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〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


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第十七夜 ~案内人~






「スノウスフィアさんのお陰で、妃教育が最近楽しいわ~」


「そ、そうですか?」



妃教育後に、クリスティーヌ正妃様にお茶に誘われ、ただ今女子会中である。

この方、本当に指の先まで仕草が洗練されていて美しい。



「ええ、やっぱり一人ぼっちよりいいもの♪ありがとう」


「いいえ、お役に立てているようで光栄です。

 私も学院時代の勉強のやり直ししたり、頭を使えて結果的に良かったです」


「ふふっ、あなた本当に頭がいいのね。……あのね、私第三王女でしょ?」


「え、はいっ。ご兄妹が多いのですよね?」


「そうなの。だから私は、別に王族に嫁がなくてもいい立場なのよ。

 でも、王家は国の為に使える血筋は徹底的に利用しようっていう

 風潮がまだ強くて…私本当は、ここに来る予定では無かったのよ」


「そう、だったんですか。…色々しがらみがあって、その…大変ですね」


「ええ。裕福な生活が出来ていいだろうって思われる事が多いけど…

 結局、国の都合のいい駒で使われるから…自由じゃないのよねぇ。

 仕方ないのだけれど…」



そうか…それは、イグネシアスも同じなのだ。

生まれた時から、もう将来が国の為に生きる運命が決まっているし、

責任や役割を背負わされるし、逃げ場がない。

あいつは、ソツなくこなしているように見えるけど…

葛藤して我慢して…頑張って、努力して…ここまで来たのだ。

勿論、この方もそうだ。



「本当はね、臣籍降嫁する予定だったのよ」


「えっ、そうだったのですか?」


「ええ…ふふっ。でも戦争が始まってしまってね…変わってしまったの」


「あの…好きな方が…いらっしゃったのですか?」



彼女は何も言わなかった。ただ微笑んでいただけだった。

ああ、そうか。王族は好きな人がいても、国の都合でままならないんだ。


イグネシアスはいい奴だ。

でも、この人にとっては所詮、国で決められた相手でしかない。

公より個を選ぶことができない王族。


私も一貴族として、伯爵家の後継ぎの責務に縛られていたけれど、

それとは比べ物にならない程の大きさと重さをこの人達は、

生まれた時から背負っているんだ。


それを認識して…何とも言えない微妙な気分になった。



「あのね、イグネシアス陛下が、まだ王太子の時に私の国の貴族学院へ

 3ヶ月間遊学に来た事があってね。私たちその時に知り合ったのよ。

 だから、全然知らない仲じゃないの」


「ああ、遊学の件は知ってます。そんな昔からお知り合いだったんですね」


「ええ……ねえ、スノウスフィアさんはイグネシアス陛下が好き?」


「えっ⁉︎……えーと、…そのっ、友人みたいなもので…」



油断していた所に、いきなり単刀直入に聞かれてアタフタしてしまう。

どう答えれば失礼にならないか、頭をフル回転していたらドアがノックされる。



コンコン



ライル文官に緊急で相談があると呼び寄せられて、女子会は強制終了になった。

…何で、いきなりあんな事聞いてきたんだろう。

やっぱ自分の夫になる人の身近にいる女って目障りで、探っていたのだろうか…

でも、そんなトゲトゲしい感じじゃなかった…正妃様が穏やかで忘れてたけど、

元来貴族令嬢って本音と建前使い分けて、駆け引きするのが普通だった。

遠回しすぎて、嫌味なんだか謙遜なのかよく分かんないんだよね。

味方のフリして、いきなり後ろから殴ってくる奴ばっかで、面倒臭いし…。

まあ、正直中断されて助かった。



「休憩中に申し訳ありません」


「いいえ、ただのお茶休憩ですから。それより何があったのですか?」


「防音室に行ってからお話しします」


「は、はい」



何だろう。あまり人に聞かれたくない事?

不安そうに後ろをついてくるリタにチラリと視線を送り少し微笑む。

リタも微笑んでコクリと頷く。

黙って歩いているのも気まずいので、少し気になっていたのを聞いてみた。



「ライル文官って真偽判定持ちなんですよね?」


「ええ」


「その…私の事も…判定してました?」


「はい。判定を使ったのは最初だけです。それも私の仕事なのです。

 黙っていて申し訳ありません。ご不快だったでしょう?」


「い、いいえ。大丈夫です」


「私は、この能力があまり好きではありませんでした。

 これのせいで一時期、人嫌いになりましたからね」


「あっ、なるほど。人の裏の本音が分かっちゃいますものねぇ」


「ええ、あんなもの知っても何もいい事ありません。

 人の思想が雪崩れ込んで来て、自分が自分じゃ無くなりそうで大変でした。

 思考を閉じる方法を学び、この魔力が仕事で役立つと分かってから、

 やっと前向きになれるようになりましたがね」


「それは大変でしたね。仕事中は、ずっと判定を使っているんですか?」


「いいえ、ずっと使うのは疲れますし、初めて対面する方か必要な時だけです。

 貴方様の場合は、国王陛下の側仕えになる方ですから、怪しい人物を王宮に

 入れる訳にはいきませんでした。その辺はお許しください。

 まあ経験上、表情を見れば嘘をつく人物なのか、そうではないのかは、

 大体分かりますがね。

 だからエルッヒ女官殿は後者で、その心配はしていませんでした。

 しかし、いざ真偽判定してみたら…貴方様は建前なしのそのままの本音の

 発言をしたので、取り繕う貴族令嬢らしくなくて少々面食らいましたが、

 まあ、そういう所が陛下は安心しているし、信頼しているし…

 そして、お好きな理由でもあるのでしょう」



………これ、褒められてる?

しかし、この人もイグネシアスが私に執心してるの知ってんのね。



「だって、嘘つくのって疲れません?私は無駄に頭使いたくないだけなんです。

 嘘を付くとそれを肯定して辻褄合せする為に、更に嘘が積み上がって行って、

 そこに思考を一生使うって…罪悪感に苦しみ続けるのは気持ち悪いし…」


「ええ、そうです。まさにその通り。そういう輩を私は沢山見てきました。

 文官採用面接の結構な割合で、つまらない見栄をはる者の多い事多い事。

 嘘つきに共通しているのは、よく喋り、口が軽いのです。

 まあ、全員落としましたがね。諜報員の可能性もありますし、

 それに…そんな者に国家の仕事を任せる訳にはいきませんしね。

 だから今いる文官達は、正直者で口の硬い、優秀な方達ばかりなのですよ」


「なるほど〜…」


「見栄をはったところで、結局、評価するのは周りの人間なのですから。

 そして良心の呵責を無視する者など、自分さえ騙している状態です。

 そんな詐欺師に国家機密は渡せません」



しっかりしてるなぁ。イグネシアスが信頼している人物だけあるわ。

関心して話を聞きながら歩いていると、防音室へ到着した。

普通の部屋に見えるが、ドアが5重になっている。

そして窓が1箇所しかない、少し圧迫感のある狭い部屋だった。


一角にハダル師団長と数名の魔術師団、文官達が打ち合わせ中だった。

私はペコリと礼をして入室し、ライル文官に促された別のテーブルにつく。

ゴソゴソとライル文官が資料を出して、私に説明を始めた。



「実は、一人の文官が帰ってこないのです」



何でもすぐ戻る予定の公務で出かけた文官が騎乗した馬だけが帰ってきて、

本人の安否を急ぎ確認した所、その文官が通ったであろう山道の一部が、

土砂崩れで崩壊しており、彼宛に “告げ鳥” を飛ばしたが、

受け取り主不在のまま帰ってきてしまったのだ。


その後、彼が公務で赴いた商会に問い合せたが、文官は帰ったと返信が来る。

近辺を探すが彼は見つからない。魔術師の索敵で探しているが発見できず、

他の方法も試そうと、私に白羽の矢が立ったのだ。

因みに土砂崩れで犠牲になったり行方不明になった人は、

この文官以外居ないそうだ。



「それは…心配ですね」


「それで、土砂崩れに巻き込まれた可能性があると結論が出まして、

 気を失っているかもしれない彼の意識へ、

 エルッヒ女官殿に渡って貰おうと思いまして…」


「確かに、いい考えですね」


「そして魔法契約をハダル師団長に解除してもらうので、その文官の意識を

 乗っ取って貴方様がその人物になり変わり、一時的に目を覚ましてください。

 そうすれば、国王陛下が貴方様の位置を把握できます」


「ああっ、なるほど。それなら彼の居る場所の特定が出来ますね。

 分かりまし…」



ドンッ!ガンッ!バサバサッ…



「うっわぁっ‼︎」



いきなり防音室の窓ガラスに、白いモノがぶつかって来たのだ。

驚きすぎて体が跳ね上がる。


窓を凝視すると、見たことのある白いフクロウがバサバサ暴れている。

ライル文官は、ため息を吐きながら静かにキイと窓を開けて、

そのフクロウの首根っこをムンズと無造作に掴んで引き入れる。



「全く、何度教えてもぶつかりますね。

 ガラス割らないでくださいよ」


「うっせーな!

 仕方ねーだろ、透明だから距離感が分かんねーんだよっ!」


「え…この声…アダム⁉︎ 」


「おう、女官の女じゃん。久しぶりー」


「……………」



バサリと片翼を上げて挨拶してくる白いフクロウ。

口わりーなコイツ。



「んだよー、俺のこと犬にしたり、フクロウにしたり…

 こき使いやがってよぉー」


「それより報告を」


「居なかったぜ」


「やはりですか…ご苦労様です」


「あ、あの…これは?」


「ああ、アダムは飛べますから、文官の彼が生きていれば、

 行きそうな場所へ確認をしに行って貰っているんです」


「なるほど…」


「はー疲れた。なんかくれ腹減った」


「よく食べますね。何がいいですか?」


「クッキーがいい!バターたっぷりの!」



ライル文官からクッキーを貰って、サクサク食べている姿が何とも可愛い。

頭をグリグリモフモフしたいのを我慢して、

その文官の名前を聞いて、夢渡りの準備をしていたら、

バタンッとドアが開き、イグネシアスがズカズカ入室してきた。



「こら、俺抜きで始めるな」


「え?あんたも立ち会うの」


「あのなぁ…俺しかお前の気配辿れないだろ」


「あ、そっか」


「もう、始めますか?」


「ああ、ハダル解除頼む」



部屋の傍らのソファに座り、私は夢に渡る準備をする。

何故か手を繋ぐイグネシアスに私が眉を顰めると、彼はニヤリと笑う。



「こっちのがすぐ認識できるだろ」


「本当?」


「おう」


「……………」


「スノウスフィア様、魔法契約は解除しました。

 それから、文官が瀕死状態でしたら早く抜けてください。

 向こうの魂に引っ張られて、あなたの命が危なくなる可能性があります」


「はい、分かりました。ハダル師団長」


「スノウ、本当に無理するなよ。他にも方法はあるからな?」


「うん」



姿を消した人は、マルセ文官。


この人は以前 “夏至夜祭” の書類処理の手伝いをお願いされた人だ。

厚生労働省の文官で、仕事熱心でお人好しそうな人だった。

顔見知りだと、少し気持ちが揺らいでしまう…冷静にやらないと。


どうか、無事でいますように…




* * * * * * *




真っ暗…


これ…彼は、眠っているのだろうか。


ああ、多分大丈夫だ。彼は生きている。

深い眠りについているのだ。そして、今夢を見ていない。

意識に干渉できない。でも、生きているのだ…良かった。


少し彼の体を借りて、目を覚ますしか、ないか…


ズルリと魂ごと入って、彼の体にお邪魔する。

うぅ…この入り込むザリザリとした感触気持ち悪い。

自分の体じゃないから、馴染まないのは当然だけれど…


例えるなら、苦手な感触の布地と自分の体のサイズに合わない服を

無理やり着ている感じだ。


気持ち悪さに耐えながら、意を決して目を覚ます。

目蓋を開くと、知らない木造の部屋の梁と天井が見える。

息をすると、今まで嗅いだことのない凄い匂い…これ薬湯だろうか…


そして次に来たのは、身体中に走る尋常ではない激痛だった。


…っ、い、痛い!……足…これ、折れてる?……腕も…痛っ…

内臓系も…酷いっ痛み……身体中痛い…

うわ、何これ…この人…大丈夫なの?


嗅いだことのない匂いの中、

ベッドの上で、痛みに耐えられず声が漏れる。



「…っ、…ぅぅっ…ぁ…っ、…~…うぅ~…」



すると誰かがバタバタと近づいてくる気配がした。

私を覗き込む女性が視界に入る。

緩い癖毛の黒髪、そして、ゴールドが少し入った黒い瞳の女性。

顔立ちのはっきりした美しい人だった。


この…瞳…



「おや、目が覚めたのかい?まだ起き上がってはダメだよ。

 体が回復しきってないし、痛みが酷いだろ?

 でも、おかしいね…まだ目が覚めるはずないんだけど…

 薬湯が効いてないのかね…」



ああ、この人を助けてくれたんだ…

しばらくこちらをジッと見ていたが、目を細めて何かに気が付いたようだった。



「……ああ、なるほど。外から入ってきたんだね。

 あんたが誰か分からんが、早く戻ったほうがいい。

 今は安定しているが、この子は土砂崩れに巻き込まれて、崖から落ちている。

 薬草を摘みに行った時に遭遇してね、危なかったし連れ帰ったんだ。

 死にかけてたから、その運命をあたしが断ち切った。だから、この子には、

 まだ魂に死の痕跡が残っている。外からこの子の意識に入ってきたのなら、

 そっちに引っ張られちまうよ」


「…ここは?…彼は…何処に、いるの?」


「なるほど、探していたんだね。

 ここは村の外れの奥の森の魔女の店、あたしはルーンヴァイン。

 そう伝えれば王宮の連中は分かるよ。さ、急いで離れな」


「……ありが……っ、…」



…体が…引っ張られる…


これ、まずい…?



「場所が分かった!もういい、戻って来い、スノウ!」



遠くからイグネシアスの声が聞こえる。


良かった……分かったみたい。


私は、ぐるぐると上も下もわからない状態で、

めちゃくちゃな動きに翻弄されながら激流に飲み込まれて溺れるように、

激しく振り回され、抵抗も何も出来ないまま────



イグネ…シ、アス…



無意識に助けを求めて腕を伸ばしながら、

暗い空間に投げ出されていった。




* * * * * * *




「スノウ!おいっ!戻って来い」


「…まずいですね」


「なぜ…目を覚まさない?」


「彼女の魂が引っ張られています」


「何?クソッ…あいつ無理すんなって言ったのに…迎えにいくっ。

 文官は村の外れの奥の森の魔女の店に、保護されていて重症だが生きている。

 ライル、騎士を向かわせて確認させろ。動かせるようなら連れ帰れ。

 くれぐれも魔女に無礼のない様に、後日御礼をすると伝えろ」


「はい。了解いたしました。すぐに手配いたします。

 陛下とハダル師団長は、エルッヒ女官殿の救出をお願いいたします」


「ああ、任せろ。腕輪外してくれ、ハダル」


「はい、あのくれぐれも冷静に…お気を付けください」


「分かってる」



カチャリ



右腕の黒い魔力封じの腕輪を外す。

ハダル師団長はそれを預かり、数歩下がり距離を取った。

手の中にある、黒曜石から作られた魔力封じの腕輪に視線を移す。


これは…この世界で最も強力な効力を持つ、結晶化せずに、

マグマを瞬時に冷やした場合のみに出来る、希少な黒い宝石。

大地の全てのエネルギーを含み、浄化、啓示、変容、治癒を

もたらす奇跡の宝石だ。


国王陛下の魔力量は子供の頃から異常だった。

それを抑える為に作られた、宝石加工職人と魔術師達が、

ありとあらゆる知識と研究を駆使して作られた、血と汗の結晶最強の魔力封じ。

しかし、これほどの効力を持っても完全に封じる事は出来ていない。

人間では保有すること自体、不可能な魔力量。


この化物級の魔力量と多属性を持ったのが、

理性的で善良で常識のあるイグネシアス国王陛下で運が良かったのだ。


しかし彼は、このせいで子供の頃から周りに恐れられて、

周囲から距離を置かれ、いつも孤独だった。

その魔力量ゆえに誰も彼に近づいて触れようともしなかったのだ。

最愛の両親でさえもだ。


その中で、あえて彼に近づいてくる者達はいた。権力と地位目当ての

下心満載の令息と令嬢達、そして彼を抱き込もうとする高位貴族共だ。

それらを彼は鋭い洞察力で見抜き、角がたたないようにあしらって生きてきた。

だから、本当に信頼出来る者など、なかなか出来るはずも無い。


スノウスフィア様だけだったのだ。


権力も魔力も下心も関係なく普通に一人の人間として接して、

ましてや、恐れもなく彼を殴ったり、罵倒したりする女性は。

そして、彼女は何故か陛下の魔力の影響を全く受けないのだ。

陛下が夢中になるのは当然だろう。


周りが煩いからと、とりあえず隣国から婚約者として、

クリスティーヌ様を迎えたが…

あの方は5歳の時から15年もスノウスフィア様に懸想している。

彼女の為なら、彼は何でもするだろう。


完璧な賢王の唯一の弱みだ。


だからスノウスフィア様には、無事でいて貰わねば困るのだ。



「お、お嬢様っ…」


「大丈夫です、侍女殿。陛下がついています」


「………はい」


「あまり近寄らない方がいい。魔力の影響を受けてしまいます」



ハダル師団長は、黒曜石の腕輪を握りしめ、

イグネシアスとスノウスフィアを静かに見守った。




* * * * * * *




体が落ちていく。

まるで深い海の底に沈んでいくように。

ゆらゆらと水の中にいる浮遊感で、体が漂っているのを感じる。


目を開けると、少し暗い真っ青な水底にいるようだった。

足下の砂地には波紋が投影されて揺らめいて、

上を見上げると光の反射でシアン色の水面が輝いている。


ぼんやりしていると遠くから何かの影が泳いで、ゆっくり近づいてくる。

恐ろしさでそれを凝視しながら、身動きが取れずにいると、それは姿を現した。


巨大な一角を持った白いマンタに見える。

それは私をつぶらな瞳でジッと見て、胸ビレをパタパタさせていた。


私は、図鑑でしか知らなかった海の生態が突然目の前に現れ、

恐ろしさと感動が入り混じって、ドキドキしていた。


そして、私の周りを何周かしてヒラヒラ泳ぎ観察した後、

マンタは体を斜めに傾けて、首を傾げてるような仕草をする。


…ん?何だろう。

何でコイツここにいるんだ?みたいな感じ。

き、気まずいし、何だか居た堪れない。



「あ、あの〜、ここは何処ですか?」



ビクウッ!と両方の胸ビレを万歳する格好で、凄い速さで後ずさる。

…デカイ図体して可愛いんだが。



「それは案内人だ」


「…え?」



後ろから現れたイグネシアスに、ガバリと抱きつかれ、

肩に顎を置いて耳元で大きなため息を吐いた後、文句を言われる。



「全く、お前は……間に合って良かった。

 コイツに連れて行かれたら、審議にかけられる所だったんだぞ」


「…言ってる事が全然わからん」


「ここは死にたての魂が最初に来る場所だ。で、そのマンタが迎えに来て、

 連れて行かれて陰府へ落ちる前に、魂が審議にかけられる」


「審議?ああ、今までの人生を振り返って、魂の階層を決めるってこと?」


「そうだ。ほら、帰るぞ」


「私、死にかけたの?」


「ああ、これは俺も悪かった。

 危険なのを承知で、お前の力に頼ったからな」


「ううん。私が離れるのが遅れただけ。

 魔女さんにも、早く離れろって警告されたのに…

 あ、マルセ文官の場所は分かった?」


「ああ、お前のお陰だ。ありがとうな。

 あいつは母子家庭だったから、どうしても息子を母親の元へ

 返してやりたかったんだ」


「そう、だったんだ…」


「おい、お前ももう帰っていいぞ。これは手違いだ。

 こいつリストに載って無かっただろ?」



ずっと首を傾げているマンタへ、イグネシアスは言い放つ。

マンタはしばらく首を傾げていたが、私達の周りをクルリとゆっくり泳いで、

そのままヒラヒラ去って行った。



「海の生物初めて見た…凄〜い、大きいね〜」


「オメーは呑気だな。死にかけたってのに」


「でも綺麗だよ、神秘的で…ほら、上見てキラキラしてる…」


「ん?ああ…そうだな。

 今回は陰府の王の加護も働いたな。違う領域だってのに…」


「え?そうなんだ」


「あのマンタは案内するだけの役目だから、いつもはあんな迷わないで、

 さっさと連れて行くんだよ。お前の左の加護の小指見てみろ」


「……あ…金色のリングが出てる…」


「お前は死者じゃないって、あのマンタに働きかけていたんだ。

 俺としては忌々しい加護だが、まあ今回だけは感謝だな…」


「……………」



そうか、私…味方がいるんだった。

もう、一人じゃないんだ。



“勿論だよ。スノウスフィアは、皆んなに好かれている。

あんな家族なんか居なくても、他に沢山味方がいるじゃないか。

お前はここに居ていいんだよ”


“大丈夫です。お嬢様の味方は沢山います”


“おぬしには、強い味方が沢山付いているな。勿論私もだが”



ローズスフィア伯母様、リタ、シバルバ様…



右手首に現れた守護の金色の紋と、

手を繋ぎながら歩く隣のイグネシアスをチラリと見る。



“ねえ、スノウスフィアさんはイグネシアス陛下が好き?”



嫌いでは、ないんだよなぁ。

時々何か心臓が変な動きして、奴を直視出来ない時はあるけど。



ずっと…こんな風に、できればいいのに。


何も気にしないで、側に居て─────




「お嬢様っ!」



目が覚めるとリタの抱擁で迎えられる。

そして、死にかけた上に、目覚めたばかりの理性がゆるくなっていた私は、

クッキーで腹一杯になった白フクロウのアダムが、スウスウとソファの上で、

寝ている可愛い姿に耐えられず、奇声を上げながら思わず抱きついて、

モフモフしてしまい、起きたアダムにめちゃくちゃキレられたが、悔いはない。


そして、マルセ文官は、無事に生存が確認されて王宮に連れ戻され、

今、魔術師団の医療部に入院中である。


森の魔女ルーンヴァインさんは、王宮からのお礼を欲しがらなかったらしい。

彼女たち魔女は、欲がないと言われているが本当のようだ。

なので、結構ガタの来ていた魔女の家もとい店の立て直しを申し出て、

そんなに立派なのは要らないという条件で、無事にお礼を取り付けたそうだ。


“夏至夜祭” の準備も無事整って、いよいよ来週から開催される事となり、

文官達の忙しさも大分落ち着き、通常業務に戻って行った。

私はリタと初日に祭りに参加して、

イグネシアスが都合の良い別日に参加する事になっている。


そして、私の “夢渡り人” の能力の別の使い方の可能性を知れて、

今回の事は、結果的に僥倖だったのだ。




* * * * * * *




「ハダル、あの妹の魔力封印は、ちゃんと指示通りにしたか?」


「はっ、仰せの通りに。

 最近は大人しく伯爵邸に籠っているらしいです」


「そうか、ふん。せいぜい恐怖で震え慄き、

 今までの報いを受けるがいいさ」


「報告によると、幽霊が見えると怯えて騒いでいるそうです」


「はははっ、嫌いなものを “排斥” する魔力が封じられて、

 元々見える体質が戻っただけだがな。

 あの妹は自分の姉と幽霊を “排斥” してきたんだ。

 正体不明の者に付き纏われて、毎日翻弄されて忙しくしてれば、

 スノウを恨んで呪ってる暇もないだろうよ」


「ですが、スノウスフィア様も、“排斥” から解放された代わりに、

 見える体質に戻ってしまいましたが…」


「あいつは大丈夫だ。夢渡りで色んなモン見てるし耐性がある。

 何より俺の守護と陰府の王の加護もあるしな。

 それにスノウは、死者を恐れない強い精神力を持っているし、

 無自覚だが、追い払う力もある。

 そして、そういうのを見てしまうのは夜属性の血筋の宿命だ。

 先の事を考えると、慣れて貰わんとな」


「なるほど…彼女に付加価値を付ける気で?」


「まあな。身分なんぞ関係なくアイツの価値が上がれば、 

 頭が化石の縁故主義で身分制度大好きな連中も納得するだろ」


「夢渡り人でも、充分ですがね…」


「残念ながら、あの能力は公には出来んからな。

 腹黒い高位貴族に利用されかねんだろ」


「そうですね。

 …ん?庭に花の塊がワサワサ動いてますが…何でしょうアレ」


「ああ、この間スノウに絡んできた花の魔物だ。本体はああらしい」


「…………」


「なかなかよく働いていて、庭師が喜んでいるぞ」


「…そう、ですか…」



まるで人間の全身に、色んな種類の花を隙間なく貼り付けたような外見に、

それがワサワサ動く姿が少し変だったが、その花の塊は甲斐甲斐しく、

庭師の後ろをついて周り、忙しなく働く姿は健気だった。


そして、この魔物は女性が特に好きで、会う度にその人のイメージの花を

自分の体から引き抜きプレゼントするので、

王宮では密かに女性達のアイドルになっていた。







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