第十三夜 ~棺の馬車~
ずっと王宮に籠りっぱなしは、そろそろ飽きてきた頃、
魔術師団の医療部の方々が薬草不足なのに、忙しくて森へ薬草摘みに
行く暇がないと食堂で話していたのを聞き、私はそれを請け負う事にした。
久しぶりの外出もしたかったし、
ハダル師団長に、以前アマンの呪いの件でお世話になったし、
私なりの魔術師団への恩返しだった。
そして只今、リタとエルヴァン騎士を連れ立ち、
森で薬草を求めて彷徨っていた。
「ねえ今の季節って、あんまり薬草なかったっけ?」
「お嬢様、私はあまり詳しくないのですが…
街の薬用植物園内の専門薬草店で買った方が、確実で早いと思います」
「うーん、リタの言う事も一理あるけど…」
「まあ、購入者は簡単に手に入って便利ですが、
薬草店は温室栽培で手間と金がかかってますから、その分割高なのですよ。
自然の中で採取できるのであれば、その方が経費の節約になりますからね」
「そうだよねぇ、エルヴァン騎士。私もそう思う。急ぎじゃ無ければ、
お店で買うのは勿体無いし…それにしても困ったね、全然見かけないわ」
土魔法があれば、薬草の群生地なんかすぐに見つけられるのに。
庭師のおじさん連れて来れば良かった。
「もう少し、奥に行ってみようか…」
「あ、あの!すみません。
黒い馬車をこの辺で見ませんでしたか?」
「うわっ、ビックリした!え?い、いいえ、見てませんが…」
「そ、そうですか…突然お声がけして申し訳ありませんでした。
それでは…失礼いたします」
いきなり声をかけられて体が跳ね上がった。
その人は私より少し上の年齢の女性で、随分焦っているというか、
動揺しているというか…普通ではない状態だった。
しかも、黒い馬車って…
私は、彼女が心配だったし、気になったので、
引き留めて何があったのか尋ねてみた。
「はい、実は…あの…娘と山菜採りに森に入っていたのです。
それで、少し離れた隙に娘の悲鳴が聞こえ、すぐ娘の方へ行ったんです。
でも、姿がどこにも見当たらなくてっ…その直後に…
黒い馬車が走り去っていくのが見えて…私、必死に追いかけたのですが…
追いつけなくて…今から5分程前の出来事で…」
「黒い馬車…?」
「それって、まさか…あの漆黒の棺の馬車ですか?」
「陰府の王が、連れ去ったって事?」
「わ、分かりません…でも、もしそうなら…娘は…娘はっ…」
女性は目に涙を浮かべて、ガタガタと震えて絶望している。
陰府の王って、本当に人を連れ去るの?
「ねえ、私たちも一緒に探してあげようよ」
「そうですね、でも馬車じゃ…到底追いつけません」
「ですが、あの迷信が本当なら、陰府の王はまだ彷徨いているはずです」
「うん。馬車が魂で一杯になるまで、陰府に帰らないんだっけ?
取り敢えず探しに行って見よう」
「あ、あ…ありがとうございますっ!」
私たちがここまで乗ってきた、馬車に戻って皆で乗車し、
黒い馬車が走り去った方向へ、とりあえず向かった。
そして、母親は馬車の窓に張り付いて必死に目を凝らしている。
エルヴァン騎士は、騎乗で馬車と並走して護衛もかねてくれていた。
「あの…娘さんの外見の特徴と、お名前を伺っても?」
「あっ、そうですね。名はマグダ、服は白いワンピースに赤いポンチョで、
明るい茶色のウェーブの長い髪に…その目が、珍しいオッドアイです。
茶と青の瞳の…」
「マグダちゃんね。オッドアイ?それは分かりやすい特徴ね」
「はい。そのせいなのか、以前養女で引き取りたいと…
貴族の方が大金を持って来たりしてました」
「ええ〜…」
「勿論お断りしてます。ウチは平民ですが、生活は困窮してませんし、
それに…可愛い娘を渡すなんて考えられません」
「そうですよねぇ。申し出てきた貴族の名前、わかります?」
「は、はいっ。押しつけられた合意書みたいなのを家に取ってあります」
「それ後で貰っても?法務省に通して国王陛下に報告します」
「えっ、いいのですか?こちらが悪いことになったりしませんか?
告訴しようにも…そんな大金はウチには…」
「大丈夫、大丈夫。こっちで処理しますから、安心してください」
全く…貴族って何様だよ。何でも金で買えると思ってんだから。
私も一応そうだけど…高位貴族じゃないから、気持ちが全く分からん。
「ここまで馬車を追ってきたのですが、力尽きてしまって…
それで、近くであなた方の話し声が聞こえて、お声がけしたのです」
「そうだったんですね。さぞ、不安で怖かったでしょう。良く頑張りましたね。
マグダちゃんも早く見つけてあげないと…」
「は、はい…重ね重ね、お優しい言葉をありがとうございます。
心細くて…正直どうしたらいいか分らなくて…
今にも発狂しそうだったのです」
「当然です。大事な娘さんが拐われてしまったのですもの」
「馬車の車輪跡が、ぬかるんだ土の部分に所々残っていますね。
漆黒の馬車って実体があるのでしょうか?」
「う〜ん、陰府の馬車だしねぇ…車輪の跡なんて付かなさそうだけど…」
ぼんやりと窓の外を見ながら話していると、
凄い速さで轟音を響かせながら、黒い影がすれ違って行った。
ゴオオォォォォォォォォォーッ
…え、何?今の。
「ねえっ!い、今の何?リタ見た?」
「…え、何かありましたか、お嬢様」
「へっ⁉︎ 今の見えてなかったの?凄い速さと轟音だったでしょ?」
「…いいえ?お母様は見ました?」
「いいえ、私は何も…」
「嘘!私だけ⁉︎ 」
馬車を止めて、並走しているエルヴァン騎士にも確認したが、
彼も何も見ていないし、感じていないと言う。
どういうこと?
すると、すれ違ったであろう黒い影がまた戻ってきた。
今度は速度を落として、こちらの馬車と並走している。
ぼんやりとした影だが確かに馬車の形だ。
目を凝らすと誰か乗っている。目が…光って見える…金色の瞳 ⁉︎
嘘…これ…本物の…漆黒の棺の馬車⁉︎
そして再び大騒ぎして、窓の外を指をさして皆に教えたが、
私以外、誰も見えていなかったのだ。
なんで…?
「お、お嬢様、落ち着いてください」
「私には見えてるんだってば!ああ、もう!馬車止めて!」
止まった馬車から降りて、私は外へ出る。
後ろには、私がどうにかなってしまったのかと心配してる
オロオロしたリタがいる。
も〜…何で私だけにしか見えてないのよ。
こっちの馬車を止めたから、あの黒い影はそのまま行ってしまった。
その場に立ち尽くしていると、なんとまた引き返して来たのだ。
私は意を決して、
両手を広げてその馬車の前に立ちはだかった。
そして、ゆっくり黒い影は速度を落として姿を現す。
輝くように艶やかな、美しい夜の闇を纏った、
漆黒の馬車…
ガラガラガラガラ…ガラ……ヒヒィーン、ブルルッ…
ゴトゴト…ガタンッ…
と、止まった…
馬車の窓から、こちらを見下ろしてくる人物と目を合わせて、
ゴクリと喉を鳴らし目を見開く。
ベルベットのような黒い肌、
白…というかオパール色に輝く長いウェーブヘア…
そして、金塊みたいな重厚な金色の瞳。
目力が…凄い…
この人が、陰府の王だろうか。
衣服は、神父が着ているような、シンプルな詰め襟のまるでキャソック、
首から掛けている帯は、金色の糸で刺繍された豪華なまるでストラ。
ストラ以外は全部真っ黒。
神職とは正反対の存在なのに服装が似てるなんて…
まあ、でもこの人が悪って訳じゃなく、担当存在領域が違うだけだし、
私達から見たら上位種族だし、神様みたいなもんよね。
「何用だ?」
重低音で落ち着いた、よく通る声。
強者の余裕を感じる、ゆっくりとした速度の声色。
こ、怖い…
でも、でも…拐われた女の子を助けなきゃ。
それに向こうから来てくれたんだから、渡りに船だわ!
「あ、あなた…陰府の王ね⁉︎ 」
「そうだ。おぬし、人の子か…うむ、なんとも珍しい波動だ」
「人間の娘を拐ったでしょ?」
「いいや」
「えっ、本当?」
「ああ」
「……あ~…え〜と…」
やば、上位種族にイチャモンつけちゃった。
人間と違って、この人達は嘘付かないし。
どう詫びればいいだろう…いや、もしかして私殺される?
「も、申し訳ありません。
手違いだったようで…とんだご無礼を…」
「ふむ…、私と同じ黒い馬車で、人間の娘を拐った不届き者がいるのだな?」
「はい、勘違いでした。大変失礼いたしました」
「良い。間違いだったのだろう?」
「え?ええ…」
ん?何か話が通じる人だ。
「お、お嬢様?あのっ、さっきから誰と話しているのですか?
だ、大丈夫ですか?」
「あ〜、ちょっと待っててリタ、今会話中だから」
「えっ…で、でも、でもっ…何もない空間に向かって話しているようにしか、
見えないんですっ…お、お嬢様ぁっ」
「あの…リタ、私は頭大丈夫だから、涙目にならないで…」
リタをなだめていると、後ろから声が覆いかぶさる。
「無駄だ」
「え?」
「彼らに私は見えていない」
「どうして?何で私だけに見えるの?」
「さあな、分からん。お前の方が例外なのだ」
「そう、なんだ」
「ああ」
「そっか…じゃあ、皆んなに説明するから、
ちょっと待っててもらえますか?」
「うむ」
そして、不安で目が泳ぎまくっているリタと、
訝しげにしている皆んなに、この状況を説明する。
まあ、見えて無いのをいるって言われても、信じられないよねぇ。
そして、再び彼に向き直る。
「お待たせしました!」
「…おぬし、私が怖くはないのか?」
「こ、怖いです。
でも…拐われた女の子を探さなくてはいけないので…」
「そうか、共に馬車に乗るがいい。その娘を探そう」
「協力して…くれるのですか?」
「人攫いの不届き者を見過ごせんだろう?
それに、この陰府暦に黒い馬車でそんな所業をされて、
陰府の悪評が立つのは困る。こちらの名誉にも関わる事だ」
「確かにそうですね。では、お言葉に甘えて。
ありがとうございます!」
あ、あれ?いい人っぽい?
縋り付くリタを何とか説得し、私だけ陰府の王の馬車に同乗して、
マグダちゃんを探すことにした。
母親から彼女の家の場所を聞いて、リタとエルヴァン騎士は、
もうすぐ暗くなるし、彼女の家で待機してもらうことにした。
私はステップに足をかけて開かれた馬車のドアから、おずおずと中に入った。
うわ…中も座席が紫色以外は真っ黒だ。
ペコリと礼をして、陰府の王の向かい席にフワリと座る。
そして馬車の外にいる3人を見ると、私の姿が消えたと大騒ぎしている。
本当だったんだと、やっと信じてくれたようだ。
馬車が静かに動き、しばらく向かえに座った私をジッと見つめると、
陰府の王は口を開いた。
「…おぬし、夢渡りができるのだな」
「は、はい…」
「面白い波動だ」
「ありがとうございます。
…あの少し質問して宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「この世に馬車で彷徨っているのは、何故ですか?」
「こちらの亡者たちが悪さをしないか見回っている。
他の領域で、迷惑はかけられんだろう?
おぬしの気配が少し変わっていたから、好奇心で近づいたのだが、
まさか見えているとは思わなんだ」
「あ、そう…だったんですか…」
「ああ。そちらでは漆黒の馬車は、
違う意味合いの捉え方をしているらしいがな」
「ええ、そうです。
私達の想像で勝手に解釈して恐れが独り歩きしていました。
真実を私が皆に伝えて、訂正しておきま…」
「いや、そのままで良い」
「どうしてですか?誤解されたままでいいのですか?」
「恐れられていた方が良い。
本来、お互い近づいてはならない世界の住人同士なのだ。
以前何を勘違いしていたのか、自分を別の世界に拐ってくれ、
という酔狂な女がいたのだ。そんなのが増えると困る」
「…なるほど…分かりました。私だけの胸にしまっておきます」
「ふふっ、おぬしは理解が早くて良いな。話しやすい」
「今までも、人間に遭遇していたのですか?」
「いいや、本当に稀だ。大抵悲鳴を上げて逃げていくしな。
そもそもこちらの姿が見えていないのが圧倒的に多い。
気配を感じる者はいるが、おぬしのようにハッキリ認識して、
ここまで意思の疎通ができるのは珍しい」
「…そうなんですね…何が違うのかしら」
「おぬしの瞳の虹彩にゴールドが入っている。それは夜の属性だ。
私とおぬしは種族こそは違うが、属性が近いのだ。だからではないか?」
「あ、なるほど。…そうか、夜属性だから夢に渡れるんですね」
「そうだ。それに、おぬしは魂が美しい」
「え、あはははっ。魂を褒められたのは初めてです。光栄です」
「ふっ、魂の美しさは、外見や表情に現れるのだぞ。覚えておくといい」
「ふふっ、はい。覚えておきます」
ガラガラガラ…ゴトゴトゴト…
少しの沈黙。
馬車の車輪の回る音は聞こえるけど、振動が全然ない。
木々や障害物をすり抜けて、スムーズに馬車は進んでいる。
そして、陰府の王は視線を横にずらし鋭い目をした。
「もうすぐだな…」
「え?」
「不届き者だ」
私は耳を澄ませた。…遠くから、泣き声が聞こえる。
ああ…拐われたマグダちゃんだ、可哀想に怖がっているわ。
「さて、どうするかな…」
陰府の王は、そう呟いて馬車は止まった。
「怖いよ〜、おかぁさ〜ん!うわあああぁぁーん!」
「うるせーな!このガキ!殴られたいのかっ」
「黙らせろ、耳がどうにかなる」
「だから猿轡持って来いって言っただろうが」
「気絶させりゃいいだろ、寄越せ」
「ぎゃーっ!やだー、お母さんお母さんお母さーん、うわあああああっ!」
「おい、誘拐犯!マグダちゃん虐めんな!」
「…は?…なんだ、この女。おい、お前何処から…」
「姉ちゃん、コイツは俺たちの子供だ。余計な口出しするな」
「ははははっ、見ろよスッゲーいい女じゃねーか。今日はついてるぜ」
ああ、見えていないんだわ。
私の後ろに、でっかい陰府の王がご立腹で立ってるんだけどね。
こいつらから見ると、私は女一人で力も人数も負けている3人の男に、
鼻息荒くしてイキってる、無謀なバカ女に見えているのだろう。
貧相な体と汚い服装の3人の男達。目付きも悪いし、頭悪そうだし、
見るからに俺たち悪人ですって感じの奴らだわ。
「あなた、マグダちゃんね?
お母さんに頼まれて、迎えに来たんだよ」
「…お母さん?」
「そう、お母さんの所に返してあげる。もう大丈夫だよ」
「うえぇぇーん!お母さーん!」
「おいおい、何勝手に決めてんだよ」
「返してもらうわよ!」
「はははっ、良く周りをみな。
こんな深い森に俺ら以外誰もいないだろ。
誰の助けもない場所だって、わかってねーのか?馬鹿な女だ」
「こんないい女が、わざわざこっちに来てくれたんだ。
コイツも捕まえて高級娼館に売り飛ばそーぜ。
あの目と髪の色みろよ、高くつくぞ。
このオッドアイのガキは、珍し好きな高位貴族か、
子供好きな変態貴族に売り飛ばせば、大金持ち間違いなしだ」
「おい、売る前に俺にこの女味見させろよ。
陰府暦なんだから、多少の悪行はバレやしねーよ。
わざわざ黒い馬車まで用意した甲斐があったなぁ!ヒャハハハッ!」
キモすぎ…
あー夢の中だったら、拳でボッコボコにしてやるのに。
そして、彼らの乗っていたらしい黒い馬車に視線を移す。
見窄らしい幌馬車に、黒いスミでも塗ったような汚い馬車。
本物の漆黒の棺の馬車に似ても似つかない。
ああ、この時期に現れる棺の馬車を模倣した訳ね。
最悪だわ。
「なんたる魂の醜さだ。…うむ、決めた。
我が国に招待して、刑苦を与えようではないか」
「…え?」
陰府の王は、フワリと手に黄金の錫杖を出現させる。
そして、それをドンッ!と大地に振り下ろし、
男たちの足下の地が一瞬でひび割れた。
「我によからぬ虚言の罪を着せ、それを利用して悪行を行うとは、
救いようのない腐った性根だ。
悪人にふさわしい最下層の陰府に連れて行ってやろうぞ」
あ、聞いたことのない詠唱だ…
まるで歌っているかのような、美しい旋律。
ビキビキと大地のひび割れは大きくなり、彼らはそこに綺麗に落ちていく。
ニヤついた醜い顔は、落ちる瞬間目を見開き、恐怖と驚愕の顔に変わっていた。
それを見ても、いい気味以外何の感情もない。
そして、ひび割れはスッと消え、マグダちゃんがぐったりとして倒れていた。
私は慌てて彼女に駆け寄り抱き上げる。
息はしている…良かった、眠ってるだけみたい。
「これ以上、面倒を増やしたくないのでな、悪いが眠って貰った。
連れ去られた時と今のやりとりの記憶も消した。
この娘は恐怖で精神的に限界に近かったしな、
この方が体が休まるだろうし、後に悪い夢を見たと思うだろう」
「確かに…そうですね。ありがとうございます」
「では、帰るか。送ろう」
「送ってくれるのですか?」
「女性をこんな森の奥で一人で置いていけまい。
それに、もうすぐ暗くなるぞ」
あれ?やっぱいい人だわ。それに紳士だし。
そっか、管理している領域が陰府なだけで、
この人自身が恐ろしい存在な訳じゃないんだわ。
スウスウ眠るマグダちゃんを抱きながら、馬車の外の風景を見る。
ああ、見つかって本当に良かった…
それもこれも、全て陰府の王のおかげだ。
あ、薬草採取出来なかったけど…ま、いっか。
事情説明して、別の日にまた探しにこよう。
マグダちゃんを優しく撫でていると、
私の右手をジッと見ていた陰府の王が質問を投げかけてくる。
「おぬしの右腕の手首に、強力な守護の誓紋があるな?」
「え?ああ、そうなんです。不本意ながら…」
「不本意なのか?」
「同意してないんです」
「ふっ、気の毒に。おぬし随分な奴に執着されておるな」
「えっ、どっちの事?」
「どっち、とは?」
「…あー、ええと…男?女?」
「……ああ、なるほど」
「どっち?」
「ふふふふっ、その強力な守護があれば大丈夫だ。
人間とは思えん魔力量の持ち主だからな」
「あ、そっち?」
「女の方は、おぬしの妹か?……何だこの魔力は。
ゴミではないか。相手にする価値もない」
「…ゴ、ゴミ…」
彼は、おもむろに手を伸ばし、私の右手の甲に指先で軽く触れた。
バチッと音がして彼の指が弾かれる。
「えっ」
「うむ…弾かれたか」
「何ですか、今の…」
「ふふっ、なるほど」
「へ?あ、あの何一人で納得してんですか?」
「私がおぬしを気に入ったのが許せんらしい。
この誓紋は、おぬしに好意を持つ男からも守護している」
「はあ?アイツ!何勝手にそんなオプション付けてんだ!」
「ふふっ、まあ、一度食らえば分析して解除できる。
私には造作も無いがな。ほら見てみろ」
また触れると、今度は弾かなかった。
優しく指先で触れられ、くすぐったくてムズムズする。
「私の名は、シバルバだ。人の子よ」
「…どうして、名前を教えてくれるの?」
「おぬしは面白いし、気に入った。また会いたいからな」
「面白い…」
「不服そうだな」
「女性に面白いは、褒め言葉じゃないんだけど…
まあ、いいか。外見褒められても、そのうち衰えるものだし」
「おぬし名は?」
「スノウスフィアです」
「いい響きだ。おぬしに似合う」
美しい金塊の瞳を細め、薄い赤紫の唇の端を上げて微笑む。
あら、とっても素敵。大人の余裕を感じるわ。
「おぬしには、強い味方が沢山付いているな。勿論私もだ」
「え、あなたも?どうして?」
「名を教えただろう?これでおぬしと繋がりができたのだ。
陰府暦以外は、異なる領域に住う者同士は、際でしか会えんが、
森の奥の天然の泉セノーテが、この世界へ繋がる境目になっている。
そこに来て私の名を呼べば、いつでも会える」
「ああ、あの泉ですか。そうだったんですね、知りませんでした」
「内緒だぞ?」
「はい、分かりました!」
「それから “夏至夜祭” の草木も眠る夜更は、充分警戒して気を付けろ。
良くない魔物や精霊や妖精、異形の者が、賑やかにしている人間達の所へ、
好奇心で野次馬が沢山引き寄せられて来る。隙を見せると取り憑かれるぞ」
「は、はい。ご忠告ありがとうございます」
「ああ…あと、あの男から逃げたければ私を呼べ。隠してやろう」
「……は?あの男って?」
「ついたぞ」
「あ、はいっ」
…私、この人に気に入られたんだろうか。
止まった馬車から降りて、窓から見下ろす陰府の王シバルバ様に向き直る。
「ではまたな、スノウスフィア」
「はい。あの、ありがとうございました。シバルバ様」
陰府の王シバルバ様は、美しい顔で微笑んだ。
ガラガラと去る漆黒の棺の馬車は、やがて闇に紛れて姿を消して行った。
不思議な人…
恐ろしい程の存在感なのに、穏やかで優しい…。
家の窓から私の姿を見つけるや否や、色んな意味で私の頭を心配していたリタが、
弾かれた様に家から飛び出てくる。
そして、私はマグダちゃんを母親に無事返し、
さっきの出来事を皆に話した。
悪質な誘拐ではあるが、
これは事件として報告しないことにした。
私以外は、シバルバ様の姿と棺の馬車を見ていないし、
あの出来事を信じて貰えると思えないし、誘拐犯も陰府に落とされて居ないし。
何よりこの子の為にも、これは迷子の失踪を陰府暦の迷信に結び付けた為、
ちょっとした騒動になってしまった、という事にしておいた。
そして皆で談合して、マグダちゃんはお母さんとはぐれてしまい、
森の中で迷子になり、疲れて眠ってしまった所を発見された事にした。
マグダちゃんに、これは現実じゃなくて怖い夢だったと思い込ませた方がいい。
この子には、アミラ令嬢のような大人の悪意を恐怖の傷として、
抱えて生きて欲しくない。
両親は泣いて喜び、何度も感謝を述べ、何かお礼をと縋り付き食い下がった。
そして、ちょうど欲しい薬草類が彼らの庭の温室で育ててあったので、
それを貰うことにした。こんな物でいいのかと困惑されながらも、
カゴいっぱいに渡してくれて、結果的に私も魔術師団も非常に助かったのだ。
* * * * * * *
魔術師団の医療部に薬草を届けて、私の株も上がったところで、
上機嫌で私室に戻ったら、イグネシアスがソファにふんぞりかえって、
待ち構えていた。
「おう、おかえり」
「ただいまー」
「スノウ…お前、どこへ行っていた?」
「薬草の採取だけど…」
「違う、別の領域に入っただろ?」
「………ううん」
「お前、嘘が下手すぎだろ」
「…っ、ちっ…」
「俺の守護を与えられたお前は、俺と魔力の感覚が繋がっているんだ。
守護をすり抜けた奴が居たはずだ」
「何モサレテナイ。ムシロ助ケテモラッタ」
「おい、何で片言なんだよ」
「…だって…その、色々説明が面倒臭いんだもん。
無事だったんだから、いいじゃん別にっ」
「エルヴァンもお前に無断で喋れないって、口割らねぇし…」
「……あーもー…あのね、陰府の王に会ったの。信じる?なら話す」
「は?ああ、だからか…何か質の違う魔力だと思った」
「あ〜信じるのねぇー…じゃあ、話すわ」
私は、イグネシアスに今日の出来事を話した。
ただし、棺の馬車がただの見回りだという事も、
陰府の王に名前を教えられた事と、森の奥の天然の泉セノーテが、
陰府と繋がる境目だという事は言わなかった。
これはシバルバ様との約束だから。
それに…私のいざという時の緊急の逃げ場でもあるのだ。
「なるほどな…俺も会ってみたかった」
「どうだろう。私が特殊みたいだし…」
「スノウ、お前…陰府の王に気に入られたな?」
「し、知らないよ、そんなのっ」
「………ふ〜ん…」
完全に疑っている目だ。
やだやだ、勘の良い男は嫌いだよ。
「あ、そうだ。マグダちゃんを養女にくれくれした貴族の合意書貰ってきた。
名前バッチリ書いてあるから。はい、適切な処分やら罰則やらよろしく」
「ん〜…わかった」
まだ納得してない模様。逃げたい。
そうだ。妃教育の予習しておきたいし、図書館行こう。
「ああ!私、図書館行かなきゃ。じゃっ!」
「あ。逃げた。リタなんか隠し事してねぇよな?」
「か、かっかかか隠していましぇんっ!」
「ふははっ、お前ら二人揃って、誤魔化すの下手くそかよ」
「ぶっふふ…ほら行くよリタ。先に食堂で夕飯食べようか?」
「は、はい。では失礼します」
バタン
そそくさとあの二人は部屋を出て行った。
どう見ても、アイツは何か隠している。
スノウは強引にすると逃げるから、少しずつ慎重に囲ってきたつもりだったが、
守護誓紋刻んでから、明らかに俺から距離を取ろうとしてんだよな。
少し…急ぎすぎたか?
…ふん、陰府の王だろうが、スノウスフィアは渡さねーけどな。
「まあ、いい。その内分かるだろ…
しっかし、こういうのいつまで経っても無くならねーな」
スノウスフィアに渡された合意書をつまんでヒラヒラしながら、
イグネシアスは、気怠そうにため息を吐いた。




