第二十五夜 ~水底の町~
とうとう、イグネシアスにはっきりと言われてしまった。
今まで好きだの妃になれだの腐る程冗談まじりに言われ過ぎて、
正直麻痺していたし、軽くあしらっていたのに。
イグネシアスの私に対する懸想は5歳から続いていた。
身分差でどうにかなる間柄じゃないと私は考えてしまい、
アイツの執着を甘くみていたのだ。
その身分差さえもあいつはどうにかしようとしている。
そうか…私の伯爵家との絶縁と家出はイグネシアスにとって好機だったんだ。
うわー、私カモネギじゃん。
鍋持って、ふははははーっと大喜びしてるアイツの姿が目に浮かぶ。
時折垣間見えるイグネシアスの瞳の奥の真剣さに、
何となくこんな日が来る予感はしていた。
でも、あそこまで正面から本気で言われるとは思っていなかった。
油断している時のまさに青天の霹靂で、流石に動揺してしまい、
いつものように言い返せなかったわ。
王宮の図書館でぼんやり本をパラパラめくっているが思考が止まらない。
…………だめだ、本の内容が全然頭に入ってこない。
私のどこがそんなに…
いや、人を好きになるのにメリットデメリットは関係ないんだった。
夢渡りの仕事をしてきて、それは理屈じゃない感情だって、
嫌ってほど私は理解してるじゃないの。
他人のことは、冷静に分析して解決できるのに…
自分のことは…全然正解が分からない。
私ってアイツの言う通り…本当にポンコツだわ。
パタンと本を閉じて窓の外を見た。真っ青な透き通るような青い空。
これから…どうなるのだろう。
つい忘れてしまうけど、アイツ国王なんだよな…
でも私は、イグネシアスが他の誰かの横にいるのも嫌なんだよな。
もしかして、これが独占欲とかいうヤツ?
だから好意は持ってる…はず。恋か愛なのかは分からないけれど。
でもこれって、仲の良い友人が知らない人と親しげに話しているのを見て、
心がモヤッとするのと似ている感じはする…
うーん、自分の気持ちが分からない。
だけど、恋する女は嫉妬や独占欲や執着心に支配されて、
情緒が不安定で攻撃的になって感情がコントロール出来なくなる人が多い。
私も自分の感情に振り回されて、嫌な女にならないようにしないと。
アイツには恩もあるし…迷惑かけたくないもの。
リタにこのモヤモヤを相談すると、彼女は何だか嬉しそうだった。
そして、恋愛というものは、
“するものではなく落ちるものなのですよ。
だからいくら頭で考えても贖えないし止められないのです” と、
良くわからない言葉を返され、私は益々頭を抱えて悶え苦しんだのだった。
* * * * * * *
「あらまあ、とうとう言ってしまったの?」
「ああ」
「ちょっと、早くないかしら?」
「あいつは自分で気付いていないが、少しづつ心が変化していっているんだ。
偽装とはいえ、舞踏会で俺たちの結婚式の具体的な時期の発表があるだろう?
その後、あいつは俺に距離を感じて逃げてしまう可能性があった。
だから、安心させたかった…というのもあってな」
「うふふっ、それで彼女の反応はどうでしたの?」
「固まっていたな。俺の地位のせいもあるが一瞬逃げようとしてたし…」
「まあ~、ふふっ。まだ長くかかりそうねぇ」
「それは分かっていたから、長期戦のつもりで色々思案していたんだが、
予想外に早い段階で婚約者を捨てて伯爵家に見切りをつけて、
更にここへ来てくれただろう?俺にとっては千載一遇のチャンスだった。
しかし、クリスティーヌをこっちで預かる事になった後だったしな…
どんなに慌てて狼狽したか…」
「そうねぇ。あなたにとっては良かったけれど、タイミングが悪かったわね」
「それはそうと、そっちはどうだ?」
「ええ。手紙も来たし無事でいるみたいだわ。
こちらもまだ長引きそうだけれど…」
「そうか…早く終わるといいな」
「ええ…」
「舞踏会の準備は?」
「順調よ。それにスノウスフィアさんが一緒に居てくれるから大丈夫よ」
「それなんだが…あいつの家族スカイホール伯爵家も全員参加するそうだ。
口達者だし大丈夫だと思うが、スノウをここまで追い込んだ常識が通じない
感情的な妹がいる。多分また絡まれるだろう」
「大丈夫。私が側にいるときは、正妃権力を乱用して彼女を守るわ」
「ありがとう…頼むな」
「お安い御用よ。そうそう、あのアクセサリーを舞踏会につけて欲しいって
渡したら遠慮しながらも受け取ってくれたわよ」
「そうか。ありがとうな」
「ふふっ、自分で渡せばよろしいのに」
「姿を変える指輪をやった時、あいつスゲー動揺してたからな。
あんな豪華なアクセサリーは、モロそういう意味のある物だし…
いきなり距離つめると、動揺して逃げられるかも知れんだろう?」
「あらあら、スノウスフィアさんの事になると臆病になっちゃって。
賢王も形無しねぇ~、ふふっ」
「勿論アイツの気持ちも大事だが………俺がこんなに慎重なのは、
かつての俺の処分肯定派が、今も目を光らせこっちの隙を狙っているんだ。
その矛先がスノウに向かうのを避けたい。俺の唯一の弱みだからな…」
「ええ、そうだったわね。でも私がいるウチは彼女を守れるわ。
それにあなたの最強の守護誓紋もあるでしょう?」
「そうだが…油断は出来ない。
俺に何かあったらスノウとクリスティーヌを巻き込むことになる」
「あら、大丈夫よ。これでも私も王族よ。…それに約束したでしょう?
お互いの幸せの為に最善を尽くしましょうって」
「ああ、そうだな」
* * * * * * *
「エルッヒ女官殿は、妖精は見たことありますか?」
ライル文官から、また夢渡りではない仕事をお願いしたいと言われ、
ただ今打ち合わせ中だ。しかも妖精だと?
「…いいえ?精霊はありますが…妖精はまだないですね」
「そうですよね。まあ、臆病なので滅多に人前には姿を現さないのですが…実は
ある村の中小の川が本川に合流する箇所に、水門と堤防を作る予定なのです」
「水門…水害対策ですか?」
「ええ、中小の川の方面に広大な畑や住居がありまして、
逆流を防ぐ必要があるのです」
「なるほど、それに妖精が関係あるのですか?」
「水門建設をする予定の場所に、水の妖精が水底に町を作っているのです」
「あら〜…それは困りましたね」
「建設業者と国土交通省の治水担当文官で下見に赴き、
立ち退きのお願いをした所、妖精たちから酷い反発にあいまして、
呪いをかけられてしまったんです」
「は?ちゃんとお願いをしに行ったのに呪いって…怒り過ぎじゃないですか?」
「ええ、実は運の悪い事にその妖精達に立ち退きをお願いするのは、
3度目なのです。向こうからしたら、もういい加減にしろってことですね」
「3度目ですか…それは流石に…う〜ん…困りましたね。
呪いってどんなものをかけられたのですか?」
「食べ物が全て水になるのです」
「へっ?」
「持っている時は普通の食べ物なのですが、口に入れた途端水に変わるのです。
飲み物も勿論そうですね」
「ええ〜、地味に嫌な呪いですねぇ」
「はい。厄介なことに妖精の呪いは魔術師でも解けないのです。
その代わり3日間で呪いは切れましたが。
ですが皆さん、水しか取れずに強制ダイエットで体重が5kg減りました」
「うわ〜…妖精さんって可愛いだけじゃないんだ」
「で、ですね。誰も行きたがらないのです」
「…ああ、私に行けという事ですね?」
「申し訳ありません。守護をお持ちなので…陛下にもお願いをした所、
エルッヒ女官殿が了承すれば問題ないと」
「ふふっ、いいですよ。妖精さんにも会ってみたいですし」
「ありがとうございます。助かります」
「でも、立ち退いてもらうとして、また同じことになりませんか?」
「ええ、そのことについても話し合って欲しいのです。
妖精が激怒して常に臨戦体制でして話も出来ないのですよ」
「う〜ん…候補地はありますか?今後人の手が入らないような何処か…」
「はい、条例に基づき保護されている原生自然環境保全地域があるのです。
こちらが環境省の地域の地図です。一番近いのはこの辺ですね」
「…水辺がいいんですよね?」
「そうですね、水の妖精ですから。
ああ、それから国王陛下から渡されたのですが、
これを渡して交渉するようにと…妖精の好物だそうです」
「はい、わかりました。何だろこれ…
第一候補はここですね。では交渉してみます。うふふ〜会えるの楽しみ〜♪」
「…怖くは、ないのですか?」
「いいえ。妖精って小さくて可愛いんですよね?
仲良くなれるといいなぁ♪」
「………………」
恐怖より興味が勝つのか。やはりこの方は面白い…
そして、国王陛下は女性を見る目があるなと思いつつ、
魔物捕獲の姿を思い出し、ライル文官は笑いを噛み殺しながら感心していた。
* * * * * * *
「また来たのか!人間め!」
「もう我々は動かんぞっ!」
「帰れ帰れ!」
「また呪いをかけるぞっ!おらおらっ!」
「………………」
妖精さん、激おこ。
山間の静かな自然に囲まれた田園風景が広がるのどかな村の片隅で響く罵声。
小川が大きな川に合流する地点に、彼らは町を作っていた。
川底にある小さな町。
町の中心に半透明の白いお城と神殿が合体したみたいな建物が鎮座していて、
周りはグルッと円状の5段の階段があり小上がりになっている。
そこから放射状に道が伸びて、共同アパートみたいな建物が8棟繋がっていた。
道の路肩へ縁石みたいに小石を並べて、共同アパートは三角屋根の可愛い形。
白い岩から切り出したのだろう、皆んなお揃いの形で白い家だった。
そして、町全体の外側を円状で囲っている不揃いな岩が並べてあった。
可愛いミニチュアの町の光景に私は感動して覗き込んでいたが、
周りで妖精がキーキー煩く喚いていてじっくり見れない。
さっきから呪いを飛ばしているのか、バチバチ音がしてるし。
「何だコイツ!呪いを弾き飛ばすぞっ!」
「守護もちかよ!卑怯者!」
「あ〜…えーとね。一旦冷静になってお話をしませんか〜?」
「どうせまた出て行けっていうんだろ!ふざけんなっ」
「まあ、そうですが…
こちらの都合で迷惑をおかけして大変申し訳ありませんが、
今後絶対立ち退きにならない場所を提案しに来たんです。
ほら、とりあえずコレ見てくださいませんか?
お勧めはココですね一番近いです。他はココとココ、3箇所あります」
私は地図をガサガサ広げて彼らに見せる。
ワラワラと地図の周りに群がってきて、その姿も可愛らしい。
私は地図を指差して覗き込んでいる妖精たちに提案した。
私の手の平に乗るくらいの大きさで、水色の髪と瞳、白のデザイン違いの服、
先が尖って丸いボンボンがついた靴、背中に水色で透明な輝く蝶のような羽。
そして、彼らは水の中に入ると下半身が魚に変化して、手にも水掻きが現れ、
脆そうな羽を水中で器用に動かし泳いでいるのだ。
「悪く、ないな…」
「うん…」
「そうだねー、でも引越し面倒臭い」
「やっとここにも慣れてきたのにねー」
「動きたくなーい」
「よろしければ人間めが、
お引越しのお手伝いをさせていただきますが…」
「えっ、本当?」
「じゃあ、引っ越す?」
「ん〜…そうだな…」
「確かに、人間ならこれくらいの移動簡単だろうし…」
「そうしよっかぁ?」
「賛成のひとー」
「はーい!」
うわ〜ちっちゃくて可愛いなぁ…集まってゴショゴショ相談している。
でも、気に入らないと呪いかけてきたりするけど…
まあ…人間の都合や常識なんかは彼らに関係ないもんねぇ。
「決まりました?ああ、そうだ。これ立ち退きのお詫びです。
国王陛下から妖精さん達にお渡しするようにと預かってきたので、どうぞ」
ゴソゴソと黒曜石ブローチから取り出し、彼らの前に置くと、
一斉に奇声を上げてビュンビュン飛び回った。
「へっ⁉︎ ど、どどどどうしたんですか?妖精さんたち!」
「やったー!久しぶりのご馳走だーっ」
「私たちの大好物なのー♪」
「ありがとうっ!嬉しい、わーい!」
「…あ、良かった。喜んでたのか…」
イグネシアスが私に持たせたのは、ハチミツを固めた飴だった。
ガラス瓶に黄金色に輝く丸い飴玉は50個は入っているだろう。
無事交渉成立。
とはいえ、私一人では抱えきれない建物数なので、
交渉中は呪いを避ける為に離れて待機していたリタと環境省の文官、
国土交通省の文官、エルヴァン騎士を手招きして、
ビクつく彼らに説明し妖精さん達の町の引越しの手伝いを頼む事にした。
私が町の中心にあるお城もとい神殿を持ち、他の人にアパートを運んでもらう。
結構ズッシリしていて重い…そして装飾が凝っていて美しい作りだった。
1階部分は太い柱が何本もある神殿風、2階から3階はお城みたいな作りで、
一番上は細い塔が突き出て見張り台みたいになっている。
私が素敵な建造物だと褒めちぎっていたら妖精は大層喜んで、
この半透明の素材は水晶だと、周りを飛びながら教えてくれた。
そして、お城の見えない部分の中に大きな球体の魔力の強い水晶が入っており、
町にいる妖精たちを天敵から守ってくれるのだそうだ。
なるほどねぇ…ちゃんと妖精では妖精の社会が出来ているんだ。
「凄いですね。実際の建築物を縮小したみたいな精密さです」
「うん、リタ。私もそう思っていた所」
「でも良かったですね、無事引越しが出来て」
「ふふっ、最初は呪いバチバチかけられちゃったけど、
私じゃなきゃ無理な役目だったね。守護便利すぎだわ」
「エルッヒ女官殿、重くはありませんか?」
「ありがとう、エルヴァン騎士。大丈夫です。
あなたこそ3つも持って重くない?」
「私は鍛えていますから。リタ殿も重ければ私に預けてください」
「いっ、いいえ!大丈夫です!
わ、わわわわ私は1つしか持ってませんしっ、お構いなくっ!」
リタってば〜、すっかりエルヴァン騎士のこと意識しちゃってぇ〜。
自分も恋とやらに落ちてんじゃないのぉ?
ニマニマしながらリタを見ると、真っ赤な顔で私を肘で小突いてくる。
すると、私のすぐ近くを飛んでついて来ている妖精が話しかけてきた。
「ねえ、ねえ、髪綺麗ね〜」
「え?ああ、そうかな。ありがとう」
「銀色の髪綺麗〜キラキラしてる〜」
「目も綺麗〜紫で金色入ってるぅ。宝石みたーい」
「あははははっ、ありがとう」
ハチミツ飴効果のお陰もあり、彼らもすっかり機嫌を直してくれて、
何だか懐かれている模様。う〜ん、可愛いなぁ〜。
触りたいけど…小さい彼等にはデカイ人間はさぞ怖かろうと我慢する。
そして、新天地に到着し何処の水底に置くかしばらく揉めていたが、
無事決定して、私は膝をつきソッと町の中心の建物のお城の神殿を置く。
すると彼等はザバリと水へ入り、素早く小石を集めて放射状に道を作り始めた。
縁石代わりの小石を並べ道を作り終わり、アパートも指示通りの場所に置かれ、
妖精達が町をグルッと岩で囲んで引越しは無事終了した。
「お疲れ様でした。妖精さんたち。どうですか新しい場所は?」
「うん、いいね〜」
「水も綺麗だし、ここなら悪くない」
「おっきい湖もあるし、流れも穏やかだしいい!」
「ここは、保護されている地域なので、この先絶対立ち退きはありません。
なので安心して平和に暮らしてください」
「やったー!」
「湖探検してくる〜」
「良かった。喜んでくれて…さて、私達はお暇しましょうか?」
「ねえねえ、お姉さんまた会える?」
「…え?来ていいのかしら?」
「うん、恩人だもん!」
「遊びに来て!お礼渡したい」
「ありがとう…うん。また様子を見にお邪魔しに来ます」
「絶対ね〜」
「ばいば〜い!」
「ありがと〜」
こうして、無事立ち退きと引越しを済ませて私たちは妖精達と別れた。
それにしても可愛い…。今度行ったときは触らせてもらおう。
環境省と国土交通省の文官にも偉く感謝され、
恩を売りまくれた今回の仕事に大満足して王宮への帰路についた。
慣れ親しんだ場所から離れるのは、寂しいし不安になるものだ。
彼らが嫌がった気持ちは分かる。
私も、もしもの為に事前に準備はしておいたものの、
いざ伯爵家から離れる時は、本当に怖くて不安だった。
リタが居なかったら無理だったし、
そして、もしイグネシアスに断られていたら…
露頭に迷って娼館に身を落とす羽目になっていたかもしれない。
今ある充実した平和な日々が、まるで奇跡のように思えた。
馬車と並走しているエルヴァン騎士と景色を見ながら、
なんとなく口が動いて呟いていた。
「…伯爵家から離れてから、人に好感持たれる機会が多くて、なんか不思議…」
「まあ、お嬢様。本来はそうなんですよ。あの家がおかしかったのです。
お優しいですし、誠実ですし、気取ってませんし、人好きされる方なのです」
「まだ慣れないなぁ。期待されると逃げたくなっちゃう…」
「大丈夫です。気負わないで、そのままでいてください」
「うん…そうだね。悩むところがズレてるよねー、あははっ」
「私は嬉しいです。自慢のお嬢様がやっと正当に評価されて…」
「リタ…いつも側にいてくれて、ありがとう。
私1人じゃ…ここまで来れなかったし、耐えられなかったし無理だった」
「まあ〜、まだこれからですよ。もっと幸せになっていただかないと!」
「ええ〜、今はまだこれで充分だよ」
「お嬢様、欲がなさすぎです。
謙虚は美徳ですが、それが通用しない者もいるのですよ」
「うん、知ってる。私…10年間…頑張ったよね?」
「頑張ったどころじゃありません。よくお耐えになりましたっ…ううっ…」
「えっ、リタ泣かないでよっ」
「私はずっとお側にいたのに…何も出来なくてっ…悔しかったんですぅ」
「同じ辛さを共有してくれて、味方でいてくれてありがとう…
それだけで私は救われたんだよ」
「お嬢様っ…」
私の為に涙を流し、いつも側にいてくれた優しいリタ。
彼女の支えのお陰で、私の心は崩壊せずにギリギリ保っていられたのだ。
リタの手を取って握ると、彼女も手を重ねて泣き顔で笑う。
手から伝わる温かな体温…ああ、あったかい。
この温もりを家族から感じる事は出来なかったけれど、もう私は求めない。
これをくれる人は、ここに沢山いる。
落ちる雨粒が波紋を広げ、店の軒先で一人佇んで震える私は顔を上げた。
目の前で傘をさして手を差し伸べる人達が笑顔で立っている。
私は足を踏み出し温かな手を取って、やっと歩き出した。
お父様、お母様、アマン。
もう私は、あなた達を求めないし、何を言われても傷つかない。
さようなら、スカイホール伯爵家。
さようなら────。
* * * * * * *
「は?行儀見習い?しかも爵位が下の子爵家⁉︎ 嫌ですっ!」
「お前に拒否する権利はない」
「なんっ、そんなっ!酷い、酷いですわっ。私、私こんな状況ですのよ⁉︎」
「ああ、幽霊が見えるだったか?私達には見えんがな」
「お父様には見えないのよ、鈍感だからっ」
「そうか。怒鳴る元気があるのなら大丈夫だろう」
「アマン、あなたがそうしてくれなければ家族全員露頭に迷うことになるのよ」
「お母様までっ!なんでっ、なんで私が犠牲にならなきゃいけないのっ!
酷い酷い酷い酷いーーーーーっ!」
「……気が済んだか?」
「では…せめて王宮の行儀見習いにしてください…」
「は?」
「王宮にはお姉様がいるもの。口利きして貰えばいいじゃないっ」
「馬鹿か、お前は。スノウスフィアはもうお前の姉ではないし、
スカイホール家の人間でもないのだ」
「籍が変わっただけじゃない。血は繋がっている実の姉妹ですわっ!」
「除籍を希望したのはスノウスフィアだ。我々は見捨てられたのだぞ。
そんな者を助けるわけあるまい」
「そ、そんなのっ、本人に聞いてみなければ分からないじゃないっ」
「お前、その姉に何をしたのか忘れたのか?」
「…え?………ああ、魅了は無意識で…排斥は私も知らなかっ…」
「呪いをかけたそうだな」
「……っ、それは…」
「メイドを巧妙に言いくるめて代わりにやらせて、
自分は呪い返しを免れたようだが…」
「…何の、ことですか?分かり…ませんわ」
「いい加減にして、アマン。もうスノウスフィアに関わらないで頂戴!」
「お母様っ…」
「アマン、舞踏会でスノウスフィアに近づくなよ」
「………………」
「今度はもう陛下は見逃してはくれん。また何かする気なら覚悟することだな」
バタンッ
アマンは舞踏会用のドレスを新調していいと言われ浮かれていたが、
その後に、それは最後の贅沢だった事を知らされる。
本邸を売却し、自分は子爵家の使用人として働かなくてはならない、
そして、後継者も不要となりヘリオとは婚約解消。
その現実を受け入れられず、絶望のドン底に突き落とされていた。
何より今まで経験したことのない、誰一人自分の味方をしない現実に、
大きなショックを受け、グラグラ揺れる心は不安定で方向感覚を失い、
水底の深淵に沈んで行くようだった。
そして、無意識に “幽閉の槍” の呪いをソッと引き出しから取り出していた。
* * * * * * *
私室に帰ると、イグネシアスがソファに座って待ち構えていた。
気配が辿れるのは忙しいコイツにとって時間無駄にしなくて済むし、
便利なんだろうな。
「おかえり、スノウ」
「ただいま。解決したよ。妖精可愛かった〜」
「守護がバチバチ攻撃されていたがな…」
「ああ、まあ…最初は怒ってたからね。
無事引越しも終わったし、いつでも水門と堤防の建設できるよ」
「ありがとうな、助かった。
あとな背信の魔物の事件、やっぱり周辺国の犠牲者もアイツの仕業だった。
こっちも解決したよ、ありがとう」
「そっか、良かったね」
「何か欲しいものあるか?」
「え…別に…」
「褒美だ、遠慮するな」
「…ん〜〜…今の環境で充分だし…いいかな…」
「ふははははーっ、オメーは欲がねぇなー。まあ、いい。
何か欲しいものがあったら、いつでも言え」
「うん…」
「…夕食まだだろ?」
「うん、そういえば、そうだった」
「では、一緒に食べるか。
エルヴァンここに運ぶように料理長に言ってくれ」
「はっ」
「…え?運ぶ?」
「ちょっとしたご褒美だ。豪華ディナーを用意させてある」
「……ありが、とう」
「お前は痩せすぎだ。たまには沢山食え。おい、リタも一緒に食べよう」
「えっ、わ、私もですか?…侍女がそんな…恐れ多いです」
「誰もいねーから気にすんな、ほら座れ」
「リタ折角だから一緒に食べよう。ね?」
「は、はい…では…」
その後、豪華ディナーは非常に美味しかったが、最後に出てきたデザートの
ドデカいホールケーキは食べきれず、保存魔法で別日に食べる事にした。
あんまりな量に、私を豚にするつもりなのかと怒ると、
イグネシアスは大喜びで、豚になったスノウもいいなぁ〜と、
うっとりした顔で言われ、背筋がゾクリとしたのだった。




