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〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


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第十八夜 ~夜の劇場~







「やあ、可愛い人。君にこれを贈ろう」


「………へ?」


「お嬢様、花の魔物です」


「ああ、あの優男?こんな花の塊が本体だったんだ…」


「君には白い百合を贈ろう。マドンナ・リリーだよ。

 花言葉は、高貴、威厳、純潔、無垢、無邪気。君にピッタリだ、美しい人」


「まあ~、素敵じゃないですか。頂きましょう、お嬢様」


「え、受け取って大丈夫?」


「ふふっ、大丈夫です。今王宮の女性達に人気なのですよ。

 自分のイメージに合った花をくれる素敵な魔物だって」


「……あ~、ありがとう」


「もっと自信を持って。君は凛として美しい。

 そして、とても可愛いよ。じゃあね~」



百合を受け取ると、手を振ってワサワサ中庭に去っていく花の魔物を見送る。

私のあの捕獲の時の奇行は、もう忘れている模様。

見かけは妙だが、イグネシアスの言う通り無害な魔物だった。

確かに、こんな風に花をくれるのは嬉しいし、女性陣に人気が出るはずだ。


そして、魔物の存在は王宮の花々に影響も出ていて、

この季節に咲かない花まで咲き誇り、庭が随分賑やかになっているのだ。


妃教育帰りで、中庭に面している外廊下を歩きながら、

何だか嬉しそうなリタが話しかけてくる。



「お嬢様、お祭りの服装はどういたしますか?」


「一般人として参加するからワンピースでいいよ。目立ちたくないし。

 それに、祭に浮かれて素行の悪い連中もいるでしょうし」


「そうですねぇ…この間陛下から頂いた中で一番カジュアルなのにしますか」


「うん。髪も三つ編みとかで目立たないようにしないと。この髪色珍しいから。

 目は…どうしよう…帽子とか被れば良いかなぁ…」


「この際ですから、女官として出掛ける機会も増えるでしょうし、

 髪と瞳の色を変える魔道具でも、魔術師団から買っておきますか?」


「そうだね、その度に借りるのも手間だし…給金も大分貯まったはずだし…

 財務部の自分の金庫からお金引き出してこようか。

 ああ、リタもいつもの侍女のお仕着せ服じゃなくて、普段着で参加してね」


「はいっ。うふふっ、楽しみですね~」



伯爵家から出て絶縁してから、私は平和な日々を送り、

私を認識して評価してくれる人達に囲まれ、自らを肯定する事に慣れていった。


そして、森の奥や山奥で一人きりでいるより、

近くの人達に存在を無視される方が、虚無感が強くて辛いのだ。

目の前にいるのに無視される。あの孤独感は…救いようがない。

自分に原因があって嫌われているのだと、自分は何をしたのだろうかと、

自問自答して、永遠に自己否定が終わらない。


少なくとも今は、それが無くなったのだ。

全然問題が無い訳ではないが、心は安定しているし幸せだった。

普通になったと言うべきだろうか。


花の魔物に貰った百合をプラプラ揺らして、

私は財務部に足を運んだ。



「え~と、エルッヒ女官殿の金庫の口座ですね。

 只今お預かりして保管している預金合計額は、こちらになっております。

 そしてこちらは、お支払いとお預かりのお取引内容の詳細記録です。

 引き落とし額をこちらにご記入ください」


「はい……え゛っ……」


「どうしました?何か問題でもありましたか?」


「い、いいえ。大丈夫です。

 え~と、ここに記入すればいいんですね?」


「はい。終わりましたらお呼びください」


「はい、ありがとうございます」


「…どうしました?お嬢様」


「いや、金額にビックリしただけ。女官が高収入なのは知っていたし、

 夢渡りの仕事の分も含まれているせいだと思うけどさ…ほら…見て…」


「…っ、‼︎ ……」


「ね?いつでも自立出来そうだわ。

 でも、私はコネ使ってるから少し後ろめたいけど…」


「お嬢様が努力して得てきた物が身を結んだだけです。自分を誇ってください。

 コネだって、お嬢様の社交繋がりで出来た縁ですよ」


「ふふっ、うん。そうだね。この後リタの服買いに行こうか」


「は?いいえ、いりません。そんな無駄使いしないでください」


「だーめ、伯爵家では私付きの侍女だったせいで、ずっと贅沢してないし、

 私服も着回しばっかでしょ。お祭り用に素敵なワンピース買おう!」


「ええ~…」


「もう、決めたもーん。命令だよ、リタ」


「お、お嬢様~」



お祭りで使うお金を少し引き落とし、予想外の金額に度肝を抜かれたが、

今まで伯爵家の事ばかり優先して、自分の為に生きて来なかった私は、

遅ればせながら、自分の人生を楽しもうと思っていた。


そして、それは私だけでは無く、どんな時も付き従ってくれた侍女リタもだ。

恐縮して遠慮するリタを引きずり、久しぶりの街でリタに似合う、

落ち着いた女性らしいワンピースを5着買った。

もっと買いたかったが流石にリタに止められてしまった。




* * * * * * *




「スノウ、左手出せ」


「な、何?」


「警戒すんな」


「…………」



イグネシアスは警戒されてムッとしたのか、私の了承を無視して、

ガシッと左手を掴み、素早く左の薬指にスルリと黒い指輪をはめ込んだ。

意味ありげな物にビックリして、その場で地団駄をジタバタ踏み、

奴から必死に距離を取ろうとするが、私のその動揺した変な動きを見て、

イグネシアスは盛大に吹き出した。



「えっ、な、何⁉︎ 何なのっ!」


「ふははははーっ! オ、オメーは、拾いたての猫かよ。ぶははっ…

 まあまあ、落ち着けって、これは姿を変えられる魔道具だ」


「え、あっ、そう…なんだ…ビックリした〜…

 てゆーか、事前に説明しなさいよ!」


「お前、その瞳と髪じゃ目立つだろ。上下で二本に分かれている指輪だ。

 使い方は、上のを回すと瞳と髪の色、下を回すと外見と性が変化する。

 頭で想像したのに近いモノに変わるから、変幻自在で便利だぞ」


「へぇ〜…凄い仕様だね。ああ、貸してくれんの?

 私、自分で買おうと思ってたんだけど…」


「やるから買うな」


「嘘…いや、これ高価でしょ?

 それに私、貰いすぎじゃない?何も返せないよ?」


「仕事で返して貰っている。この前なんか死にかけただろ。

 その詫びだと思え」


「ん~~~…ありがたいけどー…」


「必要経費だ。気にするな。

 素直にありがとうって言え、ほれ、せーの」


「アリガトウ…ゴザイ、マシタ」


「棒読みなのが気になるが…まあいい。

 今日の夜、祭り行くんだろ?」


「うん。仕事じゃないのに、本当にエルヴァン騎士借りていいの?」


「ああ、まだお前には必要だし、貴族令嬢と侍女の女二人だけは危ないだろ。

 スノウとリタから離れた場所で見守り護衛してくれているから、

 エルヴァンの事は気にせず祭りを楽しめ」


「うん、分かった」


「気を付けて、楽しんで来いよ」


「うん」



イグネシアスは微笑んで私の頬を撫でて、仕事に戻って行った。


こんなに甘やかされると、不安になってくる…

これは私の悪い癖だ。相手の好意を素直に受け入れられない。

自分自身、親切にされることに慣れていないせいだろう。

どんなに褒められても、自分の価値が分からない。


あの10年の孤独で、私は何をしても報われずに全てを諦めてしまった。

そして、一人でいる事、孤独でいる事に慣れてしまった。

価値がなくても生きて行かなくてはならない…生きていたい。

その生き抜く本能が、そういう自分を作り出して切り替えたのだ。   

そのせいで、自己否定したまま、分厚い蓋が心を閉じている。


イグネシアスは、少しずつ…その蓋をこじ開けようとしている。



「すごい指輪ですねぇ…これ、黒曜石でしょうか。

 お嬢様、どんな感じにします?」


「えっ、うん。茶色の瞳と髪にする。一番多い色だし…」


「性も変えられるって凄いですね」


「男に…なってみようか?」


「見たい気もしますが、

 男性の仕草を研究してからの方がよろしいかと」


「あははっ、そうだね。ナヨナヨした気持ち悪い男になるね」


「今回は瞳と髪の色だけで充分ですよ。

 夜のお祭りなので辺りも暗いですし」


「うん、じゃあ早速…えーと、上のリングを回して…」


「まああああっ、凄い!別人みたいです!鏡を見てくださいお嬢様!」


「…うわ、面白いこれ。本当に私?凄~いっ‼︎ 」



その後調子に乗って、色んな色に変えて遊びまくったのは言うまでもない。

そして、二人で初めての “夏至夜祭” へワクワクしながら、向かったのである。




* * * * * * *




「うわ…」


「花だらけです…装飾が美しいですね」


「うん…」



“夏至夜祭” の出入り口の花の装飾のアーチを潜ると、

さあ買えと言わんばかりの花冠の出店がズラッと並び、

上には花を装飾したランタンが均等な距離でぶら下げてあり、

それはずっと道沿いに続いていた。


出店の設備担当をしていたものの、

最終的な装飾の光景を見るのは初めてで、感動ものだった。


始まったばかりの時間だったが、

もう既に凄い人数の人々でごった返している。

そして、皆んな笑顔で楽しそうなのだ。

その雰囲気につられて、こちらもワクワクしてくる。



「お嬢様、花冠どうしますか?」


「あ、そうだ。あのね私花冠の出店の担当した時に、

 センスがいい花冠を作ってる出店をチェックしておいたんだ。

 もっと奥にあるからそこで買おう」


「まー、流石お嬢様です!」



リタと手を繋いで、人がごった返す道を笑いながら足早に歩く。

こんな人混みの中を歩くのは初めてで、最初は人を避けるのに苦労したが、

段々慣れてきて、それさえ楽しい。


何年ぶりだろう…

こんな風に、子供みたいにワクワクして無邪気な気持ちになったのは。


そして、出店に赴き他の客に混じって、

飾られている花冠をじっくり選ぶ。


リタには、紫陽花メインでトルコキキョウとヒイラギの花冠を私が選び、

私には、白薔薇がメインでダリアとセージの花冠をリタが選んでくれた。

どれも素敵だったのだが、お互い似合うと思うものをワイワイ選んで、

店員さんも巻き込んでやっと決まったのだ。



「リタ似合うよ。可愛い」


「まあ~、ありがとうございます。

 お嬢様は女神のような神々しい美しさです」


「リタは私を贔屓しすぎだって」


「本当ですもの。少しお腹空きましたね…何か食べませんか?」


「うん、食べ物の出店は向こうだよ」


「あら、お嬢様は出店担当のお仕事してたお陰で、

 場所に詳しくて便利ですね」


「ふふっ、催し場所もバッチリよ。案内は任せて。

 この祭りのメインイベントは、中央広場のダンス会場だよ。

 大木に花をデコレーションしたオブジェが真ん中に立ててあって、

 それを囲んで輪になって、みんなで夜通し踊りまくるんだって。

 後で踊り狂う人達を見学に行こう」


「確か、オブジェはお祭りの最終日に燃やしてしまうんですよね」


「そう、それも見所の一つなんだってさ」



私たちは串焼きソーセージチーズを買って食べ歩きながら、

イチゴとベリーも購入した。

夏初めに採れたイチゴとベリーを売る出店も多く、

これを食べると、来年の夏まで病気をしないと言われている。


私はこれをもう一人分購入し、遠くで護衛してくれている普段着姿の

エルヴァン騎士に、タタッと足早に近付き彼にその2品を手渡し、

すぐ離れた。いつも守ってくれている彼に、ちょっとしたご褒美である。

エルヴァン騎士は初め「?」が頭の上に浮かぶ顔をしていたが、

すぐに理解して、快く笑顔で受け取ってくれた。


食べられる花の花びら入りの果実酒と果実水もあり、

私たちは果実水を購入して、出店を見て回った。

花に関する装飾品も沢山売られており、その中で、

可愛い花冠をモチーフにした陶器のブローチをリタとお揃いで購入する。



「いいですねぇ。お祭りって、ずっと心が浮き立ってます」


「うん、マナーとか気にせず楽しめていいね。私も好きだわ」



パパパパパーンッ!パンパンッ!パパパパ…パーーーーンッ!



「うっひゃあっ!」


「……あー、びっくりした…かんしゃく玉だよ、リタ落ち着いて」


「はあ?何ですかっ、それ…心臓止まるかとっ…」


「悪いのを寄せ付けない為に、お祭り会場の外に向かって、

 かんしゃく玉を投げるんだってさ。

 ほら、かんしゃく玉を売ってる出店もアチコチにある」


「も~…随分乱暴ですね」


「ふふっ、先に言っておけば良かったね。

 ほら、ここ “未来辻” だよ」


「何ですか?それ」



“未来辻” とは、祭り仕様の人工的に作られた交差点であり、

そこに立っていると、運命の人や未来の結婚相手に出会えると言われている、

乙女が喜びそうな祭りの催し物なのだ。



「まあ~、そんなモノがあるのですか?」


「リタ立ってみて」


「いいえ、こんなおばさんに運命だなんて…」


「え、まだリタ30歳でしょ?」


「おばさんです…」


「もー、何言ってんの、そんなに綺麗なのにっ!

 ほら、試してみようよ」


「ちょっ、やめてください。お嬢様~!」



狼狽している彼女をグイグイと押して “未来辻” に立たせてみる。

すると、エルヴァン騎士が近づいてきたのだ。

目を丸くするリタと、遠くでニヤつく私。


なんでも突然ポツンと一人になったリタを心配して、駆けつけてくれたそうだ。

顔を真っ赤にして、何でも無いと弁解してるリタは乙女みたいで可愛かった。

周りで見物していた女の子達も、きゃあきゃあ盛り上がっていたし、

これは、あながち本当なのではと、私は密かに喜んでいた。


顔を赤らめているリタを連れて、中央広場へ向かう。

ここはもっと大盛り上がりで、見物客も参加者も凄い人数で賑わっていた。



「すごーい。皆んな元気だねぇ」


「そうですね。凄い盛り上がりです」



花々で装飾された大木を囲んで、笑顔で輪になって踊る人々。

弾むような演奏をしている、楽器担当の人達も楽しそう。


観客の手拍子と、中にはかんしゃく玉の音も混じりカオスだが、

同じ時間と空間を共有する同士から生まれる、溢れ出る歓喜の一体感。

このエネルギーを何かに変換できれば、物凄い事になりそうだ。


私とリタは、しばらくその光景を楽しんで眺めていた。

そして、夜も更けていくと治安も悪くなるので、そろそろ帰ろうかと、

中央広場から離れて、プラプラと出店を見ながら歩いて行く。


途中で、棒に通すと幸運が訪れると言われている、

花輪投げの出店に立ち寄ってやってみたが、私とリタは見事通して、

祝福のカランカランと派手な鐘を鳴らされ一瞬注目を浴びたが、

景品の丸いガラスの中に、永遠に枯れない一輪の虹色の薔薇が入っている、

フラワードームを貰ってホクホクだった。


因みに、これはマリージュちゃんが想像で描いた、

虹色の薔薇の絵を気に入り、購入したイグネシアスが、

その薔薇を実現させようと、農林水産省の植物研究開発部で作らせたのだ。

「レディ・マリージュ」と名付けられ、花屋では買えない、

王家からの許可が無ければ決して取り扱えない、特別で希少な代物だった。



「何て綺麗なんでしょう。

 ふふっ、楽しかったですね、お嬢様♪」


「うん。いいね、こういうの。毎年来ようか?」


「はい!」



そして、祭りから帰る時には、花冠を持ち帰ってはいけないという、

変なしきたりがある。なんでも、賑やかさに釣られて寄ってきた、

人外の者も家に連れ帰ってしまうからだそうだ。

昔は川や排水溝に花冠を流していたが、排水の詰まりや川の汚れ問題になり、

今は出入り口にある、大きな焚き火に投げ込んで焼いて行く事になっている。



「勿体無いですね…こんなに綺麗なのに焼いてしまうの…」


「持って帰っても問題ないらしいよ。ただの迷信だもの」


「う~ん、でもやっぱ怖いから焼いて帰ります」


「はははっ、そうだね」


「やあ、もうお帰りかな?綺麗なお嬢様方」



もう人もまばらな出入り口に近い場所で、不意に声をかけられる。

そちらを見ると、丸メガネの少し長いウェーブしたミルクティー色の髪の

男性で黒タキシードみたいな衣装に身を包み、綺麗に礼をして、

私たちの前に立ちはだかる。



「突然お声がけして申し訳ありません。

 只今私共の劇団は、この先の森の奥で演劇を行っております。

 もし、よければ観賞して行きませんか?」


「…え?こんな外れで?」


「はい、おかげで観客が集まらなくて困っているのです。

 今日の為に皆頑張ったというのに…そんなにお時間は取りません。

 15分程の演劇です。どうでしょうか?」


「あれ?でも、観劇の催しなんて…あったかな?」


「ギリギリに決まったのです。ですから、会場がこんな外れになりました。

 演題は “夏夜の舞” です。とてもロマンチックですよ」


「……………」



正直、少し見たい。

そういう娯楽には、今まで縁がなかったから。



「お嬢様、15分位なら…」


「リタも観たい?」


「はい…」


「じゃあ、観て行こうか?」


「ありがとうございます。光栄です。

 では、ご案内します。お嬢様方、こちらです」



行ってもいいのだろうか。

でも、エルヴァン騎士も居るし…たまにはいいか。

その男性の後をついて行き、私とリタは森の奥に足を踏み入れた。




* * * * * * *




“夏至夜祭” の喧騒が遠のいて行き、しばらく暗い道を歩かされたが、

朧げにランタンが点々と見えてきた。


そして、深い森を抜けると小さな平原が見えて、劇場が姿を現した。

大きな木が二本立っている間を利用した、自然の中の舞台だ。

背景は枝に括り付けた白いカーテンで仕切ってあり、

舞台裏は見えない様にしてある。

垂れ下がっている蔦や、木々の葉がいい感じの雰囲気を出していて、

全体的に暗めだが、その方が幻想的に見えるのだろう。


そして観客席は、座るタイプのハンモックが吊り下げてあった。

私たちの他に観客はおらず、貸し切り状態。



「え、私たちだけ?」


「い、いいのでしょうか?独り占めですよ」


「さあ、一番いい舞台正面の席へどうぞ」



席に促され、私とリタはハンモックにグラつきながら座る。

ゆらゆら揺れて心地いいし、何だか楽しい。


私は後ろを振り向き、エルヴァン騎士を手招きした。

彼は戸惑いながらこちらに来る。

ずっと立っていて疲れているだろうし、他に人もいないし、

演劇を座って一緒に観ようと誘った。

彼は少し考え込んだが、さっき案内してきた男性にも促され、

遠慮しながらも隣に座ってくれた。私は二人に挟まれる形になったが、

隣にいるリタが僅かに肩を揺らしていたのが分かりニヤリとする。

ふふふ、リタったらエルヴァン騎士を意識してるわ。



そして、男性の指笛で貸し切りの演劇が始まったのだ。



緑色の照明が照らされる。

そして可憐で美しい女性が、走って来て舞台の中央に倒れ込む。

どうやら森に迷い込んで、助けを求めているようだ。


そこに背の高く髪の長い男性がゆっくり姿を現す。

彼が歩くと足元から、次々咲き誇る花々。


彼は彼女に手を差し伸べて、二人の目が合い恋に落ちたのが分かった。

ふんわりと二人の衣装と髪が風で動いたのだ。


────なんて…美しく綺麗なのだろう。


凄い…これ魔法も使っているのだろうか。

横にいるリタは、もうこの世界観に引き込まれているようで、

静かに感嘆の声を上げている。


暗い照明の中で見えやすくする為か、二人とも白っぽい髪に衣装だった。

それが舞台に浮かび上がっている。


男性は彼女を送り届けて二人は別れる。女性はどうやら一国の姫君のようだ。

恐らく男性は森の人外の存在で、魔物か、精霊か、妖精かは不明だが…

種族が違う二人が、惹かれ合ってしまったのだ。


そして姫君は他国の王に、側妃として迎えられる事になったが、

あの男性が忘れられないでいた。

彼女は、意を決して城を抜け出し、再び森に足を踏み入れ彼に会いに行く。


二人は再会するが、男性は彼女を返そうとする。

彼は苦しそうだった。彼女を好きになっているのが一目で分かる。

種族の違う二人の行く末が、彼には分かっているからこその行動だったのだ。


しかし、そんな押し問答をしているうちに、二人は自然に見つめ合って、

強く引かれ合い、その思いに贖えずに美しいダンスを踊り始めた。


ゆっくりと見つめ合ったまま、手を取り合って…

そこには、二人だけの世界と愛だけが溢れている。

お互いを恋い慕う、美しい愛情だけが ────。


そして、舞台には花びらがヒラヒラと舞い散り、

絵画のような幻想的な美しさを展開していく。


────ああ、この二人はどうなってしまうのだろう。


そこに、バタバタと騎士達が大剣を抜いて駆けつけてくる。

後をつけられてたのか、姫を取り戻しに来たらしい。


姫君は両腕を広げ前に立って彼を守る。彼は彼女を落ち着かせて返そうとする。

しかし、男性が背中を向けた時に、騎士の一人が大剣を振り上げ斬りかかる。

それに気がついた姫君は、彼に抱きつき体を反転させて庇い、

背中を斬り付けられてしまう。

倒れ込んだ姫君を男性が抱き留めて、驚愕に目を見開いた。


────横のリタが小さく悲鳴を上げて、私もビクリと肩が揺れる。


姫君は震える手を彼の頬に添えて、愛していると伝える。

そして、パタリと腕が力無く落ちて、彼女は動かなくなった…


騎士達は狼狽しながら、その場から慌てて逃げ去って行く。


男性は彼女を強く抱いて体を震わせ、しばらく俯いていたが、

静かに顔を上げて彼女を抱き上げ立ち上がり、

彼が立っている場所だけ、舞台がどんどん迫り上がっていった。

周りに生い茂っている木々より更に上に伸びていき、ピタリと止まる。


固唾を飲んで上を見上げていると、

彼は彼女を抱えたまま、そこから躊躇なく飛び降りたのだ。


────リタが再び悲鳴を上げる。私も小さく声が漏れた。


二人は地上に落ちる前に、バッと姿が消えて花びらになり舞い散った。

物凄い量の白い花びらが客席まで舞ってくる。



二人は消えてしまった。



そして、舞台は真っ暗になる。



「ふぅ~〜〜〜っ!素晴らしいっ!」



パチパチと拍手しながら、

ここに案内してきたタキシード男が舞台に現れる。

余韻に浸る間もなく、いきなり現実に戻され、

私はボンヤリとその男を見ていた。



…え、これで終わり?

こんな…終わり方すんの?



シンと静まり返る観客3人の私たちを尻目に、

大盛り上がりのタキシード男。



「いかがでしたか~?素晴らしい悲恋物語でしょう?」



悲恋の物語…だったのか…



「あ~、えーと…演出や役者さんや世界観は、

 幻想的で素晴らしかったです…ですが…」


「そうでしょう、そうでしょう!ん?何かご不満が?」


「最後は二人ともその…亡くなったんですよね?」


「ええ!そうです。素晴らしい散りざまで美しかったでしょう?」


「いいえ、それが嫌でした。

 ハッピーエンドになって欲しかったです」



リタも横でウンウンと力強く頷き、エルヴァン騎士もコクリと頷く。



「ええ〜~⁉︎ 」



タキシード男は不満そうだが、あの悲劇エンドのお陰で、

こっちはすっかり祭りの熱が冷めてしまったのだ。



「ああ~、分かってませんねぇ!悲恋こそ、破滅こそ芸術!

 儚さこそ美しさなのです!散っていく花びらの舞う姿のなんと優美なことか!

 滅び行くからこそ、思い通りにならないからこそ、葛藤があり、

 様々な事柄が展開して、運命が錯綜し、ドラマが生まれて行くのです!

 異種族の超えられない壁、身分差の報われない恋、最高ではないですかぁっ!

 それに全て思い通りに上手くいく、何もかも手に入る物語など、

 何も生み出さないし成長もしない、何とつまらない人生なのかっ!

 初めからハッピーハッピーの演劇など、クソ食らえでぇす!」



趙早口で自分の持論と美学をベラベラ捲し立てられ、しばし思考停止したが、

こっちの言い分など、聞き入れる気はないのは分かった。

でもなー、絶対皆んなあのエンディングは嫌がると思うんだよなぁ。



「あなたの美的感覚はよく分かりました…

 こっちが言いたいのは、最初から幸せなのがいいじゃなくて、

 最初は障害があって、それを乗り越えて行って…

 最後に幸せになるのが観賞後の爽快感があっていいって事です。

 それに、一般受けするのは断然ハッピーエンドだと思います」


「いやいや、そこだけは譲れませんねぇ~」


「売れたかったら、そこは妥協しないとプロじゃないと思います」


「おや、まあ…随分論理的な事を言う女性ですねぇ。

 私は好きですよ。キーキーヒステリックで感情的じゃない賢い女性は」


「そりゃどうも。折角演出も世界観も素晴らしいのに、

 あの終わり方は残念だなー、と思いました」


「では、どんな終わり方なら満足していただけますぅ?」


「例えば、あの後、実はお姫様は死んでなくて、

 あるいは男性の不思議な力で蘇って…

 別の国へ二人で逃げて幸せに暮らすとか…?」


「ふむふむ、なるほどぉ…ですがねぇ、それじゃあ悲恋の美しさが…」


「まあ、あなたの劇団だし、好きにやればいいと思います。

 でも、大多数の民衆には受けないし、スタンディングオベーションは、

 一生貰えないと思いますよ」


「スススススタンディングオベーション!欲しいです!」


「じゃあ、妥協して、あの二人を幸せにしてあげてください」


「う~む、ですがねぇ…」



だめだコイツ。

だから客来ないんじゃ…という言葉は飲み込み、

まあ、アドバイスはしたから後は知らん。


私たち3人はタキシード男に観劇のお礼を言い、

花冠を焚き火で焼いて、まだ盛り上がっている祭りの喧騒を後にして、

王宮へ帰って行った。



異種族の超えられない壁、

身分差の報われない恋……か……


何となく自分に置き換えて胸がズキリとしてしまうのは、

私が女だからだろうか、感性が一般人だからだろうか。



“本当はね、臣籍降嫁する予定だったのよ。

でも戦争が始まってしまってね…変わってしまったの”


“あの…好きな方が…いらっしゃったのですか?”


私が何気なく聞いたあの言葉の後の

クリスティーヌ正妃様の無言の微笑みを思い出した。



やっぱり、現実の悲恋は嫌だ。辛すぎるもの。


悲恋が芸術的で美しいなんて、私は決して思わない。

それは自分自身がそうなら嫌だって、自身を置き換えて考えているからだ。


タキシード男は自らを投影していないし、芸術の美学として捉えている。

だからあんなに他人事だし、無責任に喜べるのだ。 

いざ自分があの立場になったら、誰だって嫌だろう。

いや、これぞ痛み!これぞ芸術!とか言ってタキシード男は喜びそうだな…


才能はあるのに、あのエンディングは指示されないだろうなぁ…勿体ない。


でも芸術家って、興味や好奇心をもとに、自分なりの見え方で追求する行為や

思考が重要で、その中から探求した自分の答えを絞り出し、また自分に問うて、

生み出して行くものだと聞いた事がある。


彼にとってそれが悲恋で、突き詰めた唯一無二の美学があの物語なのだろう。

そりゃ私の意見なんか、一般的な正解なんかには揺るがないわな。


でも、冷静になってから思い返すと、

演劇としてあのエンディングは物悲しい美しさだったが、悪くは無かった。

あの二人は現実で引き裂かれるより、共に陰府への道を望んだのだ。


観劇もいいもんだな…今度劇場に足を運んでみようか。

まるで夢を見ていたような美しい世界に入り込んで、現実を忘れてしまった。

そして、頭が何だかリセットされてスッキリした気分なのだ。


あ、あの劇団の名前とタキシード男の名前聞いておけば良かったな。




* * * * * * *




「え…無い?」


「はい。そんな催しありませんし、観劇なんて許可してません。

 警備で雇った傭兵が常に見回っていますし、

 ましてやそんな大掛かりな舞台など、勝手に出来るはずないのですが…」


「森の結構奥だったので、見つからなかったのかもしれないです」


「位置は分かりますか?」


「はい、この出入り口近くの横道を真っ直ぐ歩いて…」


「ああ、なるほど。無許可でやっているかもしれないので、確認してみます」


「は、はい。お願いします」



……どういう事?


劇団名を聞こうと厚労省で問い合わせた所、こんな事を言われたのだ。

そして、後日の調査結果の報告を聞かされ、さらに驚愕した。


やはりそんな催しは無く、その現場にも足を運んで行ってみたが、

私の言う通りの2本の大きな木はあったが、他は何も無かったそうだ。


でも、私たち3人は確かに見たのだ。



「人外者だったのかもな」


「え?」


「随分昔だが。事例があるんだ」



今から50年程前、“夏至夜祭” に参加した男女がいた。

もう帰ろうと出入り口に向かっていた所、タキシード姿の男に、

演劇を見ないかと声を掛けられ、二人は案内された森の奥の舞台で、

ある演劇を観賞する。それはそれは悲しい恋の物語で、劇が終わると、

女性は感動して立ち上がって拍手し、悲恋が好きでは無い男性は渋々拍手した。


するとタキシード男は、女性と意気投合して互いに意見を言い合いながら、

手を取っていつの間にか女性と共に姿を消してしまったという。

男性は一人森の中に取り残され、さっきまで存在した舞台も全て消滅していた。


自分の演劇に理解を示し、感動した者を連れ去り、新たな劇団員として迎え、

演者で参加させていると言われている、“演劇の魔物” だそうだ。



「え、じゃあ…もし、あれに感動していたら…

 私たちも危なかったって事?」


「お前は守護と加護で大丈夫だが、リタとエルヴァンは危なかったかもな。

 本当に、お前は毎回退屈させねー女だよ」



とイグネシアスに言われ、私は少しゾクリとした。


あれは “演劇の魔物” の魔力で、人を劇の世界に魅了して引き込む、

魅惑的な魔物の罠だったのだ。



「あーあ、何度も出現しないはずだし…今回の祭りではもう遭遇は無理か。

 滅多に出会えない稀少な魔物なんだぜ。

 芸術家は何とか遭遇しようと、 “夏至夜祭” 期間は毎日足繁く通って、

 彷徨いてるらしいし。俺も見たかったなー。ずりーお前らばっかー…」



口を尖らせるイグネシアスに、呑気に何言ってんだコイツは、と思ったが、

その反面、あの美しく幻想的な世界を味わえた私は、少し得した気分だった。




また、出会えるだろうか。


真夏の夜の劇場に───。




でも、やっぱりハッピーエンドの観劇がいいなぁ、

と一般人の私はしみじみ思ったのだった。








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