第二十七夜 ~決別の夜~
※今回ちょっと長いです。前編と後編に分ければ良かったと反省中。
「お綺麗ですよ、お嬢様」
「…うん、久しぶり。こんな畏ったドレス着るの」
「普段は女官らしく、白ブラウスにジレ、腰高黒ロングスカートですもんね。
舞踏会ドレスのお色が地味なので、髪の編み込みはゴージャスにしました」
「いつ見てもすごいなぁ…これどうなってんの?リタ器用過ぎでしょ」
「ふふふふっ、侍女の腕の見せどころです。アクセサリーとお揃いの
真珠を少し髪に飾りました。これ位控えめなら問題ないかと…」
「うん、そうだね。ありがとう」
「あー…お嬢様の美しさを前面に生かした装いで、
もっと着飾ってみたいですぅ」
「ふふふっ、また機会はあるよ」
「その時はあの雪の結晶ドレスにしましょう!
あれに合うアクセサリーとヘアスタイルを考えておかなくてはっ」
「気が早いってば~、あははははっ」
お嬢様は最近、愛想笑いではなく自然に笑うようになった。
どうやらイグネシアス国王陛下に何か言われたようで、
終始不安そうにしていた表情と雰囲気が、明らかに変わったのだ。
私は、お嬢様と国王陛下はお似合いだと思っているし二人は馬が合う。
そして、誰が見ても陛下はお嬢様にベタ惚れだ。
肝心のお嬢様は、伯爵家では家族の不和を抱え、仕事も忙しい日々で、
恋愛どころではなく、色恋沙汰とは無縁のまま20歳を迎えてしまい、
他は優秀なのに、それ方面はてんで初心者のポンコツなのだ。
自分が大切にされることに慣れていないし、
自分の気持ちもまだ良く理解出来ていないし、
少しずつ意識はしているようだが…
やっと普通に扱ってくれる環境に囲まれて生活し始めたお嬢様にとって、
自尊心を取り戻す時間も必要であり、陛下への恋情を知るにはそれからになる。
二人の本格的な男女の関係への道のりは、まだ長くかかりそうだった。
どうやら、イグネシアス国王陛下もそれは承知の上で、
お嬢様を身近に置きつつ、じっくり待つつもりではあるようだ。
コンコン
「スノウ、準備できたか?」
「へっ⁉︎ あっ、うん…」
「ほお、いいな。うん、うん」
「……もう少し地味な方がいい?」
「いや、物足りない位だ。もっと着飾ってもいいんだが…
まあ、あんま目立ちすぎると変なのが寄ってくるしなぁ…」
「あんたも凄いね、今日」
「ああ、惚れ直したか?アホみたいにゴージャスだろー、ふははははーっ」
「格好良いよ。威厳のある国王そのものに見える。その笑い方以外は…」
「ふふん、お前の前だけだ。よし、行くぞ。
クリスティーヌも用意できたらしいからな、控室に移動しよう」
「うん」
私は、廊下を歩きながらイグネシアスの衣装を凝視して観察した。
真っ赤なベルベットのマントには、首回りと裾に黒い羽がフワフワ揺れて、
詰め襟の黒ジャケットに金の肩飾りエポーレット、黒パンツ、
金色の繊細な刺繍の装飾がポイントで満遍なく入っていて、
少し開けた詰め襟から赤いクラバットが覗き、黒曜石ブローチでとめてある。
そして、ハッとするような瞳と同じ色の真っ青なサッシュが右肩から左臀部へ
襷掛けにしてあり、下にはリボン結びして大きな勲章がぶら下がっている。
極め付けは頭に王家の紋章入りの赤と黒のゴージャス王冠。
黒と赤と青の三色でまとめて、ポイントは金でコーディネートしてるんだ。
すげぇー……
普段は、コイツ白シャツ黒パンツ黒ジャケット、
多色のクラバットみたいな、王族にしては結構ラフな格好してるから、
正装すると美形がパワーアップして、半端ない神々しさだわ。
これは、その辺の乙女は一目でキャーってなる訳だ。
残念ながら、私はコイツの本性知ってるし、外見は見慣れているせいで、
そこまでときめかないが。
でも、厳しい王族教育のせいか、背筋が伸びた姿勢のいい立ち姿といい、
どんな服でも着こなしてしまうセンスの良さと…何て言うんだろう…
ああ、所作が美しいのだ。
何をしても絵になる骨の髄から格好いい、国王になる為に教育されてきた男。
花の魔物が、化けていた王子様は肩肘張って必死に格好つけてたけど、
身についてない所作だから、何か変だったんだわ。うん、納得。
「あら~、スノウスフィアさん綺麗ねぇ~、アクセサリーも合うわね。
とっても素敵だわぁ」
「正妃様はもっとお綺麗です。
優しい水色が正妃様のイメージにあっていて、よくお似合いです」
「うふふっ、ありがとう。でもキツいのよ、これ…
はあ、早く終わらないかしらぁ。
それよりその髪、美しい編み込みね…どうやっているの?」
「リタがやってくれたんです。
彼女凄く器用で、私もどうやっているのか分かりません」
「まあ~、今度私もやって欲しいわ」
「だって、リタ」
「こ、光栄ですっ」
正妃様は流石の王族で、淡い水色が下に行くに従ってグラデーションの
濃い色になっていて美しいドレスだった。
胸元、腰前、腰後ろに、大きめのバラみたいな、
金色レースの刺繍とコサージュ装飾の組み合わせ。
スクエアネックの首回りの襟にも豪華な金色の刺繍の装飾があり、
肩からまっすぐ後ろへマントのように垂れた布にも細かな美しい刺繍。
Aラインドレスの裾の方に、大柄の金色糸の刺繍とふんわりオーガンジー。
そして、ドレスの後ろには細かな同系色レース編みの少し長めのトレーン。
髪はハーフアップで繊細な細工のティアラが輝いている。
ネックレスとイヤリングは、水色の宝石はスカイブルートパーズだろうか、
五弁花の形に並んで繋がっているダイヤの下に、ティアドロップ型のトパーズが
垂れ下がっていて、なんともエレガントだった。
私のドレスはというと、
後ろから見ると紺色一色の一見地味なドレスだが、装飾が非常に凝っている。
紺色の布地の上に少しだけ紺色より明るい糸の刺繍装飾が施してあり、
動くと光の加減でその細かさが目視できるのだ。
首元は私もスクエアネックだが、下に白いレースブラウスを着用して、
ギャザーの入ったハイネックの立ち襟フリルが首を覆い隠し、
その上に正妃様から頂いたパールと雪の結晶ネックレスをつけている。
袖口は広がって、裾に白ブラウスのフリルがチラ見えしているのがポイントだ。
「さて、そろそろ揃ったようだ。我々も行くか」
舞踏会会場のホールが見渡せる高い位置にある壇上のバルコニーへ移動する。
私は正妃様の後ろ、イグネシアスの後ろにはエルヴァン騎士と共に、
ぞろぞろと歩いていく。
国中の貴族達が集まって談笑している、喧騒が聞こえてくる。
煌びやかなシャンデリア、絢爛豪華な調度品と装飾。
キラキラした華やかに着飾った貴族たち。
外の世界は、灯りがなければ何も見えない真っ暗な恐ろしい闇なのに、
ここはこんなに目が眩むほどに煌びやかで美しい。
普通は、こんな光景を見たらワクワクするものなのだろうけど、
この雰囲気…苦手なんだよな。
華やかで豪華絢爛で皆んな笑顔だけど、目が笑っていない。
鋭く全身をチェックして相手のセンスや身に付けている物の価値を値踏みして、
物色して判断しているのだ。あの目が本当に苦手だ。
人間は、臆病で弱いから集団で固まる社会を構築したはず。
しかし、集まり過ぎると、なぜか啀み合い派閥が出来て分裂する。
そもそも特別な好意や愛など、限られた人数に抱ける感情だ。
本質は自分勝手な人間が、全ての人と平等に仲良くなんて無理なのだ。
だから、余りにも大勢の集団で暮らすには、限界があるのかもしれない。
そして、そのバラバラの人達をまとめるには、
多くの人から尊敬されて指示され、安心できる強き統制者が必要なのだ。
その役目が国の最高権力者の国王だ。
改めて考えるとイグネシアスって、とんでもない地位にいるのよね。
凄いなぁ…そういう所は素直に尊敬する。
パンッ!
イグネシアスが手を叩くと、一瞬で会場は静まりかえった。
「王家主催の夜会に参加していただき感謝する。
今宵は、忙しい日常を忘れて、ダンスに談笑、ドリンクと美味しい料理も
揃えてある。存分に自由に楽しみ堪能してくれ。
そして、皆が気になっているであろう私の横の婚約者クリスティーヌとは、
ここでは初めて会う者もいるだろう。正式な結婚は2年後と考えている。
それまで私共々、温かく見守って欲しい。
では、夜は長い。ゆっくり楽しんで行ってくれ」
…2年後?
随分ゆっくりだな、と私は思った。
まあ、正妃様はまだ妃教育中だし…焦らせない為か。
でも、夫婦にならないって言ってたが、どういう意味だったんだろう。
表向きは結婚はするけど、別室生活ってこと?
それとも結婚前に何かするつもりなのだろうか…
「ファーストダンスだ。行こう、クリスティーヌ」
「ええ。スノウスフィアさん、待っててくれる?」
「はい。いってらっしゃいませ」
「エルヴァン、スノウの横に待機していろ」
「はっ」
あれ?前は少し胸がズキリとしていたのに。
しなくなったなぁ…
オーケストラが音楽を奏で始め、二人はゆっくりワルツを踊り出した。
さすが…王族。所作が品があって綺麗だなぁ。
あの二人仲は良いみたいだけど、本当に友人って感じなんだよな。
二人のダンスが終わり、他の貴族達がワラワラとダンスに参加し始める。
おお〜、ドレスが花が咲いているように見えて美しい。
ここでずっと見ていたいわ。
「スノウスフィアさ〜ん」
「あっ、正妃様凄くお綺麗でした!」
「も〜、緊張したわ。今度は挨拶回りですって。ついて来てくれる?」
「はい、勿論です」
上位貴族が次々挨拶にきて、軽く会話をかわす。
私は正妃様に覚えたての貴族名簿でフォローしつつ、何とか乗り越えた。
あー、緊張した。
そして、イグネシアスは途中で別れて、
上位貴族と何かコソコソとバルコニーで話していた。
その後も、他の貴族が切れ目なく挨拶に来て、
正妃様は頑張って対応していた。
チラチラとスカイホール伯爵家の存在も視界に入ってきていたが、
向こうはこちらに近づいてこないし、まあ、接近禁止にされているのだろう。
アマンのドレス…ピンクだなんて…今時子供でもあんな色選ばないのに。
あの子の髪色にも合っていない。誰も止めなかったのかしら…
ローズスフィア伯母様に久しぶりに会えたのは、凄く嬉しかった。
立場上話せなくて残念だったが、目を合わせて微笑んでくれたのだ。
相変わらずお綺麗だわ。真っ赤な髪と瞳で黒いドレスが映えてカッコイイ。
その喧騒の中でチラホラと夢渡りで担当した貴族もいたが、
元気そうで安心した。
そして、イグネシアス処分肯定派の連中とも初めて挨拶した。
お揃いで緑のクラバットを着けていて少し異様だったわ。
緑は平和の意味があるのだが、何だかねぇ…顔覚えておこう。
多分今後、何かと敵対することになるだろうし。見た所5人位かな。
「はあ〜、大体終わったかしら?」
「そうですね。他は特に挨拶しなくても問題ないかと。
お疲れ様でした」
「スノウスフィアさんが居てくれて良かったわ〜、
ありがとう。助かったわ」
「お役に立って、良かったです」
「クリス!」
「え、あっ!マディア?嘘っ…」
「あなたずっと人に囲まれているんだもの、やっと話しかけられたわ〜」
「どうして居るの?招待者リストになかったわ」
「ふふっ、内緒だったのよ。あなたを驚かそうと特別招待なの」
「まあ〜何それ!嬉しいわ。そっちはどう?」
「…正妃様、私は少し下がりますね。ごゆっくりどうぞ」
「え、あっ、あのね、紹介するわ、私の姉なの。
マディア姉様、こちらスノウスフィアさん。私専属の女官なの」
お互い挨拶をして、正妃様が水入らずで身内と楽しめるように、
私は少し距離を置き彼女を見守ることにした。
* * * * * * *
「ねえ、こんな端っこで何してんの」
「あら、アナスタシア公爵令嬢、ご機嫌よう。
私は正妃様の側仕え女官として参加しているのです。そして只今正妃様は、
お身内の方と会話を楽しんでいらっしゃるので邪魔にならないよう、
少し離れて大人しく壁の花になっているだけですわ」
「ふ~ん、そうなんだ」
流石、公爵家の令嬢。素晴らしいドレスだわ。
このご令嬢は髪がローズピンクブロンドと赤紫の瞳が派手だから、
衣装は控えめなベージュ色をベースにして抑えている。
首元は横に広がる露出の少ない上品でスッキリとしたボートネック、
その周りに控えめな細かいレースのフリル。
胸元には小さな花の同系色レースコサージュがふんだんに散りばめられて、
袖はパススリープでふんわり、その先はベルスリープでストンと袖先まであり、
レースフリルが何段にもなってボリューミーで可愛らしい。
ドレスはふんわりプリンセスラインで、
さらにティアードの段状フリルがふっくら感を出してもうフワッフワである。
裾にも同系色糸の花の大柄刺繍と胸元と同じ花レースコサージュが、
散りばめられ、少女らしい可愛らしさはあるがベージュ系だから、
甘くなりすぎていない。
髪にもベージュのレースリボンがあしらってあり、統一感もバッチリである。
そして、髪はいつもの縦ロール。
「相変わらず、見事なブジアータ トラパネーゼ コルタですね」
「あなたが連呼するから覚えたわよ、それ。
調べたらパスタとかいう食べ物だったわ!」
「美味しそうでしたでしょう?」
「え?ああ、まあ…うん。そうね」
「一度食べてみたいんですよねぇ」
「人の髪を見てそんな事考えていたの、あんた」
「あんたじゃありません。このメスガキ」
「ちょっとやめてよ!分かったから、エリッヒ女官殿!」
「はい、良くできました」
「ふんだ、この髪を維持するのは大変なのよ。
何時間もかけて髪を巻くんだから」
「そうですね。確かに大変そうですね。侍女が」
「髪を洗って乾かして、オイルを塗って…ずうっと身動き取れなくて、
美しくなる為に我慢してるんだから」
「ええ、大変ですね。侍女が」
「………………」
「手間をかけて綺麗にしてくれる侍女達に、
ちゃんとお礼を言って感謝していますか?」
「は?何で侍女なんかに…」
「あらあら、周りに優しくして恩を売っておいて後々損はないのに…
まだガキじゃ理解できないんですねぇ。残念です」
「……分かったわよ。お礼と感謝をすればいいの?」
「常に周りには、そうしてください。
困ったときに助けてくれる人を確保しておくのは、生き残る手段の一つです」
「いやに具体的なこと言うのね」
「私がそうでしたから。
伯爵家除籍の件は、縁を切ったのは私の方です。
妹は婚約者を寝取って妊娠したと嘘をつき、両親もそれに同調して、
私は後継者の座を追われました。
ブチギレた私は、その不貞野郎と淫乱愚昧に味方する両親もまとめて捨てて、
ここに来たのです」
「……え」
「そして、私は学院時代にイグネシアス国王陛下に恩を売っていたので、
今でも生き残ってここで働けています。それが真実ですわ」
「……そう、だったの」
「だから、アナスタシア公爵令嬢も今の地位が永続的にあるものだとは、
思わない方がよろしいかと。
あっという間に没落していく貴族を何人も見ておられるでしょう?」
「……ごめんなさい…私…」
「嫉妬に狂ったメスガキに何を言っても無駄でしたので、
あの時は言い返しませんでした。
ですが、国王陛下に対して私が愛人だとか、そんな悪評になるような事を
確かな証拠もないのに軽々に口にしてはいけませんよ」
「うん…分かったわ……」
あらあら、シュンとしちゃったわ。
この子はまだ大人ぶって強がっているだけで、根は素直みたいね。
「威張り散らして高圧的な態度をとるのが、強さと高貴さではありません。
本当の強さとは己の揺るぎない精神。
高位貴族をご覧なさい。皆様、表向きは優雅で穏やかにしてますでしょう?
普段は蝶のように美しく舞い、そして自分を害してきた敵には、
蜂のように容赦無くトドメを刺すのです。
本音と建前を使い分けて、上手に争い事を避けて戦うのが貴族です。
頑張ってくださいませ」
「……出来る…かしら」
「お茶会で紅茶をぶちまけるのでは無く、相手を観察して分析し、
敵か味方か判断するのです。どうするか作戦を練るのはその後です」
「お茶会の件は、お母様に怒られたわ…」
「そりゃ怒られますよ。思い込みで無駄な敵を作ってどうするのですか。
それより火傷の具合はどうですか?」
「綺麗さっぱり無くなったわ」
「それはようございました」
「心配してくれるの?」
「自業自得なのに、変に傷が残ってしまって、
他責思考のメスガキに恨まれたくないだけです」
「はあ?」
「ふふっ、冗談です」
「何よー…もー」
「人間は元来自己中心的なのです。
理性で抑えてはいますが、危機が迫った時に優先するのは結局己です。
ですが、私はそれを悪いとは思っていません。
故意に何の罪もない者を陥れたり、傷つけるのは別ですが。
本能に逆らえない動物と同じ部分も未だに強く、人を咄嗟に裏切るのも
自己防衛の一種ですわ。だから、心をしっかり持って、他人に期待しなければ、
己が傷つく事はありません」
「それは……あなたの経験からの言葉?」
「さあ、どうでしょう」
「……私、世間知らずだったわ…」
「それに気づけただけでも、とても素晴らしい事ですよ。
己の弱いところを認められるのは勇気がいるのです。
人間は失敗しながら成長していくし、私もそうでした。
そして、更なる進化ができる機会でもあるんです。
まだ手遅れではありません。頑張って己を高めてくださいませ」
「うん…」
ちょっと偉そうなことを言いすぎてしまっただろうか。
彼女は多分、下手に上位貴族だったせいで、周りの人間が自分に傅くのが
当たり前だったし、身内以外の他人に強く注意された事がなかったのだろう。
彼女はずっと私の横に鎮座して、色々質問してきた。
どうやら、メスガキに懐かれた模様。
答えられる範囲で相手をしていたが、あの高慢チキな態度がなくなれば、
頭も悪くないし、聡明で高貴な貴族令嬢になるだろうなと思った。
しばらくダンスする人、談笑する人で楽しく時間が過ぎて行ったが、
チンチンとグラスが鳴らされ、ここで余興が行われると発表された。
何でもこの舞踏会に参加している女性の人数分のクッキーを配るので、
一人一つ手に取ってもらい、その中に一つだけ当たりがあるそうだ。
そして、当たった人には身分関係なく国王陛下とワルツを踊れるとのこと。
こんな催しは聞いていなかったから少し焦ったが、
まあ、この大人数で当たることなどあり得ないだろうと私は呑気に考えていた。
円形の平べったいクッキーが二枚重なって、間にクリームを挟んである、
トレイの上に並べられたクッキーを給仕係が回って、
御婦人とご令嬢の前に差し出して取るように施していた。
皆んなドキドキワクワクした表情で、次々クッキーを手に取っている。
私達は端っこにいたので最後の方で、先にアナスタシア公爵令嬢が一つ取り、
最後の一つを私が取った。
当たりは、小さな赤いバラの水晶が入っており、
クッキーは強く噛まずに、一口で頬張って飲み込まないよう注意される。
そして、そのバラも後日ちゃんと洗って、ネックレスにしてくれるらしい。
貴族女性はお上品だから皆んな噛まずに、パカッとクッキーを手で開けて、
確かめていたが「あら~無いわぁ」「残念、私もよ~」「ありませんわ」
「やっぱりね〜」「じゃあ、食べてもいいわね」と口々に言い合って、
クッキーをボリボリ食べ始めた。
隣にいるアナスタシア公爵令嬢も小さくため息を吐き、ポイッと口に放り込む。
……あれ?
当たった人いなくない?
これは…嫌な予感…
「当たった方は手を上げてくださーい、いらっしゃいませんか~?」
余興を仕切っていた侍従が、困ったように周りを見渡す。
周辺には、真顔でボリボリクッキーを貪っている女性陣ばかり。
…まさか、ね。
そっとクッキーを開けると、ありやがった。
真っ赤なバラの水晶がよ。
どうしよう……知らないフリするか。
クッキーを閉じようとすると、隣のメスガキが目敏く反応する。
「えっ、それ当たりじゃっ…」
「シーシーッ」
「おや、幸運なご令嬢はここに居たようだ」
「……………」
あーもー、バレたじゃん。
ニッコニコのイグネシアスが、王族スマイルで私の前に立っていた。
そして、お約束の誘い文句を並べて手を差し出す。
「お美しいご令嬢、今宵このような催しでお会いできたのも偶然とはいえ、
これも幸運であり運命です。良ければ私と踊ってくださいませんか?」
「…ええ、喜んで。光栄ですわ」
ホッとした顔の侍従が足早にこちらへきて、
クッキークリームまみれの赤バラ水晶を受け取って、そそくさと離れる。
こんな大勢の前で断る訳にもいかず、観念して奴の差し出された手を取る。
そのままスーッと誘導されてホールの中央へ。
うわ…めちゃくちゃ注目の的じゃん。
オーケストラが曲を奏でて、私たちはゆっくりと踊りだす。
しかし、他の人達はダンスそっちのけで、こちらに注目しているので、
実質踊っているのは私とイグネシアスだけだった。
なんか…いやに私にワルツの指導を積極的にしていた事といい、
今回の奇跡みたいな選ばれ方といい…
ものすごく 怪 し い。
リードしながら優雅に踊るイグネシアスをチラリと見て、
私は声を潜めて言った。
「さては…アンタ仕組んだわね?」
「偶然だ」
「嘘つけ」
「んふふふふっ」
「考えたわね。これなら公の場で女官の私とも堂々と踊れるもの」
「流石賢いな。だからお前が好きなんだ」
「シーッ、声が大きいってば…」
「おー、この背徳感が堪らんなぁ~、んふふふふっ」
「馬鹿じゃねえの、楽しむなっ」
「んふふふふっ、お前は本当に可愛いなぁ~」
「……1曲丸々踊るの?」
「当たり前だろ。ほらナチュラルスピンターンいくぞ」
「ちょっ…あわわわっ」
「ふははははー、よーしよし、ついて来れたな小娘」
「その笑い方やめろ、悪役」
皆んなの視線を一身に集める中、お互い小声でヒソヒソ言い争いながら、
意外とスムーズに息の合ったワルツを踊れていた。
何度もイグネシアスとは踊っていたから、どうやらいい加減慣れた模様。
でも、やっぱり視線が痛くて私はいつの間にか俯いていた。
「スノウ、顔を上げて堂々としていろ。お前は美しい」
「…ぇ……」
ドックン…
き、急にそういうこと言うなバカ。心臓が変な動きするんだってば。
ドクドクと早鐘を打つ心臓と、イグネシアスの優しげな笑顔を見ながら、
私たちはクルクルと舞う。
あ、この感じ…夏至夜祭の時に似てる。少し楽しいかも。
そして、群衆の中から殺意のこもる刺さるような視線を感じた。
これは ──── アマンだ。
こいつ…ワザと見せつけて挑発してないか?
チラリと問うように奴を見ると、ふふんっみたいなしたり顔で微笑む。
これ何か企んでる顔だ。
私がこんな脚光を浴びているのを見たら、
感情的なアマンは面白くないだろうし、絶対に私に何か仕掛けてくる。
恐らくイグネシアスは、それも計算しているのだ。
守護があるから私は大丈夫だけど…他の人が巻き込まれたらどうすんのよ。
多分、それも計算しているんだろうけど。
「ねえ、何て美しいの…スノウスフィアが国王陛下と踊っているわ」
「そうだな。寵愛されているのは本当のようだ」
「ええ、良かったわ。あの子が幸せそうで…」
「ああ…」
ヒソヒソと両親が、スノウスフィアと国王陛下の美しいダンスに、
感慨深く言葉を交わしている。
そのすぐ後ろにいたアマンは、鬼のような形相でその光景を凝視している。
何よ…これ。
「あの方どなた?美しいご令嬢ねぇ…」
「女官ですって、綺麗な上に才媛でいらっしゃるのね」
「あの瞳と銀色の髪の美しいこと…陛下とお似合いだわ」
皆んなうっとりした表情で、お姉様と国王陛下のワルツに見惚れている…
あんな…あんな幸せそうに輝いているお姉様なんか見たくない。
何で、何でよ。
私は今こんな端っこで目立たない場所に追いやられているのに。
魔力も封じられて…本邸も失って…
行儀見習いで子爵家なんかで使用人やらされるってのに。
なのに…何で…何で…
どうして、あんたはまた華々しい脚光を浴びて主役になってんのよ。
どうして、羨望の眼差しで注目されてんのよ。
何よ…何よ、何よ!
たまたま持って生まれただけの美しさと異能なのに、
当然のように目の前でひけらかさないでよ。
やめて、やめて、やめて。
お姉様が輝けば輝くほど、
私の暗い影は濃くなって、見たくない現実が鮮明になる。
立っている世界が違う、手の届かない存在だと思い知らされる。
お姉様より私の方が劣っているって、イヤでも気が付かされる。
やめてよ、私をまた惨めにさせないでよ。
同じ家で、同じ両親から生まれた姉妹なのに、
こんなに、こんなに差があるなんてっ…
ずるい、ずるい、ずるい!酷い、酷い、酷い!
お姉様あなたは、私に傅いている位で丁度いい。だって恵まれているんだから。
あんたは、恵まれていない可哀想な妹の私を守る義務がある。
だから、少しくらい不幸でいなさいよ。
私より不幸でいなさいよ!
許 せ な い。
許 さ な い。
ブルブルと怒りで体を震わせるアマンの握り締めた拳の中には、
黒い小さな槍が握られていた。
「イグネシアスあんた、何企んでんのよ?」
「おっと、もう曲が終わるな。残念だ」
この野郎~…
曲が終わり、ワッと歓声と拍手喝采の中で、
イグネシアスは私の手に口づけを落とし、キャーと歓声が沸き起こる。
そして、お互い礼をして離れた。
正妃様が満面の笑みで迎えてくれて、なんとか恥をかかずにすんでホッとする。
その後クリスティーヌ正妃様は、隣国の姉と会話の盛り上がりが続いてたので、
再び見える位置で離れて待機することにしたが、緊張がとけたせいか、
少しお腹が空き、料理がずらりと並ぶテーブルにイソイソと移動する。
因みに料理の配膳係は、リタともう一人の王宮料理人が務めていた。
正妃付きの女官が侍女を連れて行けないので、彼女にはこっちで参加して、
手伝って貰っているのだ。
ワルツお綺麗でしたと興奮気味のリタからオードブルの説明を受けながら、
様々な料理をお皿に取り分けてもらう。
サーモンタルタル、きのこテリーヌ、ワイングラスに入ったヴィシソワーズ、
白身魚のポワレ、ローストビーフ、鶏肉のガランティーヌ、クリームブリュレ、
フォンダンショコラ。全て一口サイズなので、つい欲張ってしまった。
そして、ふとテーブルの端である物を見つけた。
「ブジアータ トラパネーゼ コルタだっ」
「えっ、これをご存知なのですか?」
もう一人の配膳係としてその場にいた王宮料理人が嬉しそうに私に問いかける。
なんでも、他国へ旅行に行った時に形の珍しさで持ち帰り、
今回実験的にオードブルとして出したらしい。
トマトとアーモンド、ニンニク、バジルを砕いたソースに絡めてあると聞き、
私が食べたいと言うと、嬉しそうに別皿に取り分けてくれた。
リタと料理人さんと感想を言い合いながら、楽しく食事していたら、
ブジアータ トラパネーゼ コルタにそっくりな髪のアナスタシア公爵令嬢が、
いつの間にか隣に立って、私の食べている料理を覗き込んでいた。
「あ、そっくりさんが来た」
「は?」
「ほらほら、これです。ブジアータ トラパネーゼ コルタ!」
「……………」
フォークにぶっ刺して、彼女の目の前で大喜びでブラブラ見せてやったが、
彼女は何とも言えない半目の渋い顔。
「美味しいのでアナスタシア公爵令嬢もどうぞ!あちらにあります。
料理人さん、こちらのご令嬢にも取り分けてあげてください」
「はい、ただいま!ご令嬢、どうぞこちらへ」
「……そう、まあ、食べてみるわ…」
「お嬢様、あの公爵令嬢と……仲良くなられたのですか?」
「あー、うん。どうだろう?話はちゃんと出来る様になったかな?
ソースおいしー、それに食感が面白いツルツルプリプリしてる。うふふっ」
「ふふっ、私も後で食べてみます。
この後は、何ごともなく終わるのを待つだけですね」
「うん。正妃様も姉妹と話している場に護衛騎士もいるし、大丈夫だと思う。
私にも誰も近寄って来ないしね~♪」
「いえ、さっきお嬢様をチラチラ見ながら、
ご令息何名かが、こちらに近づいて来ていたのですよ」
「えっ、本当⁉︎ 」
「ええ、ですが先ほど公爵令嬢がお嬢様のお隣にいらっしゃったら、
サーッと離れて行きました」
「………あ~、なるほどぉ」
アナスタシア公爵令嬢は、我が儘で面倒臭くて手に負えないというのは有名だ。
そうか、苦手な人が多いんだ。考えようによっては、いい男よけになるな。
ドリンク給仕係から果実水を受け取り、私は本格的に食べ始めた。
「どうですか、アナスタシア公爵令嬢、美味しいでしょう?」
「え、ええ。そうね。悪く、ないわ…」
「ね、形そっくりでしょ?」
「…確かに…似ているわ」
「共食いですねぇ~♪」
「はあ?」
「ぶふっ……ああ、失礼しました」
配膳係の料理人が吹き出してしまい、一瞬空気が凍りついたが、
つられて間髪入れず私が大笑いしてそれは無かったことになった。
* * * * * * *
食事会をワイワイしていると、正妃様と姉も共に加わり、半目になっている
アナスタシア公爵令嬢の前で、私がブジアータ トラパネーゼ コルタを進めると
彼女も本当だわ、そっくり〜♪と言いながら喜んで食べていた。
この方、もしかして天然かもしれない。
遠巻きにこちらを見ていた、好奇心旺盛な貴族令嬢達もいつの間にか、
料理テーブルに集まって試食会が行われ、大層な賑わいになっていた。
王宮料理人は大喜びで料理を取り分け、リタも大忙しだったが、
何事もなく舞踏会の楽しい時間は過ぎて行く。
イグネシアスは、ずっとあちこちの貴族と談笑して回っており、
様子を見ていると時々遮音結界を発動させたりしていたので、
色々情報交換をしているのだろう。
正妃様が身嗜みを整えにお手洗いに行きたいと言われ、私は彼女にお供した。
彼女は少し疲れたようだったので、その後は休憩室へ正妃様を案内する。
因みに彼女の姉は料理が気に入ったらしく、まだ食べたいと会場に残っている。
「知らない貴族ばかりですし、お疲れになったでしょう」
「正直、こういう場は苦手なのよ。
表向きは華やかだけど…その反面、気が抜けないでしょ?
純粋に楽しめなくて…でも、食事会は楽しかったわ。ふふっ」
「それは良かったです。そうですね…上位貴族の方々は気苦労が絶えませんね」
「争いを避けるための建前の態度や言葉が、また探り合いの元になっている。
そして、新たな争いを生むのだもの…皮肉よねぇ」
「そうですね…あ、ここの部屋です」
「スノウスフィアお姉様っ!」
最悪。やっぱり来たわね。
しかも寄りによって正妃様がいる場面で…
アマンのこの行動は無礼にも程があるのだ。
王族に許可もなく、勝手に話しかけてはいけないのは子供でも知っている。
ああ、アマンあんたは、どこまでも愚かで稚拙なの。
私がどうしようか考えていると、
正妃様が姿勢良くクルリと向き直り、真顔の冷たい瞳を細めて、
アマンを真っ直ぐ見た。
「あら、あなたどなた?
そして、どうして許可もなく口を開いているのかしら?」
「その人は、私のお姉様です!」
「おかしいわねぇ。スノウスフィアさんには、妹は居ないはずよ」
「い、今は籍が違うだけでっ、血が繋がった実の姉妹です。
ねぇ、お姉様、そうですよね?」
「彼女は私専属の女官です。
話しかける前に、まず私の許可を得るのが先でしょう?
まあ、許可は致しませんけど」
「な、何よっ、私たち姉妹の問題なのよっ。邪魔しないで!」
「下がりなさい無礼者。これ以上騒ぎ立てるのなら衛兵を呼びますわ」
「………っ、……」
「さ、お部屋に入りましょう。スノウスフィアさん」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「あら、あなたに迷惑なんてかけられていないわ」
待って、待ってよ。どうして無視するの。
お姉様、こっちを…アマンを見て…
ガチャリとドアノブに手をかけると、バシンッ!と衝撃波が来て足を止める。
視界の端に、黒くて長い物がパラパラと崩れて消えいく様子が見える。
そして、座り込んでいるアマンに視線を移す。
あの子は手に小さな黒い槍を持っていた。それを左腕に刺して突き立てている。
そこから滴る血がポタポタとアマンのピンクのドレスを染めていた。
見たことあるわ、あの形の槍。
“幽閉の槍”
あの呪いを私に再び向けてきたのだ。
自分の血を引き換えに、そうやって相手を呪うのか…
でも、今回はイグネシアスの守護がそれを弾いて私を守ってくれている。
取り返しのつかない事を自分でした自覚がないのだろう。
私と目が合って嬉しそうに笑っている。
ああ…もう無理なのね。
「お姉様っ、お願い、戻ってきて。お姉様さえ戻ってくれば、
スカイホール伯爵家は本邸を売らなくて済むし、領地も手放さなくていい…
そして、家族みんなで幸せになれるのよっ!」
「………………」
要するに、私に再び奴隷になれってことね。
どこまでアンタは…
「何?今の音と衝撃…何があったの?」
「大丈夫です、正妃様。さ、お部屋に…」
「待って!いや、お姉様っ!行かないでっ…」
アマンは槍を引き抜いて、また自分の腕に突き立てた。
再び衝撃波が迫ってくる。
しかし、今度は私ではなく槍は正妃様に向かっていた。
私は咄嗟に正妃様を抱きしめて、その槍から彼女を守った。
バシィィィンッ‼︎
「……っ!…」
守護が強力なお陰か、再び黒い槍は弾かれ砕け散った。
信じられない。正妃様を狙うなんて、正気じゃない。
「な、何でっ、みんな弾かれるのよっ!クソッ…」
「大丈夫ですか?正妃様。お怪我はないですか?」
「え、ええ。私は大丈夫。何なのこれは?」
「申し訳ありません、家庭内の揉め事にあなた様を巻き込んでしまいました。
あの娘が、呪いをこちらに向けているのです」
「呪い…ですって?」
そして、性懲りも無くまた槍で腕を刺そうとしているアマンに足早に駆け寄り、
その槍を取り上げようと手で掴んだが、案の定引っ張り合いになった。
バリバリと守護が発動して痛いだろうに、アマンはなかなか離そうとしない。
イラついた私は、ちょっと令嬢としては下品だったが、
アマンの腹部目掛けて、新品のヒールでドスッと蹴りを喰らわせた。
「いい加減にしなさいっ、このバカ!」
「グエェッ!」
アマンは不様に仰向けにひっくり返り、私もバランスを崩して尻餅をつく。
少し足首を捻ってしまったが、槍を取り上げる事には何とか成功した。
「スノウスフィアさんっ!」
「大丈夫です。ドレスが重くて…」
「あの方本当に妹?…」
「ええ、元妹のアマンです。
除籍して縁は切ってありますから、もう他人ですけど」
「とんでもない人ね……立てる?」
「はい、…いたたっ……」
「まあ、怪我したの?」
「少し…捻っただけです」
あ〜、やっぱ高いヒール苦手だわ。
痛い右足首を庇いながら立ち上がり、アマンを見ると彼女はこちらに
縋るような目で訴える。
「スノウスフィアお姉様、痛いっ、血が止まらないの…お願い、助けてっ…」
「………………」
私が何を言っても、この子は自分の都合の良いようにしか解釈しない。
かける言葉もなく、何とも言えない気分で傍観していたら後ろから気配がした。
「何の騒ぎだ」
地響きのような低音の声。
ゆっくりとした口調だが、それは怒気を含んでいる。
赤いマントを優雅にバサリと揺らして、
王国の最高権力者、イグネシアス国王陛下が音もなく後ろから現れた。
その姿を見てアマンは凍りつく。
逃げ場のない崖の前に立たされているような、この絶望感。
宝石と見まごう美しい碧眼を細めて、今にも射殺す殺気を纏っている。
誰もが見惚れる黒髪の美しい男だが、そんなものは吹き飛ぶほどの
悪鬼のような恐ろしいドス黒い深淵のオーラを放っていた。
何なの…この威圧感…怖い…怖い怖い怖い!
私…殺され…る…?
「イグネシ…アス」
「陛下、この女が呪いをかけてきたのです。
最初はスノウスフィアさんを。そして次は私を。ですが全て弾かれました。
スノウスフィアさんは、その呪いの槍を取り上げる時に揉み合い、
彼女が蹴りたお…いえ、足に怪我をしましたの」
「……そうか。お前は大丈夫か?クリスティーヌ」
「はい、彼女が庇ってくれたお陰ですわ」
「そうか、スノウ歩けるか?」
「うん…大丈夫、少し痛いだけでっ…自分で転ぶのは守護発動しないんだね…」
「ふふっ、そうだな。そこまで過保護にすると何もしない人間になるだろう?
あくまで外部からの攻撃の守護だからな。後は命に関わるような高い所から、
足を滑らせて落ちた場合に発動して守ってくれる時もある」
「そうなんだ…慣れない重いドレスと高いヒールのせいでコケちゃったよ」
「その手に持っているのが、“幽閉の槍” か」
「うん、後でハダル師団長に渡すわ」
「ああ、そうしてくれ。俺が触れると砕け散るだろうからな」
スノウスフィアに手を差し伸べて、国王は優しげに微笑んでいるが、
その威圧感に圧倒されて、アマンは頭が真っ白になっていた。
姉と正妃に幽閉の槍の呪いを放ったのを誤魔化そうと、
言い訳しようにも、喉が張り付いて声が発せられない。
ガタガタと心も体も完全に怖気づいたアマンは口をパクパクして、
縋るようにスノウスフィアを見つめるが、姉は自分の方など一瞥もしなかった。
こんなに、こんなに怖い人なのに…なんで、なんで…
お姉様は普通に会話しているの?
同じ人間なのに、まるで種族が違うかのような存在感。
絶対に勝てない存在だと、体の細胞が悲鳴を上げているのだ。
イグネシアス国王陛下は、足を痛めたスノウスフィアをヒョイと片腕で
当然のように抱き上げ、アマンに向き直った。
「こんな皆が集まる宴の素晴らしい夜に、
よりによって…幽閉の槍の呪いをこの二人に放ったか。
俺の大事な臣下と正妃だ。この意味がわかるか?
そして、怪我まで追わせた。何か申し開きはあるか?」
「…あ………っ、ぅ………」
「どうした?言葉を忘れたか?」
「…ひっ……」
「アマン!」
そこにバタバタとアマンを探していたであろう、
スカイホール伯爵とその夫人が騒ぎを聞きつけ駆け付けてきた。
そして、国王陛下の姿を認識して目を見開き硬直し、
慌てて深々と腰を折って二人揃って頭を下げ礼をする。
「あ、あの…我が娘が…何かご無礼を…」
「無礼どころか、王家主催の夜会を台無しにする所業を行ったのだ。
あろうことか呪いを私の正妃と臣下に向けて放っていた。
幸い未遂に終わったがな」
「アマン⁉︎ お前っ、何て事をっ…ああああっ…も、申し訳ございません…
ど、どんな罰も監督不行届きとして一族連座で受け入れます。
勿論、罪を犯した娘の処分にも異論は唱えません」
「本当に…本当に申し訳ありません、国王陛下。
母親として…どうお詫びをすれば、いいのか…」
「ち、違う…っ、…」
「何が違う?言ってみろ」
「……っ、……ぅ…ぁ…」
「ふん、俺が恐ろしくて声も出せんか。
お前がやったことは、全てこちらにバレているぞ。
一度は見逃してやったというのに……どこまでもバカな女だ」
「……ひ、ぃっ……」
「せっかくの渾身の呪いも弾き飛ばされて可哀想に。
呪い返しを喰らえずにオメオメと生き残ってしまったのは、
お前にとって良かったのか、悪かったのか。分かるのはこれからだな」
アマンは紙のような蒼白な顔で、
息も絶え絶えヒューヒューと細い呼吸を繰り返しながら、
何とか声を絞り出した。
「かっ、返してっ…私の、私の…お姉様…よ。
血の繋がった…正真正銘の…本当の…本当の姉妹なんだからっ」
「血の繋がりが何だ?それこそ、たまたま肉親になっただけだろう。
情を通い合わせていなければ、血縁なぞ何の価値も拘束力もない。
お前はスノウではないし、スノウもお前とは全くの別の人間だ。
家族とは、遺伝子が似ているだけの別人格の集まりだ。
つまり他人と変わらん。血の繋がりにあぐらをかくな」
「あ、あなたはっ、……この国の最高権力者かも…しれないけどっ、
お姉様は……あなたの、ものじゃない…私のお姉様なのっ、家族なのっ!
関係ない他人がっ……口出し、しないでよぉっ」
「ほう?そんな大事な姉に、お前は何をしてきた?」
「……あなたには関係ないっ…私達姉妹の事なんて分からないものっ」
「お前が美しくて優秀なスノウを妬み、排斥と魅了を発動させて、
尊厳を踏みつけてきた10年間は、さぞかし楽しかっただろうなぁ?」
「………っ、…」
「しっかりしていようが、優秀だろうが、誰だって悪意を長年ぶつけられたら、
どんな人間だって傷つくだろう。しかも、身に覚えのない悪意だ。
一番身近な家族に否定され続け、自分は価値のない人間だと思い込み、
お陰で自分が美しいことも、優秀なことも、心優しいことも、
一切自覚出来ていない。自分を否定し卑下して、己を大切にしない。
自尊心を失い、死に急ぐような命知らずな行動を無意識にとってしまうのだ」
スカイホール伯爵は歯を食いしばり、夫人は震える手で口を押さえる。
両親の目には涙が浮かんでいた。
アマンの魔力から解放された二人は、ずっと自責の念に苛まれていたが、
改めて国王陛下に語られたスノウスフィアの現状に胸が締め付けられていた。
「そして、傷つきすぎて感覚と感情は麻痺していき、未だに涙も流せない。
生きるために感情を殺すしか、コイツには方法が無かったからだ。
全て貴様の残酷な所業のおかげだな。
貴様の望み通りスノウはとっくに壊れていた。どうだ、満足か?」
横に立っていたクリスティーヌ正妃は、
国王に抱き上げられているスノウスフィアの手に自分の手をそっと重ねた。
体温がじんわり伝わってくる温かな感触にスノウは目を瞬き、
微笑む正妃にぎこちなく口の端を上げて微笑み返す。
「だがな、逆境の中で壊れながらも足掻いたコイツは死に物狂いで、
己の魂を更に強靭に育てていった。今では、お前などでは到底見ることの
出来ない、遥か彼方の高い階層に立っている」
ちょっと、褒めすぎじゃないの?と少し気恥ずかしかったが、
こんなに私の内面を理解してくれたのかと驚いた。
「何年かかるか分からんが…必ずスノウの感情を取り戻させてやる。
10年もコイツの心を踏みつけて、支配するつもりだったようだが、
残念だったな」
…イグネシアス…
手が…震えている。
そして、涙は出ないけどイグネシアスの言葉に泣きそうになった。
私が上手く言語化出来なかった、あのモヤモヤした気持ちを
全て代弁してくれたのだ。
私は彼の肩に置いた手の指先に力が入り彼のマントをギュッと握っていた。
お父様とお母様はただ俯いて、何も反論もしてこない。
全て真摯に受け止めて、心から悔いているのが伝わってきていた。
この二人は、アマンの魔力から開放されてすっかり真面になっているようだ。
これから立て直すのは大変だけれど、ローズ伯母様が居るから大丈夫だ。
あの方は口と態度は厳しいが、人情深い方だから見捨てたりはしない。
アマンは…ダメだったけれど。
「そして周りを見てみろ。今この場に、お前の味方は一人もいない。
魔力を失ったお前には何も残っていない。
所詮積み上げた土台のない見せかけの城など一瞬で崩れ去る。
それが、お前とスノウの違いだ。
分かったか、低俗淫乱の軽薄なメスガキが」
アマンはもう反論してこなかった。
口を小さくパクパクして、しゃくり上げるような息を繰り返している。
「ああ、馬鹿で愚かなお前に、これだけは最後に言っておこう。
獣以下の性欲で、姉の婚約者を軽率に寝とってくれたことに感謝する。
おかげで、スノウはこちらに来てくれたからな」
「……なっ、…」
「おい、エルヴァン。こいつを地下牢に連れて行け」
「はっ」
「処分は審議後に追って通達する。いいな?スカイホール伯爵夫妻」
「は、はいっ!畏まりました」
「立て、罪人」
「……ひっ、…い、いやっ、………
アマンを…一人にしないでっ、ねえ……お姉様っ」
エルヴァン騎士に、グイッと乱暴に立たされて後ろ手に縛られ、
アマンは私の方へ必死に顔を向ける。
「お姉様はっ、お優しいのだものっ、見捨てたりしないですわよね?
血が繋がった実の妹は私だけだもの!たった一人の妹だものっ!」
「黙れ。大人しく歩け」
「一人は嫌、嫌っ!嫌なのお姉様っ!
お願い、アマンを一人にしないでぇっ、スノウスフィアお姉様ぁぁぁっ!」
何を言っているの?
あなたは私をずっと一人ぼっちにしてたじゃない。
私はイグネシアスに一旦下ろしてもらい、
お父様とお母様を真っ直ぐ見て向き合い、淑女の礼をした。
あんな扱いだったけれど、愛情を注いでくれていた時期も確かにあった。
でも、最初から与えられなければ、あんなに切望して愛を求めなかったし、
こんなに傷つかなかっただろう。
しかし、人の親になるのは生半可な覚悟では出来ない事だ。
子供とはいえ別人格の人間一人を育てるのだから。
だから…それには感謝している。
殺さずに、ここまで育ててくれた両親へ
私から、せめてもの感謝と礼儀だ。
でも、今度こそ本当に…
「スカイホール伯爵殿、伯爵夫人殿、
今までお世話になりました。どうぞ、お元気で。
さようなら」
私は貴族の張り付いた微笑みを浮かべ、お父様とお母様に別れを告げた。
両親は、これが本当の別れだと察したのだろう。
涙を浮かべ、何か言いたげな口を硬く閉じて、悲しそうに眉を下げて頷いた。
捕らえられているアマンには、一度も目を合わせずクルリと背を向け、
足を引きずって歩きだすと、イグネシアスにヒョイと抱き上げられる。
振り向き様に私を抱き上げたので、体が半回転していたせいだろうか、
私のドレスの裾と彼の赤いマントと黒い鳥の羽が綺麗にフワリと舞い、
何ともドラマチックな場面になっていたのだろう。
近くにいた正妃様が、乙女のように目をキラキラさせて感嘆の声を上げている。
「…おねえ、さま……まって…………」
最後まで、アマンの心からの謝罪はなかった。
あの子は、やり直せるチャンスを自らの手で何度も逃して潰したのだ。
今回の愚行は、ただの身内の揉め事で済まされないし、
特に正妃様への蛮行は、到底許せるものではなかった。
もう、あなたに言うことは何もない。
やっと…やっと、長年の不和の種の家族と決別したのに、
全然心が晴々としないし、スッキリしていない。
ただ、悲しかった。
本当は、こんな風になりたくなかった。
でも今更、あの家に戻ろうとは思わないし、
やり直したいとも思わない。
私は、もう自分の足で自分の人生を進み始めている。
悲しいけれど、これでいい。
美しくも醜い豪華絢爛な舞踏会の夜、
私は家族と名実共に、身も心も完全に決別した。
さようなら、私の家族だった人達。




