表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

第一夜 ~見えない色~




私は家族と縁を切った、スノウスフィア・ルナ・スカイホール伯爵令嬢。

眠っている人の潜在意識に侵入できる特殊能力を持つ、 “夢渡り人” である。



この能力を生かして請け負う仕事は、主に心に傷を負った方のセラピーが多い。


夢の中は自由自在だ。


脳内に侵入して、その対象者の望む事を探り、それを見せて、

心の負担を少しでも取り除いていき、落ち着きを取り戻した頃に、

徐々に心地いい夢の世界から距離を取らせて現実へ誘うのだ。


主に、子供に先立たれた親、親を失った子供、夫に先立たれた御婦人、

その反対もしかり、そして、長い闘病生活での高齢者の不安感など、

先の見えない苦しみで、精神を病んでしまった人達だ。

もう、何をしても死を待つしかない臨終の方には、苦しくないように

痛みを取り、夢の中で幻覚を見せ続けて、死への恐怖を和らげる。

こんな風に、安らかな死を迎えられるようにする仕事もある。

対象者は幸せそうに旅立って行くが、それを見守っている親族の悲しみに

包まれた泣き声を聞くのは、何度経験しても辛くて、結構落ち込んでしまう。

希望すれば親族にもセラピーを行うが、ほとんどの人が望まなかった。


中には、身内の様子がおかしいので、何を考えているのか探って欲しいとか、

探偵のような依頼もあったりする。


基本、夢の中で私は姿を表さない。対話が必要な時は姿を変えている。


そして時には、派閥の争いで頑固な相手の考え方を変えられないか、

拗れた色恋沙汰を人知れず、恨まれない穏便な決別へ誘導して欲しい人、

激怒している相手に、昔を思い出して関係修復を望む人等の依頼もある。


その依頼に適した対応をしているが、こういう人の考え方を変えたり、

色恋沙汰は非常に複雑で、正直根気もいるし時間もかかるので、

私は苦手な分野だった。


主に夜が仕事なので、私は午前中はいつも眠っている。

貴族学院時代はそうもいかず、仕事がある夜の次の日は、

常に睡眠不足で辛い日々だった。

まだ王太子だったあの国王に、中庭で居眠りしているのを散々邪魔され、

安眠を妨害された私は怒り狂い、奴を何度殴り倒した事か…

その度に喜ばれて、非常に気持ち悪い思いをしたものだった。


そして現在は、伯爵家を除籍して自立して国王の臣下に内定した。

流石に王宮務めの者が平民では不味いと、臣下の一人に書類上の後継人に

なってもらい、便宜上私は子爵位を与えられている。

なので今現在は、スノウスフィア・ルナ・エルッヒ子爵令嬢である。


国王が私を逃すまいと、早急に手続きをやらせた為に、

文官達が右往左往して、死にそうになっていたのを見て、

私は申し訳ない気持ちで一杯だったが、

もしかして、私もこんな扱いされるのかと少し後悔していた。


しかし、それだけ “夢渡り人” の能力を欲する者は多いのだ。


王族や上位貴族しか “夢渡り人” の存在は認識されていない。

多くの人に知られるのは非常に危険で、その存在は隠されている。

そして私たちは、直接顧客から仕事を受けるのは許されていない。


基本、依頼窓口は王宮専属の魔術師団になっている。

依頼主にも、魔術師による施術で対応する旨を表向きには伝えてある。

“夢渡り人” が、動いているのは決して気取られてはいけないのだ。


そして、依頼主に関しては、文官達が背景や血縁や派閥などを

徹底的に事前に調べ上げ審査される。

結果、問題なしと判断され通った人物だけ、

スカイホール伯爵家当主のお父様に依頼が行き、私に伝えられていたのだ。


“夢渡り人” の能力は、悪用されぬよう、あるいは出来ぬように、

国王陛下の認証のもと、上位魔術師から厳正な魔法契約と制約で、

ガッチガチに厳格管理されている。    


そして、自分本位な欲望や殺生沙汰、精神支配による洗脳、

特定の人物への暗殺、人格破壊、夢の中とはいえみだらな行為を欲する等は、

禁止されているし規約違反の御法度だ。

出来ない事もないが、それらに協力してしまえば私も罰せられてしまう。


スカイホール伯爵家は、仲介料と事前調査料のみを王家に支払っていた。

今回私が臣下になり、それらを含めて莫大な依頼料が丸ごと王家に入るし、

秘匿にしておきたかった特殊能力者を囲えるし、他国に知られて拐われ、

悪用されるのを何より王家は恐れていたが、その杞憂がなくなるのだ。

そりゃ、私の臣下希望を即諾するわ。


過去に何度か王家が保護の意味も込めて、“夢渡り人” を臣下に、

引き入れようとしたが、「王家でこの能力を独占するなど横暴だ‼︎ 」などと、

一族は反発したが、要は金の生る木を手渡したくなかっただけだ。


しかし、崇め奉るべき大事な存在の “夢渡り人” の私を邪険にして、

長年の不当な扱いに、ついに堪忍袋の緒が切れた私に縁を切られて、

挙句出ていかれ、今まで当然のように手に入れていた巨額の富を失ったのだ。 

遅かれ早かれ事実を知った血縁者達に、お父様達は責められるだろう。


親族には、あと2人 “夢渡り人” がいるが、もう高齢になっており、

仕事をこなすのが難しくなってきていた所に私の誕生だったのである。

それはそれは、次の金の卵に親族一同、非常に大喜びだったのだ。


だから絶対後から、私を探し回るに決まっている。

私を心配してとかではなくて、金に困って縋ってくる可能性は大いにある。


まあ、もう遅いけどね。

流石に国王陛下の臣下に手出しはできないでしょ。




* * * * * * *




国王陛下から、与えられた寮の一室のベッドで就寝中の私の部屋に、

ズカズカ入ってきて、額をはたかれて起こされる最悪の朝をむかえた。


そして、それを面白そうに見下ろす、この国の国王陛下、

イグネシアス・アロ・ルナイト。


美男美女を先祖代々掛け合わせてきた王族の末裔、

黒髪碧眼のこの男は、眉目秀麗の見た目だけは流石だった。

性格があれじゃなければなぁ…



「なんだ?ジッと俺の顔見て。いい男だから見とれてるのか?」


「喋らなければね…」


「はっはっはっ、こんな砕けて喋るのは、お前の前だけだ。

 これくらいいいだろ、俺だって息抜きが必要なんだ。

 普段は国王らしく振る舞って、見事に演じきっているんだから文句あるまい。

 ……しかし、お前はスッピンでもいい女だな」


「銀髪とゴールデンパープルの瞳が珍しいだけでしょ?」


「無自覚なのか?お前は造形が美しいのだ。

 そういえば、瞳の虹彩にゴールデンが入るのは、“夢渡り人” の

 特徴だそうだな」


「そう。珍しいから大昔は、この眼球を手に入れる為に、

 殺されたり攫われたりしたそうよ」


「人間は欲深いねぇ…」


「先祖代々外見重視で、血を繋いできた王族が良く言うわ」


「おー耳が痛い。まあ、俺もそう思うがな」



寝転がっている私の髪を掬うように触れている手をピシリと払うと、

彼は愉快そうに笑って、私に覆いかぶさるようにガバリと抱き起こす。

そして、両脇に腕を差し込まれて人形でも持っているような格好で、

無抵抗の私の両足はブラブラ垂れ下がり、ソファに運ばれソッと座らせた。


強制的に起こされて不機嫌モードの私に、

満面の笑みで向かい側に座って、彼は両手を膝の上組み口を開いた。



「さてと、仕事の話をしようか?」


「あのさ、昨日の今日で早速仕事させる気?」


「おう、お前は俺の臣下だからな。それに、ちょうど仕事の依頼があった」


「1日くらい、感傷に浸らせてよ…ふあ~」


「なんだ、落ち込んでいたのか?慰めてやろうか?」


「結構よ」


「俺はいつでも、お前を受け入れる準備はあるからな」


「あのさー、何度も断ってるじゃん。友人でいてよ」


「そうは言ってもなぁ。スノウスフィアは俺の初恋なんだ」


「殴られた女好きになるなんて、変態じゃん」


「はははははっ、お前のそういう所が好きなんだ。

 駆け引き、腹の探り合い、言葉の裏の意味、そういうの無しの本音で、

 お前はいつも向き合ってくれるだろ?」


「本音というか、暴言というか、遠慮してないというか…

 あんた本当に怒んないね。私の無礼に腹は立たないの?」


「それがお前だろ?」


「……そういえば、私の臣下としての職種はどうなってんの?

 “夢渡り人” なのは、伏せられているんでしょ」


「便宜上お前は正妃付きの女官として、執務処理をする事になっている。

 夜に “夢渡り人” として仕事の時は、昼まで寝る必要があるだろう?

 頻繁に人前に出なくていい、交流が少ない職種にしてやったんだ。

 完璧だろ。感謝しろよ?」


「なるほど…ありがとう。で、どんな仕事?」



パサリと依頼書を差し出されて、それを受け取る。




* * * * * * *




色が見えない令嬢の依頼だった。


絵を描くのが好きな令嬢で、そして非常に才能があり、

精彩で素晴らしい絵を描いていた。


しかし、ある日突然絵を描かなくなってしまった。

虹色の薔薇の花びらを描いたのを最後にパタリと。


授業がある時は仕方なく描くが、その線は以前のような精細さはなく、

いい加減な物で、しかも色を一切使わないモノクロの絵しか描かない。


理由を聞いても、何でもないと口をつぐみ、日々元気がなくなる娘を心配し、

侯爵家の両親から、その原因を調べて欲しいと依頼が来たそうだ。



「ふ~ん…その令嬢の年齢は?」


「7歳だな。もう英才教育を始めている。その中の一つ芸術を学ぶ授業で、

 絵を描いているそうだ。その時に才能が開花したらしいんだが…」


「親にも言わないって…それ絶対英才教育の授業でなんかあったでしょ?」


「まあな、だが本人が喋らないんじゃ、知りようがないし、

 対策も立てられんだろ?」


「分かった。その英才教育に関わっている人物の…

 特に芸術担当の先生を調べてくれる?人間関係とか過去のこととか…」


「関係あんのか?」


「あるかもしれないでしょ?経験上、勘はあんたよりいいの」


「分かった。文官に調べさせる」


「…文官を酷使しすぎじゃない?」


「それが、あいつらの仕事だ」


「はいはい、じゃあ今夜早速侵入して調べてみる。令嬢の名前は?」


「依頼の下に書いてある。マリージュ・ヘレナ・ブラン侯爵令嬢」


「…マリージュちゃんね。うわー他も優秀じゃん、この子」


「ああ、賢い子だ。両親は彼女の可能性を潰したくないのだろう。

 ほら見てみろ。その子が最後に描いた絵だ」


「え⁉︎……すごっ、これ本当に7歳の子が描いたの?」


「ああ、見事だろう。色といい構図といい…素晴らしい」


「絶対絵が好きだよね?ものすごい情熱を感じる」


「そうだな。実は一目見て気に入ってな、俺が買い取ったんだ」


「へぇ~」


「そういえば、スカイホール伯爵が、早速やらかしてたな。

 計上報告を間違いまくっていたそうだ」


「あっそう」


「はっはっはっ、本当にどうでもいいんだな。

 お前が当主代理でやっていた時は、一度もこんな凡ミスなかったのにって、

 財務部の文官がイライラして憤慨しておったぞ」


「ずっと私にやらせて、自分はサボってたからやり方忘れたんでしょ。

 そんなの知らないわよ。私はもう関係ないもの」


「そうだな。では、今夜早速頼むぞ」


「はぁーい」




* * * * * * *




「なんて、綺麗な場所…」



一面、花束を敷き詰めたようなフラワーガーデン。 

遠くにそびえ立つ、水晶のような素材で出来た美しい白亜の城。

ブロッコリーみたいな形の木々に目が覚める色の緑と青。

透明なガラス階段が、空高く雲まで伸びて、

その雲からは滝のような水が流れ、キラキラ輝いている。


まるで天国のようだった。   

流石、あの美しい色彩の絵画を描く子の脳内の世界だ。


そして、足を踏みしめる度に足元から花々が咲き誇る。

おおおお、これは凄い…自分が妖精か何かになった気分。

円を描きながらぐるぐる回って、円型の花壇みたいなのを作成してみる。



「やだ、綺麗〜楽しい〜♪」



いけない、いけない。

楽しんでる場合じゃなかった。


今回は話を聞かなくてはいけないから対話になる。

私は彼女と同じ金髪碧眼にフワリと姿を変えて、彼女を探した。


白亜の城を目指して、薄紫のライラックとウィステリアのアーチをくぐった。

長い石造りの階段を上りきって、城の扉を押して中に足を踏み入れると、

そこにも植物や花が咲き誇り、窓から差し込む光と影が美しい。


そのままホールを突っ切ってまっすぐ行くと、

大きな噴水と川が一体化した、美しい中庭に出た。

おお、ここも素晴らしい眺め。


そして、ちょこんと小さな女の子が噴水の前に座っていた。


腰まで長い綺麗なウェーブした金髪…多分、あの子だ。

そっと近づくと、気配を察したのかこちらへ顔を向けた。

不思議そうな顔をして、その子は訪ねた。



「お姉さん、だあれ?」



あどけなさがある7歳の少女の顔だった。

私は彼女にニッコリ微笑み隣に座った。



「こんばんは。マリージュちゃんね?」


「うん。お姉さんは?」


「えーと、ルナっていうの。よろしくね」


「ルナ?月の女神様なの?」


「あははははっ、まあ、そんなもんかなぁ〜。

 綺麗だねぇ、ここ」


「うん。綺麗でしょ?私もここ大好き」


「まるで絵画だわ。こんな美しい場所が、現実でもあったらいいのに」


「……うん、そうだね」


「絵画といえば、マリージュちゃんは絵が上手いよね?

 国王陛下が絵を買い取ってくれたんでしょ?凄いじゃない」


「……そう、なのかなぁ?」


「どうしたの?絵を描くの好きじゃなかった?

 あの虹色の薔薇から、すごい情熱が伝わってきたよ?

 てっきり好きなのかと思ったんだけど…」


「好き…だった」


「だった?今は?」


「色が見えないの…」


「どうして?」


「……………」


「ここには私以外誰もいないわ。話してみない?」


「…芸術の授業で…虹色の薔薇を描いたの。

 でも、先生に…薔薇は、こんな色じゃないって言われたの」


「先生がそう言ったの?」



彼女は無言でコクリと頷く。

目には涙が浮かび眉間にシワが寄り、辛そうな表情に変わった。

金髪がサラリと揺れて頬にかかる。



「花びらに朝露がついて日の光で虹色に輝いて…凄く綺麗だった。

 だから…真っ白の薔薇の花びらを虹色に薄く描いたの…

 その情景を見て想像して描いたって、先生にも説明したんだけど…」


「それでもダメって?」


「うん。存在しない物を描くなんておかしいって…」


「…それは…ちょっと個性や創造性を潰してしまう言い方ね。

 芸術担当の先生らしくないわ。

 授業では、現物に基づいた絵を正確に描けと言われていたの?」


「ううん。自由に描いていいって…

 他の子は想像上の生き物のユニコーン描いていたのに、

 何も言われていなかった。それを質問したらユニコーンは見本がない、

 空想の生き物だし想像して描くものだからいいって…

 でも、薔薇は現実のものだからって…でも、他にも居たんだよ?

 青いキノコや緑の雲を描いたり…でも、注意されたのは私だけだったの…」


「何か心当たりはある?」



彼女は無言で頭を横に振る。


やはり授業の出来事が関係していた。

しかし、この先生の発言は何だか…大人気ないというか…

随分この子に対して意地悪に思える。



「その後、呼び出されて深刻そうに言われたんです」


「何を言われたの?」


「私は、目か脳に異常があるかもしれないって…」


「え…はぁ?何それ。そんな事言ったの⁉︎ 」


「侯爵令嬢として問題だって。

 この年齢で、見たままに描けないなんて異常だって…  

 お父様とお母様に知られたら、隔離施設に入れられるかもって…」


「だから……誰にも言えなかったのね」


「はい…絵を描く度に、先生の目が気になって…

 描くのが怖くなって、色の識別が出来なくなりました」



こんな小さな子を不安にさせて、脅すような事を言って…

ただの個性と感受性の強さを精神異常者扱いするなんて…

何なのこの教師。本当に教育者?



「辛かったわね。でも、私はあなたの絵が好きよ」


「……本当?」


「ええ、とても素敵だわ。国王陛下もとても褒めていたし、

 気に入ったから買い取ってくれたのよ。

 この国の王様にマリージュちゃんの絵が認められたのよ?凄いことだわ。

 ……その先生は、多分自分の好みじゃなかったんだと思うわ」


「あのね、先生は初めから…冷たかった訳じゃなかったの」


「そうなの?いつから冷たくなったか、思い出せる?」


「確か……三者面談の時から、様子が変わったんです」


「ああ、親御さんとの面会ね?」


「はい。そして、お父様を見て一瞬顔が強張っていました。

 面談が終わった後、二人で何か言い合いをしていて…

 お父様と…知り合いだったのかもしれません」


「そう…」



やっぱり…この子自身には何も悪いところはない。

詳細は分からないけど、親世代の人間関係で何かあったんだわ。



「ねえ、マリージュちゃん。あと一週間だけ我慢できる?」


「…一週間?」


「うん。お姉ちゃんが魔法をかけて解決するわ。

 そして、マリージュちゃんが、また楽しく絵を描けるようにしてあげる」


「…え…?」


「約束する。あと一週間、頑張れる?」


「…う、ん……うんっ‼︎ 頑張るっ!ありがとう、ルナお姉ちゃん‼︎ 」



キラキラに目を輝かせて、嬉しそうに微笑んだこの子を守りたい。

輝く未来あるこの才能を大人の勝手な都合で潰してはならない。


私はマリージュちゃんとその後、少し夢の中で一緒に遊びまわった。

背中に翼を生やして空を飛び回ったり、花のブランコで一回転したり、

虹を滑り台にしたりして、互いに笑い合い楽しく過ごした。

一通り遊んで別れを告げて、夢が終わった途端、

鼻息荒く明け方にガバリと起床し、国王陛下の寝所へ早速突撃した。


“夢渡り人” として仕事中は、リタに無防備な私の番を任せてあり、

私があまりに突然起きてスタスタ歩き出したので寝ぼけているのかと、

慌てふためき、必死に止められてしまった。



「何だ何だ、夜這いか?」


「寝ぼけてんの?もう朝よ。人間関係の調査は?」


「ふあ〜〜〜…文官からまだ報告書が来てないなぁ…持って来させるか…

 そっちは上手く行ったか?」


「うん。いい子だったわ」



そして、徹夜したらしい文官が体が斜めになりながら歩いて来て、

フラフラと報告書を国王へ差し出した。

私はその姿を見て、心の中で何度も謝り倒す。


報告書をまだ良く開かない目で読んでいるイグネシアスは、

気怠そうに私へそれを差し出してこう言った。



「お前の勘が当たっていた」



マリージュちゃんの父親のブラン侯爵は、その芸術担当の教師と同期だった。


貴族学院時代に、その教師がブラン侯爵に想いを寄せて告白するも断られ、

彼女はしつこく食い下がったそうだ。

諦めない彼女に彼も嫌気がさし、随分冷たい態度を取ったそうだが、

やがてそれが憎しみに変わっていき、この二人が衝突していざこざが

絶えなかったと記録がずらりと並んでいた。


そもそもブラン侯爵には既に婚約者がおり、良好な関係を築いていた為、

彼女の入る隙などなかったのだ。

その婚約者が今の侯爵夫人、マリージュちゃんのお母様だ。


英才教育学院は、家格などで優劣をつけぬ平等をモットーにしており、

家名を伏せて授業を行なっていた為、彼女はマリージュちゃんが、

彼の娘だとは知らなかった。

それが三者面談の時の顔合わせで、ブラン侯爵に再開してしまい、

彼女の苦い思い出が一瞬で蘇えってしまったのだ。

そして、過去の憎しみの矛先が娘の方に向けられたという事のようだ。



「…何これ。学院時代に自分を振った男の娘ってだけで、

 そんな陰湿な復讐してきたってこと?」


「ああ。クビにして排除するか、それとも他の学院に左遷でもして…」


「駄目よ。そんな簡単に楽にしてやるの?

 くっだらない見当違いの嫉妬のせいで、あの子は才能を潰されかけたのよ?

 子供が逆らえない教師という立場を利用して…最低だわ」


「…何をするつもりだ?」


「私に考えがあるの」



貴族新聞に、国王陛下のお気に入りとして、

マリージュちゃんの絵画を画像入りで取り上げたのだ。

彼女の美しい絵を褒め称え、将来が楽しみな才能の持ち主だと、

国王陛下のお墨付きを貰った記事を掲載したのだ。

権力乱用をした遠回しの威嚇である。


国の絶対権力者、国王陛下の権力に逆らえる筈もなく、

それ以来、その教師からの嫌がらせはパタリと無くなったそうだ。


マリージュちゃんは、また色彩溢れた絵をのびのび描き出し、

素晴らしい絵画を生み出し、コンクールで沢山の賞を受賞し続けた。


その教師は苦虫を噛んだような顔で、しばらく絵画の指導をしていたそうだが、

気まずくなったのか3ヶ月後に自主退職したそうだ。


ふふん。いい気味だわ。生きた心地がしなかったでしょうね。

いつ自分の悪行が、表沙汰にされるかビクビクしていただろうし。

さぞ恐ろしい毎日を過ごしていた事でしょう。

でも、マリージュちゃんの追い詰められた苦しみに比べれば、

全然足りないけどね。この国にいる限り一生怯えて暮らすがいいわ。


後日、マリージュちゃんから、お礼として献上された絵画には、

あの美しい夢の中の背景と私、ルナが詳細に描かれていた。

それを見た国王は、俺の部屋に飾ると速攻で持って行ってしまい、

私と大喧嘩になった。変装していた姿だから、どう見ても私じゃないのに、

どうして欲しがるのか意味不明だったが、「俺にはお前に見える!」と

怖い事を口走り、再び背筋が寒くなった私は、イグネシアスに譲ることにした。



ともあれ、あの子が、救われて良かった。


私のようにならなくて…良かった。



誰にも相談できずに、孤立して解決できない悩みを抱え続けるのは、

人生経験が浅い子供には逃げ場がなく、あまりにも重くて苦しい痛みだ。

今後の成長過程で、間違いなく性格生成に影響が出てしまう。



自我の育っていない子供は、

無条件に大人に愛されるべき存在なのだ。



ふと、思い出す。

お母様に、美術の授業で先生に褒められたお母様の似顔絵を見せて、

プレゼントしたら凄く喜んでくれて、褒めてくれたのを。


アマンが「お姉ちゃんばかり褒められてズルイ!私は絵が下手なのに」と

大泣きして煩くするから、あの似顔絵は仕舞われてしまったけれど。


まだ、あの絵を持っていて、くれてるのだろうか…


気まずそうな顔をしながらも、

お母様は私を抱きしめて耳元でコッソリと言ってくれたのだ。

「本当に素敵な絵をありがとう、宝物にするね」と。



お母様…



あの頃は、まだお母様も私を愛してくれていた。


いつからだったろう…


あんな風に、妹を庇い、私を冷たい目で見るようになったのは。




忘れていたと思っていたのに…

もう、あんな人達からの愛など求めないと決めたのに。




ズキリと胸が痛む。




私に愛を与えてくれる存在を全て奪い、


私をひとぼっちにした、妹アマン。


あんたは今、邪魔な存在の私を追い出して、


さぞ幸せなんでしょうね。




でも、私は絶対あんたを許さない。


世界があんたを許そうとも、味方をしようとも、


私だけは絶対に、あんたを許さないから。




* * * * * * *




「国王陛下より、証書が届いただと?」


「はい、伯爵様こちらに」


「うむ、何だ?支払いの件か?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


除籍証明書



貴殿のスカイホール伯爵家の長女、

スノウスフィア・ルナ・スカイホール伯爵令嬢は、

スカイホール伯爵家より、除籍するものとする。


尚、現在は、エルッヒ子爵家が正式な後継人となり、

スノウスフィア・ルナ・エルッヒ子爵令嬢とする。


以上をここに証明する。



ルナイト王国 国王

イグネシアス・アロ・ルナイト 認証印


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…は?」


「ど、どういたしましたの?あなたっ」


「な、なななっ…なんっ…除籍だとっ⁉︎」


「え?」


「ス、スススススノウスフィアが、我がスカイホール伯爵家から

 除籍したとっ!国王陛下からっ!」


「なんてこと…」


「な、納得いかん!勝手にこんなっ‼︎ なぜ認証が通ったのだ!

 くそっ、本当に可愛くない奴だっ。

 いつ出て行ったのかも分からぬままで、影でこんな事をしておったとは!

 泣いて謝ってきたら、許してやろうと思っておったのに‼︎ 」


「……国王陛下の認証があるのでしたら、覆りませんわ」


「あれは我々一族の物だ!国王陛下に謁見を申し込んでくるっ!」


「……………」



真っ赤な顔でズカズカと肩を怒らせて執務室から出ていくスカイホール伯爵。

伯爵夫人は、それを黙って見送っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ