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〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


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第二十六夜 ~赤い追跡者~





真っ赤な髪が視界の端にチラチラ見える。

でも、視線を移すと誰もいない。


お母様が亡くなってから、恐ろしい事ばかり起こるの。

あんなに私に仕えてくれた侍女のイェニーも姿を消してしまった。

でも、時折部屋の中で彼女の気配を感じる。


真っ赤な髪が視界の端にチラチラ見える。

でも、やっぱり視線を移すとそこには誰もいない。


ねえ、イェニー。あなたはどこに行ってしまったの?

なぜ夢にまで出てくるの?私に何を伝えたいの?

ねえ、あなたは生きているの?


真っ赤な髪を振り乱し、大きな口を開けて何かを訴えてくる。

ねえ、聞こえないの、あなたの声が聞こえない。一体何を言っているの?


最近の身の回りの数々の異変は、あなたの仕業なの?

答えて、答えて。何が言いたいの?あなたの声が聞こえないの。


お願い、お願い…誰か…誰か助けて…


このままでは、私はどうにかなってしまう。


戻ってきて、寂しい寂しい寂しい、一人は嫌。


お願い、イェニー。




* * * * * * *




「今回は、文官からの依頼なの?」


「文官の妹の友人だそうだ。

 ヨゼフィーネ・ココ・アンガーミュラー伯爵令嬢、15歳。

 最近、母親を病気で亡くした令嬢で、さらに侍女も突然姿を消し、

 夢に彼女が出てきて毎晩怖い思いをしているそうだ」


「侍女が…?」


「ああ、さらに勝手に紅茶カップが落ちたり、ドアが開かなくなったり、

 馬車の車輪が壊れて外出できなかったりの異変が続き、

 恐怖ですっかり塞ぎ込んでしまい、部屋に籠って出てこない状況だな」


「父親は何をしてるの?苦しむ娘を見て見ぬふり?」


「ああ、それがな。実の父親は事故死している。

 今は母親の再婚相手の義父オイゲン殿で、血が繋がっていないんだ。

 アンガーミュラー伯爵家の当主は母親のドロテーア伯爵夫人だから、

 義父は入婿で伯爵家に入った」


「そうなんだ…だから無関心なのかしら…」


「貴族学院もずっと休んでいるし、文官の妹が心配して邸に何度か訪ねていた

 そうだが、行く度に大きなお世話だと言わんばかりに義父に門前払いされて、

 最近は全く会えない状態。心配で兄の文官に相談して依頼に至ったそうだ」


「え?何それ、まるで誰も近寄らせたくないような振る舞いね」


「大方、身内のことを大事にして醜聞にしたくないとかだろ」


「何その無駄な矜持。

 相変わらず貴族って自尊心だけはアホみたいに高いわね」


「ふははははっ、そうだな。

 で、お前にヨゼフィーネ伯爵令嬢の夢に渡って様子を見て欲しいんだと」


「分かった。

 その夢に出てくる消えた侍女さんも、何かあった可能性あるね」


「ああ、頼むな」



何だか…嫌な予感がする。

夜まで待たなきゃいけないのは、もどかしい。

令嬢の精神状態も心配だし、早く解決してあげなくては。




* * * * * * *




「きゃああっ!やめてイェニー、どうしてこんな事するの?」



夢に渡った途端に、ヨゼフィーネ令嬢の悲鳴が響き渡る。

私は慌ててその現場に駆けつけるが、正門の前で真っ赤な髪を振り乱した、

お仕着せ服姿の女性が、令嬢の前に立ち塞がって両腕を広げ足止めしていた。


眼前に見えるのはアンガーミュラー伯爵邸だろう。

煉瓦作りのモダンな邸で重厚感があり、スカイホール伯爵邸より大きい。

まあ、貴族としての継続年数はこっちのが長いもんね。



「ねえ、お願い。どうして毎夜同じ事をするの?

 どうして私を怖がらせるの?」


「お嬢様、邸から早く離れてください!あなたの命が危ないのです」


「もう、もうやめて、怖いわ!

 それに、あなた一体どこに行ってしまったの?」


「お嬢様…死人の私の声は、やはり聞こえていないのですね…」



ああ…イェニーは既に死んでいるのだ。


そして、侍女は何か知っていて彼女に邸から出るように訴えている。

だけど、令嬢は夢の中で彼女の姿は認識できるが、声が聞こえていない。


稀にいるのよね、霊感ゼロで恐ろしく鈍い感覚の人が。

まあ、ある意味変なモノに悩まされないから生きやすいんだろうけど…

生物としての危険回避能力や第六感が働かないし、こういう時は困る事になる。



「お願い、怖いことしないでっ、イェニー!」


「お嬢様…」



私は、恐怖で震えるヨゼフィーネ令嬢を強制的に眠らせた。

彼女はバタリとその場に倒れ込み、侍女は慌てて彼女を抱きかかえる。



「お嬢様、お嬢様?」


「大丈夫、眠らせただけよ」


「……え?あなた…誰ですか?」


「侍女のあなたがご令嬢に何を訴えたいのか調査しに来たの。

 話してくれる?」


「私の姿が、声がっ、聞こえるのですか?」


「ええ、毎晩彼女の夢に現れているのでしょう?」


「はいっ!あのっ、お嬢様に、お嬢様にお伝えくださいっ!

 何度も訴えているのに…私の声が、声がっ、届かないのですっ。

 お願いします、ヨゼフィーネお嬢様を助けてください!」


「…助けるって何から?」


「奥様の後夫の旦那様オイゲン様は、義父なのですが、

 ヨゼフィーネお嬢様を殺そうとしているのです」


「え…?」


「お嬢様が大変な事になっているから来てくれと、

 旦那様に虚偽の呼び出しを受けて連れて行かれたんです。

 ですが、その場所には誰もいませんでした。

 そして、お嬢様を守っている侍女の私が邪魔だと…あの男は…

 私を崖から突き落とし…命を奪ったのです」


「…何ですって?」


「お願いします、お嬢様を今すぐあの邸から連れ出し保護してください!」


「じゃあ、今までの異変は…」


「はい、私です!旦那様がお嬢様に毒入りの紅茶を飲ませようとした時、

 とっさにカップをはたき落としました。随分驚かせてしまいましたが…

 私はこれくらいしか出来なくてっ」


「ドアが開かなくなったり、馬車の車輪が壊れて外出できなかった時も?」


「はい、全て私です。あの男は馬車に細工をしていたのです。

 あの手この手で、お嬢様を始末しようと…」


「…分かったわ。あなたが落とされた場所は?」


「はい。お教えしますが…崖下は鬱蒼とした奥深い森なので、

 人は踏み入れない場所だと思います。多分遺体は発見できないかと…

 でも私の遺体など、どうでもいいのです。そのうち朽ちて土になりましょう。

 それよりお嬢様を少しでも早くあの男から保護してください!」


「ねえ、なぜ義父は義理とはいえ、

 ヨゼフィーネ令嬢を殺そうとしているの?」


「分かりません…そこまでは聞き出せませんでした。

 ですから、とりあえずお嬢様をお守りするのが最優先なのです。

 保護をお願いできますか?」


「ええ、任せて。あなたも早く陰府に行った方がいいわ。

 この世に未練があると悪霊になって…その内魔物になるかもしれない」


「はい。お嬢様の無事を見届けたら陰府に参ります」



真っ赤な髪を振り乱し、必死に懇願してくる侍女。

自分は殺されたというのに、彼女はヨゼフィーネ令嬢を心配している。


私はこの侍女の献身さを見て、リタと姿が重なり少し胸が詰まった。

こんなに寄り添ってくれていた侍女が突然いなくなって、

さぞ令嬢も心細かっただろう…




* * * * * * *




次の日の早朝、騎士を伴って彼女を迎えに行った。

突然の王宮からの先触れなしの無礼な訪問に驚いたのだろう。

どういう事だと反発する義父を押し切り、彼女の私室を訪ねた。


令嬢は部屋に鍵をかけ、誰も寄せつけずに籠城していたが、

ノック後に自分の名を名乗り、侍女のイェニーさんの安否と、

今までの異変と夢のことの関連性を伝えると、静かにキイ…とドアが開いた。


令嬢はやつれた姿でフラフラと現れ、その顔は泣き腫らしたであろう瞳と

信じられないという困惑した表情でこちらを見ていた。



「イェニーさんにお願いされて、お迎えにまいりました」


「……彼女、死んだん、ですか?」


「ええ、残念ながら。

 でもあなたを助けたい一心で必死に訴えていたのです」


「……そん、な……どうし…て……ううっ…」


「もう大丈夫ですよ。さ、一緒に行きましょう。

 王宮であなたを保護します」


「うっ…ああっ…イェニ、ィィー……ああああっ…」



私がそっと腕を伸ばすと、彼女は震える体で倒れ込むように、

抱きついてきてワンワンと泣きじゃくった。


そして、義父のオイゲンを侍女行方不明の重要参考人という名目で、

騎士達に拘束してもらい、そのまま王宮の地下牢へぶち込んだ。


確たる証拠のイェニーさんの遺体が発見できれば強い切り札になるが、

あとは、義父が自白さえすれば犯罪者として裁けるのだ。

しかしそれは大変ご立腹のライル文官の真偽判定攻撃で、

すぐに解決され、めでたく義父は罪人になった。


そして信じられない事に、病気でなくなったドロテーア伯爵夫人の

殺害も認めたのだ。彼女は少量の毒をもられて徐々に体が弱っていくよう、

調整され毒殺されていた。



「シキミという果実を使ったんだ。邸の地下に現物が隠されていた。

 現在、詳しい入手経路を調べているが、他国から取り寄せていたようだ」


「シキミ?…そんなの聞いたことない」


「こちらでは育たない植物、暖帯地域の常緑木だな。

 木枝は精油、葉は抹香に利用されるが、果実が有毒で危険らしい。

 嘔吐、下痢、血圧上昇、呼吸・循環器障害などの中毒症状をひき起こして、

 昏睡状態に陥り死に至る。ヨゼフィーネ令嬢の母親ドロテーア伯爵夫人の

 症状と酷似している」


「…それを奥さんに使っていたの…」


「ああ。献身的に尽くすフリをして薬に混ぜていたそうだ。

 真偽判定で全て白状した」


「どうして、そんな事…奥さんと上手くいってなかったの?

 何で…令嬢まで殺そうとしたの?」


「正当な後継者はドロテーア伯爵夫人だ。アイツはあくまで後夫で外から、

 入ってきた部外者。次期当主は娘のヨゼフィーネ伯爵令嬢に決まっていた。

 アイツに引き継ぐ権利は娘がいる限り一ミリもなかったんだ。

 だから、母親を殺してその娘も殺せば自分に後継の権利が回ってくる。

 目的はそれだ。侍女は令嬢を始末するのに邪魔だったから、殺したそうだ」


「何それ。最初から伯爵家を乗っ取るつもりで、伯爵夫人に近づいたの?

 それに、そんな短期間で連続で母娘が亡くなったら怪しまれるって、

 考えには及ばなかったわけ?」


「ああ、その辺が短略的で頭が悪い奴なんだろ。

 さっさと殺して証拠を隠滅すれば、バレないと考えていたらしい。

 現に母親の殺害は怪しまれずに病死として上手くいったからな」


「なんでそんなに後継に拘っていたのよ…」


「奴は優秀な兄弟5人の中でいつも比較され、唯一うだつの上がらない

 自分の人生をどうにかしたくて、正式な当主になる地位が欲しかった。

 そして親族に認めてもらおうとしたんだと。

 貴族として生まれたからには、自尊心を満たしたかったんだろ」


「はあ?人の地位を横取りして何が自尊心よ。下らない、ふざけんな」


「まあまあ、落ち着け。

 自分勝手すぎる理由だし、人殺しまでするなんてコイツは異常だ。

 同情の余地はない。奴はもう逃げられないし、処分は決定している」


「でも、殺された伯爵夫人も侍女さんも、もう生き返らない…」


「そうだな…やり切れんな…」


「ねえ、侍女さんの遺体は森の奥深い困難な場所なんでしょ?

 本人は自分の朽ちた身体なんかいいって言ってたけど…

 せめて…埋葬してあげたいの。何か、方法はない?」


「ルーンヴァインが、どうにかしてくれる」


「魔女さんが?」


「ああ、あいつらは森の中の様々な抜け道を知っている。

 あの崖下は大変だが可能だそうだ。回収を依頼したら了承してくれた。

 埋葬も祈りも捧げてくれるそうだ」


「本当⁉︎ あ、ありがとうっ」


「一番の功労者だからな。

 死して尚、ヨゼフィーネ令嬢を守ろうとしていたんだ」


「良かった…それだけが心残りだったの…

 でも、ヨゼフィーネ令嬢はこれからどうなるの?

 天涯孤独で…まだ未成年でしょ?」


「心配するな、後見人をつけた。

 遠縁の親族がいてな、調査したらまともそうな貴族だった」


「そう……ありがとう」


「ただ、彼女は今までの心労もあるからな。

 随分体も弱っているし、心のケアも必要だから魔術師団の医療部で、

 当分入院させる。彼女がこの事実の全貌に向き合うのは…その後だな…」


「うん……」



何とか、ヨゼフィーネ令嬢は救えたけど…彼女は一人ぼっちになってしまった。


下らない義父の承認欲求のせいで、母親と侍女を殺されてしまったのだ。

立ち直るのには相当な時間が必要だし、その上、事件の真相と向き合わなければ

ならない。そして、残酷な現実に苦慮して煩悶することになる。


彼女は何も悪くないのに…苦しむのは、いつも被害者だ。


視線を感じて部屋の隅に目を向けると、赤髪の侍女イェニーさんが立っていた。

彼女は茶色の瞳を細めて微笑むと、深々と腰を折り礼をしてフッと姿を消した。


ああ…令嬢の無事を見届けて、陰府に行ってしまったのだ。


いくら特殊能力を持っていても、救いたいと強く願っても、

全ての人は救えない。


この現実が私の心をいつも苦しめて、絶望させる。



「スノウ、どうした?」


「今、侍女のイェニーさんがいたの。行ってしまったわ」


「そうか…安心したんだろ」


「うん…」


「人間に絶望しているか?

 今回のことは、卑怯で臆病な下らん一人の男の画策に、

 不幸にも巻き込まれた人達の悲劇の中、お前は自分に出来る最善を尽くした。

 お陰で令嬢の命は救われたんだぞ」


「…うん、でも時々無力な自分が嫌になる。そして人間の醜さにも…」


「ああ、そうだな。だけどな、人を守る為に自分の命をかけて戦う者、

 お前のように、人の痛みを感じて怒り悲しむ者。

 自分の人生に関係ない他人に寄り添い、味方であろうとする。

 これは殆どの動物にはない、思いやりという愛情だ」


「うん、そうだね…」


「こんなに優しい心を持っているのも人間だ。

 だから、絶望するなスノウ」



なんで…


なんで、アンタは…


いつも私の心を温かくしてくれるの。



さっきまで大雨の中で凍えて冷えた心、

砂漠のようにカラカラに乾いた空虚、

業火のように燃えていた激情が、一瞬でなくなったのだ。



「うん………ありが、と……」



俯く私の肩に腕を回して抱き寄せ、ふんわり抱きしめた。

素直に体を預けて、イグネシアスの体温を感じながら背中に手を添える。



「大丈夫だ。俺も同じ気持ちだ」


「うん……」


「どんなに理不尽があろうと俺がいる。一緒に共有して乗り越えればいい。  

 お前一人で抱え込むな、いいな?」


「…うん…」


「俺たちは俺たちのできる範囲でやればいい。

 神様じゃないんだから全てを救うのは不可能だ」


「うん…そうだね」



夢渡りをしてきて、それは充分理解していた。

救えるばかりじゃない…救えない人もいる。


悪人を現実で罰するには、夢渡りで判明した内容だけでは不充分で、

裁く為に現実で確たる証拠が必要なのだ。

今回みたいに隠滅されると、それも非常に困難だっただろう。

真偽魔法がなければ、毒の証拠がなければ、真実は闇の中だったかもしれない。


まあ、もしそうなっても夢魔ちゃんやシバルバ様に協力を仰いで、

クソ野郎に、とっておきの復讐かましてやるけどね。

でも、あの男は現実で罪状を白日の元に晒して極刑を与えたかった。



こうした人間のドロドロした醜い本質に、

向き合わなければならないのは、夢渡り人の宿命だ。



一人の人間として、どんなに怒りや悲しみを抱え込もうとも、

感情に振り回されることなく、冷静に判断を下さねばならない。

国王という立場のイグネシアスも、それは同じなのだ。



このどうしようもない割り切れない葛藤と孤独感。


そうか、私たち…似ているんだな…


イグネシアス、あんたも沢山戦って傷ついてきたんだね。



ドクンドクンと落ち着いた心音を打つイグネシアスの鼓動を聴きながら、

いつしか私の騒ついていた心は、不思議と治っていった。


そして私は、イェニーさんとリタの姿が重なり、

子供みたいに彼女に抱きついて、リタを慌てさせたのだった。




* * * * * * *




次の日、私が気落ちしていると思ったのかイグネシアスに街へ連れ出された。

そして、最近新しく出来たお店でピザというものを初めて食べた。

丸くて薄いパン生地みたいなのに、トマトペーストと沢山の具材がのっていて、

カラフルで見た目も美味しそう。

食べ方もレクチャーしてもらい、くるくる丸めて手で豪快に掴んで口に運ぶ。



「ん〜、いいな。美味い」


「…うん、美味しいっ、トマトってこんな甘かった?」


「火を通すとそうなるらしいぞ」


「へぇ〜…うお、チーズがのびるっ、き、切れな〜い」


「ふははははーっ、チーズに弄ばれているな」


「お嬢様っ、フォークでくるくるすれば切れますよ」


「ん〜〜〜っ、あ、切れた。ありがと、リタ」


「こっちの生ハムのってるのも美味そうだな。もう一枚頼むか」


「えっ、そんなに食べられる?」


「大丈夫だ、俺が食える。そういえば来週舞踏会だな。準備はどうだ?」


「うん、貴族名簿は大体暗記したし…正妃様のフォローは出来ると思うわ」


「さっすがだなー、ワルツは?」


「は?何でよ。女官はダンスなんか必要ないでしょ?」


「誘われるかも知れんだろ?お前綺麗なんだから」


「誰がだよ。正妃様とあんたがファーストダンス踊っている間は、

 皆んな踊らないし、その後は正妃様の側仕えだから踊る必要ないもーん。

 それにあんたの守護のおかげで、おいそれと異性に触れ合えないわ」


「おお、そうだったな」


「……………」



男除けのつもりで、守護誓紋与えたくせにワザとらしー。

ま、シバルバ様みたいな上位種族には通用してないけどね。


結局ピザは大きさの割に生地が薄いせいか意外と沢山食べられて、 

その後、5枚を皆んなでワイワイしながら平らげお店を後にした。


そして今、なぜか玩具兼雑貨店みたいな所に連れられて来ていた。

もしかして、モビールを喜んだせいで、コイツに私は玩具好きだと

思われているのだろうか。それとも子供の頃に子供らしく出来なかった私に、

遅ればせながら、その体験をさせてやろうという心遣いなのだろうか。


子供で賑わうところに大人三人で混じって恥ずかしかったが、

他にも見ている大人はチラホラいて、ああ、そうか…

自分の子供にと買いにきた夫婦に見えるのだろうなと納得した。



「へぇ〜、ソーマトロープっていうの?」


「うん、お姉ちゃん知らないの?」


「うん、知らない。面白いねコレ」


「うふふっ、あそこに沢山あるよー」


「あ、本当だ。ありがとう」



玩具店の中でソーマトロープで遊んでいる少女に、それは何だと話しかけた。

紐に通した中央の円板の両面に異なる絵が描いてあるのだが、

両手で紐を引っ張ると、縦に高速回転し視覚の残像現象が合体して、

動いているように見えるのだ。

単純な作りだが、その面白さに私は感心して、いくつかのソーマトロープの

見本を手に取ってブンブン振り回して遊んでいた。



「スノウ、それ欲しいのか?」


「うん、面白いなーと思って…よく出来てるねコレ」


「ああ確かにな。ほら、こっちは蝋燭を置くとその熱で回転する置物、

 後ろには、ある物語を再現したミニチュア人形だな。

 このモビールの鳥は紐を引っ張ると翼が動くな、あとは…

 子供用打楽器、積み木、ボタンゴマ、フープ、マリオネット…」


「へえ〜…色んな玩具があるね〜」


「……それ、気に入ったのか?」


「うん」



私が手にしていたのは、鳥が羽を交互に動かして羽ばたいているように見える、

ソーマトロープだった。私はそれを無言でブンブン振り回して楽しんでいた。

その様子を見て、イグネシアスは私にいつものセリフを言う。



「買ってやる」


「うん、じゃあ……買ってくれる?」


「んふふふふふふっ…」


「……?」


「んっふふふふっ…、そーかそーか、いいぞ。全種類買うか?」


「…いや、これだけでいい」


「そんな高い物でもないし、全種類買ってやるぞ?」


「いや、手は2つしかないし…」


「日替わりで遊べばいいだろ?」


「一つでいいっ、お気に入りはいくつもいらないのっ」


「そうだな、俺もスノウだけでいい♪んふふふふっ」


「……話が逸れすぎだろ。あ、ハチミツの飴がある」


「それも欲しいか?買ってやるぞ」


「あー、うん。ほら水の妖精さんの町に今度遊びに行くって約束してるんだ。

 だからお土産で持って行こうかなーって」


「よしよし、それも買おう。んふふふふっ」



イグネシアスが今まで聞いた事ない、気持ち悪い笑い方をして私は困惑した。

何だコイツ…どうしたんだ。



「で、ソーマトロープはそれがいいのか?ん?」


「うん、この鳥の奴がいいかなー」


「んふふふふふふっ、そーかそーか、店主これクレ。

 あと後ろのハチミツ飴一番デカイ瓶のも」


「はーい、毎度ありー♪」


「……リタ、こいつ何か笑い方がキモいんだけど…」


「嬉しいんですよ」


「え?」


「お嬢様が素直に強請ってくれて」


「それでこんなキモい笑い方してんの?」


「まあまあ、いいじゃないですか」


「スノウ、ほら」


「あ、ありがとうっ」


「んふふふふっ」


「イグネシアス…その笑い方キモい…」


「そーかそーか、キモいか。んふふふふっ♪」


「………………」



だめだ、コイツ。


普段は尊敬されて羨望の眼差しで見られる、キリッとした賢王なのに。

私といる時は、どうしてこうもアホになるんだ。

これじゃあ、ただ女を甘やかしているダメ男じゃん。


可愛い袋に入れられたハチミツ飴とソーマトロープを渡され、

私はありがたく受け取った。

宝石や高価な物じゃないし、これくらいいいかと遠慮なく強請ったのだが、

それが奴は相当嬉しかったらしい。


帰りの馬車の中で、早速ソーマトロープを取り出して遊んでいたら、

ずっと嬉しそうにニマニマ笑っているイグネシアスがキモくて仕方なかったが、

これも慣れるしかないかと、私は苦笑いしながら帰路についた。


そして、来週はとうとう王家主催の舞踏会が開催されるのだ。










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