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〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


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第二十一夜 ~月光の道~





カラカラカラカラ…カラカラ…



風で白い花びらが舞ってクルクル回る。

夏至夜祭で、イグネシアスに買ってもらった窓辺のモビールが綺麗で、

時々ぼんやり眺めてしまう。



“ 儚さこそ美しさなのです!散っていく花びらの舞う姿のなんと優美なことか!

滅び行くからこそ、思い通りにならないからこそ、葛藤があり、

様々な事柄が展開して、運命が錯綜し、ドラマが生まれて行くのです! ”



寄り添い投身して、散っていく愛し合う二人と美しくも儚く舞う花びら。

どうせ結ばれぬ運命ならば、共に死んだ方が幸せなのだろうか。

私はハッピーエンドを望んだが、あの演劇の魔物の主張も何となく分かるのだ。



“ 何もかも手に入る物語など、何も生み出さないし成長もしない、

何とつまらない人生なのかっ!

初めからハッピーハッピーの演劇など、クソ食らえでぇす! ”



ブジアータ トラパネーゼ コルタ…いや、メスガキ…えーと、あ、

アナスタシア公爵令嬢だ。あのヒステリックで我儘な彼女の顔を思い出す。

なるほどねぇ…


そして、二人で持って帰ってしまった、真っ赤な花冠は壁に飾ってあり、

フラワードームは、執務の机の上の置物兼文鎮に使っている。

リタとお揃いの花冠ブローチは、アクセサリーボックスと共にクローゼットへ。

こうして自分の物が増えていくのは、何だか不思議だった。


妃教育は何となくこなせている。

正妃様も王族だけあって、頭がいい方で覚えも早く順調だった。

あと問題は暗記要素だ。これは努力するしかない。

私が苦手なのは、王族独特の細かいマナーとダンス。

こっちは王族の正妃様の方が、プロフェッショナルで逆に私が教わっている。


正妃様は何も言わないけど、私がイグネシアスから守護誓紋を与えられた事を

どう思っているのだろう。怖くて自分から聞けないんだよね。

彼女が嫌な女だったら…こんなに悩まないのにな…



「お嬢様、舞踏会のお召し物はどういたしますか?」


「どうせ脇役だし適当でいいよ。あ〜…出たくない」


「一応側仕え女官としての務めですし…

 正妃様もお嬢様が居てくれた方が、心強いのではないでしょうか?」


「まあ、そうだよね。彼女にとって知らない貴族ばっかだし…

 言語もまだ完璧じゃないから、私が居た方がいいのは分かってるよ。

 イグネシアスも来賓の接待とか懇談とか国王としての務めで、

 ずっと正妃様の側に付いてあげられないもんね」


「お召し物ですが、この間陛下から頂いた、

 あの素敵な雪の結晶のドレスはどうですか?」


「うん、素敵だけど…主役は正妃様で私は側仕えの女官としての参加だもの。

 もっと控えめなのがいいかな」


「確かに、そうですねぇ…タートルネックの白レースと紺色の落ち着いた

 ドレスにしますか?あれも素敵でした」


「うん、リタに任せる。髪は上げて、アクセサリーも控えめにね」


「あ〜…残念です。お嬢様をドレスアップ出来る機会でしたのに…」


「まあまあ、また何か別のがあるでしょ」



貴族同士の社交は苦手だ。和やかにしているのは表向きだけ。

あの豪華絢爛な舞踏会の世界の裏で、派閥同士の渦巻くドロドロとした

腹の探り合い、遠回しの嫌味と牽制と威圧合戦が繰り広げられているのだ。


よくよく考えると凄いよなアイツ。

イグネシアスは、ずっとあんな環境に身を置いているのだ。

慣れもあるかもしれないけれど…精神的に休まらないだろうな…



コンコンコンッ、コンコンッ、ココココンッ!



ん?何だこの落ち着きのないノック音は。

返事をすると、ギイッとドアが開いて誰も入ってこない。



「……どうぞ~?」


「こ、ここここ国王陛下から、で、でで伝達です!」



開けられたドアの間から、ニュ~と手に持った伝達封書を差し出す。

…取りに来いってか?

立ち上がって、スタスタと歩いてドアまで行くと、

腕だけ前に伸ばして、体を精一杯後ろへ下げて腰が引けた変な格好をしている。


そして、その人物はコウモリの魔物だった。

見るからに、赤い瞳をキョトキョトさせてビクついている。

ああ、守護で弾かれるのを警戒しているのね。



「ありがとう。あのね、私に対して変な気持ちが無ければ弾かれないから」


「は、はいっ。あの、受け取りの署名をお願いしまっす!」



封書を受け取り、差し出されたクリップボードに挟まれた受領書に、

サラサラと署名する。

そして深くガバリとお辞儀をして、彼はバサバサすっ飛んで行った。

う〜ん…まだ怯えているなぁ。

王宮って信じられない程広いから伝達するにも人間の足じゃ時間かかるし、

確かに飛べるコウモリの魔物は、配達人として非常に役に立っていいかも。

イグネシアスのヤツ、いい使い方を思い付いたなと関心した。



「伝達は、陛下からですか?」


「うん…え〜と、忙しくて席外せないから私が執務室に来いって。

 夢渡りの仕事依頼みたい」



廊下を歩きながらコウモリの魔物の怯えた態度を思い返しハタと気が付く。

最近主に、エルヴァン騎士とライル文官とハダル師団長が、

私を見ると顔をそらして肩を揺らしているのだ。あれは絶対笑いを堪えている。

まあ、一番近くで私の魔物捕獲の奇行とイグネシアスとのアホなやり取りを

目撃しているし、私が変な女なのがバレているのだろう。


そして、廊下途中で楽しげな絵画の王子様ともすれ違った。

またウロウロしている模様。彼は笑顔で手を振って去って行く。

絵画から出れても、どうやら王宮の外までは出れないようだが、

彼を見掛けるたび、イグネシアスにいつバレるかとヒヤヒヤする。


中庭で花の魔物がワサワサ働いているのを横目に見ながら、

最近、王宮内に魔物や人外が増えて賑やかになったな〜、

などと呑気に考えていたが、全てそれらには私が関わっているのだ。




* * * * * * *




「今回は、王都で一番大きなフロイデ劇場の専属劇伴作曲家、

 ファビアン・リヒ・ディーヘルム男爵令息、24歳。知ってるか?」


「うん…私でも聞いたことある。有名な人だよね?」


「ああ、12歳で才能を開花させ神童と呼ばれた令息だ。

 演劇の世界観に深みを出す、幻想的な舞台音楽を数々生み出している、

 まさに天性の才能の持ち主だな」


「もう7日間も眠ったまま目が覚めないって…病気ではないの?」


「医師にも魔術師にも見て貰ったが、至って健康で体に異常はなかった。

 根本の問題は深層心理だろうという結論に達した」


「なるほど、それで私に依頼が回って来たのね」


「ああ。次の演劇の曲がまだ未完で困っているそうだ。

 まあ、もし目が覚めても病み上がりの彼に急かして頼めないし、

 引き継ぎで他の者に頼んでいる状況だ。

 だが、劇場側は彼を非常に気に入っているし評価している。

 今後も舞台音楽をお願いしたいとのことだ」


「分かった、持病とかは無いんだよね?」


「ああ、今の所はな。ただ、寝込む前少し塞ぎ込んでいたみたいだな」


「何か悩んでいたの?」


「そこまでは分からん。彼は誰にも悩みを相談していない」


「そう…」


「後な…これとは別件で、お前にも知っておいて欲しい事がある」


「うん、何?」 


「限られた者でしか共有されていない秘匿の任務だ。

 10年に一度の試練と言われている “禍の木函” が近いうちに漂着する」


「何、それ…」


「試練だ。我々人類は、こうして試されている」


「誰に?」


「アングラマイヌゥという邪神だな」


「…そんなの初めて聞いた」


「すべての悪と破壊を司る混沌の闇、最高悪の太古の神だ」



ゾクリと逃げられない存在の恐ろしさを感じて、背筋に一筋の汗が這う。

陰府の王のシバルバ様とは違う…彼は陰府国を管理する神だ。

でも、こっちの神は悪そのものを振り撒く存在なのだ。



「何で試練なんか…あるの?」


「まあ、余りに昔すぎて伝承の程度だが…」



この世界が出来た時、対の2つの神が存在していた。


アフラァマグダ、善と光の知恵の神、秩序を創造した最高善神。

アングラマイヌゥ、悪と闇の破壊の神、混沌の闇、最高悪神。


破壊神が力を持ちすぎてこの世の均衡が崩れ、アフラァマグダと人間が協力し、

アングラマイヌゥと長い間争い対立していたが、

最終的にアングラマイヌゥは敗北して、地底の牢屋に封印される。

しかし、太古神は世界の理であり、均衡と調和を保つのに、

欠く事の出来ない存在。封印のみで完全に消し去ることは出来なかった。


封印されてもなお、その強大で邪悪な力は少しづつ漏れ出していて、

災難は、この世から完全には無くならなかった。

そしてもう一つ、10年に一度、あらゆる邪悪と厄災を閉じ込めた

“禍の木函” が、排出されて人間世界に漂着するのだ。


これは神を封印した人類への怨恨と罰であり、そして試練だった。

もしその “禍の木函” を開けてしまうと、アングラマイヌゥは復活し、

世界に16の災難が次々降りかかる。

そして、この世は再び混乱と無秩序な状況に陥り、混沌の世界に突入するのだ。



「何それ…問答無用じゃない…怖すぎる」


「陰府暦など可愛く思えるだろう? “禍の木函” は、必ず水辺に漂着してくる。

 井戸、湖、泉、池、川、海…魔術師がこの時期は見回って探している」


「今まで王家で、その処理をしていたの?」


「ああ、これも先祖代々国を守る俺たちの役目だからな。

 そして、もしそれが現れたら、魔術師と今のお前なら何かしら感じるはずだ。

 だから…スノウにも “禍の木函” 探索と処理の手伝いを頼みたい」


「………私の体質が変わったの気がついてたの?」


「ああ、お前の妹のせいだ。

 妹はお前の人生の邪魔をする為に、生まれて来たみたいな存在だな」



“排斥” が封印されたせいで、アマンと私の体質が変わったというより、

元に戻ったという詳しい話をイグネシアスから聞いた。

ああ、これで合点がいった。皮肉な事に死者が見えなかったのは、

アマンのおかげだったのだ。



「うん、何となくそう感じてはいたけど…分かった。ありがとう」


「絵画の王子が消えるのもお前の仕業だろ」


「うん……えっ⁉︎ あっ!引っ掛けたな!」


「必死に隠してたみたいだが残念だったな。

 こっちは知らないフリすんの大変だったんだぞ」


「何だよ、お見通しだったのかよっ!

 私ずっとビクついてて馬鹿みたいじゃん!」


「あいつは無害だから大目に見てやる。

 俺のがまだまだ上手だなぁ〜。ふははははーっ、この小娘♪」



ベシベシ軽くイグネシアスの肩を叩いていたら、

その手を取られ口付けを落とされ、右手首には誓紋がフワリと現れた。

そして、自分の頬に私の手を添えて綺麗な碧眼を細めて微笑んだ。

イグネシアスの体温が…右手の甲から伝わってくる。



「悪いな…お前を危険な目には、合わせたくないのだが…」


「いいよ、大丈夫。私は王宮に勤めてる身だもの。

 それに守護も加護もあるし」


「残念ながら、邪神は違う領域だ」


「あ、なるほど。でも何とかなるでしょ」


「ふははっ、オメーは慎重なんだか無鉄砲なんだか訳わからんな。

 まあそこがいいんだが。一人では行動させないから心配すんな」


「うん」



大丈夫。私はもう一人じゃない。

沢山の味方がいる。

だから、大丈夫。


そして、私は絵画の王子様の件をイグネシアスに無事容認され、

とりあえず肩の荷が降りたのだった。




* * * * * * *




「芸術家の夢の中って、本当に個性的で独特だわ…」



そこは月の輝く暗い夜で、辺り一面広い海のような水面だった。

その水面に映る月光が、まるで指標みたいに真っ直ぐの道が延々と続いていた。 


これ…ここを進むしかない感じかな?

水に沈む前に自分で浮かべばいいやと思いながら、

私は恐る恐る水面に足を進めた。しかし、その水に私の足は沈まない。

微かに触れてるだけで、浅く波紋を描いている。

私が歩くたびに波紋が次々広がっていく。

凄い…これ、浮いてる?なんか不思議な感覚だわ。



まるで真空のような静寂だった。



水面に波紋を広げながら歩き続けていると、

下の水底に何かうっすらと見えて目を凝らした。

巨大な…時計の文字盤だわ…秒針は動いていないわね…

恐らく時針と分針も止まっている。


しばらく月光の道を辿っていき、遠くに何か見えてきた。

小さな孤島に、背の高い木が密集して生えている。

立ち枯れているのか、その木々は葉が無く枝のみだった。

孤島に到着して、さらに足を進める。


そして、月光の道が途切れた目の前に、巨大な鳥籠が木々の間に出現した。

天井が楕円の鳥籠は、まるで誰かを閉じ込める牢屋に見える。


その真ん中には、アームチェアーが一脚ポツンと佇んでいた。

こげ茶の木造、背もたれと座面は赤いベルベット。

そこに俯いて浅く座る男性が居る。


ああ、彼だろう。

舞台音楽家のファビアン・リヒ・ディーヘルム男爵令息。

濃いグレーのウェーブした長い髪が頬に掛かって、目を瞑っている。

私は鳥籠の囲いの柵に手を掛けると、スルリと体がすり抜ける。お、入れた。

静かに近づくが、彼は目を覚さない。



「ディーヘルム男爵令息」


「………っ、…」


「こんばんは」


「……だ、…れ…」


「お目覚めにならないので、迎えに来ました」



彼はゆっくりと目蓋を開けて、頭を上げる。

髪の色と同じグレーの瞳が、ぼんやり見返している。

因みに私は、淡い茶髪と同じ色の瞳で変装して彼の前に現れていた。



「君は、誰?どうしてここにいる?」


「あなたは、現実世界で7日間眠り続けています。

 皆んな心配していますよ」


「…放っておいてくれ」


「永遠に眠り続けるおつもりですか?」


「…違うんだ…私は……その……」


「何をお悩みなのですか?

 ここには、私しかいません。話してみてください」


「……これは…自分の…問題なんだ…」

 

「それでもいいです。何でも吐き出してください。

 私はこれでも相談事は、得意なのです。

 何か、解決のお手伝いが出来るかもしれません」


「…………………突然…なんだ……

 突然…音が、旋律が、曲が頭に浮かんで……来なくなった…」


「それは…大変でしたね。さぞ不安でしたでしょう?

 何か原因は思い当たりますか?」


「いいや……いつもは、演劇の台本を読めばイメージが湧いてきて、

 どんどんその世界の旋律が頭に浮かんで来て作れていたのに…

 だけど…ある日突然…何の音も脳内で…聞こえなくなった」


「そうなんですね。眠り続けたのは何故ですか?」


「眠ってリセットすれば、元に戻ると思ったんだ。でも、全然駄目で…

 何度も何度も眠りについた。だけど…何も浮かんでこないんだ…

 情緒的な旋律も、いつもの湧き上がるような情熱もっ、何も、何もっ…

 今までこんな事なかった!きっと私の才能はもう枯れ果ててしまったんだ!

 私はもうっ…終わりなんだっ!もう嫌だ…もうっ…何もかも終わりだっ」



両手で頭を抱えるように髪を掻き毟り、彼は苦悩で歪んだ表情で俯いた。


暗い夜空に、唯一の希望のように月だけが輝き、

人を寄せ付けず拒絶してる離れの孤島、立ち枯れの森は才能の枯渇だろうか。

そして、自分を守っているのか、捕らえているか分からない大きな鳥籠。

この世界は、この空間は、彼の今の心情なのだ。



ああ、そうか…この人は…



「では、やめればいいのです」


「……は?え…何言って…そんな簡単にっ手放せる訳っ…

 ずっとこれで私はやってきて…才能を開花させてっ…

 名声を得て有名になったんだ!簡単に言わないでくれよっ!」


「永遠にやめろとは言っていません」


「…え?」


「あなたは終わってなんかいないし、才能が枯れてもいません。 

 その唯一無二の素晴らしい才覚があったからこそ、ここまで来たのです。

 ただ……疲れてしまったんです」


「疲れ…た…?」


「はい。あなたは疲れているのだと思います。

 ずっと全力疾走で最高のパフォーマンスを維持できる人間などいません。

 12年間、舞台音楽でディーヘルム男爵令息の名前を聞かなかった日は無い程

 の働きをして来たではないですか。そんな状況が続いてしまえば流石に、

 疲弊してしまいます。忙しさに慣れると、中々自分では気が付かないんです。

 あなたは仕事が楽しいあまり無意識に疲れを放置してしまい、

 体と心が休みたがって強制停止している状態。つまり自己防衛の一種ですね」


「………そう、なんだろうか?」


「だから、少し音楽から離れて休みませんか?」


「今まで必死で積み上げて来た名声と実績を捨てて、逃げろと言うのか?」


「逃げて何が悪いんです?」


「え……」


「あなたは頑張りすぎたから、こんな状況になってしまった。

 皆んなに美しい音楽で夢を与え、心地良くさせる素敵な職業ですわ、

 尊敬いたします。

 ですが、ゼロからモノを作り出すのは、相当な情熱とエネルギーが必要です。

 それは自分の命を削っていると言っても過言ではないのです。

 だから、ご自身をどうぞ誇って労ってあげてください。

 そして自分の中からの警告にも耳を貸してあげてください。

 ただ、必要な休息を取るだけです。恥でも逃げでもありませんよ」

 

「ありがとう。…そんな風に言われたのは…初めてだ。

 でも、休息を取っても…もし旋律が戻って来なかったら?

 私は…どうしたらいいのだ?…それが…怖いんだ…」


「大丈夫です。もし、戻ってこなくても、あなたには今まで積み上げてきた、

 名声と実績と経験がある。それを生かした道は他にもありますでしょう?

 何か舞台音楽家以外に、目指していたことはありませんか?

 他の道を考えるのも、悪くありませんよ」


「…そう、だね……分かった。一度立ち止まってみるよ」


「この先どうするかの選択と可能性は、あなた次第で無限にあります。

 例え、あなたの一度得た名声が過去の物になったとしても、

 その業績は事実だし、偉人として永遠に語り継がれていくでしょう。

 まずは一度音楽から離れて、余計な事は考えずに休息してください。

 どうぞ、ご自分の人生を大切に生きてください」


「…ありが、とう…」



何か一つを極めて世に出し、受け入れられる人などほんの一握り。

名を残せない人達にとって何とも羨ましい事で、それを誇って欲しい。


彼はまだ若いし、人生はこの先もずっと続いていく。

悲観して諦めるのは、まだ早いし、焦らなくていいのだ。


私達は、たわいもない会話をしながら水面の上を一緒に歩いて引き返した。

そして、彼の気配が無くなり振り向くと、令息の姿は消えていた。


きっと…目を覚ましたのだろう。


もう一度この美しく切ない孤独の空間を仰ぎ見ながら、

私も現実に戻ったのだった。




* * * * * * *




「……イグネシアス?」



次の日の昼過ぎに報告書を持ってイグネシアスの執務室へ尋ねると、

ノックしても返事がなく、少しだけドアを開けて中を除いた。


奴はソファに座って、腕を組んで首を垂れ目を瞑って無反応。

そして、静かな呼吸音が聞こえてくる。どうやら、うたた寝をしてるようだ。

コイツめ…また睡眠時間削って仕事したな。


護衛のエルヴァン騎士にペコリと礼をして、静かに入室。

エルヴァン騎士が、ゆっくり顔を横に逸らし肩が少し揺れていたが、

気づかないフリをした。くそう、思い出し笑いしてやがるな。


眠るのなら、こんな所じゃ体が休まらないだろう。

私は肩を掴んでユサユサ揺すり、彼を起こした。



「……ん……スノウ?…どうした?」


「報告書持ってきた。

 ねえ、眠るならちゃんとベッドで横になって寝なよ」


「あ?ああ…眠っていたのか。ご苦労さん、上手く行ったか?」


「うん、大丈夫。ライル文官にも念の為確認して貰ったら、

 無事目を覚まして、無期限活動休止を発表したってさ」


「そうか、流石だな」


「ずっと夢中で走り続けて自覚もないまま、心も体も疲れていたのよ。

 突然、曲を作れなくなって…どうしたらいいか分からなくて、

 自分で自分の不調に戸惑っていたの。

 才能が枯渇して自分の人生は終わりだと落ち込んでいたわ。

 今まで積み上げてきた名声を手放せない葛藤もあって、

 閉じこもってしまったの。だから、とりあえず今の仕事から離れて、

 才能が戻らなくても他に道はあるからって、休息を取るように話をつけたわ」


「なるほどな。…無意識に頑張り過ぎていたのか…」


「それは、あんたもじゃないの?」


「はははっ、少し寝たからもういい。仕事する」


「ちょっと?働きすぎだってば。仮眠ならベッドでしなよ」


「…ベッドで寝ると目が覚めなくなるんだよ。

 仮眠は、こういう場所のが都合がいいんだ…ふあぁぁ~…」


「あー、もう…起こさなきゃ良かった」


「じゃあ、もう少し寝るから膝枕してくれ」


「は?」


「スノウに起こされたせいで仮眠が足りん。あ~ねみぃ~」


「……ねえ、イグネシアス、忙しいのは分かるけど…

 もう少し休めないの?」


「お?何だ優しいな。じゃあ妃になってくれ。ふははははーっ」


「話が飛躍しすぎだろ、悪役」



イグネシアスは笑いながら、

隣に座っている私の膝にポスッと頭を乗せた。



仕方ない…少し付き合ってやるか。



すぐに寝息を立てて眠る彼の横顔を見て、何だろうこれ…庇護欲?

そっと無意識に彼の黒髪を撫でていた。まるで子供を愛でるように。

ひょっとして、これが母性なのだろうか。


そして、イグネシアスが薄目を開けて嬉しそうに微笑んでいたのを

私は全く気が付いていなかったのである。




* * * * * * *




「あたしたち魔女は、謙虚に暮らし、自然と共に生きて溶け込み崇拝し、

 決して争わず平和を愛し、存在の全てに感謝して従い、助力します。 

 自然に存在する神々、精霊、妖精、魔物、人外者、人間、魔術師、魔女、

 動物たち、全ての生命を賛美し愛します。今日も美しい1日の始まりに

 感謝いたします」


「ルーンヴァイン、祈りの最中に邪魔するよ〜」


「大丈夫、終わった所だ。何だい?」


「王宮から伝達だ。“禍の木函” の漂着がそろそろだから、

 探索と処理の協力要請がきている」


「ああ、もうそんな時期かい。嫌だねぇ、苦手なんだよアレ」


「得意な奴なんか居ないだろうさ。

 ジモーネとフリーデにも伝えておかないと」


「ねえ、サヴィーネ」


「ん〜?おや、薬草切れそうだわ。また採取してこなくちゃ…」


「この間、自分の姉を呪いたいって店に来た娘の話をしただろ?」


「ああ、“排斥” を対価にした」


「うん。掟に従って依頼を受けて、助かる前提で “幽閉の槍” を教えた。

 その姉が国王に気に入られている上に、誓紋を与えられた、

 夢渡り人だったんだよ。幸い大事には至らなかったけどさ」


「はぁ?貴重な夢渡りを呪うなんて…なんつー妹だよ!」


「ああ。それでこの前、国王が “夏至夜祭” に行く前、

 夢渡りの姉をこの店に一緒に連れて来たんだ。

 こちらの事情に理解を示してくれて、善良でいい娘だったよ」


「…すげー差だね。本当に血の繋がった姉妹?」


「あたしもその妹の性根の醜悪さは、会った時から吐き気がする程嫌でね。

 こっちの呪いを受け取った時点で、仕掛けをしておいたのさ。

 ずる賢そうだったから、自分の代わりに他の人物に呪いを掛けさせるのを

 想定してね。実際その通りだっだ」


「やれやれ…で、仕掛けって?」


「姉を妬んでいる限り永遠に “対峙” の魔力が発動し続けるんだ」


「ははははははっ、そりゃいい。

 今まで自分の悪い部分を見ないフリして、楽してきた他責思考の奴には、

 さぞ辛い人生になるだろう」


「おまけに、姉を追い詰めた “排斥” と “魅了” を家族に封印されて、

 霊体が見えるようになり毎日部屋に籠っているそうだよ」


「ふん、全く同情しないね〜」


「どんな人物だろうと、常に強い意志を持つ相手と正面から向き合い、

 緊張感を持って対峙する事になるし、会う人会う人、意見が食い違い

 利害が一致しない。相反する人物と、終始対立する状況から逃げられない。

 この先、自分に都合良く寄り添って甘やかしてくれる人は一人もいない。

 だけど対処方法によってはいい方向にも行く魔力だ。

 相手の意見に耳を傾けて素直に受け入れ、気持ちを入れ替えて己を振り返り、

 心から悔い改めて、善良で誠実になれば、生きていけるだろうよ」


「出来るかね〜」


「さあね、知ったこっちゃないよ」


「あんた、本当にああいう輩が嫌いだね」


「細々と平和にひっそり暮らしていたのに、妬み嫉みの塊の奴らが、

 邪悪だと虚偽の噂を広げて、あたしたち魔女を絶滅まで追い込んだんだ」


「そうだね、いつまで経っても居なくならないわ。

 だけど、現代では国王陛下がこちら側についてくれているから、大丈夫だろ」


「国王も化け物級の魔力量で、偏見に晒されて苦労したんだ。

 その時に手を差し伸べてやった恩は忘れんだろ」


「ああ、その時の契約か…」


「そう、国を危険から守る手段でもあり、

 あたしたち魔女が保護される理由でもあるんだ」


「その契約を継続できることを祈るしかないね」


「あの夢渡り人の娘がいる限り、大丈夫だろうさ」


「両想いなのかい?」


「いいや、国王はベタ惚れだが、

 娘の方はまだピンと来てないみたいだね」


「ははははっ、時間かかりそ〜」



村の外れの森の奥、魔女が4人住んでいる。

店に辿り着いた者の望みは、何でも叶えてくれる掟がある。

しかし、例外はあった。

他人を妬み嫉み、故意に陥れ呪う者には容赦しない。

ニコやかに望みを叶えるフリをして、相応の報いを受けさせる。

だから、安易にお願いをしてはいけないよ。









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