第十四夜 ~黒い蛇~
※今回ちょっとシリアスです。重いお話なので苦手な方はご注意を。
因果応報だ、苦しめ、苦しめ。
この悪魔め。
早く事切れろ、いや、もっと苦しめ。
もっと、もっと、苦しみ悶えながら、絶望の中で、
地獄に落ちるがいい。
彼の苦しみを…屈辱を味わうがいい。
こちらに縋るように、伸ばされた震える指先。
それを汚い物でも見るように、一瞥して視線を逸らし、ソファにドカリと座る。
「苦しいですか?」
「ううう…あああっ、…き、さまっ…」
「彼はもっと長い間地獄を味わった。
こんなんじゃ、まだまだ足りない位にね」
「…汚らわっ、しいっ…ガハッ!ゲホォッ…ガァッ…ハァハァ…」
「汚れているのは…汚いのは、あんたの方だろ。クズが」
「…っ、…なぜ…こん、な……」
「なぜ?ははははははっ!
この後に及んで理解できないのか⁉︎ 本当に救いようがないな。
地獄で自分が何故こうなったか永遠に考えてろよ」
「恩………知らず…がっ……」
「あんたのおかげで、方方に怨恨を買って今やこの家は敵だらけ。
卑怯で卑劣な数々の所業で、何がなんでもこの汚い権力と財力を
守り抜いたアンタに感謝してるよ。
これから信頼回復して挽回して…そして、許されるまで何年かかるか」
「たす…け……っ、……ガハッ…ハァ…ハァ………」
「ほら、安心して逝けよ。最後まで見届けてやる」
普通はどんな親子関係だろうが、僅かに憐憫の情があり、
死ぬ直前に、哀れみと慈悲が芽生えるものなのだそうだ。
しかし、こんなに苦しみ悶える姿を見ても、
不思議とそんなものは一ミリも湧いてこなかった。
目を見開いて喉を掻き毟り、無様に床でのたうち回るコイツをただ見ていた。
何の感情も湧かない。
唯一あるのは、憎悪のみ。
子供の頃から、コイツは悪魔みたいだった。
一度も父親として、親しみも愛情も感じた事などない。
ただ恐怖で家族を支配して、従わせるだけの負の強化。
コイツを怒らせない為、殴られない為に従うだけだった日々。
こんな風に冷血なのは…
私もコイツの血を引いているからだろうか。
だったら、ここで、私の代で負の連鎖を断ち切らねば。
呪われたこの血筋を────。
* * * * * * *
「何で王宮で薬草園を作らねぇかって?」
「うん。森に摘みに行くのも面倒だし大変じゃない。
王宮の庭広いし、温室作ればもっと効率的に薬草手に入れられるじゃん」
「あのなぁ、それ俺が考えなかったとでも?」
「ううん。理由が聞きたかっただけ」
「薬草ってな、すげー生命力が強いんだよ。
温室に分断して囲ってたのに、こっそり土伝って根っこが広がって、
気がついたら庭中にワッサワサ。根っこも異常に生命力強いし…
他の植物にも浸食するし…毒性あるのもあって危険だし。
駆除が永遠に終わらないんじゃねーかと、思うほど大変だったんだ。
庭師に、もう王宮の庭に薬草はやめてくれと、泣いて懇願されたっつーの」
「あ、やっぱり?」
「あの温厚な庭師が激怒したからな。またやったら殺される」
「あのさ、ほら私が救出した女の子いたじゃん。
そのご両親が温室で、結構な種類の薬草育ててるの。
最初は永遠にタダでいいって申し出てくれたんだけど、
そうは行かないでしょ。で、相場の半額で売ってくれるらしいから、
贔屓にしてくれない?」
「ふ~ん、まあ、街の専門店は高いからな。急ぎの時はいいかもな」
「専門店にも納品してるらしいから、品質は確かだよ。虫食いもなし!」
「分かった。契約書作っておく」
「ありがとー、じゃ、私もう行くね」
「どこに?」
「あんたの正妃様の妃教育付き添いだよ」
「おう、頑張ってな」
バタンとドアを閉めてふと思った。
相変わらず毎日部屋には来るけど、
イグネシアスは前よりベタベタしないし、しつこくしなくなった。
多分、私が少し距離を取ろうとしてるのを感じ取っている。
嫌われない為か、あるいは心が離れたのか…
どっちにしろ、これでいいのよ。
どうせアイツとは、友人以上には慣れないんだから。
少しだけズキリとする胸の痛みを抱え、
自分の矛盾した心に困惑しながら、私は正妃様の部屋に向かった。
* * * * * * *
「困ったなぁ、誰か侯爵邸に行ける者はいないのか?」
「無理ですよ。今の法務省にそんな暇あると思ってるんですか?
しかもあの邸遠いし、移動に半日以上かかるでしょ?
帰りは夜中になるし…どこかで一泊しないと。
でも、署名を貰わないと遺産相続の書類とか処理できないし…」
「御子息、王宮に来れないって?」
「ああ、なんでも友人が病気で、
今面倒を見ているから手が離せないらしい」
「大変だな。当主の父親は急に亡くなるし…人手が足りないのか」
「でも、悪名高いあの当主の為に動きたくないってのが、
正直な感情だろうなぁ」
「それはこっちも同じだ。やれやれ、悪い事は出来ねぇよな。
こうやって天罰喰らって、誰にも同情されない最後を迎えるんだから」
「香水で成り上がった侯爵が、香水に使用する為に抽出してあった、
スズランの天然香料を間違って飲んだって…皮肉だよなぁ」
「酒を随分飲んでいたらしいから、気がつかなかったんだろ。
スズランって猛毒だろ?御子息が苦しむ声を聞いて駆けつけたら、
もう手遅れだったってさ」
誰のことだろう…
妃教育の授業が終わって、私は図書館でいつもの勉強をしていたのだが、
文官のヒソヒソ話を耳にしてしまったのだ。
そして、リタが声を潜めて教えてくれた。
「お嬢様…クヴァレヒューム侯爵です」
「え?ああ、今の話の人物?」
「はい。有能な調香師を国中から引き抜きしまくって、
その分野で成り上がった経営者です。
反面、随分汚いことや強引な真似をしていて、
方方で恨みを買っている、悪名高い侯爵でも有名な方です」
「ふ〜ん。私、香水付けないから、あんまり知らなかったわ。
苦手なんだよねキツい香りって…」
「高位貴族女性相手の商売ですから、私たちにはあまり関係ありませんね」
死亡証明書か。
かと言って、侍従や侍女じゃ請け負えない仕事だろうし。
文官や女官じゃなければ…ん?私、女官じゃん、行けるじゃん。
死亡証明書を渡して、署名して貰えばいいんだよね?
この間、薬草摘みに行ってから、すっかり外出好きになった私は、
文官達にその仕事を請け負うと申し出た。
そりゃもう感謝されたのだが、勝手に話を進めた私に、
イグネシアスは不機嫌そうに、指でビシリと私の額を無言で弾いた。
少し痛い目にはあったが、他に行く文官もいないという事で、
無事外出の許可を勝ち取ったのだった。
* * * * * * *
「本当に遠いね…もう夜になっちゃった…」
「クヴァレヒューム侯爵家は、香水の天然香料に拘っていたらしいので、
植物が育ち易い、自然の多い地域に邸を構えたのでしょうね」
「森ばっかで周り何もないけど、確かにそうだね。薬草も沢山アリそう」
「新しい当主の御子息は、お優しい方で良かったです。
ご好意で侯爵邸に宿泊させて貰えるそうで、助かりましたね」
「うん。近くに宿もないしね…民家もポツポツとしかない。
さっき牧場の前通ったし、広大な畑もあったから、住居用じゃなくて、
そういう地域何だろうね」
もう辺りは真っ暗になった頃、ポツンと明かりが灯る邸が見えてきた。
さすが香水で財を成した侯爵家。
巨大な国境の壁のようなズドンとした邸が、暗闇から姿を現した。
白い壁に中央と両端にある三角屋根の三階建の邸。
同じような比率の窓がずらりと壁に並んでいる。
「でっか…」
「凄いですねぇ…伯爵家の3倍はありますよ」
「いや、デカすぎよ。ここに今は二人しか、暮らしてないんでしょ?」
「ええ。お母様も随分前に亡くなられて、今は病気のご友人と御子息だけ。
窓に灯りも全然着いてませんし、使用人はいるんでしょうか?」
「あ、裏側にも邸まだあるんだ。ほら、コの字の邸なんだよ」
「まあ〜…3倍じゃなくて、5倍でした」
馬車から降り、エルヴァン騎士も馬から降りて歩いていると、
この邸の御子息が迎えに出てきてくれた。
少しウェーブしている、明るい茶色の長い髪を後ろで縛った、
垂れ目気味の茶色の瞳の優しそうな青年が、微笑んで立っていた。
「こんな辺鄙な所へ、わざわざご足労ありがとうございます。
初めまして、私はダリルソン・オニー・クヴァレヒュームと申します。
ようこそいらっしゃいました」
「初めまして、王宮の女官を努めております。
スノウスフィア・ルナ・エルッヒです。よろしくお願いいたします。
こちらは侍女のリタ、護衛騎士のエルヴァンです」
もう夜も遅いからと、すぐに宿泊する部屋に案内され、
遅めの夕食まで部屋にワゴンで運んでくれた。
「静かだねぇ…虫の声しか聞こえない」
「はい。外も真っ暗です」
「内装は全体的に、ベージュで統一してるんだね。上品で落ち着いてるわ。
なんか調度品が重厚で高価そうなんだけど…」
「そうですね…部屋も寝室だけじゃなく、隣は居間ですね。うわぁ…
こっちも上品です。ソファがコの字型でゆったりです。
奥にはキッチンもあります。トイレとお風呂も…広い…」
「仕事柄、人をしょっちゅう招待して、接待やら、交渉やら、
取引するには、こういう辺鄙な場所のが都合がいいのかもね。
客室が沢山あるのは、近くに宿泊先がないからだろうし…」
「はあ〜、お掃除だけでも大変そう」
「ほとんどのスペース使ってないの勿体ないねぇ」
「ええ、この規模にしては使用人も少ないですね」
森の奥深くに鎮座している、この大きな邸は、
ひっそり息を潜めた森の暗闇に包まれている牢屋みたいに感じた。
夜に一歩でも外出したら、帰って来れないような漠然とした不安感 ───。
* * * * * * *
叫び声。
最初は、森の奥で何か獣が鳴いているのかと思った。
私はまだ暗い部屋の中で目を開けた。
隣で寝ていたリタが、体を起こして警戒しているのが目に入る。
彼女もこの声で目が覚めたのだわ。
「…リタ?」
「あっ、お嬢様…目がさめました?あの…聞こえますか?」
「うん、何だろう。随分声が近い感じがするけど…森の獣?」
「いいえ。これ…人間の男性の声だと思います…」
「え?…もしかして、ダリルソン令息?」
「どうでしょうか…何かあったのかもしれません」
「行ってみよう。この叫び方、尋常じゃないわ」
「は、はいっ!」
必死に助けを求めているような、悲痛な叫び声。
私とリタが廊下に出ると、エルヴァン騎士も部屋から出てきていた。
そして、皆と一緒にその声のする方へ向かった。
1階の一室から聞こえて来る、ドアに近づく程、
声は益々悲痛さを増してくる。
その声に混じって誰かの声も聞こえてきた…きっと、ダリルソン令息だわ。
そういえば、病気の友人の面倒を見てるって事前情報があった。
彼は必死に宥めているような言葉をかけている。病気の発作か何かだろうか。
無視する訳にもいかず、私は遠慮がちにドアをノックした。
しばらく叫び声と悲鳴がしていたが、静かにドアが開く。
「夜分遅くに申し訳ありません…あの大丈夫ですか?」
「え、ええ。申し訳ありません。煩かったですね…実は病人がいまして、
もう少しで落ち着くと思うのですが…」
「…発作ですか?」
「いいえ…うなされているのです。悪い夢を見ているようで…」
「夢…?」
「はい…次の日には覚えていないので…」
「あの…私、癒しの魔力が使えるのです。良かったらお手伝いしても?」
「…そうなんですか?しかし…お客様にそんな事をさせるわけには…」
「大丈夫です。私、ちゃんと実績もあるのですよ。
それに、これは宿泊させて頂いたお礼だと思ってください」
「………では…お願いしても、よろしいですか?」
「はい、勿論です」
ただでさえ病気で辛いのに、寝ている時まで夢で苦しめられるなんて、
気の毒すぎる。それに、私が夢渡り人だとバレなければいいのだ。
ベッドの上に横たわる人は、一瞬女性と見まごう程の美しい男性だった。
金髪に近い茶色の髪、白い肌、細い華奢な体。
そして、ベッドの側には車椅子が置いてある。…ああ、歩けないのね。
私が立ち尽くしていると、後ろからダリルソン令息が口を開く。
「彼は友人のベンジャミンです。主に植物をモチーフに描く画家です。
今は寝たきりで、全然描けていませんが…」
「そうなんですね。あの、差し支え無ければ教えて頂きたいのですが、
どんなご病気なんですか?」
「酷い…事故で…怪我をしたのです…それで下半身不随に…
それから精神的に少し…不安定になってしまって……」
「…そう、ですか。お気の毒に…」
声色で分かる。令息は嘘をついている。
何か事情があるのだろうけど…
とりあえず、彼の恐怖を取り除こう。
私はベンジャミンの冷たい手に触れて、目を瞑って夢渡りを始めた。
「誰か、誰か、うあああああっ!触るな!触れるなぁっ!
嫌だ、嫌だぁーっ!助けて、助けてー…ダリル、ダリルー!
ああああああああああああああああーっ!」
夢に入った途端、体がビクリと跳ね上がる。
さっき聞こえていた叫び声より大きな絶叫。
そして、彼の姿を見て私は血の気が引いた。
暗い無機質な部屋の中で、人間位の大きさの黒い蛇5匹が、
ウネウネ蠢き、彼はそれに絡みつかれて苦悶の表情を浮かべている。
何、これ…気持ち悪い…気持ち、悪すぎる…
体を羽交い締めにされてギリギリ締め付けられ、
チロチロと細い舌を出し、嫌がる彼に執拗に絡み付いていく。
不愉快すぎて胸がムカつき、思いっきり黒い蛇を引き剥がして、
上に吊り上げ、業火でコレでもかと怒りの感情のままに焼き尽くした。
そして、黒い灰がパラパラと舞い落ちる。
体を丸めて怯えているベンジャミンの肩に、
フワリと手で触れて、優しく撫でた。
もう、大丈夫だよ。安心して…
安心して眠って…蛇は私が殺した。もう来ないから。
「…君は、誰?」
姿を消しているはずなのに、彼は私の方を見ていた。
いや、目があっていないし、見えてはいない。気配を感じているのだろう。
「もう、誰もあなたを傷つけないから安心して。
ゆっくり眠って…」
「助けてくれた…の…?」
「うん。もう大丈夫だよ。蛇は殺したから」
「ありがとう…ありがと…ずっと…ずっと…誰かに助けて欲しかった…
ずっと助けてって願っていたんだ…やっと…、やっと……
あの気持ち悪い感触から、解放された…ありがとう、ありがとう…
ありがとうっ…」
これ…事故じゃない。
彼は襲われたのだ。
恐らく複数人…蛇の数と同じ5人組だろう。
誰も助けがこない、自分は助からないと悟った絶望の中で、
絶対誰かが助けてくれるはずだって信じて、自我を保っていたんだわ。
実際は誰にも助けられずに、彼は被害にあってしまったのだ。
そして、その事実をダリルソン令息は知っている。
「……もう、大丈夫だと思います」
私は夢から出て、スウスウと静かに眠るベンジャミンを見て、
ホッと息を吐きながら、労うように彼の手を撫でている、
ダリルソン令息に報告して問うた。
「事故じゃ、ないですよね?」
「………はい」
「良かったら、話を聞かせて貰っても?
プライベートなことなので、勿論、口外はしません。
治癒能力者として、彼の精神的な重荷を取り除きたいのです」
「ええ…お話します」
別室に彼と私だけにしてもらい、
長い沈黙の後に、ダリルソン令息は静かに話し始めた。
ベンジャミンと自分は、互いに愛し合っている同性愛者で、
周りには気取られないように、密かに友人同士という関係を続けていた。
同性愛が許されないのは分かっているが、そんな汚れた関係ではなく、
男同士の友情とは違うが、お互いを敬愛し合うプラトニックな間柄だった。
周りに認めて貰おうとか、祝福して欲しいとか、そんな願望はない。
ただ、側にいられれば良かったのだ。
そんな二人の雰囲気を怪しんだ父親、クヴァレヒューム侯爵は、
探偵を雇い徹底的に調べ上げて、彼らの関係を知ってしまったのだ。
侯爵は激怒し、ダリルソンにベンジャミンとすぐ別れて、
後継として、家格の釣り合う令嬢と婚約するように一方的に言い放った。
しかし、彼は父親の命令を無視してベンジャミンと関係を続けたのだ。
そして、侯爵は思い通りにならない自分の息子に業を煮やし、
ダリルソン自身を傷つけるのではなく、大切な相手ベンジャミンを傷付け、
息子を恐怖で支配しようと、彼らを最も傷付ける最悪のことを実行してしまう。
男娼5人組に大金を払い、ベンジャミンを襲わせ重傷を負わせたのだ。
声も届かない森の奥の狩猟小屋に連れ込まれたベンジャミンは、
次の日の朝、小屋に来た猟師に発見されて病院に運び込まれた。
彼は強いショック状態で精神的にダメージを受け、
大部分の記憶を失い、怪我が原因で下半身不随にまでなっていた。
しかし、ここまでしても息子は侯爵の思い通りにはならなかった。
ダリルソンは、もう恐れで言うことを聞く幼い子供ではない。
彼が父親に対して抱いた感情は、“憎悪” と ”殺意” だった。
悪魔のような所業をした父親を彼は許さなかった。
そして彼はある計画を立てた。それが、父親の毒殺である。
父親は、眠る前にウィスキーを一杯飲んで、いつも就寝する。
スズランの天然香料を瓶に保存し、父親のウィスキーキャビネットに忍ばせ、
いつか本人が間違えて飲むのに賭けたのだ。
その企みは、誰に疑われることもなく見事に上手く行った。
都合の良い事に、嫌われ者の侯爵の死を誰も詳しく調べようともしない。
そして、父親の死後、
体も心も傷付いたベンジャミンの面倒を見ようと引き取ったのだ。
しかし、予想以上にベンジャミンの精神状態は重症だった。
彼は毎夜、あの最悪の体験を繰り返し夢で見て、助けを求めていた。
「私は、呼ばれていたのかもしれないですね。
ベンジャミンさんは芸術家だから、感覚が常人より優れているし、
感受性が強いんです」
「…彼は、もうあの夢をみませんか?」
「はい。私が徹底的に焼き殺しましたから」
「ありがとう…ございました…ですが、私が父親を殺した事は、
王宮の女官であるあなたは立場上、見過ごせないでしょう?
罪は…償います」
「私は、クヴァレヒューム侯爵死亡証明書の署名を貰いに来ただけです。
そして、治癒は私の個人的な都合ですわ」
「え……」
「私は夢渡り人です。これは王宮でも特定の方々以外、
秘匿にされています」
「えっ!あのっ、いきなり何をっ」
「ふふっ、聞きましたね?
これは私の秘密。あなたはもう知ってしまった。
そして、私はあなたの秘密を知っている。これで私たちは共犯です。
今回の事は、お互いの胸にしまって置きましょう?」
「あっ、…はははっ、そういう事ですか…分かりました…参ったな…」
「私は同性にそんな風に愛を感じた事がないし、
同性愛に関しては、特に何の感情もありませんし、嫌悪感もないです。
かと言って理解している訳でもないので…だから、何も言いません。
でも正直…お互い一番の想い人になれている、あなた方が、
一人の人間として羨ましいです」
────私は、選ばれない方だったから。
「そんな風に言っていただいて、ありがとう、ございます…」
「誰かの一番になれるのって凄いことですよ。
どうぞ、幸せになってください」
「あなたは、優しい人ですね…」
「ふふっ、そうでしょうか?
ああ、参考までに、そのゴミクズ実行犯5人の名前はお分かりになります?」
彼女は美しいゴールデンパープルの目を細めて、無邪気に微笑んだ。
何をするつもりなのか疑問に思ったが、私は彼らの名を紙に書き手渡した。
* * * * * * *
今朝、新聞で男娼5人が自殺をしたと記事で読んだ。
これは、あいつらだ…間違いない。
私はあの残忍な出来事を得意げに話す父親から名前を知ったのだ。
あの5人は、そのうち始末するつもりだった。
ベンジャミンが記憶を無くし、証拠不十分で運よく逃げおおせたが、
彼があんな状態の中で、派手に行動を起こせなかった。
あいつらの素行の悪さからして、将来的にあの出来事をネタに脅し、
金をせびって来る可能性は充分想像できたし、
何より、再びベンジャミンを傷付ける事になる。
“ 参考までに、そのゴミクズ実行犯5人の名前はお分かりになります? ”
…まさか、彼女が?
“ 誰かの一番になれるのって凄いことですよ。
どうぞ、幸せになってください ”
ありがとう。
ありがとう…
同性愛は理解出来ないと言いつつも、
彼女は人間として私達を尊重してくれたのだ。
あなたにも、幸せが訪れるように祈っている。
誰よりも優しい心を持ったあなたが、誰かの一番になれますように…
そして彼女のおかげで、
ベンジャミンは、もう夜に叫ばなくなった。
でも、記憶はほとんど戻っていない。
だからこれはもう諦めていた。
また彼と一緒に思い出を作っていけばいいんだ。
今日は天気がいいから、車椅子を押して、
のどかな小川が流れている、野草の群生地の平原に散歩に来ていた。
ああ、今年も綺麗に咲き誇っている。
青紫や赤紫の花々が群生してゆらゆら揺れている。
私はここが好きで、ベンジャミンにいつも、
この花がどうして好きか力説していた。
彼は呆れながらも、嬉しそうに聞いて笑ってくれた。
今では、それさえも忘れてしまっているけれど。
俯いていたベンジャミンが、フワリと髪を揺らしてそちらを見やる。
そして何気ない口調で言葉を紡いだ。
「勿忘草…綺麗だね」
「え…ベンジャミン、今なんて…」
「君は、確かこの花が好きだったよね」
「思い…出したの?」
「うん、君いつも言ってたじゃないか。
可愛い小さな花なのに、凄く強いんだって。
そして、何もしなくても僅かな水さえあれば、
毎年咲き誇る逞しさが好きなんだ、ってね」
「うん、何度も言ったよ。この小さな花から勇気を貰えるんだ…」
「勿忘草を見る度、いつも頑張って生きなきゃとも言っていたね。
それは私も同意するよ」
「やっと分かってくれた?
そうだ!根っこから掘り出して庭に植えようか?
窓から見える場所に沢山あったら綺麗だし、紫の絨毯みたいに!
ねぇ、どう?」
「はははっ、いいね。綺麗だろうな」
「よし、今すぐ邸に戻って、掘り出す道具を取りに行こう!」
「相変わらずダリルは気が早いなー、ははははっ」
車椅子を勢い良く押しながら、
久しぶりにお互い笑い合って心が浮き立つ。
勿忘草の花言葉も私は好きだった。
私を忘れないで。
それは死に行く時に、愛する人へ望む最後の言葉。
しばらく、失った悲しみや心の痛みは続くけど、
やがて時間がそれを薄れさせて、あなたを癒してくれるだろう。
そして数々の思い出が、あなたを優しく包み込み、
それがあなたの生きる強さになるだろう。
私を忘れないで、覚えていて。
そうすれば、私はあなたの心の中で永遠に生きていられるから。
ずっと一緒にいられるから。
だから、私を忘れないで ───。
* * * * * * *
新聞をバサリとテーブルに置いて、王宮の窓の外をみる。
私は何もしていない。
夢渡り人として、規約違反になるから何もできないしね。
でも、夢魔ちゃんにあの5人のリストは渡した。
相当苦しんだでしょうね。
苦しみ悶える人間も、そろそろ味わってみたくないかと尋ねたら、
夢魔ちゃんは、大喜びで目を輝かせていた。
そして、5人限定で一番辛い記憶を探り出して、
徹底的に追い詰めていいと言っただけ。
あの実行犯5人組はどうするか、本当は私自身も迷ったのだ。
もう過ぎてしまった事だ。でも、やっぱり許せなかった。
金の為に、何の恨みもない人物を平気で壊してしまうあの残酷さ。
事前に素行調査したけど、ろくな奴らじゃなかった。
奴らは、きっと彼を嬲って楽しんでいたのだ。
少し時間は掛かったけれど…あの二人が安心して暮らして行けるよう、
将来的に存在が障害になりうるあの5人は排除したかった。
人に悪意を持って害を及ぼす時は、
自分もやり返される覚悟を持たなくてはならない。
それは──私も同じだ。




