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〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


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第二十夜 ~理想の王子様~






「アマンが?」


「はい…あの子大丈夫かしら…」


「放っておけ。我々の気を引きたいだけだろう」


「でも、夜にいつも悲鳴を上げているし…

 ほら、あのスノウスフィアに修復して貰ったビスクドールあるでしょ?」


「ああ、落として壊したのか。それがどうした」


「また壊してしまったみたいで…でも、離さないのよ…

 これがあれば、幽霊が近づいてこないって…お姉様が守ってくれるって…」


「何だ…それは」


「分かりません…どうにかなってしまったのかしら…」


「なぜ、あんなに不安定なのだ…」


「何だかんだ、あの子はスノウスフィアを慕って頼りにしてましたし…」


「あんなとんでもない呪いをかけたのにか?

 慕うにしても、妬むにしても…なんだその感情は…アマンの心が理解できん。

 いい加減、スノウスフィアの優しさに甘えて、あてにするのは、

 やめねばならない。勿論、私達もだ」


「……そうですね…もう、私たちも…

 スノウスフィアに頼るのは、やめねばなりませんね」


「ヘリオ君は?最近姿を見ないが…」


「私室に…ずっと籠もっています」


「全く…何なんだこの状況はっ」


「私たちの体たらくの結果ですわ…」


「……ああ、そうだな」


「スノウスフィアが出て行った後に、あの子の私室に入ってみましたが…

 あまりの物の無さに驚きましたわ…」


「…そうだな、アマンにばかり与えていたからな」


「10年よ?…10年間もっ…大人と子供の10年の長さは全然違うわっ…

 何て、何て…酷い事をしていたの私達っ…」


「……もう、過ぎた事だ…今更後悔しても遅い」


「あなたは、いつもそうよね」


「…エバ?」


「あなたはいつもそうよ、オーエン。

 …スノウスフィアが生まれた時も…私の不貞を疑い罵って…

 あの子の瞳にゴールドがあった途端、コロッと態度を変えてっ…」


「そんな昔のことを…なぜ蒸し返す?それに何を怒っている?」


「昔のこと?ああ、そうね。あなたにとっては終わったことだわ。

 だから、どうでもいいし、無かったことにされているのよね?

 でも、私は一度も忘れた事など無かったわ。

 命がけで新しい命を生み出した私を罵倒して責めて傷つけてっ、

 そして、労いの言葉の一言も無かった‼︎

 あの時…私が…私がっ、どんな気持ちだったか分かる?」


「そんな…つもりは無かった…私はただ当主としてっ…」


「…もういいわ、部屋に戻ります」


「エバッ!」



バタンッ



スノウスフィアが去ってから、スカイホール伯爵家は、

まるで階段から転げ落ちるように没落の一途を辿り、

家庭環境も崩壊していった。

そして、それはまだ序章に過ぎなかったのだ。




* * * * * * *




あ~あ…久しぶりだなー、こういうの。


私は今、お茶会で紅茶をバシャーと浴びさせられている。

貴族令嬢の陰湿な嫌がらせというか、あからさまな嫌がらせだが…

全く…私が何をしたってのよ。


しかし、守護があるせいでそれは見事に弾かれ、相手に跳ね返っており、

その嫌がらせ令嬢は、只今あっつあつの紅茶を自ら浴びて、

怒りでブルブル震えながら凄い顔してこちらを睨んでいる。



「な、何これっ、どういう事!あんた何したのよっ無礼者!

 こ、この私にっ、よくも、よくもっ…」



無礼は、あんただろ。

紅茶カップ思いっきり振りかぶって、私に浴びせたくせに。



「お、お嬢様…大丈夫ですか?」


「見て分かるように私は大丈夫よ、リタ。でも他の問題がねぇ…」


「ア、アナスタシア様っ!とりあえずタオルを…」


「ああ、もうっ!あんたは相変わらず気が利かないわね!

 タオルなんていらないわっ!

 これを見なさい、私火傷してるのよっ!跡が残ったらどうしてくれるのっ!

 お嫁に行けないわっ!氷を持ってきて!それから…医師を呼んでっ!」


「……………」



もしもーし?加害者が被害者ズラしてますけど〜?

これ絶対、私のせいにされるんだろうなぁ。

だっるぅ~…



「イグ兄様に言いつけてやるっ!あんたにやられたって!

 ふんっ、嫌な女!」



どっちがだよ。



「お嬢様、氷をお持ちしましたっ、医師もすぐ来ます」


「あんたみたいな…たかが女官なんかっ、身分違いだって分かんないの?

 イグ兄様は渡さないからっ、私の理想の王子様なんだからぁ!」



理想の王子様⁉︎ あいつが?

ブハッ……危なっ、吹き出しそうになったわ。

可哀想に、この子は表向きのアイツしか知らないんだ。


彼女はアナスタシア公爵令嬢、13歳のクソガキ。

イグネシアスのお母様の妹の娘で、つまり従妹である。

王族ではないが、準王族といったところのまあまあ高貴な血筋になる。


黙っていればこの令嬢、相当の美しさと可愛さのある外見だが、

キツい目つきと表情で全ての性格が出ているのが残念だ。

少し赤の強い金髪のローズピンクブロンドというのだろうか、

赤紫の宝石のような瞳で、せっかく珍しい色を持って生まれてきたのに。

そして、どうやってセットしてるのか不思議な髪。

綺麗に何十本も、縦ロールになっているのだ。


どこかで見たことがあると思ったら、暇つぶしでパラパラ見ていた、

世界の食事図鑑で見たアレだ。“ブジアータ トラパネーゼ コルタ”

らせん状にねじねじのパスタとかいうの。そっくりだわ、美味しそう。


そして、なぜ彼女がこんな暴挙に出たかというと、

どうやらイグネシアスが好きで、私がヤツと親しい事をどこからともなく

嗅ぎつけ、彼女の邪魔者リストにめでたく登録されてロックオンされた模様。

執務仕事中に強引にお茶会に誘われ、嫌々来てみたらコレである。


私に紅茶を浴びさせて、屈辱を味合わせようとしたらしい。

もしリアルに浴びていても、悲しい事に嫌がらせに私は慣れているので、

どうせ無駄だったけどね。


実は今日、彼女の母親が公務で王宮に娘を伴って来るので注意するよう、

事前にイグネシアスから聞いていたんだよね。

すげー我が儘で、面倒臭い令嬢だから遭遇しないようにって。

だから、こっちは執務室に篭ってたのに…向こうから来やがってさ。

爵位も高いから、下手に逆らえない面倒臭い相手なのである。


そして、子供の頃からイグネシアスに言い寄っていたらしく、

なんと正妃か側妃を狙っているそうだ。

アイツこの話してる時、めちゃくちゃ嫌そうな顔してたな。

まあ苦手だろうね、こういうタイプ。


でも、分かりやすい敵って楽だわ。


警戒しやすいし、こっちも遠慮なく嫌っていいって事だし、

仲良いフリして、突然崖から突き落とすような裏切りをされるよりマシだ。



「ああ~痛い痛いっ…死んじゃったらどうしよう!」



死ぬわけねーだろ。すこーし腕が赤くなってるだけの火傷で。


そして、そこにバタバタと医師と、色んな侍従みたいな人達が駆け付けてきた。

軽傷でぎゃあぎゃあ喚き散らす令嬢に、医師も呆れ顔で塗り薬をチョンと塗って

すぐに去ろうとしたが、包帯を巻け巻け巻け巻けとしつこく食い下がり、

そんなの必要ありません、包帯が勿体ない!とキレる医師。おおカオス。


私は終始静観していたのだが、治療を終えて私の方へ向き直り、

また令嬢は勝ち誇った顔で吠えた。



「ちょっと綺麗だからっていい気になるんじゃないわよ!

 調べたのよ、あんたの事!

 伯爵家から除籍してるんですって?一体何をしでかしたのかしら~?

 どうせ、男と淫らな事でもして縁を切られたんでしょ!この淫乱女!」



それは、どっちかと言うとアマンの方なんだけど。

こんな嫉妬全開のメスガキに何言っても届かないしなぁ…

でも、これ以上はやめて欲しい。いくらガキでも、そろそろ手が出そうだわ。



「家族にも婚約者にも捨てられて可哀想に!ふふふっ。

 だから行くところがなくて、イグ兄様の愛人になって、

 王宮に置いてもらってるんでしょう⁉︎ 惨めよねぇ〜!」



私は、何を言われても平気だけど、

イグネシアスに不名誉な虚偽の噂が立つようなデタラメを

デカイ声で嘯くのには流石にムカついた。


あ、不味い。

段々腹が立ってきた…殴る準備するか。

もし、首になっても独り立ちできる金も貯まったし、よし。



「何を騒いでいる」



この声、イグネシアスだ。

忙しいだろうに、私の守護の揺らぎを感じて来たのだろう。

俯いて手を握り拳にして、殴る準備をしていた私の左肩に、

後ろからそっと彼の手が置かれた。



「まあっイグ兄様、来てくれたのね!聞いてください、私火傷したんです!

 その女がいきなり紅茶を私に浴びせてきたのっ!」


「は?」


「酷いでしょ?何なのその女、最低だわ!今すぐ首にしてよっ」


「ちょっと黙れ」


「…え…は、はい…でもっ」


「スノウのカップには、紅茶が並々入っているが?」


「ま、また注ぎ足しただけですわっ」


「ほう?だが、お前のカップには一滴も紅茶が入ってないな」


「あっ、あのっ紅茶を掛けられて…

 ビックリして、ひっくり返したからですわ」


「ふ~ん、そうか」


「はいっ!」


「嘘は言ってないな?」


「は、はいっ…」


「いいか?国王の俺に嘘をつくと虚偽告訴罪になるが」


「……えっ、……え…と…」


「今一度聞く。

 本当にスノウがお前に紅茶を故意に、ぶちまけたんだな?」


「……あ、あの…事故だった、の…かも…」


「さっきと言い分が違うぞ」


「イ、イグ兄様っ…怖いっ…うっひっく……」


「泣けば済むと?」


「ち、違っ…うっ…ごめんな…さ…ぃ…」


「嘘をついたな、アナスタシア」


「だ、だってぇっ……ご、ごめんなさいっ…

 うあわぁぁぁっん…あぁぁ~ん!」


「もういい、下がれ。

 おいそこの侍女、アナスタシアを母親のところへ連れて行け。

 今後、自由に王宮を歩かせるな。

 そして、ここであった事を嘘偽りなく母親に報告しろ。いいな?」


「は、はいっ。畏まりましたっ!

 お騒がせしてっ、申し訳ありませんでしたっ」



エグエグ泣きながら、侍女に連れられて行った公爵令嬢。

ああいう姿を見るとちょっと可哀想になるが、

守護がなかったら私が火傷してた所だったし、ま、いっか。

それに、あのままデカくなると第二のアマンになりそうだし同情は禁物だわ。


しかし、イグネシアスの詰め方…容赦ねーな。


でも、これがもし我が家で、あの令嬢がアマンだったら…

泣いた時点で、私がみんなから悪人として罵声を浴びていただろう。

ん?そういえば私、一言も発しないうちに解決したわ。


そんなことを思考していると、

私の肩に置かれたイグネシアスの手に少し力が入った。



「大丈夫かスノウ。反論しなかったのは賢かったな」


「いや、私以外にも目撃者多数だったし、守護もあったし…

 それに、あの高位令嬢のバックの派閥に誰がいるか分からなかったから、

 変に反論して、貴族間の関係が拗れるのは避けたかっただけ。

 ああいう手合いは意に沿わない事言うと、更に興奮してヒステリックに

 なって面倒くさくなるでしょ?だから静観したのよ」


「いい判断だ。それでいい」


「それより、ごめん。事前に注意されてたのに、

 なんか急に執務室にきて、強引に連れ出されちゃって」


「お前が謝ることじゃねーだろ。こっちこそ容易く侵入させちまって悪かった。

 結構ズケズケ言ってたが、あんなガキの戯言なんか気にするなよ」


「気にしてないけど、あんたの悪評になりそうな事をでっかい声で

 言ってたのが噂になりそうで不味いなーって…」


「悪評?そんな事言ってたか?」


「私は伯爵家に縁を切られて行くところがなくて、

 あんたの愛人になって、王宮に置いてもらってるんだろうって…」


「…悪評?」


「え、そうでしょ?」


「ん?」


「え?」


「ま、それはいい。お前は俺の部屋に来い。

 あのバカ娘、またお前の所に突撃しかねんからな」



何だこの妙な間は。


その後は、イグネシアスの執務室に私も仕事を持ち込み黙々と勤めた。

ひっきりなしに書類を片手にした人が出入りしてきて、

イグネシアスの執務は、私のとは比べものにならない忙しさで、

良くコイツ倒れないなと関心しつつ、少し心配にはなった。



理想の王子様ねぇ…



イグネシアスの多忙な姿を見ながら、現実の王子や王は、

そんな優雅で余裕のある豪勢な生活してる訳じゃないんだよな〜と思った。


まあ、あの公爵令嬢は夢見る夢子ちゃんだから、

こういうのまだ知らないんだろうけど。


でも、反面羨ましい気もした。

あんな風に、自分の気持ちに素直に振る舞える姿が。

私が本音をぶちまけたのは、伯爵家を出ていく時だけだったし。


いや、今はイグネシアスの前だけでは、

貴族令嬢なのを忘れて、建前がどっかへ旅に出てお留守状態か。


私は終わった執務の書類をトントンと揃えて、少し調べ物がしたくて、

図書館に行こうと席を立った。



「ちょっと、図書館行ってくる」


「そうか。エルヴァンを伴って行け」


「平気だってば!リタも一緒だし、それにあの令嬢は今別棟にいるんでしょ?

 もし鉢合わせたら…うーん、走って逃げるからっ」


「ふっ…まあ、大丈夫だとは思うが、気をつけて行けよ」


「うん」



イグネシアスの執務室を一旦出て、図書館を目指し足を運ぶ。

は~やれやれ、久々に貴族令嬢っぽい揉め事に巻き込まれたな。


そして、廊下でバッタリ会った。



「あ、ブジアータ トラパネーゼ コルタだ」



思わず、パスタの名前が口から出てしまった。



「は?何それっ、私はアナスタシアよ!」


「間違えました。それはそうと、こんな所で何をしているんですか?」



こいつ全然言いつけ守ってねーじゃん。

彼女がちょうど、ある部屋のドアから出て来た所で鉢合わせたのだ。



「も、もうっ、行く所だものっ…いいじゃない少しくらいっ…」


「謝罪は無いのですか?」


「は?」


「あなたは私に紅茶をぶちまけたのに、それを私のせいにしました。

 虚偽告訴罪ですよ?この罪人のメスガキが」


「ちょっ、メスガ…?…あんたっ、いきなり性格変わりすぎっ」


「あの時は人目もありましたし、大人しくしてましたが、

 無礼な人には、無礼に振舞うことにしてるのです。何か文句あります?」


「〜〜〜〜こんのっ、猫被り!」


「ニャア〜♪」


「………………」


「で、謝罪は?」


「…………ご、ごめん……な…さぃ…」


「声が小さいけど、まあいいです。もうあんな事してはダメですよ。

 イグネシアスにはすぐバレますし、そういう女性を彼は好きではありません」


「…だって…人を寄せ付けないイグ兄様が…特定の女…女性とっ…

 親しくしてるって聞いて…我慢できなくて…」


「今では魔力封じがあるから、彼に近づいても周りの人は平気ですが、

 昔はそうではなかったんです」


「知ってるわ、魔力量が膨大だって…小さな頃は、私も遠ざけられたし…」


「私は魔力封じがなくても、彼の魔力の影響を受けないのです。

 だから、彼にとっては私は気軽に付き合える数少ない存在なのですよ」


「え…?何で…」


「さあ、私も知りません」


「あっ、そっか、だからかっ!別にあんたが好きって訳じゃないってこと?」


「さあ、どうでしょう」


「…あんたも好きなの?イグ兄様のこと」


「メスガキなんかに教えません」


「ちょっと!さっきから、あんたねぇっ!」


「メスガキを卒業したかったら、もう我が儘で周りを振り回すのは、

 おやめなさい。そのまま大人になって周りから嫌われまくって、

 ひとりぼっちでギャーピーギャーピー喚き散らしてる未来しか見えません。

 まあ、それを望むのなら止めませんけど?」


「………………」


「ああ、それから正妃になりたいんでしたっけ?

 言語は何カ国語できます?」


「えっ?母国語だけだけど…」


「最低4カ国語を取得する必要があります。

 ちなみにイグネシアス国王陛下は、8カ国語取得済みです」


「は?」


「それから、国内貴族の全把握と周辺国の王族の名前、経歴、派閥、

 家族構成。更に王国と周辺国の歴史も全て覚える必要があります」


「え?えっ?」


「それから、妃教育には、勿論マナーも徹底的に…」


「もういいっ、分かったから!やめて、やめて!」


「あら、まだ終わってませんわ。

 これらをクリアして、初めて正妃に選ばれる資格を得て候補になるのですよ。

 王族は皆んな小さな頃からずっと学んで努力して、あの地位にいるのです。

 まさか、ご存知なかったのですか?」


「………………」


「それから、私はスノウスフィア・ルナ・エルッヒ女官です。

 “あんた” じゃありません。メスガキ」


「私だって、メスガキじゃないわ…」


「知ってます。名前で呼んで欲しかったら、現実をちゃんと見て、

 自分に都合のいい夢ばかり見ていないで、大人におなりなさい。

 せっかく美しく生まれてきたのに勿体無い。その性格では全て台無しです」


「…分かったわ…今日は本当にごめんなさい。エルッヒ女官殿」


「良くできました。アナスタシア公爵令嬢」



スノウスフィアの頭の回転の速さと饒舌さに太刀打ち出来ず、

見事敗北してスゴスゴと大人しく去って行ったアナスタシア公爵令嬢。


そして、気を取り直して図書館へ行こうと向き直った時、

彼女が出てきた部屋のドアの向こうから、微かに聞こえてくる歌に気が付いて、

再び足を止めて耳を澄ました。



……〜〜〜♪〜〜♪~



ん?…歌声?


ドアに耳を当てると確かに聞こえる。

間違いないここの部屋からだ…



「お嬢様、どうしました?」


「うん、歌が聞こえて…ここの部屋から…誰だろう」


「歌ですか?」


「あれ?もしかしてリタには聞こえてない?」


「は、はいっ、何も、何も聞こえませぇんっ!」



涙目のリタを宥めて、その部屋に入ってみることにした。

あのメスガキも何をしていたのか知らないがここから出てきたし、

この辺は共有スペースのはずだし、無断で入室しても問題ないはず。

静かにドアを開けると、歌声がハッキリ聞こえてくる。




ああ〜〜~私の〜愛しい~ぃ〜♪


王子様は〜〜~〜今〜ど〜~こ~〜にぃ〜~~♪




これ、青年の声だ。

足を踏み入れると、様々な絵画が壁一面に飾られている部屋だった。

シンプルな白の内装で、絵画を飾る用の部屋なのか壁ばかりで、

明かり取り窓が上の方にあるだけだった。

そして、肖像画ではなく、風景画、静物画、デッサン、彫刻像など、

芸術作品が多い雰囲気だ。


私は恐る恐る、声のする方へ目を向けると、一番奥の突き当たりの壁にある、

赤いカーテンが両端に束ねてあり、その向こうに私の身長より大きな絵画から

その声は聞こえてくる。


そこにあったのは、柔らかな緑と光のコントラストが美しい森深い場所。

そして、切り株に座って、左腕を軽く上げ側で羽ばたいている白い鳩に、

赤バラを一輪かざしている、ゆるふわ癖毛の金髪と透明な碧眼の青年がいた。

片肩マントを羽織った、金色の刺繍の装飾のあるグレーのジャケットと

パンツスタイル、白ブラウスに、首には赤い鮮やかなクラバットを巻き、

膝下まである白い長ブーツ姿の優美なその人物は、優しげな微笑みを浮かべて、ザ・プリンスって感じの絵画だった。年齢は、16歳くらいだろうか…


そして、その王子様はこちらを見て微笑んだ。



「あれぇ?お客さんだ。立て続けに嬉しいな〜♪

 こんにちわ〜、なーんて、どうせ聞こえてないんだけどねぇ〜」



手に持ってる薔薇をヒラヒラこちらに振っている。

……気のせいじゃないよね…動いて喋ってるよね?



「リタ…あの、この絵画の王子様って、動いて喋ってるよね?」



ヒソヒソ声で尋ねるが、リタは黙って涙目で顔を横にブンブン振る。

ああ、またか。でも、おかしいわね…陰府暦は終わったはずなのに、

何で見えるんだよ。



…いや、これは死者じゃない。



「私には聞こえているし、見えているわ。こんにちは」


「えっ、嘘っ!本当に?えっえーーーっ!うわーっ!嬉しい!

 こんにちは、初めまして!」



目をキラキラさせながら立ち上がり、コチラに興奮気味に手を振っている。

これは、どうしたらいいのだろう。別に害はない感じだし。



「ねえ、あなたは絵画なんでしょ?」


「そう!え〜とね…200年位前に、ある王族のお姫様が、

 理想の王子様を描いてって、宮廷画家に要望して描かせたのが僕!」


「あなたは心があるのね?」


「うん、いつも僕にうっとりした顔で話しかけてくれる女の子が沢山いてさ、

 気がついたらこんな感じ。でも、誰にも声は届かなかったなぁ。

 だからこんなの初めてで、凄く嬉しい!」


「さっきの歌は何なの?」


「その女の子達が良く歌ってくれたんだ。だから、覚えちゃった」


「そうだったの…」



ああ、ビスクドールの心を持ったアンバーみたいなものだろうか。

愛情を向けられると、それに答えようと意思を持つのだ。

でも、絵画が心を持つなんて…良くあることなのかしら。



「でもさ、一定の年齢になると来てくれなくなるんだよね。

 まあ、みんなお嫁に行っちゃうからなんだけど…」


「そうね。みんな乙女の夢から覚めて、現実を生きていくのよ」


「そっかー、それが寂しいんだよねー。

 あ、でも久しぶりに会いに来てくれた子がいたんだ!

 ローズピンクブロンドの赤紫の瞳の可愛い女の子!」


「えっ、いつ?」


「たったさっき、君の前。随分大きくなっていてビックリしたよ」



ああ、なるほど…理想の王子様の絵画を見に来ていたのか。

私は何気なくその絵画の前に立ち、右手を伸ばした。

すると彼も左手を伸ばす。そして、手を握った。



「え…」


「わあっ!触れたっ!ねえ、僕のこと引っ張り出せる?」


「え…え〜と、ヨイショっと…」



少し力を入れて引っ張ると、スルッと彼は絵画から出てきたのだ。

それと同時に、横にいたリタが絵の中の王子が消えたと騒いでいる。



「うわっ!出られた!ありがとうっ」


「いや…これ、いいのかしら…」


「お、お嬢様!どうなってるんですかコレ!王子様はどこに行ったんですか?」


「いや、私の目の前にいるけど…」


「み、見えません…お嬢様〜」



やっぱ私にしか見えていないらしい。

自由になった王子様は、フヨフヨ浮いて気持ちよさそうに、

部屋中を飛び回っている。



「ねえ、絵の中に戻れる?」


「え?うん、やってみるね」



スルッとまた絵に入っていく。

良かった…戻れるんだ。



「ひいぃぃっ、また出て来ましたぁっ!」



リタが一人でパニックになっていて少々気の毒だったので、

動きがある時は、説明することにした。



「あれ?もう僕一人で出られそう、やってみていい?」


「え、本当?リタ、また消えるかもだから驚かないでね」


「は、はい?」


「よいしょ〜…おお、出られたっ!」


「ひいぃぃっ、き、きききき消えましたぁっ!」


「リタ、落ち着いて…」


「うわ〜僕、君のお陰で出入り自由になったみた〜い♪

 ありがとう、これでもう寂しくないよ」



嘘、何これ。私のせい?

私が開放してしまったみたいじゃん。


どうしよう。イグネシアスにまた怒られる。

……よし、黙っていよう。


その後、彼は時々絵の中から抜け出して出歩くようになって、

絵の中から王子様が忽然と消えるという、怪現象が目撃されるようになり、

王宮内での不思議な現象として密かに噂になったのだった。




* * * * * * *




図書館に少しだけ立ち寄り調べ物を済ませて、

食堂で食事してから、イグネシアスの執務室に戻ろうと廊下を歩いていた。

パスタが食べたかったが、この国にはない料理で残念だなとか考えていたら、

真っ黒なマントを靡かせて何かが廊下をバタバタ飛んで、すれ違って行った。


ん?と思い振り返って目を凝らすと、なんとコウモリの魔物。


私と目が合うと、赤い目を見開いてビクリと肩を揺らして、

凄い速さですっ飛んで行きやがった。

何やら、郵便や伝達封書っぽい物を沢山抱えていたので、

王宮内専属の配達人にでも任命されたのだろう。


食堂に行き、食事をしながらぼんやり考える。



理想の王子様か…



幼い女の子が夢見る王子様は、美しくて優しく裕福で、

何でも自分の願いを叶えてくれる。そして、自分だけを愛してくれる。

…みたいな都合のいい、理想の男性を思い浮かべがちだが、

現実の王子様や国王は多忙だし、王族の責務もあり大変なのだ。

そう彼等は、そんな呑気に恋にうつつを抜かしている暇などない。


イグネシアスを見ていれば分かる。彼は常に国を優先してる。

私の事だって、その忙しい合間にチョコチョコ来てちょっかいかける程度だし、

優先するのは、常に国の発展と安定の為の国家統治と他国との外交。

毎日寝る間も惜しんで、公務と執務をこなして働いているのだ。

王家は、優雅で絢爛で贅沢だけの甘い世界ではない。


ああいう令嬢の心理は、大体同じだ。

優れている男性に選ばれることは、女にとって何より価値があり勲章になる。

周りに自分との差を見せつけて、選ばれた者として優越感に浸りたいのだ。   


だが、残念ながらそれはゴールではない。

現実は愛だの恋だの言っている暇もないほど、忙しい毎日が待っている。


夢から覚めて、みんなあの絵画の王子様から離れていくのだ。

少し寂しいけど、青臭い春は終わり、

全ての望みは叶わないと現実を思い知って、大人になる。



いつか、夢は覚めるのだ。




* * * * * * *




食堂で持ち帰りにしてもらった、ビーフサンドとコーンスープを

ずっと働きどおしのイグネシアスに差し入れしたら、めちゃくちゃ喜ばれた。

私はお茶、イグネシアスは食事休憩を一緒に取ることにする。



「ちゃんと食事くらいしなさいよ」


「忘れちまうんだよ」


「側近とか侍従さんは、そういうのしてくれないの?」


「あいつらも忙しいからな」


「……全く、あんた達は働きすぎだって」


「時々こうやって差し入れしてくれ。

 お前の顔も見れるし、俺は嬉しいし、元気になる」



綺麗な碧眼を細めて、本当に嬉しそうな顔をする。

無防備な、子供みたいな無邪気な顔。



「時々ね。毎日は無理よ」


「うん」


「ああ、そうだ。あの公爵令嬢、

 あんたの事、理想の王子様だって言ってたよ」


「は?」


「あのアナスタシア公爵令嬢」


「ふははははーっ」


「その笑い方を彼女の前でしてみなさいよ、一瞬で目が覚めるから」


「そのうち分かるだろ。

 まだあいつは、世間を知らない只のガキなんだよ」


「モテモテで、本当は嬉しいんじゃないの?」


「一国の王ってのはモテるんだぞ。お前みたいなのが珍しいのだ」


「ふぅ~ん…」


「お?何だ何だ、嫉妬してるのか?」


「は?違うし」


「素直になれって~、ほれほれ~」


「………………」



うっざ。


隣で私の頬をツンツンしてくる奴の指に眉を顰める。

素直になろうと思ったのに…コイツすぐ茶化してくるし…


私はムカムカしながら、近くで煩く囃立てるイグネシアスの唇を

左手の人差し指と親指で、グニッと掴んで引っ張ってやった。

ふん、美形め、お前もアヒル顔にしてやるわ。



「ひょい(おい)、おふぇは(おれは)ふぉくおうだほぉ(こくおうだぞ)」


「あ~何言ってるか分かんな~い無駄無駄~やーいアヒルめ~」


「……………」



すかさずイグネシアスも私の唇をグニッと掴んだ。この野郎!

互いの唇を無言でグイグイ引っ張っていると、コンコンとドアがノックされ、

条件反射で返事をするイグネシアス。馬鹿かこいつっ!

慌てる私を尻目に、涼しい顔したライル文官が入室してきた。



「陛下、議事録の清書をお持ちしましたので、ご確認…を……」



真顔で固まるライル文官。



「何を…なさって………いえ、お取り込み中に失礼いたしました」



綺麗に礼をして後ろに下がり、ドアをパタンと閉めたが、

微かに彼の肩が揺れていたのを私は見逃さなかった。


バシンとイグネシアスに額をはたかれ、お前のせいで国王の威厳が台無しだと

怒られたが、さっきのライル文官の時が止まった間の可笑しさに耐えられず、

私は長い間笑い続けて、更にイグネシアスの怒りをかったのだった。  










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