↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/30

第十九夜 ~愛の形~




今日の夜は、イグネシアスと “夏至夜祭” へ行く予定だったが、

その前に仕事が入ってしまいそれに対応していた。

久しぶりのセラピー系だった。


今回は、夫に先立たれたイザベラード伯爵夫人の依頼で、

彼女は長い闘病生活の臨終が間近の高齢の未亡人だった。

最近、先立った旦那さんが夢に出てきて、謝りまくってきてウザイそうで、

ゆっくり眠りたいから、それを何とかして欲しいというお願いだ。


その旦那さんはアルベルト伯爵で、20年前馬車の事故で急逝した。

そして、馬車の中から旦那さんと見知らぬ女性の遺体が発見され、

伯爵は不倫相手と一緒だった事実が白日のもとに晒されてしまったのだ。


しかし、夫人はその事を分かっていて、伯爵の好きにさせていたのだ。

なぜかと言うと、夫の事は愛していたが、夫婦の営みが苦手すぎて、

夫人は夜の生活を拒否し寝室も別にして貰っていた。

当然、旦那さんは納得しなかった。そして話し合いの末、避妊さえすれば、

どこの誰だろうと、公認で浮気していいと許可したそうだ。


だから、夫人としては別に問題はなかったのだ。

相手は娼館の女性で天涯孤独だった為、館の責任者と話し合い、

賠償金を支払って示談とし、それは解決済みだそうだ。


そして、自分も高齢で病に伏す状態になって、穏やかに世を去りたいのに、

それを夢の中で邪魔してくる夫が煩わしいとの事。


旦那さん、奥様からの扱いが雑で何か可哀想。


夫人がお昼寝をする時間にお邪魔して、私が直接 “夢渡り” をする事になった。

勿論、“夢渡り人” は秘匿なので、表向きは魔術師としての派遣だ。

ローブを着用して髪と瞳の色を茶色に変えて、夫人の邸に訪れていた。



「薬湯を飲むから、少しお待ち頂ける?」


「はい、ごゆっくり」


「…ふふっ、これ苦いのよね~」


「失礼ですが、それはどういった効果のある薬湯なのですか?」


「これはね、よく眠れるの、あとは痛みを取ってくれて、

 意識が薄れていく効果があって、眠るように楽に死に行く為の物よ。

 村の外れの森の奥の魔女さんが調合してくれたの」



ルーンヴァインさんか…

善良で優しい魔女。彼女のおかげでマルセ文官も助かったのよね。

あの方の作る薬は非常に優れていて、未だに魔術師団が束になっても、

適わないらしい。何度も王宮で働かないかと声を掛けているが、

大昔に行われた蛮行の魔女狩りの影響なのか、決して首を縦に振らないそうだ。

お礼も言いたいし、今度私も直接会ってみたいなぁ。



「そうですか、では、病による苦痛は無いのですね」


「ええ、殆どないわ。朦朧としてるし…ふぅ~…相変わらず苦いわ~。

 この歳まで充分生きたし、死に対する恐怖はないの。

 だから、あと必要なのは安らかな睡眠」


「旦那様は何を謝罪なさっているのですか?」


「浮気の事よ。私は別にいいって言ってるのに…何なのかしら…」


「分かりました。では、旦那様に話を伺ってみますね」


「ええ、お願い。もう出てくるなって言ってくれる?

 私ももうすぐ…陰府に行くんだし…ああ、眠くなって、きた…わ……

 お先に、失礼するわ…ね……」


「ええ、お休みなさいませ、イザベラード伯爵夫人」



彼女の顔や表情を見ればわかる。穏やかで優しい人だ。


ただ、この方は旦那さんの謝罪内容を煩がって、

ちゃんと聞いていない様子だし、それに、これはただの夢では無く、

既に陰府にいる旦那さんが、現実との境界が曖昧になって侵入しやすい、

夢にわざわざ入ってきて、何かを伝えようとしているのだ。


私は寝息を立てている夫人の手を取り、

目を瞑って夢に渡った。



「だから話を聞いてくれ!イザベラ!」


「ああ、もう煩いっ!あっちへ行って、眠らせて頂戴!」



おお、もう早速やりあってるわ。


美しい庭園の中でソファに座っている夫人の前で、

地面に座り土下座してる旦那さん。



何、この光景。



私は、旦那さんを摘み上げ、他の場所に移動させた。

アルベルト伯爵は目を白黒させてジタバタ空を掻いている。

夫人から大分離れた湖の辺りにストンと置き、茶色の瞳と髪で姿を現す。



「な、ん、何だ?だ、だだだ誰だぁ!君はぁ!」


「まあ、落ち着いてください。私は、あなたがなぜ夢に現れて、

 奥様に謝っているのか調査しに来ただけです」


「…調査?もしかして、君は “夢渡り人” か?」


「はい、そうです。初めましてスノウスフィアと申します。

 アルベルト伯爵様」



彼は死者だし、正体をバラしても問題はない。

そして、夢渡り人は、本当に居たんだ!と感動して目をキラキラさせている

旦那さんを見て、何だろう…浮気を平気でするゴミ男には見えない、

この素直さと可愛さが不思議に思う。


そして、伯爵はなぜ今頃になって、彼女に謝りに来たのか語り出した。



「その…あれはもうすぐ、陰府に来るだろう?」


「はい。安らかに眠りたいのに、

 あなたのせいで眠れないと依頼が来ました」


「全然話を聞いてくれないのだ…私は…心から彼女を愛している。

 それに、その…本当は浮気はしていないんだ」


「え?」


「その…何だ…くだらん矜持だ…」



大好きな夫人に、夜の生活を拒否られ浮気も公認と言われ、

伯爵は大変ショックだったそうだ。


自分が浮気しても、彼女は平気なのかと。

私への愛は、そんなものだったのかと。


そして、浮気するフリをして夫人が嫉妬してくれるのを期待して、

娼館である一人の女性と契約をする。

性行為は無しで、一緒に夜出かけてくれるだけの関係を結んだのだ。

彼女もその美味しい条件に飛びつき、そして夫人の事を相談したりして、

二人は異性を越えた良き友人になっていったという。


しかし相変わらず、毎夜出かける伯爵を平然と見送る夫人。

その変わらない日々に、虚しさを覚える様になった頃、事故が起きる。

山道を走っていた馬車の滑落事故での急逝だった。


自分は本当は浮気はしていない。それを伝えたい。

だから、ちゃんと真実を話して謝って、陰府で再会したい。



「なるほど。でも、夫人が陰府に行ってから説明してもいいのでは?」


「魂の審議後に、階層の決定があるだろう?」


「え?ああ、はい。そうですね。階層が離れていると会えないらしいですね。

 でも、よっぽど離れていなければ…そんな事には…」


「あれが本当は浮気をした私を許していなくて、この世に彷徨ったり、

 怨恨を抱えていて陰府の階層が離れてしまったら…と心配になったのだ」


「ああ、それで夫人がこの世を去る前に、真実を伝えて誤解を解いて、

 許しを乞い、陰府で再会したかった…と?」


「そうだ。何度説明しようと、はいはいとしか返事をしてくれん。

 あれは、私の話を信じていないのだ…」


「分かりました。でも、大丈夫だと思いますが…」


「頼むっ!私はイザベラードと再会したいだけなんだっ!」



目を潤ませて私に懇願するように、

両手を胸の前で合掌してプルプルしている。


何だろう、この…虐めたくなる可愛さは。

これ、ひょっとして…夫人はわざと冷たくして、反応を楽しんでいるのでは?

そして、参考までに少し気になった事を聞いてみた。



「あの、では…その…性処理はどうしていたのですか?」


「へっ⁉︎ …じ、自分でそのっ、……どうにか、したっ」



顔は俯いているが耳が真っ赤な旦那さんを見て察した。

なるほど、自慰行為か。


私は、ちゃんと伝えるから心配しないで、もう夢に出てこないようにと、

ウルウルお目々の可愛い旦那さんに言い聞かせ、夢から出てきた。

夫人もうっすら目を開けて、半覚醒状態で起きたようだ。



「はあ、全く…また出てきていたわ…

 途中でジタバタしながら何処か飛んで行ったけど、あなたの仕業かしら?

 どう?話は出来た?」



私はうなずき、アルベルト伯爵から伝えて欲しい言葉を全て夫人に話した。

すると、彼女はフフッと吹き出したのだ。



「知っていたわ」


「は?」


「あの人が実は浮気してないって」


「 え 」


「でも、悔しいじゃない?私の気持ちを試すような浮気のフリまでして。

 だから、こっちも知らないフリしただけよ。ふふっ」


「ええ〜」


「そうしたら急逝しちゃったじゃない?そりゃ悲しかったわよ。

 でも、どうせ私も陰府に行けば会えるし、いいかなって」


「…そう、だったんですか」


「まぁったく、困った人よねぇ。何度も分かってるって返事してるのに。

 あなたにもお手を煩わせて、ごめんなさいね。そして、どうもありがとう。

 私は、あとどれ位この世にいるか分からないけれど、

 これでやっと静かに眠れそうだわ」


「旦那様は、奥様が実は知ってるって、気がついていなかったんですね」


「ふふっ、あの人鈍感なのよ。単純で素直っていうか。それが可愛いのだけど。

 おかしな夫婦でしょ?でも、本当に愛し合っているのよ私達。

 結局ね、最終的には心と心の繋がりが一番大切だし、支えになるの」


「支え、ですか」


「そう。人間の基本的なコミュニケーションは言葉でしょ?

 何度もやり取りしていくうちに、その端端で言葉がなくとも仕草や声色で、

 相手の気持ちを察したり、理解できるようになって互いに心が繋がるの。

 身体的な性欲と快楽に溺れて、深い関係になるのが真実の愛だって、

 盲信して幻想に浸るのは、体力のある若い時だけよ。

 あんなのただの一時的な快感でしかない。私にとって重要ではなかったの。

 あの人は全てにおいて繋がりたがっていたけど、まあ、男としての矜持がある

 のかしら…そこは男と女の違いよねぇ」


「なるほど、勉強になります」


「最後に欲しいのは、必要なのは、心よ。愛しい人との心の繋がり。

 そして、少しだけの互いの体温を感じられる優しい抱擁で充分。

 それだけで、強くなれるし自信も持てるし、記憶の中の思い出と共に、

 一人になっても生きて行けるの。

 あなたはまだ若くて綺麗だけれど、それに出会えているかしら?

 もしまだなら、出会えるよう祈っているわ。

 ふふっ、少しお節介だったわね。…本当に今日は……ありが、とう…」


「いいえ、貴重なお話を聞く事が出来て光栄でした。

 こちらこそ、ありがとうございました」



イザベラード伯爵夫人は一通り話すとニッコリ微笑み、ふぅと息を吐き、

うつらうつらと気持ち良さそうに、また寝入ってしまった。


旦那さんの邪魔がなくなって、彼女は今、あの美しい庭園にいるのだろうか。


私の仕事は、これで終わりだ。

側仕えの侍女さんに挨拶をして、静かに伯爵邸を後にした。


色んな夫婦の形があるんだなぁ…と

馬車の窓の外をぼんやり見ながら、王宮への帰路についたのだった。




* * * * * * *




「おう、お疲れ。もう行けるか?」



仕事から帰ると、イグネシアスが茶色の瞳と髪の一般人っぽい

服装の白シャツに黒パンツに長ブーツの変装ずみの姿で、

ソファにふんぞり返っていた。

全然平民に見えないが…まあ、子供の頃から身についている教養と、

滲み出る王族オーラは仕方ないか。



「帰ったばっかでしょ。とりあえず着替えさせてよ。報告書も出さなきゃだし…

 それに祭りが始まるのは、3時間後じゃない」


「早めに出たいんだ」


「何で?」


「寄りたい所がある。はよ報告書提出しろ」


「あ~、もう!少し待ってつーの!

 リタ、この短気野郎に紅茶でも出してやって!」


「は、はい~」



帰って早々に急かされながら報告書をガリガリ書いて提出すると、

その直後にグイグイ手を引かれ、いつもより地味な馬車に押し込まれ出発した。

今回リタはお留守番で、エルヴァン騎士は並走騎乗でついて来ており、

また見守り護衛をしてくれるそうだ。



「で、何処いく訳?」


「村外れの森の奥の魔女の店」


「ルーンヴァインさんの?」


「ああ、そうかお前も知ってたな」


「マルセ文官を助けてくれた人だよね?」


「そう」


「あのさ、あの人も…瞳にゴールドが少し入っているよね?」


「ああ、魔力の始祖は魔女だと言われている。

 そこから派生して様々な属性が、生まれて来たんだ。

 そして、魔女からの魔力を強く引き継いでいる者、

 特に夜属性の魔力を持つ者は、ゴールドが虹彩に混じると言われている」


「……え?」


「お前の一族は、魔女の血が強いんだ。

 だから稀にお前みたいに、特殊な能力を持った者が生まれてくる。

 そして、魔力持ちの始祖が女だからか、同性の女が引き継ぎやすいらしい。

 その証拠に “夢渡り人” は例外なく、みんな女だろ?」


「…そう、なんだ……

 自分の血筋とかルーツとか、あんまり深く考えたことなかった。

 あれ?あんたも魔力量凄いんでしょ?瞳にゴールド入ってないじゃん」


「属性が違うからな」


「ふ~ん…」



夜属性だからか…そういえば、陰府の王も目が金色だった。

属性が近いから、私には彼や死者の姿を認識できるのか。

でも、今まで見えなかったのになぁ…きっかけで思い当たるのは、

伯爵家から出た事と、アマンの魔力から解放されたぐらいだけど…



「ところで、ルーンヴァインさんに何の用なの?」


「文官救助の礼と、店の建て替え状況確認、後は少し聞きたい事がある」


「私も御礼言いたい。会ってもいい?」


「ああ、勿論。お前の素性も魔女にはバレるだろうし隠さなくていい。

 後な、お前に放たれた “幽閉の槍” の呪いは、店に来たお前のアホな妹が、

 魔女と対価を交換して得た呪いだ」


「……え?」


「魔女には掟があってな。仕方なく教えたんだ。

 だが、お前が助かるのを前提であの呪いを教えている。悪く思うなよ」


「大丈夫。分かってるから。あの子…魔女の店にたどり着いたんだね」


「ああ、その根性を他に向ければいいのにな」


「あの森は、迷いと惑いの魔力が働いていて、簡単に辿り着けないんでしょ?」


「その通り」


「で、何であんたは辿り着ける訳?」


「魔女と契約してるから特別なんだ」


「契約?」


「ああ」



何の?と言おうとして、言葉を飲み込んだ。

聞けば教えてくれそうだが、これ以上は首を突っ込まない方がいい。

私は、詮索しすぎて相手の領域にズカズカ入るのは、

無礼で不躾だと思っているからだ。




* * * * * * *




「初めまして、スノウスフィア・ルナ・エルッヒです。

 この間は、マルセ文官を助けていただき、ありがとうございました」


「ルーンヴァインだ。姓はない。はははっ、夢渡り人本人に会えて光栄だ」


「…私をご存知だったのですか?」


「いや、こっちの話だ。それより無事で良かった」



彼女は、アマンの呪いの件を詫びてくれた。

私は掟のことはイグネシアスから聞いていて理解していたし、

マルセ文官を助けて貰ったし、彼に乗り移った後も何とかなったし、

結果的に無事だったし。それに、何より私はこの人と仲良くなりたかった。

…という事で、互いに水に流した。


この魔女の店は、他の魔女達と交代制で管理と店主をしており、

魔力と知識のある現役の魔女は、他に3人程いるらしい。

ここより、もっと森の奥の小さな集落に皆肩寄せ合って住んでいるという。


私より大分年上には見えるが、年齢不詳の外見で、

黒髪と少しのゴールド混じりの黒目の美しい女性だった。


挨拶を済ませて、私は魔女の店に並ぶ珍しい材料や薬草、薬湯、

魔道具を興味深く見物してまわっていた。

そして、その傍らでイグネシアスと魔女さんがヒソヒソと言葉を交わしている。

私は、そこには加わらない方がいいだろう。

お、可愛い黒トカゲがいる。

指をヒラヒラすると、こっちをつぶらな目で見て可愛いではないか。



「大分改装されたが、こんな目立た無い不便な場所で満足か?」


「平穏こそ、静寂こそ、自然の中に囲まれた環境こそ、あたし達魔女が望む場所。

 それに、目立つと碌なことにならないからね」


「だなぁ、どんなに善良に振る舞おうとも、

 妬みってのはどの道厄介な感情だ」


「あの子もそのせいで、随分な目に合ったんだね。気の毒に…」


「スノウスフィアの事か?」


「守護誓紋を与えた彼女を見て欲しくて、今日はわざわざここに来たんだろ?

 幼稚なまま大人になった妹、無能な両親、自分がない婚約者…

 全て彼女に対する妬みから来る悪意だね。

 そんなモンにさらされて、長い間辛かっただろうに…良く頑張ったよ。  

 しかし、彼女は強い。少し時間は掛かるけれど…分厚い蓋を取り除ければ、

 更に輝くだろうよ。同時に色んなものも惹きつけられて来て、

 あんたはライバルが増えて大変だろうがね」


「んあ、あの頑固ババアも認めた娘だ。

 まあ今の状態でも、大物に気に入られて “加護” を与えられたからな。

 困ったもんだ…」


「ひゃはははっ、左の小指の加護か。陰府の王に随分気に入られたね。

 人間の娘に加護を授けるなんて初めて聞いたわ。

 まあ、あって損はない加護だ、許してやりな」


「ああ、しかも本人は無自覚なんだぜ」


「まあ、頑張りな。

 あんたの事は、まだ男として意識はしてないっポイけど、

 嫌ってはいないようだしね」


「あ〜あ、心はままならねぇな…」


「惚れ薬でも使うかい?」


「いらね。そんな偽物の愛は欲しくねーよ」


「ひゃはははははっ、そう言うと思った。

 それに、あたしたちは心からあんたに感謝しているよ。

 おかげで、魔女達は平穏な生活を取り戻せたんだ」


「あの法案を可決したのは父上だ。俺はそれを永続制定しただけ」


「それでも感謝してるよ。これからも助力するから、よろしくね」


「おう、勿論だ」


「これ渡しておくよ。“排斥” を付与した魔石だ」


「いいのか?対価だろ」


「危険な魔力だ。王宮の魔術師団で保管しておいておくれ」


「分かった。恩に着る」


「それから、あの妹に教えた呪いに面白い仕掛けをしておいたんだ。

 あたしもああいう輩は好きじゃなくてね。聞きたいかい?」


「ほう、流石だな。聞かせてくれ」



話を聞き終えてスノウを見ると、彼女は小さな檻に閉じ込められている、

黒トカゲを触ろうとしたのだろう。指を噛まれてジタバタしていた。

笑いながら涙目のスノウを助けて、ルーンヴァインに別れの挨拶をし、

俺達は魔女の店を後にして、“夏至夜祭” に向かった。


ちなみに馬車の中で、何であのトカゲには守護が働かないんだと、

スノウに文句を言われたが、あれはお前を害する気も好きでもなく、

ただ単にお前の指が餌にでも見えたんだろと言うと、

納得いかない顔をしていて面白かった。




* * * * * * *




「おお~、すげー人だな」


「うん。初日と変わらず凄い人」


「迷子にならないように、手繋いで行こうぜ」


「えー…」


「マジでこの人混みの中ではぐれると洒落になんねぇぞ」


「分かってるけどー…」


「ほら」



大きなイグネシアスの手に、おずおずと自分の手を重ねる。

指と指の間をガッシリ掴んで手を繋がれ、その手を見てしみじみ思う。

私の手…小さいなぁ。まるで子供みたいに見える。

男の人って、何でこんなに大きいのだろう。



「ねえ、花冠はどうする?」


「ああ、何でもいいがな…」


「奥の出店がいいよ。センスのいい花冠が多いから案内する」


「おお~いいなぁ。スノウがリードしてくれんのか」



嬉しいのか、繋いでいる手を何度もニギニギしてくる。

こんな大きな手してるクセに子供みたい。


そういえば、お父様の手も大きかった…

アマンの魅了と排斥が働くまでは、子供の頃はいつも出かける時に、

良く手を繋いでくれたものだ。



「はははっ、スノウスフィアの手は小さくて柔らかいな」


「おとーさまの手、おっきいね!いいなぁ〜」


「お前も大きくなるよ」


「本当?おとーさまと同じになる?」


「同じにはならないなぁ、お前は女の子だから」


「ええー、何でぇ?スノウも大きな手になりたーい!

 そんで、お父様みたいにみんなを守る強い大人になるのっ」


「はははっ、スノウは優しい子だな。お父様は嬉しいよ」



下から見上げたお父様は、優しく笑顔で私を見てくれていた。

手の平から伝わる温もりは、今も私を優しい思い出として包んでくれる。

でも、それはもう失われてしまった。 



「どの辺だ?」


「あっ、うん。あそこ」



出店にずらりと並ぶ花冠をじっくり選んでいると、

おもむろにイグネシアスが花冠を手にとり、こちらに向き直る。



「これは?ほら」


「えっ、こんな派手なの?」



イグネシアスは、真っ赤な薔薇がメインで赤いガーベラとラベンダーの

一番目に付く派手な花冠を手に取り、ボスッと私の頭に被せる。



「おお、いいじゃん。似合うぞ」


「あんたも同じの被ってみなさいよっ」



似合っていないのを笑ってやろうと、背伸びして奴の頭にボスッと

花冠を被せると、意外と似合っていてムカついた。この美形がぁっ。



「よし、これでいいな。決まり」


「お、お揃い?」


「これ2つくれ、店主」


「はいよー、毎度ありーっ!仲良いねぇ〜お二人さん♪」


「……………」



こんな真っ赤でド派手な花冠をお揃いで…

まるで浮かれたバカップルみたいじゃん。


周りを見渡してみると、男女連れは同じ花冠をペアで被っている人が結構居た。

そして、みんな楽しむのに夢中で周りの目など気にしていない。

ま、いっか。どうせ祭りの間だけだし。


繋いだ手をブラブラさせながら、食べ物出店を見てまわり、

イグネシアスはお腹が空いていたようで、牛肉の串焼きを5本ペロリと食べた。

私はそんなに食欲はなく、夏初めに採れたイチゴとベリーを再び購入して、

イグネシアスの口にも放り込んだ。



「ん〜…瑞々しくて美味いな」


「これで来年の夏まで病気知らずなんだってさ」


「次から次へと、それらしい迷信を考えるなぁ…

 こういう商魂たくましい売り込み戦略は嫌いじゃない、ははははっ」


「中央広場に行ってみる?」


「んあ、メインイベントのダンス会場だっけ?」


「そう、みんな楽しそうで、見てるだけでも元気になるよ」


「俺たちも踊るぞ」


「は?」


「ん?踊らない気か?」


「いや、無理無理無理!見るだけ見るだけっ!」


「大丈夫だって、みんな自分が楽しむのに夢中で、

 お前のヘタクソダンスなんて誰も見てねーからっ」


「そういう事じゃないっ!」


「それに決まったステップとか無いフリーダンスだろ?」


「そうだけど、こんな大勢の中で踊ったことないし、恥ずかしいしっ」


「いーから、いーから。余計なこと考えんな」



何だこのポジティブシンキング野郎は。

踏ん張って抵抗するも、男の力には抗えずズルズル引きずられて、

挙げ句にヒョイと肩に担がれダンスの輪に加わり、ぐるぐる振り回される。



「ほらほら、ワルツの復習するぞ!ついて来い小娘がっ、ふははははーっ」


「ぎゃーっ!振り回すなっ、この悪役!」



イグネシアスに腰をガッシリ掴まれて、早いターンで翻弄され続け、

目がまわった私はヤケクソダンスを踊った。

周りの楽しげな雰囲気にも押されて、何だか段々楽しくなってくる。


踊りに参加してみてわかった。見ていた時とは全然違う。

体の中から湧き出てくる、この熱量。


楽しい。


心が浮き立ち、ふわふわする。

何でも出来そうな気分になる。


イグネシアスは、私の腰を持って上にあげたり下げたりグルグル回る。

その遊園地の乗り物みたいな動きを繰り返し、私はそれが可笑しくて、

ワルツとは言えないデタラメステップを踏み、壊れた玩具みたいに、

互いにゲラゲラ笑いながら、結構な時間を踊っていた。




* * * * * * *




「すぐ戻るから、そこに居ろよ!迷子になるからな!」


「分かったってば、早よ行け」


「ふははははーっ」



ダンスで消化が良くなったせいか、トイレに行きたいとイグネシアスは、

会場から少し離れた森の中の仮設便所へ、笑って手を振って行った。


何であんたはいつも、

反応の薄い私に嬉しそうに笑いかけるのよ。


王族特有の作り笑いじゃない、素の笑顔。子供みたいな無邪気な笑顔だ。

私が笑わなくても全然気にしてない、一緒にいるだけで嬉しいみたいな…


勿論、私も笑える。社交辞令の貴族令嬢らしい作り笑顔だ。でもそれは偽物。

心から笑っていない、体裁を取り繕うただのマナーの一つ。



私は、自分から相手に笑いかけるのは苦手だった。



だってお父様とお母様は、ずっと笑い返してくれなくなったから。

悲しかった。でも、ずっと笑っていた。笑顔で話しかけ続けた。


心の中では、いつも自問自答していたんだ。

私…何で笑っているの?こんなに悲しいのに、伝わらないのに…

でも、泣いたらもっと悲しくなる。だから頑張って笑っていた。


いつか…いつか、お父様もお母様も笑い返してくれる。

昔みたいに、スノウスフィアって名前を呼んで笑ってくれると信じて。


…でも、疲れちゃったんだ。


アマンに向ける優しげな瞳も、笑顔も、

とうとう私には一度も向けてくれなかったのだもの。




「いい匂いがする。

 絶望して悲嘆してる、耽美な匂いだ」




声が聞こえたと思ったら、ゴオッと強い風が吹き一瞬目を瞑る。

そして、赤い瞳で黒髪、フードを被り全身真っ黒のマントに身を包んだ、

男が逆さまで私の目の前にいた。


逆さまの顔が私の顔と同じ位置で体を屈めて、宙に浮いて覗き込み、

光る赤い瞳を細めて、ニヤリと笑う。



「可哀想に、可哀想に…寂しいんだね。ふふふふっ」


「……………」



これ、ひょっとして魔物?

そして、手を伸ばして私の頬に触れようとした…がっ、

当然のように、バチーンッとイグネシアスの守護に弾かれる。



「いっ、てぇーーーーー‼︎ なんっ、何だぁ、これぇ!」



この守護最強かよ。


そして、以前に花の魔物を捕獲した経験で味をしめた私は、

そいつの長い前髪を両手でムンズと掴み、バチバチ守護弾き攻撃を喰らわせる。



「ぎゃーーーーっ!離せー!イデデデデデデデーーッ‼︎ アババババーッ!」


「おー、効いてる効いてる」


「フギャブッ!」



と変な悲鳴を上げて、黒マント男は白目をむいて失神してしまった。

トイレから帰って来たイグネシアスは、ぐったりした黒マント男を捕獲し、

満面の笑みのふんす顔の私を見て、憮然とする。


そして、すぐ近くに私を助けようとしてこちらに来たが、

捕獲の様子を見てやめたのか、エルヴァン騎士も笑いを噛み殺した顔して、

肩を揺らして立っていた。



「ふははっ、…ったく、オメーはまた変なのに絡まれてるし…

 油断も隙もねーな!」


「コイツが勝手に近寄って来たんだもーん」


「ん?これ…コウモリの魔物じゃん」


「コウモリ?」



何でも夕暮れ時に紛れて人間を探して嗅ぎまわり、

対象者に催眠をかけて眠らせて、その隙に血を啜るそうだ。

悲しみや苦しみを抱えている、ネガティブな人間の血の味が大好物で、

大抵は死に至る量までは啜らないが、時には加減を間違え吸いすぎて、

年に何人か犠牲者が出ているらしい。

好物はネガティブ味の血液だが、主食は果物や野菜だそうだ。


ああ、私が家族とのネガティブな事を考えていたせいか。

隙が出来てしまっていたのだ。



“ 隙を見せると取り憑かれるぞ ”



シバルバ様にも言われていたのに…いけない、いけない。

それにしても…最近、遭遇しすぎじゃない?



「ふん、まあいい。飛べる魔物は使えるしな。

 捕獲して王宮で使い魔にするか…」


「え?…」



イグネシアスが、パチンと指を鳴らすと、

フッとその魔物の姿が消えた。



「あれ?消えた、消えたんだけどっ!」


「さて、傭兵に報告してくるから少し待っててくれ。

 エルヴァン、近くでこいつの護衛頼むわ」


「はっ」


「い、今の何?あんたがやったの?」


「ああ、王宮の地下牢に送った」


「そんな事も出来るの?凄い…」


「…オメーは素直でいいなぁ。ふははははーっ」


「え、だって凄いじゃん。転移魔法でしょ?

 もしかして、自身の転移も出来るの?」


「ああ、出来る。でもこうやって捕獲ブツを転移する以外は、

 残念ながら使うのは禁止されている。

 この魔力はチートだからな、益々周りに警戒されるだろ?」


「…そういうもんなの?」


「ああ。あそこに傭兵いるな。魔物出現の注意と報告してくる。

 すぐ戻るから、この辺から動くなよ?」


「うん…」



アイツ、どんだけの魔力属性持ってんだろ。

少し出店側に近寄って移動すると、ふと音が聞こえてそちらに視線を移す。



カラカラカラカラ…カラカラ……



…何かしら、あれ。


出店にたくさんぶら下がっている装飾品。

私はその装飾の不思議な動きと、綺麗さに引き寄せられてフラフラ近寄った。


綺麗…くるくる回って…これ飾り?何に使うんだろ。

私が見惚れていると、報告から戻ったイグネシアスが後ろから声を掛けてくる。



「それはモビールだ。子供の玩具みたいなもん」


「玩具なの?」


「ああ、子供をあやしたりする時に使う。ベッドの上に吊るしたり、

 窓辺に吊るしたりして風が吹くとクルクル回って動くんだ。

 …ほら、こんな感じになる」



彼がフーッと息を吹きかけ、クルクル回して実演してくれる。

綺麗だな…でも、子供の玩具かぁ…ちょっと欲しかったけど諦めよう。



「へぇ~……」


「欲しいんだろ?」


「ううん、いい。子供用なんでしょ?」


「いや、大人でもインテリアとして飾っていいぞ。

 買ってやる。どれがいい?」


「えっ⁉︎」


「お前、こういうの与えられなかったんだろ。ほら選べ」


「いや、欲しかったら自分で買うしっ」


「これがいいんじゃね?お前が最初に見てたヤツ。

 白い花びらが舞ってるみたいで、綺麗だし幻想的だ」


「あ、うん…まあ…」



そうだ…これは、まるであの観劇のラストシーンそのものだった。

舞い散る白い花びら…共に散っていったあの二人の美しい光景。

私は無意識に、このモビールに惹きつけられていたのだ。



「よし、店主これくれ」


「はははっ、いい彼氏だねーっ、毎度ありー♪」


「……………」



結局…買われてしまった。

こいつ、私の感情を読むのが異常に上手い。だから嘘を付いても無駄なのだ。

分かってはいるけど一応抵抗はしてみるが、毎回見事にあしらわれる。



「俺が持つ。お前落としそうだから」


「…ありがと」


「お?素直だな」


「あんたに抵抗すんの疲れたし、無駄みたいだから…もういい」


「抵抗しなきゃいいだろ、アホだな」


「はいはい、どーせ、アホですよーだっ」


「お?拗ねたスノウも可愛いなぁ~」


「……………」



こいつ、全てがプラス思考なんだが。どんだけ前向きなのよ。

どんな言葉を投げかけても、肯定の盾でカンカン弾き飛ばしてくるし。


ああ、だから…コイツと一緒にいる時は、落ち込まなくなったんだ。

手を繋いで歩いていると、いつの間にか “未来辻” に居た。

イグネシアスは大喜びで面白がって揶揄ってくるに違いないと頭をよぎり、

黙って素知らぬふりで通り抜ける。



「何だここ…“未来辻”?」



よりによって目敏く、設置してある案内看板を読み上げ始めやがった。

私は慌てて奴の手を引っ張るがビクともしない。



「引っ張るなスノウ。今読んでんだから…」


「ただの夢見る乙女たちのおまじないの催しだよっ!

 気にしなくていいってばっ」


「…ほうほう…へぇ~おもしれ~、運命ねぇ…

 ま、俺はもう決まってるから、こんなものに頼らねぇけどな」


「…え?」



意外と奴は興味を示さなかった。

腕をブンブン揺らしながら、また歩き始める。

この手繋も最初は気恥ずかしかったが、いい加減慣れてしまった。



「さて、祭りも満喫したし、そろそろ帰るか。

 夜も更けると、ああいう魔物がもっと寄ってくるのも面倒だしな」


「うん、そうだね。でも、あんたの転移魔法は素直に羨ましい」


「はははっ、スノウは邪推しないからそうやって普通に驚いてくれるが、

 他の奴らは俺を脅威と感じて、怖がるんだよ」


「でも、あんたはそんな間違った使い方しないでしょ?」


「全ての人間が、お前みたいに素直に考える訳じゃないんだ。

 現に俺は、ガキの頃に処分される予定だったしな」


「………え?何、それ…」


「俺の魔力量がすげーの知ってるだろ?」


「うん…」



イグネシアスは、繋いだ手をブラブラしながら、

他人事のように自分の過去を語り始めた。


強すぎるのは、恐れられ、脅威になる。

人間は、自分が支配できないモノを嫌がるし怖がるものだ。


話し合いの議会で、今は亡きイグネシアスのお母様が、

処分するよう要求する貴族達にブチギレたらしい。


恐ろしいものを削除するのは簡単だ。すぐ解決するからな。

だけど、それでいいのか。

脅威に立ち向かえない腰抜け共が、国を守る為なぞ笑止千万。

この魔力を上手く保有できれば、この国の絶対的な正義になり、

他国からの圧力や侵略からの抑止欲になり、強みとなろう。


約束しよう。

この子は、私が責任を持ち厳しく教育して、道を違えさせぬ。

必ずや立派な国の王として育てよう。


こうして、イグネシアスは生かされる事となった。


しかし、その道のりは順風満帆ではなかった。

彼の魔力は強すぎて、近くにいる者達が次々魔力酔いで倒れて行く。

最悪な事に、彼の問題はそれだけでは無かったのだ。


近くにいる魔力持ちの人の魔力を複製できる能力も発覚。

子供の頃は制御が出来なかったし、そのせいで魔力属性もどんどん増えて行く。

魔力封印も、今現在のように安定していなかったし研究も進んでいなかった。

あの黒曜石の魔力封印の腕輪は、そんな中で苦労して作られたのだ。


そして、王妃様は息子の育成の全ての責任を背負い、その長年の心労が

祟ったのか安心したのか、イグネシアスが国王として即位した一週間後、

突然の心停止でこの世を去ったのだ。



「それで母上は、鬼みたいに俺を徹底的に厳しく教育していたんだ。

 まあ、国の為は建前で全て俺を生かす為だった。

 でも、まだ子供だった俺には、そんな事情は分からなかったんだよ。

 一時期超反抗しまくって、随分手を焼かせちまったからな…

 今では、母上にはすげー感謝している」


「そんな大事なこと…私に話していいの?」


「スノウは口が堅いだろ?」


「まあ、わざわざ人に言う理由ないし」


「お前のそういう所が好きだ。

 さらに俺の魔力の影響受けねーし、具合も悪くならない。

 そして、何より俺を恐れない」


「鈍感で無礼者だって、言いたい訳?」


「ふははははーっ、

 だからな、そんな人物が存在するって知って、

 俺がどんなに嬉しかったか分かるか?」



それで、あの言葉だった訳ね。

ただの変態だと思っていた私は、少し忸怩たる思いだった。



彼は王子として生まれながら、歓迎された存在では無かった。



その事実を知り、私は少なからず衝撃を受けた。

今は魔力封じがあるけど、昔は誰も彼に近づけなかったのだ。


私は、どこかでコイツは別人種だと、特別な存在だと思って線引きしていた。 

だけど、完璧だと思っていたイグネシアスが、私と同じ普通の人間だと、

改めて気付かされ実感したのだ。 


そして、壁を作っていたのは…私だ。

自分とは違う、身分が違う、住む世界が違う…

そんな事を言い訳にして、イグネシアスを遠ざけていた。


でも、だからって向き合えるように…なるのかな…


ああ、だからか。


私の痛みを理解できるから…守ってくれようとしていたんだわ。

意外にも、コイツは私と似たような境遇だったんだ。


イグネシアスは、逃げられない運命の中で努力して、

それを己の強さに変えたのだ。


私は?私は強くなれるのだろうか…

自分の心に素直になって、イグネシアスと地位も身分も関係なく、

一人の人間として向かい合えるのだろうか。



でも、どうやったって…

身分差を埋められないのは現実なのだ。

それにアイツには正妃様がいるし…



ああ私は、また逃げる理由を探している。

だって…怖いんだもの。

どうしようもない現実が、どんどん押し寄せてきて不安になる。

私はまだ…心を…開くのが怖いのだ。



ふと、イザベラード伯爵夫人の言葉を思い出す。



“結局ね、最終的には心と心の繋がりが一番大切だし、支えになるの”


“人間の基本的なコミュニケーションは言葉でしょ?

何度もやり取りしていくうちに、その端端で言葉がなくとも仕草や声色で、

相手の気持ちを察したり、理解できるようになって互いに心が繋がるの”


“最後に欲しいのは、必要なのは、心よ。愛しい人との心の繋がり。

そして、少しだけの互いの体温を感じられる優しい抱擁で充分”


“あなたはまだ若くて綺麗だけれど、それに出会えているかしら?

もしまだなら、出会えるよう祈っているわ”



言葉から始まる、心と心の繋がりか…

でもそれは、心を開かないと無理なのよね。



私は…出会えているのだろうか。



イグネシアスと繋いでる手をチラリと見て、

いつもと違い、もっと近く温かく感じた。



色んな愛の形がある。


夫人と旦那さんみたいに、チグハグだけど心はしっかり結びついている愛、

イグネシアスと王妃様みたいに、相手の為に厳しくして尽くす愛…


私はどんな風に愛し、愛されるのだろう。



「あー、楽しかったな。また来年も来るか」


「えっ、あー…そうだね」


「ふふん、言質取ったぞ?」



そして、花冠を燃やすのをすっかり忘れて、二人揃って持ち帰り、

その花冠を見たリタに、赤い薔薇の花言葉を聞いて驚愕する。



“愛情、情熱、あなたを愛しています”



あいつがそれを知っていて、赤い薔薇を選んだのかは不明だが…

その後私は変に意識してギクシャクしてしまい、不自然に目を逸らしまくり、

距離を取りまくり、イグネシアスに半目で訝しがられたのだった。






いつもご拝読ありがとうございます。

本業の忙しさ具合で投稿の更新は不定期ですが、一週間に二度程の更新を目指して行きたいと思っております。本当は二日に一度更新をしたいのですが、仕事があるとやっぱり難しく、それに急いでしまってお話のクオリティを下げたくないので、このペースでやって行こうと思います。今後ともよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。