
あいつの苦悩を俺はよく知っている。
スノウスフィアは、僅かな希望を抱いて心が通じない家族と長年向き合い、
その度に裏切られ続け、押しつぶされそうなほど傷ついていた。
泣きたくても泣けない、深い孤独と絶望をずっと耐えてきたのだ。
結果、こいつの心は防衛本能で分厚い殻に覆われて閉じてしまい、
普通の感覚や喜怒哀楽に異常が生じている。
泣き喚いて爆発してしまえば、その現実を受け入れてしまえば、
自分の残酷な不遇を認める事になり、今の環境を全て壊して無くしてしまうが、
反面、気持ちは楽になれるのだ。
だが、スノウスフィアは強い精神力で壊れる事なく、耐え抜いてしまった。
可哀想とか同情されるのでさえ、こいつには悔しくて屈辱だったのだろう。
いつも傷ついていないフリをして、精一杯強がって振る舞っていた。
そして、そのフリは、自分でも気づかないうちに自身を洗脳し、
本当に何も感じていないと錯覚して、あいつは生きている。
あの環境のせいでスノウスフィアは、自己肯定感が異常に低い。
親から愛されない、価値のない己を嫌悪している。
そして、あいつが国王の俺に無礼な態度を取れるのは、
自分など、いつ死んでもいいと、無意識に思っているからだ。
普通の感覚なら国の最高権力者なんぞ、
対等の王族や王族に取り入りたい野心のある者以外は、
気後れして恐怖に足がすくみ、真面に話しすらままならない。
まあ、俺はあいつが普通に対応してくれる所も好きなんだがな。
あいつは子供の頃から、いつも愛を求めていた。
決して多くを求めていた訳じゃない。最低限の親からの愛だ。
それを一切与えなかった、スカイホール伯爵家。
あいつがああなった主因は、あの愚かな家族のせいだ。
俺が何度家族から離れるように言っても、
あいつは伯爵家の “夢渡り人” としての責務もあり、
大きなお世話だと聞き入れなかった。
でも、やっと自ら離れてくれた上に、俺の元に来てくれたんだ。
もうお前らに、スノウスフィアは渡さねーよ。
せいぜい金欠で苦しむがいい。
クソみたいな妹の微量魅了なぞにかかりやがった阿呆どもめ。
国王陛下は、スカイホール家からの謁見申請書を豪快にビリビリと破き、
窓から放り投げて、花吹雪のようにばら撒いた。
* * * * * * *
「スノウ!仕事だ!」
「…ノックしなさいよ」
「何だ、まだ寝てんのか?」
「仕事のせいで…夜型なのぉ…ふぁ…」
「外見てみろ、いい天気だぞ?」
「…ねえ、国王って忙しいんじゃないの?」
「ああ、毎日多忙で死にそうだ」
「私への仕事の依頼は、別にあんたじゃなくてもいいんじゃ…」
「スノウは、俺の臣下だ」
「も、いい…何の仕事?」
「まず起きろ」
「分かったってばっ!…ん〜〜〜‼︎…」
伸びをしている…まるで猫みたいだな。
その姿に堪らず抱きついて、ベッドから引き剥がし、
毛を逆立てる猫みたいになった彼女をソファまで運び座らせる。
本当に、こいつは反応が面白い。
「一々抱き起こさなくても、一人で起きるわよっ‼︎ 」
「ふふん。気にするな」
「そういう意味じゃないっ‼︎ 」
「ほら、今回の依頼書だ」
「………笑う女が…毎晩、夢に、出てくる?」
「おう、そのせいで眠れないそうだ」
「これ、自業自得じゃないの?」
「まあ、そう言うな。まだ未遂だ」
「苦手分野…」
「ああ、色恋沙汰だったな、これ」
* * * * * * *
王宮の商務省の文官を務める、バルバッド公爵家の次男。
アトレイユ公子は、今年から入ってきた新人の女官と親しくなり、
一度デートをしたそうだ。
しかし、そのデートであまりピンと来なかった彼は、それ以降、
同僚としての付き合いに留め、関係を発展させなかった。
対して女官の方は、彼に夢中になり何度も距離をつめてくるが、
その度に彼はやんわりと距離を取った。
そして、そのうち彼女が夢に出現するようになったという。
どんな夢にも彼女が現れてきて、満面の笑みで近づいてくるそうだ。
その顔がなんとも恐ろしくて、口は裂けているのかと見紛うほど、
横に大きく開き、全ての歯が見えている。しかし目は笑っていない。
髪を振り乱して追いかけられた時は、恐ろしさで飛び起きたそうだ。
挙句、眠っていないのに、目を瞑ると彼女が目蓋の裏に出てきて、
目の前でニヤリと笑う。
そして、彼は毎日続くその悪夢のせいで、眠れなくなり、
おまけに目を閉じるのも困難になり、
ただ今、不眠症で死にそうになっているそうだ。
それをどうにかしてくれという、依頼だった。
依頼書を読んでいるだけで、背筋が寒くなった。
「こ、これを私にどうにかしろと?」
「そうだ。ん? 何だ、怖いのか?」
「べっ、べべべべべっ別にっ!こここ怖くないわわわよっ!」
「はははははっ、無理すんな。めちゃくちゃビビってんじゃねーか。
まあ、でも、お前にも怖いモノがあって安心した」
「相手の女性……ど、どんな姿してんの?」
「長い黒髪で白いドレスを着て、いつも出てくるそうだ」
「いやああああああ──────っ!」
ズザザザザザ────ッ‼︎
「凄い横移動だな。こら、何処行くんだ」
「こ、今回は無かったことにっ!」
「却下。優秀な文官なんだ。どうにかしろ」
「鬼!悪魔!」
「はいはい。俺は国王だ。うーん、怯えたお前も可愛いな」
この変態国王…
私がこんなに怖がるのは理由がある。
昔、好奇心で読んでしまった、怖い童話に出てきた幽霊が、
まさにこれだった。
それ以来、私はトラウマなのだ。
* * * * * * *
「う〜嫌だよぉ〜…」
「大丈夫ですか?お嬢様…」
「リター、怖いよぉ〜」
「夢の中ですから、本当じゃありません。お気を確かに」
「分かってるんだけどさぁ…」
そして、依頼者ではなく、その相手の女性の夢に渡る事になった。
多分、意識的に彼女が生霊に近い思念を飛ばしている可能性が高いからだ。
依頼主と同じ夢に入り込んだとしても、
私も一緒に悲鳴を上げて、逃げ回る羽目になるだろうし…
と言うことで、相手の女性の執着心を変えてしまえ作戦である。
そう、同じ事をやり返すのである。
私がアトレイユ公子に姿を変えて、満面の笑みで彼女を執拗に追い回し、
恐怖を与えて彼を嫌いになって貰うという作戦だ。
夢に入ると、デートした思い出の場所なのか、
カフェのテーブルでお茶していた彼女を見つけて、
そこに近づき、向かい席にストンと座った。
「アトレイユ、来てくれたのね。嬉しいわ」
「…………」
彼女は、最初喜んでいた。
しかし、何も喋らず終始気持ち悪い笑顔のアトレイユ公子に、
段々違和感を覚えて、彼女は真顔になり彼から離れようとした。
そして、その彼女の腕を掴み、更に笑顔を深めてニチャアとすると、
悲鳴を上げて腕を振り払い、走って逃げ出す。
よっしゃ!来たーっ!と私は気合を入れ直し、彼女を執拗に追いかける。
彼女がいつ、あの気持ち悪い笑顔になるのか分からず、
その前に勢いでやり切らないと、私は恐怖で押し潰されそうだった。
やられる前にやらねば、こちらの心が先に死ぬ。このまま畳み掛けろー!
彼女は夢の中で上手く走れず、足を縺れさせながら必死に逃げていた。
対して私は、自由自在に飛んで回り込んだり、転移して地面から現れたり、
ありとあらゆる方法で、彼女を追い詰めていった。
何だか、お化け屋敷の幽霊役になった気分。
追いかけている内に楽しくなってしまって、少しやり過ぎたかと思ったが、
彼女には充分効果があったようだ。
最後に彼女は疲れ果てて蹲り、泣きながら絶叫した。
「もう来ないで!怖い、怖いぃぃっ‼︎ もう、あなたなんて大嫌いだからっ!
お願いだから、近づかないで、来ないでぇぇぇっ‼︎ 」
と言ってくれて、私はやり切った満足感で、
夢から速攻出てきたのだった。
彼女は悪くない。
ただ、恋をしてしまっただけだ。
でも、こんな不誠実で脈のない男など、早く忘れた方がいい。
後日、怖がらせたお詫びとして、
彼女の傷を癒すために、いい夢を提供しよう。
そして、後日に、様々な美男子を夢に出現させて、
彼女を姫のように丁寧にエスコートしまくり、
超甘いロマンスをこれでもかとプレゼントした。
彼女はすっかり元気になり、その夢をきっかけにロマンス小説を次々執筆。
それが編集者の目にとまり、ロマンス小説家としてデビュー。
貴族令嬢の間で大流行になり、今や超売れっ子作家で大忙しだそうだ。
何だか違う方向に突っ走ってしまったが、
彼女が才能を開花させて、幸せそうなので、まあいいかと自分を納得させた。
* * * * * * *
「さっすがだな、公子喜んでおったぞ。久しぶりに眠れたってな」
「職場では、気まずくなってないの?」
「ああ、何か怯えて、避けられているそうだ」
「やりすぎたかしら…」
「後は、あいつらの問題だ。依頼は解決したのだから放っておけ」
「うん…」
依頼とはいえ、彼女の気持ちを無理やり変えてしまったことに、
少しの罪悪感があり、相手の男の勝手さにも怒りを覚えた。
職場で変な空気にしない為だとはいえ、当たり障りのない八方美人な態度で、
有耶無耶にしないで、ちゃんと誠実に断れば良かったのに。ヘタレ男がっ。
そして、不誠実な元婚約者、ヘリオが頭をよぎった。
あいつマジでなんなん。普通、婚約者の妹に手を出すか?
男って…下半身が別物だって聞いたことあるけど、
理性があっても、どうにもならない訳?
そんなの繁殖期に贖えない獣と一緒じゃない。
私のモヤモヤしたそんな様子を感じ取ったのか、
イグネシアスは私をヒョイッと持ち上げ、自分の膝の上に座らせて抱きしめた。
もがいてジタバタ抵抗するが、男の力に押さえられてピクリともしない。
この男、私を猫か何かと思ってんじゃないのってくらい、扱いが雑なんだが。
ああ、でも温かいな…
こいつは軽薄だけど、下衆な男の欲を私に向けて来ないから、
いやらしさを感じないのだ。
だから、いつも何だかんだ受け入れてしまう。
でも、私は誰も信用していない。
家族でさえ、私を裏切った。
もう…耐えられない。
もうこれ以上、傷つきたくない。
あんただって同じよ、イグネシアス。
正妃がいながら、私を好きだと言う不誠実な男。
私なんて、どうせ面白い玩具くらいにしか思っていないクセに。
どうせ、本気じゃないクセに。
どうせ、最後には裏切って──捨てるクセに。
──────お父様とお母様のように。
だから、もう誰も信じない。
私をこれ以上、惨めにさせないで。
でも、今は…
誰より私を理解しているこの軽薄な男に、
温かさを感じて、心が安定しているのは事実だった。
だから、悔しいけど…少しだけ頼らせて貰おう。
今だけは…
諦めて大人しく身を委ねるスノウスフィアを抱きしめ、
イグネシアス国王は、満足げに微笑んだ。
調子に乗って、頬をすり寄せたら凄い目で睨み付けられ、
その顔も初めて見る表情で、目を輝かせて喜んでしまい、
再びスノウスフィアの背筋を寒くさせていた。
気が強くても、やはり女だ。
肩なんて、崩れそうなくらい細いではないか。
俺は子供の頃から、お前は次期国王になるのだからと厳しく教育されてきた。
子供らしい振る舞いや、甘えも許されなかった。
抱きしめるどころか、誰も触れてくれなかった。
しかし、勉強や国王らしい振る舞いや考えを述べると、両親は褒めてくれる。
だから俺はそれが欲しくて、父上と母上に笑って欲しくて、喜んで欲しくて、
難しい帝王学や、マナー、王族の英才教育を子供の頃から頑張ったのだ。
そして、それが普通なのだと思っていた。
王家主催の貴族の年近い子供同士の交流目的に設けられた茶会。
貴族との横の繋がりを深める為に、どの家も必死だった。
もう既に、気味が悪い貴族特有の作り笑いをしてくる子供ばかりで、
無邪気さや可愛さは皆無のお茶会。
そして、俺は不意に目に入った白いドレスの作りの美しさに、
思わす手に取ってしまったのだ。
雪の結晶の柄で細かい刺繍が施してあり、本当に美しかった。
それが、スノウスフィアのドレスだった。
邪な目的はなく、ただ裏側を見たくて、何気なくめくった途端、
彼女にブン殴られたのだ。
その時、痛みより、初めて人の肌の温もりの感触を知ったのだ。
柔らかで、温かい…
怒り狂う彼女の手を両手で握り、
「お前が気に入った。妻になってくれ!」と言うも、
ドン引きして、令嬢ではありえない崩れた表情をした彼女の顔が面白くて、
益々気に入ってしまったのだ。
あの時、スカイホール伯爵と俺の側近は、娘の無礼と俺の変態な返しに、
怒っていいのか喜んでいいのか分からず、オロオロしていたな。
まあ、あれはあれで面白かった。
それ以来、何度手紙を書いても、茶会に誘っても無視され、
やがて彼女が特別な存在、“夢渡り人” だと知る事になる。
そして、こっそり身辺調査を側近に頼み込んだ時に知ったのだ。
あの家庭環境を───。
貴族学院では、クラスは違ったが同期になり、俺は彼女に何度も絡み続け、
その度に嫌々ながらも、俺の目をちゃんと見て言い返してきて、
殴りつけて触れてくれる彼女に夢中になった。
変態呼ばわりは、納得いかなかったが。
俺に対して、普通に対応してくれて、尚且つ触れたいだけで、
殴られることを喜んでいる訳ではない。
まあ、悪くはないが…女の腕力など大した強さではないし。
いや──やはり変態なのか?
俺は、彼女が飾らない態度や言葉で相手にしてくれるのが、
何より嬉しいのだ。
そして、俺たちは似ている。
求めても、親の愛に触れられなかった者同士。
俺達でしか分かり合えないモノがある。
* * * * * * *
「私も…領地経営の仕事を学ぶのですか?お父様?」
「当たり前だろう。お前が領主になるのだから」
「えっ、でも私、今妊娠中ですのよ?」
「まだ、つわりもないし、何か仕事をしている訳でもないのなら、
少しは学びなさい。ヘリオ君は覚えが悪くてだな…」
「は?だって、だって…代わりに彼が学んでくれるんじゃ…」
「彼は貴族学院時代は、あまり成績が良くなかった。
だが、スノウスフィアが優秀だったから、釣り合いが取れていたんだ」
「…だったら、お姉様を連れ戻して、やって貰えばいいじゃないですか」
「除籍証明書が国王から届いて、認証されてしまっている。
スノウスフィアはもう、この伯爵家の令嬢ではない」
「…どういう事ですか?よく分かりません」
「お前の姉は、もうこの家には戻らないし、
別の後見人がついた他人になったという事だ」
「どこに…居るのですか?」
「分からん。何処を探しても足取りが掴めないし、
恐らく王宮で、国王の側仕えにでもなっているのだろう。
異議申し立てをしようにも、陛下に却下されて、どうにもならん」
「そんなっ!じゃあ、これからどうするの?
伯爵家はお姉様の “夢渡り人” の依頼料で成り立っているのにっ‼︎
それに、国王の側仕えって何?
ズルイわ!いつも、いつもっお姉様ばかりっ‼︎ 」
「うるさい‼︎ 静かにしなさいっ」
「お、お父様⁉︎ 」
「お前は、いつもそうだ‼︎ いつもスノウスフィアのせいにして、
あの子を悪者に仕立てて、自分は弱者を装う。
いつまでも、子供気分でいるんじゃない!
分かっておるのか?妊娠なぞ営みをすれば運次第で作る事ができるが、
産んでからの苦労の方が大きいのだぞ。
そして、色々学び母親になっていくのだ。いい加減大人になりなさい」
「…ど、どうしたのですか?お父様…」
「普通のことを言っただけだろう?
いいか、ここの書籍を読んで少しは学んでおくように。
私は一族にスノウスフィアの不在の件で、説明しろと問い詰められていて、
余裕がない。次期領主として母親として、しっかりするんだ、アマン」
…何で?
今まで、こんな風に怒鳴らたことなんて無かったのに…
まさか…魅了の魔力が、効いてないの?
どういう事…
とにかく、とにかく…お姉様を探し出さないとっ…
アマンは、今まで経験したことのない父親からの非難に、
拳を握りしめて、悔しさと屈辱で体を震わせていた。




