↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/29

第十六夜 ~花の誘惑~





「ほら、私物と王族籍から経歴が少し分かったぞ」


「えっ、本当?そんな昔の残ってたんだ。ありがとう」


「王宮に入れないのは、可哀想だからな…」


「これチェスト?宝箱みたいだね」


「ああ、ロゼッタ姫の物だ。

 今は物置になっている、彼女の元の部屋のワードローブの奥に、

 キチンと保管されていた」


「そっか…」



なんと殆ど諦めていた、ロゼッタちゃんの私物が見つかった。

両手で抱えるくらいの大きさの宝石箱みたいな名前入りのチェスト。

木製のアーチ型の蓋の木箱に、豪華で繊細な金属細工で装飾が施され、

南京錠でガッチリ封印されているが、横に鍵がプラプラぶら下がっているのは、

あんまり意味がないが、子供が鍵を無くさない為の対策なのだろう。

その南京錠の鍵穴には、可愛いピンクのレースリボンが結んである。


そして、彼女の生い立ちが少し分かったのだ。


ロゼッタちゃんの病は、普段は平気そうに見えるのだが、

しかし一旦発作が起きると、ひどく咳込んで呼吸困難になり、

苦しんで泣き叫び、見ている方が辛くなる状態だったそうだ。 


これは…小児喘息だ。


毎回発作を起こして、悶え苦しむ娘を見ていられなくなった王妃は、

なるべく苦しまない毒をロゼッタちゃんに飲ませたそうだ。

そして、彼女は7歳で永遠の眠りについた。



「母親が毒殺…したの?」


「ああ」


「どうして…」


「あの時代では、大人になれば治るの知らなかっただろうし、

 症状の緩和方法もなかった。

 終わらない娘の苦悶する姿が、親として忍びなかったんだろ。

 しかも病持ちとなると、他国へ嫁ぐ事も出来ない、

 そして病の遺伝の可能性や体の負担を鑑みて、妊娠出産は許されないだろう。

 今は子供だから大目に見て貰っているが、やがて大人になって、

 王族の中で役立たずと蔑まされ、お荷物扱いされる可能性が高い。

 母親として、王族として、娘の行く末を考えて…悲観しちまったんだろうなぁ」


「…そうだよね。そういう時代だったもんね」



今だったら、症状を軽くする薬草の調合薬もあるし、

財力があれば、魔術師団の治癒魔法で治せる病気だ。

そして殆どは、大人になると回復するのだ。


イグネシアスの言うとおり、500年前では治療方法がなかったし、

治る事実を知らなかったのだから、そんな考えになるのは仕方ないけれど…。



「だから、この子の存在は消されてはいなかったが…

 こういった背景事情で、目立たなくされていたんだ」


「…うん。分かった。

 このチェスト、彼女に返したいんだけどいい?

 お気に入りの物とかあると思うし」


「ああ、構わない。元々その子の物だ。…中身をみないのか?」


「やめておく。ロゼッタちゃんのだし、彼女が開けるべきよ。

 来年のお迎えランタンには、鍵穴に結ばれているこのリボン使えばいいし」


「分かった。来年はランタンをもう一つ追加するよう伝達しておく」


「うん…ありがとう…」



私と一緒に元気に歩いて、明るく笑っておしゃべりしていた、

ロゼッタちゃんの可愛い顔が頭をよぎる。


王族で生まれて来なければ…

いや、平民の子でも生きていくのは経済的にもっと厳しかっただろう。


どの道あの子の運命は、あまりいい結果にはならなかった。


彼女の不遇の人生を知り、何とも言えない気持ちになったが、

少なくとも今は、あの子は苦しんでいないのだ。


私は、来年の陰府暦に彼女にこのチェストを渡すため、

自分のクローゼットに大切に保管する事にした。


きっと、これを見せたら嬉しそうにピョンピョンするのだろう。

陰府暦の期間だけでも、彼女が楽しめる思い出を沢山作ってあげよう。

ロゼッタちゃんの笑顔を増やしてあげよう。




* * * * * * *




私は早速、イグネシアスに放り込まれた総務部の文官達と “夏至夜祭” の

出店設営場所に、エルヴァン護衛騎士を伴って女官として来ていた。

因みにリタは、王宮侍女教育の講習会に参加していて不在だ。


そして、余りの忙しさに疲れきってハイになってる、様子のおかしい文官達の

笑い声があちこちから聞こえてきて、私は呆然と立ち尽くしていた。



「どうしよ~う。間に合わな~い♪ ぶっひゃひゃっ…」


「ぐあぁっはあっはあっはぁ~っ、記載内容と設備が違~う♪」


「こっちも違~う、誰か手伝ってー、だっはっぴゃっぴゃー」


「無理~書類出し直しー手配し直しー、どぅぉばぁっどっはっどはぁーっ」


「にゃっはっはっは~♪どうひよう♪全然終わにゃーい!」



何…ここ。


みんな随分、個性的な笑い方だわ。

変な笑い方をするのは、イグネシアスだけじゃ無かったんだ。


いや…それよりヤバイだろ。この疲労困憊ハイは。



「ヘラヘラ笑っているだけで、ちゃんと仕事はしてますので、ご心配なく」


「…え〜と…ライル文官、いつもこんな感じなのですか?」


「ええ、いつもの事です」


「……………」



涼しい顔でサラッと返しやがったよ、この人。

文官って本当に大変なんだなぁ。


まあ私は、“夢渡り” の仕事がメインで、

そのカムフラージュ職種のなんちゃって女官だから、

他の人達より仕事内容は大分楽なのだ。



「エルッヒ女官殿には、向こうの出店の設備確認の担当をしてもらいます。

 では、ご案内します。こちらです」


「は、はいっ」



私が担当するのは、お祭りで一番売れる “夏至夜祭” のメインとも言える、

保存魔法をかけた “花冠” を売る出店だった。


お祭りに来る人たちは殆ど全員、“花冠” を買って頭に被って参加する。

何でも夏の夜に遊ぶと、人間は魔物に目をつけられやすくなるので、

花の香りで人間臭を消し、頭に花冠を被って人間だと認識しずらくするという、

目眩しの意味で出来た風習だそうだ。

なので、花冠の中には魔除け効果があるハーブのラベンダー、ローズマリー、

セージ、ヒイラギ、サンスベリア等を必ず混ぜて作られていた。

正直、こんな物では魔物の目は誤魔化せないとは、個人的に思っている。


一番店数は多いが、設備も殆ど必要ない簡単な出店を選んでくれたらしい。

どうやら、食物を扱う出店が一番専門知識が必要で大変なのだそうで、

さっき笑いまくっていたのは、食物出店担当の文官達だったのだ。


私は営業許可申請書のファイルとペンを手に出店を回って、

サクサク設備確認のチェック項目を埋めていった。

時折、出店の端っこで花冠をせっせと作っている女性や子供たちと、

世間話をしながら楽しく仕事を進める。

私が仕事している間は、エルヴァン騎士は邪魔にならないよう少し離れて、

見守り護衛をしてくれていた。う〜ん、安心感が違うわ。



「おや、スノウスフィア様ではないですか」


「ハダル師団長!お疲れ様です。この間はありがとうございました」


「いいえ、あれから体は大丈夫ですか?」


「はい。もうすっかり元通りです。

 アマンの魔力封印も師団長がしてくれたそうで、

 重ね重ねありがとうございます」


「いいえ、仕事ですから。魔力封印派遣は国王陛下からの指示でしたし…

 ああ、それから医療部に薬草をありがとうございました。

 皆喜んでおりました」


「呪い返しの件のお礼も兼ねているのです。お役に立って良かったです」


「ですが……本当にお元気になられて良かった。

 陛下がこの世の終わりみたいな顔をしていたので…

 しかもあの方、魔力封じの腕輪外してましたし、本当に肝が冷えました。

 くれぐれも王国存続の為に、御身を大切にしてくださいね」


「 え゛ 」


「あなた様にもしもの事があったら、何するか分かりませんので、あの方…」


「……わ、私にそんな重いものを背負えと?

 と、遠回しの脅しですか?」


「いや、本当に」


「………………」



あいつが私にご執心なのは、既に側近に知れ渡っている模様。

しかも、ハダル師団長の後ろにいる魔術師二人もウンウン頷いているし。


や め て く れ



「ハダル師団長、こちらです」



私がドン引いていると、周りを見回っていたライル文官が声をかけてくる。

ん?そういえば、魔術師が来るってお祭り会場で何か問題があったのだろうか。



「行方不明者は何人ですか?」


「5人です」


「…行方不明?」


「最近、若い女性ばかりが行方不明なんです。

 決まって姿を消すのが、この “夏至夜祭” 準備中の会場なのです。

 何の痕跡もなく目撃者も無く忽然と居なくなり、事件なのか事故なのか…

 今の所不明なのです。この時期ですからね…人間以外の仕業もありますし、

 魔術師団に捜索を手伝って貰っています」


「家出とかでは無いのですか?」


「そういう理由は、見当たらない女性ばかりなのです」


「……………」



魔物だろうか… “夏至夜祭” で一番寄ってくるのはコイツらだと聞いた事がある。

大抵は獣の姿をしているが、魔力が強くて長寿の魔物は知能が高く、

人間の姿に変えられる者もいる。


自分に与えられた仕事も大体終わったし、捜索を手伝おうかと考えていたら、

背中から自信なさそうな小さな声で名前を呼ばれ、後ろを振り向く。



「…スノウ……スフィア?」



一瞬誰か分からなくて、私は真顔でその男をガン見した。

そんな私の態度が怖かったのか、少々怯えたように体を小さく揺らす。 


ああ、もう記憶の遥か彼方に追いやられて、消え入る位置にいる存在、

私の元婚約者の不貞男ヘリオだ。



「……あ、その…すまない…急に声を掛けて…あの、僕はボランティアで

 祭りの準備の手伝いに参加して、いて…それで…君を見かけたから、

 つい……元気そうで、良かった…」


「………………」



この人に…一体何を言えばいいのだろう。

正直、私の前に現れなければ、どうでもいい存在だし特に用もない。


えーと…とりあえず、こんな時は社交辞令の他人のふり。



「ご機嫌よう。

 どなたか存じませんが、わざわざお声がけありがとうございます」


「えっ…あ……」



私の冷えっ冷えの他人行儀に、言葉を失い目が点になっている。

前に出した手の行き場を失い、フルフル震わせてオロオロしているのが、

最高に情けなくて間抜けに見える。この人、こんな感じの人だったっけ?


だって、あんたに対して何の感情もないんだもの。

ましてや、元婚約者の私を裏切って妹とヤる男なんて論外だし無理無理。


私は彼と結婚したら、無難に嫌いにならない程度の関係を築けばいいや、

ぐらいにしか考えていなかったし、私が伯爵家の後継として役目を果たす為の

入婿の夫役でしかなかったのだ。


ああ、愛とか恋とか以前のただの傀儡の存在だったのよね。

そう考えると、私って酷い女かも。


でも結婚したからには、

夫婦として敬意を持って最後まで添い遂げようとは思っていた。

あんたみたいに、浮気する気なんてなかったわ。


それに、4対1で私が虐められていた時も、この人は擁護もしなかったし、

自身の犯した罪の謝罪も、言い訳も一切しないダンマリを決め込んで、

自己保身に走っていたのだ。


こいつ今更、どういうつもりで私に声かけてきた訳?


元気そうで良かった?何なのそれ。



何か…段々腹が立ってきた。

ブン殴ってもいいだろうか…



拳を握りしめて、殴ろうかどうしようか迷っていたら、

エルヴァン騎士が私の前に出て庇ってくれて、我に返って拳を緩める。



「部外者は、王宮の女官殿へのお声がけはご遠慮ください」


「…っ、…あ、はい…で、でも部外者では…ないん、ですが…」


「はい?良く聞こえませんが?用がなければ下がってください」


「あっ、いえ。はい…失礼、いたしました…」



ヘリオ、なっさけねー。

しかし、守られるっていいもんだわ。

自分で全部対処しなくていいのは楽だし、何より心強い。


伯爵家にいた時は、リタ以外誰も味方してくれなかったから、

いつも戦っていて、神経が緊張して疲れてたなぁ…。



「さ、向こうに行きましょう」


「うん、ありがとう」


「いいえ」



穏やかに微笑み、長い腕をヘリオと私の間に差し入れて、

距離を取らせて誘導してくれる。う~ん、紳士。


エルヴァン騎士は、長身で体も逞しく威圧感がある。

そして、狼みたいに野性味のあるキリッとした整った顔立ち、

赤茶色の派手なゆるい癖毛に、シルバーの瞳で、外見が非常に格好いいのだ。

イグネシアスが側仕えに置く位の人材だし、騎士としても優秀という、

パーフェクトな人だった。


そして、私とエルヴァン騎士、ハダル師団長と二人の魔術師、

ライル文官でその場を離れ、行方不明の女性5人の捜索をすることにした。




* * * * * * *




「一人だけですが、フラフラと森の中へ入っていく女性を見たという、

 目撃情報がありました。こちらの方向なのですが…」


「よし、手分けしましょう」



私とエルヴァン騎士と魔術師一人、ライル文官と魔術師一人、

ハダル師団長で、3つのグループに分かれて捜索を開始した。

なんでもこの3人の魔術師は索敵魔力を持っており、ある程度の距離でも、

人の気配を感じ取れるという。


私は、つい薬草を探してしまう変なクセがついてしまい、

下ばかり見る自分の頭を何度も上げて周りの気配を探っていた。


そういえば私、今まで陰府の死者とか見たことなかったのに…

どうして急に見えるようになったのかしら。


まあ、現実での物理的な危険はイグネシアスの守護があるし、

陰府関係の干渉は、シバルバ様の加護があるし…防御率が半端ないのよね。

夢の中では、色んな魔物やら変な化物は見慣れているから耐性あるけど…

やだなぁ、伯爵家から出て体質が変わったのかしら。


しばらく歩いていると、ヒラヒラと目の前に白い花びらが落ちてくる。

…ん?何か木に花が咲いてる?と上を見る。

そこには木の枝に座っている、男性がいたのだ。


女みたいな…中性的な優男。


美しい長い金髪を靡かせ透明感のある碧眼を細め、片足を立てて頬杖をつき、

カッコいいつもりの変なポーズで微笑んでいる。

しかも、もう片腕には、白いバラの大きな花束を抱えて。


まるで童話に出てくる王子様みたいな衣装で、

白とアクセントに金色の刺繍の装飾が入っている、丈が長めのエポーレットの

肩飾り付きのジャケットと、首元にはクラバット。

膝下ブーツを履き、真っ白なマントを纏っている。


…ああ、恋に恋する夢みがちな女の子が好きそうな男だわ。


でも、私は嫌いである。


優男は王子様スマイルで親しげに話しかけてきた。



「やあ、可愛い人」


「そこで、何してるんですか?」


「おっとぉ、今までと違う反応。君変わってるね」


「はぁ?エルヴァン騎士、魔術師さん、こいつ叩き落としてください」


「はっ」


「ちょっ、いきなり何⁉︎ 待って待って、暴力反対!」


「降りて来なさい」


「こっわ…何だよ、この女ー…」



ぶつぶつ言いながらも優男は、素直に降りてきた。

目の前にニコやかに立っているこの男。

どう見ても見かけは人間だが、気配が何だか妙なのだ。

そして、私の騒ぎを聞いてライル文官と魔術師とハダル師団長もこちらに来た。



「こんな所で、何をしているのです?」


「別に関係ないじゃん。その女の子が可愛いから声かけただけだしー」


「…魔物ですか」


「えっ、何で分かっ…」


「魔物⁉︎ 」



ライル文官がいきなり爆弾発言して、周りがざわつく。

人間の姿に擬態できるとは聞いていたが、ここまでとは…

私は驚いて、その魔物とライル文官を交互に凝視する。



「私は、真偽判定の魔力持ちです。嘘ついても無駄ですよ」



ああ、なるほど。

ってことは、今まで私も判定されていたってこと?こっわ。

イグネシアスめ、そんな事一言も言ってなかったじゃん。

いや、私は嘘や誤魔化しはライル文官にはしてないから大丈夫なはず。



「しかも、行方不明者は…あなたの仕業ですね」


「ちょっと、ちょっと!勝手に真偽判定すんなっ!お前嫌い!」


「おや、気が合いますね。私も嫌いです」


「……こいつ、どういたします?」


「とりあえず捕らえて、国王陛下に指示を仰ぎます、ハダル師団長。

 その前に拐った女性達を返してもらいましょうか」


「は?嫌だし」


「ハダル師団長、やっちゃってください」


「ああ、任せろ」


「ぎゃー、反則!魔術師いるじゃんっ!」



そして、魔物はチラリと私を見た。あ、ヤバイ。

人質にでもするつもりなのか、この中で一番弱い私を標的にしやがったのだ。


いち早く動いたエルヴァン騎士が、大剣を抜き切りつける。

魔物は素早くヒョイッと姿勢を低くしてかわし、あっという間に近づいてくる。

エルヴァン騎士は、すり抜けた魔物の首根っこをガシリと掴んだが、

ほぼ同時に魔物は手を伸ばし私の右腕をガシッと掴んだ……が、

イグネシアスの守護が見事にバチーンッ!と働き弾き飛ばされる。



「いったーい!何だよこれっ!」


「おー、凄い効力〜」


「あっ、分かった。君を害そうとすると働く守護か!

 大丈夫、僕は君に好意を持ってるから、これで無効化できるはずっ」


「いや、違…」


「ぎゃーっ‼︎ 」



バチーンッと再び弾き飛ばされる。


そっちも対策されてるんだよなぁ…


イグネシアス以外は、

私に下心が無く、害する気が無い人しか私に触れられないのだ。

なんつー守護だよ。



「お、お前、攻撃力殆どゼロのくせにっ、何だそれ!」


「はぁ?」


「人間離れした魔力持ってる国王の守護と、

 しかも…この波動、陰府の王の加護もだろ⁉︎」


「だから何よ」


「防御力に全振りじゃねーかっ!

 んだよ、全力出してもこっちが消耗するだけじゃん、ズルすぎだろ!」


「何言ってんのか、良く分かんないけど、

 ま、とりあえず悪質な魔物だから、アンタ取っ捕まえるわ」


「ぎゃーっ!近寄るなーっ」



捕まえると宣言したものの、どこを掴んだらいいか分からず、

エルヴァン騎士に、首根っこ掴まれている目の前の魔物の唇を

咄嗟に両手の人差し指と親指でグニッと摘んで引っ張った。

アヒルみたいな顔になって、なかなか面白い。

私の予想外の奇行に驚き、目を見開きジタバタしてやがる。



「んーんー!にゃひふんひゃよぉ(なにすんだよ)〜」


「あははははっ、アヒルみたーい。変な顔ーっ」



イグネシアスの守護で弾かれているのに、

私が手を離さないせいで、ずっと守護バリアでバチバチされて、

とうとう魔物は白目をむいて失神してしまった。



「ふん、馬鹿め。私の守護は最強なんだぞ。

 ふんすっ。ふははははーっ」



私の前で、魔物の首根っこを掴んで爆笑しているエルヴァン騎士と、

私の後ろで、肩を震わせているライル文官、ハダル師団長、

二人の魔術師の存在などすっかり忘れて、

私は悪魔のように高笑いしながら魔物を捕獲したのだった。



その後、目を覚ました魔物はすっかり怯えて、

拐った5人の場所をペラペラ自白した。


この魔物は花の魔物で、毎年行われる夏至夜祭で楽しそうにしている、

人間の女の子を見ているうちに好きになってしまい、

一緒に居たくて、女子受けする王子様に姿を変えて誘惑して拐ったらしい。


“夏至夜祭” 当日では花冠に魔除の薬草が入っていて不愉快で嫌だったし、

人が多すぎて拐いにくいから、準備期間に実行したそうだ。


森の奥の湖近くの洞窟の中に魔物の拠点が準備してあった。

大きな花々が咲きほこり、その花をベッドがわりに、

5人の女の子達は眠らされていた。

魔物は好みの子を6人集めて、ここで一緒に暮らすつもりだったそうだ。


そして幸いな事に、彼女たちは目を覚ますと何も覚えていなかった。

健康状態を調べても問題なく、全員家族の元へ無事に返されたのだった。



「お前は、出掛ける度に何かしらやらかすなぁ…」


「…人を歩く厄災みたいに言わないでくれる?」


「ぶっははっ…まあ、いい。解決できたしな」


「あの魔物はどうするの?」


「ああ、あいつは人間に手を出そうとしたからな。

 領域が違う者を害そうとしたのは制約違反だし、こちら預かりになる。

 殺すのもなんだし…人間を傷つけないよう魔法契約して使い魔にでもするさ。

 で、王宮の雑用係で使い潰すことにした」


「魔物が雑用係…」


「本来は無害な花の魔物だからな。庭師の助手にちょうどいいだろ」


「ああっ、なるほど」


「しかも、お前…あいつに気に入られたな」


「いや、怖がってたけど?」


「スノウはいいなぁ。見かけだけの男なぞに、簡単に惑わされず騙されない。

 そういう所が好きなのだ。

 ときめきとは縁遠い、その隙のない頑固さと利己的な賢さ。

 浮ついた輩を一刀両断で遮断して、見向きもしない鉄壁さ。

 時々隙だらけでポンコツになるが、そこも可愛い」


「ねえ、リタ。全然褒められてる気がしないんだけど…気のせい?」


「気のせいです。お嬢様、ぶふっ…」


「………………」


「あと、ヘリオに会ったって?何か言われたか?」


「…え?ああ、そういえば、そうだったわ。忘れてた」


「ふははははーっ、大丈夫そうだな」



そして、この花の魔物が王宮に来てから、花々が異常に育ちまくり、

“夏至夜祭” で作る花冠の材料が豊富になって非常に助かったのであった。




* * * * * * *




スノウスフィアに久しぶりに会って、手が震えている。

彼女は本当に美しい。

あの美しさを微塵も鼻にかけていない所も彼女の魅力だった。


貴族学院時代から彼女は、自分にとって高嶺の花だった。

頭も良く、いつも成績表の上位にある彼女の名前を見る度にドキリとした。

とてもじゃ無いが、子爵家の僕が手が届く存在では無かったのだ。


それが入婿とはいえ、彼女の婚約者に内定した時は、

天にも昇る気持ちだった。

あの美しい人を妻に迎えられる自分の幸運さに浮き足立った。


イグネシアス王太子殿下が彼女を気に入っているのも分かっていた。

でも、彼女は僕のモノになるんだ。最高の気分だった。


たまに一緒にお茶会をしても、あまり会話は弾まなかったけれど、

それでも良かった。彼女の全てを手に入れられるのだから。


そんな時、妹のアマンが言い寄って来たのだ。

彼女は姉のスノウスフィアとは正反対の可愛いタイプで庇護欲をそそった。


そして、勘違いしたのだ。


自分が今まで経験したことのないモテ期がきて、調子に乗ってしまった。

僕は、実は魅力的な男だったのではと。

こんなに美しく可愛い姉妹が自分を見てくれている。

せっかく好いてくれたのに、振ってしまうのも可哀想だと思った。


舞い上がっていて、何も考えていなかったんだ。

初めての体験をして、身も心も承認欲求を満たしてくれる

アマンに夢中になっていった。


アマンの魔力にどっぷり浸かっていたのだろう、この頃から僕の気持ちは、

少し変化してきたのだ。

スノウスフィアは、なぜアマンのように僕に笑いかけたり甘えてくれないのか。

こんな僕を男性として尊敬しているし、優しくて素敵だと言ってくれるアマン。 

なぜ、スノウスフィアは彼女のように僕を褒めてくれないのだろう。

ああ、そうか。彼女は僕に頼らないんだ。賢い君は自分で何でも出来るものね。

なんだ僕は、君にとって、ただの入婿だけの存在なのか。    

そして、優秀で美しい彼女に対して劣等感が頭を擡げたのだ。


そんな日々を送っていた中、アマンの妊娠を知らされて焦ったが、

こんな事をしても、後継者がスノウスフィアからアマンになるだけで、

僕の立場は変わらなかったのだ。

だから、自分がどんなに愚かな事をしたのか認識できていなかった。

しかも、子供が生まれるまでスノウスフィアを伯爵家に置いて仕事させると

聞いて、彼女がすぐに他の男に嫁がないことに、僕は心からホッとしたのだ。

なんなら、スノウスフィアはずっと結婚しないで、ここで3人で暮らせばいい。

彼女は日陰の身になってしまうが、妻が二人いるのも悪くないじゃないかと、

その邪な願望が実現すると本気で思っていた。


スノウスフィアに、アマンの妊娠と後継者の交代を告げるとき、

僕はそんな未来を疑わず、彼女が肯定する瞬間を心を躍らせ待っていた。 

そして、妹を選んだ僕に嫉妬して泣いて縋ってくるであろう、

スノウスフィアを慰めなきゃと、何故か思い上がってしまっていた。


だが、それを聞いた彼女の態度は真逆だった。


予想外の事に呆然として、僕は何も言えなくなった。

嫉妬どころか、僕の事などどうでもいいみたいだった。


軽蔑しているし、呆れているし、腹に据えかねているし許さない。

婚前交渉の不貞行為、汚らわしい、下品だと言い放った。

醜聞持ちにされて泣きたいのはこっちだし、

それに、ここで領地経営しろって何だ、私は奴隷なのか、道具なのかと。


彼女は、家族だから今まで耐えてきたがいい加減にしろ、

私はもう後継者じゃないから、勝手に領地経営を自分たちでやれ、

夢渡り人の自分が居なくなっても、お前ら4人もいるんだから何とかしろと、

今までの仕打ちの不満を一気に饒舌にぶちまけて激怒し、

伯爵家をあっさり出て行ったのだ。


あのぼんやりした能天気な思考と、スノウスフィアが家族から受けた仕打ちも、

アマンの魔力のせいだと分かり、僕は心から自分を恥じた。


彼女が出て行ってから、どうしたらいいか分からなかった。

アマンの妊娠も虚偽だと知らされ、気持ちも冷めて触れたくもなかった。

僕自身が好きだったんじゃない。姉への劣等感からした行動だった。

ただ奪いたかっただけ。

姉の婚約者を横取りして、自尊心を満たしたかっただけだったのだ。


そんなある日、夢の中にスノウスフィアに似た女性が出てきて、

優しくしてくれたのだ。

まるで彼女に許されたみたいで、僕は毎晩夢に逃げ込んだ。

ああ、何て綺麗なんだ君は。結婚してたら毎日こんな風に過ごせていたのに…


そして、伯爵家に居たくなかった僕は、“夏至夜祭” の準備の

ボランティアに逃げるように参加したのだ。


そこで思いがけずスノウスフィアを見つけ、嬉しくてつい声をかけてしまったが、

あの他人を見るような、美しいゴールデンパープルの冷たい瞳を見て、

ああ、彼女はもう伯爵家と僕の事なんてどうでもいいと思っている。

そして、自分の足で人生を進んでいるのだと察した。


護衛騎士と文官と魔術師に守られて彼女は大事にされていたし、

イグネシアス国王陛下の臣下として、働いているという噂は、

本当だったのだと、とうとう動かぬ証拠を目の前で見てしまった。


国王陛下は、スノウスフィアにずっと懸想して執着していた。

彼が、この機会を逃すはずはない。


再び彼女は、僕の手の届かない存在になってしまった。

本当の高嶺の花になってしまったのだ。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。