第二十四夜 ~背信と告白~
「本邸を売却…ですか?」
「ああ…もう限界だ。
ローズ姉上に領地の所有権を譲渡して任せることにした。
本邸は幸い立地がいいからな。遠くから王都へ社交で来る国内外の
貴族利用のゲストハウスとして使いたいと申し出ている商会があって、
その方向で話が進んでいる。
あとな…隠居先だった我々の別荘も貸し出す」
「ですが、私たちはどうなるのですか?何処に住めば…」
「ローズ姉上が、離れの別館を貸し出してくださるそうだ」
「…そうですか」
「しかし、小さな住まいとはいえ毎月家賃が発生する。
働かねばならん。爵位だけを持った穀潰しをタダでは置いてくれん」
「でしょうね。当然ですわ」
「私は、領地経営と姉上の夢渡りの補助をするが…
それだけでは使用人も雇えないし暮らせんのだ。
だから、お前とアマンをどうするかだな…家令以外の使用人は、
次の勤め先を手配して全て切らねばならないのだ」
「私は…働きに出てよろしいですか?」
「…そんな事出来るのか?」
「最近大きな繊維工業が出来ましたでしょう?労働者を募集していました。
私、刺繍とかレース編みが元々好きでしたし繊維の種類も詳しいのです。
どうなるか分かりませんが応募してみますわ」
「そ、そうか…働きに出てお前は大丈夫か?」
「閉じこもっていても悪いことばかり考えてしまいますし…
この環境から離れ、スノウスフィアのように私も自分の足で進みたいのです。
でも……問題はアマンですわ」
「ああ、それについてはローズ姉上から条件を出されている」
「条件?何ですの」
「ある子爵家の行儀見習いに出すようにと…」
「…は?無理ですわ。使用人で働くのですわよね?
あの子は自分のことも満足に一人で出来ないのですよ」
「ここを出たら勿論アマンの侍女も雇えないし、
家令と最低限の使用人のみになる。
出来なければ我々も置いてもらえん。露頭に迷う事になる」
「あの状態で働けると思っているのですか?」
「駄々をこねて癇癪を起こせば、思い通りになると思っているのだ。
我々もアマンを成長させたかったら、心を鬼にするしかあるまい」
「……ヘリオさんはどうするのですか?後継の婿でしたのに…これでは…」
「話し合って婚約解消する。揉めるようなら破棄をする。
彼はまだ実家があるし別の縁談もあるだろう。本当は不貞を働いた時に、
そうするべきだったんだ。こんな状況で後継はもう必要ない。
アマンは落ち着いたら他家に嫁がせる」
「で、でも、アマンはっ」
「純潔にこだわらない方もいる」
「…………父親と変わらぬ年齢の方に嫁がせるおつもりですか?」
「それはまだ先の話だ。とりあえず、使用人の次の勤め先を当たらねば…
アマンとヘリオ君には私から話すから、家令を手伝ってあげてくれ、エバ」
「…分かりました。あの…王家主催の舞踏会はどういたしますの?」
「勿論出席する。
領地と本邸がある状態で参加するのは、これが最後になるだろう。
その後は………経済状態次第で参加できるか分からん」
「…はい。分かりました」
かつては “夢渡り人” の能力を王家に特例で承認されて、
華やかな貴族の仲間入りをした一族だった。
しかし、その主力であるスノウスフィアへの長年の不当な扱いが、
公に知られる事となり、国王陛下の逆鱗にふれて王家からの信頼も失った。
その悪評は貴族達にも広がり、社交や取引にも影響が出始めてしまっている。
領主代行として伯爵家を支えていた後継ぎのスノウスフィアは、
地に足がついた現実主義で領地運営と管理を行い、
少しずつだが改良されて発展していた。
しかし、それらを仕切っていた彼女が突然いなくなり、
やがて領地内は混乱に陥っていった。
今やスカイホール伯爵家は、優秀な人材が離れていき財力も落ちぶれ、
とうとう領地と本邸を手放すまでになっていた。
* * * * * * *
「娘さんが恋人と行方不明?」
「ああ、どうも最近知り合った旅人の男と急激に親しくなったらしい」
「駆け落ちじゃないの?それか二人で時間忘れて何処かで過ごしてるとか…」
「それがどうも妙なんだ。
彼女の両親の証言では、出会う前に毎夜夢にその男が出てきていたらしい。
それで娘は、現実でその男に出会って運命の人だと思い込み、
なまじ親近感があったせいで、異常に短い期間でその男と恋仲になった」
「………夢に?」
「ああ。それでな…これに関連があるのか分からんが、
周辺国で起こっている殺人事件の被害者の位置が段々近づいてきているんだ」
「どんな事件?」
「若い女性ばかりが殺されて、遺棄された遺体から心臓が抜き取られている。
しかも全員目を見開いて…壮絶な表情だそうだ」
「………死因は?」
「窒息死。首を締められている」
「その後で心臓を抜き取っているのね?」
「ああ…」
心臓なんて何に使っているのだろうか。
それに、夢に意図的に侵入しているとしたら私以外で出来るのは、
夢魔ちゃんだけだ。それ以外でいただろうか。
「いつから行方不明なの?」
「3日前。その恋人と会うと言って出かけたきりだ」
「マルセ文官の時みたいに、私がその子の意識に入って無事を確かめて、
位置を示せばいいのね。分かった、やってみる」
「………………」
「イグネシアス?」
「この娘は貴族ではなく平民だ。命に優劣をつけるのは好きではないが…
お前を危険な目に合わせたくない。他人の意識を乗っとるのは夢渡りとは違う。
対象者がどんな状況なのか把握して、対応をその度に変えなければならないし、
複雑な領域で当然リスクも高い。
臣下の知り合いの娘でなければ、受けるつもりはなかった。
それにこの娘は自分の意志で行動したうえで、
行方不明になっている…何かあったとしても自業自得だ」
「うん…何もなければそれでいいし、私は大丈夫だよ。
それに、その周辺国の殺人事件とも関係あるかもしれないんでしょ?」
「それもある…だから受けたのだが…」
「分かった。急いだほうがいいね。あれ?そういえば依頼書は?」
「これは夢渡りの記録に残せない。残せるのは貴族の依頼だけだ。
心配するな依頼料は貰う」
「うん、分かった。その娘さんの名前は?」
イグネシアスは私を以前危険な目に合わせてしまったせいで渋っていたが、
こっちはもうやる気満々だし、今後この手の仕事も増えるだろうし、
慣れるしかないのだ。
それに、実は購入したばかりの魔道具を試してみたくて少しウズウズしている。
念のためハダル師団長にも夢に干渉できる存在について聞いてみたが、
彼も知らないそうだ。
他人の夢の中の干渉は、眠っているから無防備で容易いと思われがちだが、
そんな無意識化状態だからこそ強力な自己防衛本能が働いており、
個人領域の中など易々と侵入はできないのだ。
行方不明になっている娘さんは、ハンナ・ペルシュケ、19歳。
先祖代々綿花の栽培を生業にしており、彼女も両親の手伝いをして働いてる。
綿花手摘みの時期の広大な栽培地に、その旅人は迷い込んできたのだと言う。
夢でいつも微笑んでくれていた男性が、現実に出会えたその偶然が運命だと、
彼女は一瞬で恋に落ちたという。
宿泊先を探している男性に、宿まで道案内をして送り届けたそうだが、
その道中ですぐに仲良くなって毎日彼に会いに行くようになり、
出会って1週間で付き合うと両親に報告した娘に、心配する親の言葉など
恋するハンナには届かなかった。
それどころか反対されたことで益々恋心は燃え上がり、手伝いもそっちのけで
毎日出かけ、遅い時間に帰宅するので両親と言い争い喧嘩が絶えなかった。
そして、3日前にとうとう帰ってこなくなった。
相手の男の特徴は、真っ直ぐな長くて黒い髪。瞳は緑青のマラカイト色。
ツバの大きなとんがり帽子を被り、フード付きの長い深緑のマントを纏い、
大きな蛇革のリュックを担いでいたそうだ。
旅人にしては身なりが小綺麗で、それも両親には疑わしい点だったらしい。
その話を聞いて、私はその男が人間なのか気になった。
私の気配を辿るため、イグネシアスもいつもの防音室に同席している。
他はハダル師団長、記録をノートにペンで書き込んでいるライル文官、
ドアの前にはエルヴァン騎士、私の付き添いにリタ。
ソファに座り準備すると、イグネシアスに当然のように手を握られる。
「スノウスフィア様、契約解除いたしました。お気をつけて」
「お嬢様、お気をつけて」
「いってらっしゃいませ、エルッヒ女官殿」
「スノウ、危険を感じたらすぐ戻れよ」
「はい、行ってきます」
……ん?何か煩いな…
これ、言い争っている?
ああ、良かった。まだ彼女は無事で今起きている状態だ。
よし、この領域では私の方が強いからハンナさんには少し引っ込んでもらおう。
お取り込み中だけど、ちょっと失礼しますよ~っ…と。
うぅ~、相変わらず気持ち悪い意識の着せ替えの感触。
「いい加減にしろ、このバカ女がっ」
「は?」
「え」
「バカ?」
意識の外に出た途端、直毛黒長髪、マラカイト色の瞳の男が目の前にいた。
いきなり暴言を吐かれ怒りゲージが一気に上がり思わず手が出そうになる。
落ち着いて落ち着いて…情報を引き出さないと。張り倒すのは後よ。
……この男だ。ああ、確かに綺麗な顔立ちをしている。
でも、中性的すぎて私は全く好みじゃない。
周りを見渡すが、狭くて質素な部屋だった。テーブルと椅子、二段ベッド、
全て木造で出来ていて、小さな窓の外は鬱蒼とした木々が見える。
ここは何処だろう…山奥の避難小屋か何かだろうか。
イグネシアス、場所分かったかな。
「……おい、聞いてるのか」
「は?この人攫いが」
「へっ?お前っ何いきなり態度変わってんだ⁉︎」
「よく聞いてなかったから、もう一回言ってくれる?」
「い、いいか?
俺はお前なんか好きじゃない。ずっとそう思わせる為に演じていただけだ。
それなのに、信じないとか嘘とか何度も喚いてうるせぇんだよ。
いい加減、諦めて泣き喚いて絶望しろバカ女!」
「…どういうこと?あんた何者?」
さっきまで涙目で弱々しく縋り付いていたハンナが、
人が変わったように落ち着き払い、据わった目で強気で見返す様子に、
男は一瞬たじろぐが、真実を告げて今度こそ絶望させようとニヤリと笑う。
「ふん。よし、よく聞けよ。
俺は人の幸せの絶頂で突き落としてそれを食らう、“背信の魔物” だ。
恋した人間の女の心臓はのぼせ上がって特殊なリズムを刻み早鐘を打つ。
そこから一気に絶望させると一瞬動きを変動させて、また早鐘を打つ。
その心臓の喜哀が反転した動きをした時の味が最高に美味なのだ」
“背信の魔物”
人の信頼を裏切り、約束に背き義務を果たさない。
資質が背信行為って…忠実と真逆の嫌な魔物ねぇ。
そして、こいつ…人間の心臓を食っていたの?
しかも美味しい心臓を食べる為に心を弄んでいた訳ね。最悪の魔物だわ。
殺してもいいけど…一度持ち帰りたい。イグネシアスが何か役立てそうだし。
「夢の中に出てきたのは何故?」
「単純接触効果を繰り返して、そう思い込むように幻覚を見せていただけだ。
夢の中は複雑なんだ。防衛本能の強い盾で固められている領域に、
そんなに容易く侵入できる訳ないだろ」
「幻覚…なるほどねぇ」
「理解したか?」
「人間殺しちゃダメでしょ。制約違反よ」
「………は?誰だ、お前!」
「あっ!」
“背信の魔物” は素早く後ろに跳躍してドアを蹴飛ばし小屋から退出。
慌てて追いかけるが、屋根の上に立ってこっちを見下ろし警戒している。
あ~、怪しまれちゃったなぁ。
そうだ魔物は本来こういう存在なのだ。魔物と名付けられているぐらいだもの。
花の魔物が無害すぎて時々忘れてしまうけれど、
コウモリの魔物は、人の血を吸う時に催眠をかけられるんだっけ。
そうか…何となくコイツらの本質が分かってきた。
低俗な魔物は殆どが獣の姿で、攻撃性が強く凶暴で人間を襲うモノが多い、
さらに瘴毒の瘴気を撒き散らす害獣と判断され、事実上駆除対象とされている。
なるほど、定期的に魔物討伐される訳だわ。
屋根の上で余裕をかましている魔物を見上げて、
少し苛立ったがここで逃がしてたまるもんですか。
「降りて来なさいよ」
「いやだね。お前から嫌な守護と加護の匂いがぷんぷんする」
…チッ。人間の娘を騙していただけあって、
他の対峙してきたのと違い、こいつは賢い魔物みたいだわ。
私はゴソゴソと黒曜石のブローチから早速魔道具を出す。
獲物を捕らえて魔力を無効化するムチである。さて、どんな感じになるのか…
「何だそりゃ、ムチ?はははははっ、ここまで届くわけねーじゃん」
「試してみるからジッとしてなさいよ」
「はいはい。人間ってやっぱアホだなぁ~」
右手で白いムチを持って振り上げ、対象物の魔物目掛けて振るう。
軽く振ったつもりだったが、結構な速さでヒュンッと真っ直ぐ伸びていった。
おお凄い。魔道具だけあって臨機応変のご都合仕様なんだ。
奴は届く訳ないと高を括って、逃げもせずに素直にその場に居てくれた為、
パシリッといい音を立ててクルクルと見事にお縄に着いた。やったー!
「…は?」
「ふははははーっ、捕らえたぞー!」
「な、なんっ、これ…何で届く…
あれ?力が入らなっ…ムチがっ、食い込んで……クソッ」
「さあ~降りていらっしゃい。クックックックッ。
おっといけない保存瓶保存瓶…」
「うわーーーーーっ、やめろぉーーーーー!」
ジタバタしながらもムチの魔力に贖えずズルズル引きずられ、
屋根から落ちる魔物。私はその間にブローチから保存瓶を取り出した。
こんな小さな瓶にどうやって入れるのか疑問だったが、
使用説明書を信じて小瓶をその魔物にエイッと投げつける。
「むんぎゃあぁぁっ!」
スポンッ!と体が変形しながら瓶に吸い込まれてあっという間に瓶の中。
凄~い!私はその便利機能と捕獲を達成できた喜びでピョンピョン飛び跳ねる。
保存瓶を拾い上げると、小さくなった魔物がキーキー高い声で何か喚いている。
まあ十中八九文句だろう。さて帰るか。あ、ハンナさんこの後どうしよう。
バサバサバサッ
「おーい、女官の女ー」
「あっ、アダムじゃん。何でここにいんの?」
「国王命令。王宮から近かったから派遣された。俺がその娘を連れ帰る。
お前は自分の体に早く戻れってさ。………何だそのキーキーうるせぇの」
「魔物捕まえたの♪凄いでしょ」
バサバサッ…トンッ
地上に降り立ったアダムはちんまい白フクロウから、
彫刻の時と同じ天使の姿に変わった。
そうか、ちびフクロウじゃ人を運べないもんね。
「魔物捕まえただぁ?」
「そう、“背信の魔物” だって」
「ふ~ん…じゃあ、それも俺に渡してくれ一緒に持ち帰る」
「うん、じゃあお願いね。
あ、私が抜けたあとアダムが居て彼女ビックリするんじゃない?」
「大丈夫、催眠付与の魔石預かってきた」
準備万端だな、流石イグネシアス。
私は意識の中に潜り込んで、ハンナさんと交代し自分の体に戻った。
「……おかえり」
「ただい…ま?あれ、何でそんな顔してんの?」
「ス~ノ~ウ~、何したか俺が分からないとでも思ってんのかぁ~?」
「あ、そうそう。魔道具で魔物捕まえたんだよ!
保存瓶に入れてアダムに預けたから、後で役に立つ魔物か見てね」
「知ってるわ。ふんす顔やめろ。…可愛いな」
「ハダル師団長、あれ凄く便利でした!ビョーンて伸びるムチ」
「そ、そうですか。それは良かった。
……捕まえましたか…凄いですね…はははっ…」
ん?何この微妙な空気。
まさか私が安否と位置確認以外で、
元凶の魔物を大喜びで捕らえに行くとは誰も予想していなかったらしい。
しかも他人の意識を乗っ取った状態で魔物と闘うのはもっと予想外。
無事を祈って神妙な面持ちで待っていた人達は、
私のあんまりな奇行に驚きすぎて、心配すればいいのか笑えばいいのか、
とてもおかしな雰囲気で、ずっと部屋の中が気まずかったそうだ。
記録係のライル文官も肩を震わせながらペンを走らせているが、
笑うのを抑えているのか口が歪んでいるし…
「お嬢様…魔物ハンターみたいですね…」
「え?いいね、それ。魔物ハンターになろうかな~」
「おいこら、許さんぞ」
調子に乗っていたら、
イグネシアスにベシッと後頭部をはたかれる。
バサバサッ…バンバンッ!
「おや、アダムも戻ったようですね」
キイッとライル文官が窓を開けると、ハンナさんを抱えた天使アダムがいた。
先にハンナさんと魔物の保存瓶を受け取り、アダムは白フクロウに姿を変えて、
窓からパタパタ入ってくる。
ハンナさんは、ソファに寝かされハダル師団長が手をかざし、
健康状態を調べてくれていた。
「国王陛下、こちらがエルッヒ女官殿が捕らえた魔物ですね」
「ああ。…キーキーうるせぇな、こいつ」
「“背信の魔物” だって自慢げに言ってたよ。
幸せの絶頂から突き落とした人間の女性の心臓が美味しいんだってさ。
だから、女性をたぶらかして信じ切った所で絶望を味合わせて、
殺して心臓食べてたみたい。ちなみに夢に現れていたんじゃなくて、
単純接触効果を何度も繰り返して、幻覚を見せて思い込ませてたんだってさ」
「…なんて事だ。この魔物は本来心臓を食べるなどあり得ないのです。
信じ込ませて裏切り、絶望した人物の感情と記憶を食らうと情報にはあり、
一時的な感情の希薄と記憶喪失の障害だけで、命を奪うまでしなかったはず。
突然変異種なのでしょうか…情報を追加する必要がありますね」
「なるほどなぁ…変異種か、危険だな。
こいつ本体は確か巨大な蛇だったはず。…ふん、どうするかな。
何人も人間の女性を殺しているしな…少し刑罰を与えねばならんし、
協議する必要があるな…取り敢えず地下牢に入れとくか」
「では陛下、私がお預かりします」
「ああ、ハダル頼む」
イグネシアスが保存瓶を軽く振ってハダル師団長に手渡すと、
中の魔物は暴れてキーキー高い声で元気いっぱいに喚き散らしている。
「まあいい、周辺国にもいい報告が出来るし恩を売れるな。
結果オーライだ、よくやったスノウ」
「ふふふっ、でしょ?」
「で、お仕置きだ」
「えっ、ちょっとぉ?何で?」
「結果的には良かった。
…が、俺は娘の安否と位置情報を示せとお前に依頼したんだ。
危険を犯して魔物と戦って捕まえろとは言っていない。
勝手に行動した罰だ」
「何でよっ、ちょうど目の前に居たんだもん。チャンスじゃん」
「今回は無事だったが次は分からんだろ。
お前普段は慎重なのに…何かのスイッチ入るとアホになるっていうか、
大胆っていうか…衝動的な行動をする変な癖がある。
そのうち命に関わるぞ?」
「いきなりバカ女とか暴言吐かれてムカついたんだもん…」
「簡単に魔物の挑発にのるな馬鹿者。それに…もっと自分を大切にしろ」
「……は〜い、ごめんなさい」
そうか、イグネシアスが怒ってるのはこれか。
私の自分を大事にしない命知らずな行動を咎めているのだ。
これは…確かに私の悪いクセだ。
誰にも愛されない私なんかどうなってもいい。
どうせ死んだって誰も悲しまない。
家族にさえ愛されなかった私が、他人に無条件に愛される訳がない。
子供の頃に心の奥深くに芽生えてしまった自己否定。
これが無意識に行動に現れてしまうのだ。
それをイグネシアスは危惧している。
* * * * * * *
「……これがお仕置き?」
「ああ、お前これ苦手だろ?」
只今、抜き打ちワルツレッスン中。
半目で死んでる私を楽しそうに振り回す悪役国王。
ニコニコ顔で見守るリタ。ドアの前には護衛のエルヴァン騎士。
「まあ、妃教育の成果もあって大分いいな」
「そう?」
掴んでいる左手をグイッと上に上げて、右手を背中に手を回したと思ったら、
いきなり上半身を仰向けに倒されて、咄嗟に膝を折り足を踏ん張った。
下手に動くと転倒しそうな体勢にされて私が驚いて固まっていると、
ゆっくり目の前に碧眼が迫って、そして、お互いの頬が触れるぐらいに
顔を近づけ私の耳元に口を寄せる。
耳に温かな吐息がかかってうなじがゾクリと粟立った。
「…スノウ」
「は、はい?」
「もしお前に何かあって……
陰府に行くような事になったら、俺は後を追うからな」
「……え?」
「スノウが居ない世界で、俺は生きていけない」
「………………」
「だから死ぬな」
「そん…なの…」
「いいか?お前は国王の運命を左右する人間なんだ」
ドクンッ…
心臓が大きく鼓動する。
コイツいきなり真剣な目で何を…言って…
これ何?何なの?どう受け取ればいいの?
しばし混乱している私を無視して、イグネシアスは続けた。
「俺から逃げるな、スノウ」
「逃げて、なんか…」
「自立する予定なんだって?」
「……は?何で知っ…」
「俺はお前の事は何でも知っているんだ」
「………………」
「俺を男として好きになれないのなら…それは仕方ない。
だけど嫌いじゃないなら、ずっと側にいてくれ」
「……っ、……」
やめて。
やめてよ。
いくらあんたでも、私のこの説明できないモヤモヤした気持ちは、
理解できないでしょう?
雫が落ちて波紋を描き続ける、この冷たくて寂しい感覚を。
信じたかったのに何度も背信行為を目の当たりにして、
私の心は固く閉じてしまった。
目の前にいるのに届かない、手の届く所にいるのに触れられない。
この一人ぼっちの孤独感をまた味わいたくないのよ。
アンタには正妃様がいるじゃない。
あの人の気品と身分には適わない。
向かい合おうとしても、この壁は越えられない。
それに…
それに……
見たくないんだもの。
イグネシアスと正妃様は人として好きだし尊敬しているけれど…
二人が公の場で夫婦として並んで、
仲睦まじくしている姿を…私に見ていろっていうの?
そんなの耐えられない。
お願いだからやめて。私を惨めにさせないで。
中途半端に私に優しくして縛らないで…期待させないでよ。
そんな優しさ欲しくない。
だったら、友人のままで…傷つかないままの関係でいて…
そう言ってしまえば…いい。
そう言ってしまえば…終わる。
「………イグネシアス……私…は…」
「シーーーーッ…その先は言うな」
「え……」
パシュッ!と音がして、
何か見えないものが私とイグネシアスを包み込んだ。
「…何したの?」
「遮音結界だ。これあんまり長時間使うとハダルにバレるから手短に話す。
いいか、ちゃんと聞けよ?」
「うん…?」
「俺はクリスティーヌと夫婦にならない。彼女もそれは合意している」
「え……は?」
「すまんな、詳細な理由はまだ言えん」
「……………」
「俺はお前以外欲しくない。だが国の王の立場は変えられない。
この世界にお前を引き入れるのが、正しいか否かも正直分からない。
そしてそれが、スノウにとって簡単じゃないのも理解している。
その辺は、俺たちにとっての最善策を色々思案中だ。
それにスノウは、まだ俺を意識するどころじゃないだろ?
自分の心と向き合う時間も必要だからな」
「………うん」
「だから余裕のある時でいい。俺をちゃんと見てくれ」
「……ねえ、正妃様が私に一緒に妃教育を受けるように、
お願いしてきたのって…」
「ああ。怒るなよ?協力して貰ったんだ」
「やっぱりグルだったんだ」
「お前が将来俺の妃になる可能性も考えて、準備しておきたかったんだ。
それに、知識はいくらあっても損はないだろーが」
「用意周到に囲いにかかってきてたのは、何となく気がついていたけどね」
「守護誓紋をお前に刻んだ時から、心はもう決まっているし、
俺は覚悟を決めている。もう知らないフリすんなよ、スノウ」
「……アンタの思いに答えられなかったら?」
「お前がどうしても俺を男として意識出来ないのなら諦めるさ。
まあ、その代わりお前のせいで俺は一生独身だがな。
だからって責任を感じて無理して俺を受け入れるなよ。
俺はお前と両思いになりたいんだ。
あとな、舞踏会でクリスティーヌとの結婚式の時期について発表があるが、
周りにこの事実を気取らせない為のモノだから本気にするな。いいな?
よし、遮音結界解くぞ」
パシュッ!とまた音が響き結界は無くなった。
これって私に逃げ場を作って遠回しに言ってる風だけど…
告白って言うより、実質プロポーズだよね?
………ど、どうしよう。
でも…何か…
心がホンワカあったかい。
初めてかもしれない。
誰かにこんなに必要とされたのは。
だから嬉しいんだ。
なんで正妃様と偽装婚約してるか気にはなるし、
これが恋心かどうかは分からないけれど…
イグネシアスのことは嫌いじゃない。
でも、リアルに妃になる事を考えると身分も足りないし、
あの世界に入るのには正直腰が引けてしまう。
でも、イグネシアスは私に覚悟を決めて伝えてきたのだ。
私もちゃんと向き合わないといけない。
「うん…あの…イグネシアス」
「ん?」
「この体勢ツライんだけど、マジで足がつりそう…」
「…オメーは相変わらず色気ねーな」
「いや、マジでピキピキしてるん……ウッ、ギャアァァーーーーッ!
つったぁぁぁーーっ、変な方向に足が向くっ、めっちゃ痛い痛い!
いだだだだだだだだだだぁっ!」
「ちょっ、バカ暴れんな、痛みとってやっから足伸ばせ、足!」
「動かすと更にピキるんだってばっ、触んなバカッ!」
「ふははははーっ、面白え女だなぁ。ほら、もう痛くないだろ」
「何笑ってんのよ人が苦しんでるの…に……って、治った。ありがとう」
「ダンス中に足つるアホウな令嬢はスノウぐらいだろ。
お前は本当に運動神経ねーな。ふははははーっ」
「アンタ本当に私が好きなの?この悪役国王!くらえ天誅!」
ダンッ!と奴の靴先をハイヒールで思いっきり踏み付けたが、
ヤツは華麗に避けてクルリと私の体を振り回して再び踊り出した。
お互い罵り合いながら優雅さとは程遠いワルツを踊っていると、
この騒ぎを嗅ぎつけてきたのか、絵画の王子様が目をキラキラさせながら、
嬉しそうな顔で私たちの周りでフヨフヨ浮遊して一緒に踊っていた。
そして、窓からはコウモリの魔物と花の魔物がジーッと覗いていて、
なんとも賑やかな夜になったのだった。




