第十二夜 ~方形の常夜~
お願い誰か。
出して、ここから出して。
暗くて、苦しい。
出して、出して、出して…
ここから出してっ‼︎
ガリガリガリ…ガリ…ガ…リ……………
* * * * * * *
「な~んで…私までワルツレッスンしなきゃなのよぉ…」
「どうしたんですか?お嬢様」
「今、正妃様の付き合いで、私も妃教育受けてるじゃない?
ワルツのレッスンも参加してんの。私には必要ないのにさ~…」
「まあまあ、会得しておいて損はないと思いますよ?」
「分かってるけどさ…あ~足いたぁ~い…」
「マッサージいたします、お嬢様。さ、横になってください」
「ん~…お願いしようかな…吊りそうだし……」
ベッドの上にうつ伏せになり、リタがホットタオルと手で優しく、
腰から足全体をマッサージし始めてくれた。
昔、初めて淑女教育でワルツレッスンした時もこうだったなぁ…
私運動神経死んでるのかしら。
「あの頃を思い出しますねぇ。お嬢様が初めてレッスン受けた時も、
同じ状況でした。足が痛くて眠れないって…ふふっ」
「あ、それ。私も同じ事思ってた」
「体は随分成長しましたけど、相変わらず細い体で心配になります」
「大丈夫よ。細いのは生まれつき」
「栄養不足もあります。成長期に…あんな粗末な食事を与えられていましたし…
私の力不足で…本当に申し訳ありません」
「リタのせいじゃないよ。色々やってくれたし、守ってくれたじゃない。
あなたが居なかったら、私はもっと酷いことになっていた。
だから、謝らないで」
「はい…そうですね。過ぎた過去です。今を楽しみましょう」
「うん。…そうだ。あのさ、何ヶ月後かに夜会っていうか、
結構大きな舞踏会があるんだって。それに私も正妃様つきとして、
同行して欲しいって言われててさぁ…」
「まあ、いいじゃないですか。出たくないのですか?」
「貴族が全員出席する規模なんだよ」
「ああ、スカイホール伯爵家は、王宮の出入りを禁止されてますが、
公式の行事は出席する権利がありますから…
そうなると、少なからず顔を合わせる事になりますね」
「うん…そーなのよね…」
「最初の挨拶だけで、それ以外は国王陛下と正妃様には、
王族や高位貴族以外、近づいて来ないと思いますが…」
「正直、同じ空間にいるのも嫌だし、アマンは常識ないから、
何するか分からないじゃない?だから、ちょっと不安なのよ」
「最近は魔力封じもされて、大人しくしているらしいですが…」
「あの子の性格は良く知っているわ。今は大人しくしているけど、
機会を伺って待っているだけよ」
「…機会?何のですか?」
「私を潰せる機会だよ。
10年間私を孤立させて、リスクを犯してまで呪いを掛けてくる子だよ?
このまま本当に大人しく引き下がると思う?
私と対面する機会をみすみす逃すはずは無いわ。
それに、あの子のせいで…他の人達に迷惑をかけるかもしれないし…」
「…それは国王陛下も分かっているはずです。賢い方ですし」
「王族って、わざと隙を作って誘導して、一網打尽にするの好きだからねぇ」
「大丈夫です。お嬢様の味方は沢山います」
「あの子は…どうして、いつまでも私に拘るのかしら。
もう、目の前にいない嫌いな存在なんて忘れればいいのに。
ずっと追いかけて、心を支配されて…時間の無駄じゃない?」
「私も全て分かりませんが。嫌いだけではないのでしょう…
お嬢様の何もかもが羨ましく、妬ましい。
近しい存在の姉妹ゆえに…悔しくて仕方ないのでは?」
「私に、なりたいって事?」
「それに近いと思います」
「そう。じゃあ、私の10年の孤独も是非経験してもらいたいわ」
「本当にそうですね…併合罪で20年経験してもらいましょうか」
「あははっ、いいねソレ」
「スノーウ、仕事だ!」
「………後にして、マッサージ中なの」
「お、筋肉痛か。相変わらずひ弱だな。
まあいい、横になったまま聞け………おお〜綺麗な足してんな〜」
「ぎゃー、触るなっ!」
* * * * * * *
「箱の中に閉じ込められて、窒息するって怖すぎ…」
「前からたまに見ていたが、起きるとすぐ忘れてしまうから、
気にせずそのままだったそうだ。
しかし、この所毎日見るようになり、睡眠不足で仕事に支障が出ている。
そして困ったことに事前と背景調査で、それらしいのが全く出てこない」
「心当たりも無いの?」
「ああ、頼めるか?」
「分かった。今日夢に渡る」
「それから、妃教育は順調か?」
「これ見て分からない?
大体何で私まで、ワルツのレッスン受けなきゃいけないのよ。
女官にダンスなんて必要ないでしょうに…」
「お前は一応貴族令嬢だ。
高位貴族並に学んでおいて損はなかろう?」
「…それらしい事ばっか言ってさぁ〜…ふんだ」
「ん?どうした、怒ってるのか」
「怒ってねーよ…アンタが誤魔化してるのが、気に入らないだけ」
「おっと、俺が嘘ついてるって?」
「もういい。どうせ教えてくれないんでしょ」
「スノウスフィア、俺がお前の為にならない事をすると思ってんのか?」
「分かったから、もういいってば」
「…リタ、交代してくれ」
「は、はい?」
「え…何すっ…‼︎…ぎゃっ、いったあぁーいっ!やめろっ!
馬鹿!いたたっ!さわんなーっ」
「足裏ツボのマッサージだ。これ効くらしいぞ。
ほれほれ、どうだ?」
「痛い痛い痛い!ぎゃーっ!この悪役国王ー!」
ふてくされた私に、少々ご立腹のイグネシアスは、
足裏を遠慮無しに親指でグリグリ押しまくった。
あまりの痛さに、私はベッドの上で魚のようにビチビチのたうち回り、
何故かその後、妙に足がスッキリしていたのは納得行かないし屈辱的だった。
* * * * * * *
「…あれ?依頼主どこ」
夢に渡ったが、ガランとした四角の暗い空間だった。
…うーん。ウンともスンとも…音が全くしない。
上を見ると、四角の端から少し明かりが漏れている。
ああ、ここは箱の中か。
しばらくその隙間を見ていると、いきなりそこがバカリと開き、
大きな何かが凄い勢いで、こちらに迫ってくる。
このままでは押し潰されると、咄嗟にそれを避けて、
開いた蓋から箱の外へ脱出する。
危なかった…
脱出した周りを見回して、ここが書斎だと気がついた。
何処か貴族の邸内書斎だろう。伯爵家と同じ位のこじんまりした部屋だった。
依頼主は、元修道女20代のシスター、シロエ・フォーゲルヴァルト。
信心深く教会に勤めていたが、半年前に子爵家後継者の長兄が病で急死し、
兄夫婦は子が無く、シロエが代わりの後継者として実家に呼び戻され、
神職から還俗している。
今現在、フォーゲルヴァルト子爵家立て直しに奮闘中だが、
この夢のせいで寝不足になり、依頼が来たそうだ。
書斎の真ん中にある机の上に、その箱はポツンと置いてあった。
そして、半透明の少女がその箱を両手で持ち上げ、
窓の前にある、大きなベンチチェストの引き出しを開けて、
そこにそっと入れてパタンと閉めた。
少女はしばらくそこに立ってジッとしていたが、
静かに書斎を出て行った。
あそこに仕舞われているって事かしら?
私は、ベンチチェストに近づいて棚を引き出す。
真四角の木箱がポツンと置いてあり、その蓋を両手で静かに開ける。
そこには人形が仰向けに、体を折り曲げて窮屈そうに仕舞われていた。
これ…ビスクドールだ。なんて綺麗で可愛いのかしら。
それにこの人形の外見、随分前のタイプだし…結構高価なのでは?
今は大量生産されるようになり、手に入りやすくなったけれど、
私の小さな頃は、強請るにはまだ躊躇する価格だった。
アマンは強請って買って貰ったのに、落として壊してしまい、
泣き喚いてうるさくて…私が渋々修復してあげたんだっけ。
柔らかいベージュに近い、くるくるカールの金髪、青い瞳とあどけない顔。
白に近いベージュのフリルとレース編みリボンと造花満載の帽子とドレス。
靴も編み上げ紐までしっかり作ってある。
鎖骨あたりに、洒落た小さなパールと金細工のブローチ。
ドレスと帽子にも、金色の糸でアクセントに美しい刺繍がしてある。
そっとその可愛い人形の髪を撫でた。
次の瞬間、私は凄い勢いで箱に押し込まれる。
「…っ、…えっ⁉︎ 何?ちょっと?何で私を閉じ込めるのよ!恩を仇で返す気⁉︎
私はあなたが何が言いたいのか、聞きに来たんだってば!」
真っ暗…まるで夜みたい…
うわ、これは息苦しいわ。
ねえ…
ねえ、どうして?
いつまでも一緒だって言ったのに…大好きだって言ってくれたのに…
いつも一緒に寝て、可愛がって、私の妹だって言ってくれたのに…
どうして、妹をこんな暗くて、狭い所に閉じ込めるの?
ずっと待ってたのに、どうして出してくれないの?
出して、出して、出して、ここから出して。
ここは嫌だ、ここは寂しい。
この永遠の方形の常夜は怖い。
出して、出して、ここから出して。
ねえ、前みたいに、
抱きしめて、話しかけて、笑いかけて。
それだけでいい。
お願いだから、側にいて…シロエ、シロエ…
お願いだから、私を思い出して…
お願いだから、前みたいに “アンバー” と名前を呼んで。
“アンバー?”
「ねえ!あなたは…アンバーは、
ここにずっと仕舞われているのが嫌なのね?」
ここは怖いし苦しい。出して、出して。お願い、側において。
それをシロエに伝えて。
「分かった、伝えるわ」
ありがとう…
* * * * * * *
私は、夢の中のことを報告書に書いて渡した。
人形が心を持ってしまうのは、稀だが無い訳ではない。
特に人の近くにいたり、大事にされていた物は心が宿って、
この世と陰府の領域が交差する “陰府暦” に、
霊的エネルギーが増幅されて、意思を伝えてくるのだ。
アンバーは長い間、窮屈な箱に仕舞われた自分を出して欲しくて、
夢の中で、彼女に必死に訴えていたのだ。
シロエ子爵令嬢は報告結果を聞いて、すぐにアンバーをチェストから引き出し、
久しぶりに再開した、大切な人形を抱きしめて謝罪しながら涙を流した。
アンバーは母親が亡くなった時に、
寂しくないようにと、祖母から贈られた人形だったそうだ。
母親を失った寂しさを埋めてくれた人形をアンバーと名付け、
いつも一緒に持ち歩き、一緒に寝て、髪をとかして、ドレスも手入れし、
本当の妹のように大切にしていたという。
しかし母親に続き、その1年後に祖母を立て続けに病で亡くした彼女は、
二人の魂が安らかになる手助けをしたいと、修道女になる事を決意する。
俗世から離れるには、煩悩も捨てなければならない。
当然、大切な人形も手放さなければならなかった。
教会に入る着衣式前日に、断腸の思いで彼女はアンバーをチェストに仕舞った。
そして、彼女はずっと教会で信仰心を持って従順に努め、
10年間修道女として誠実に過ごしてきた。
そんな生活の中でアンバーの存在など、すっかり忘れてしまったのだ。
しかし、長兄が亡くなって呼び戻され、
彼女は引き継ぎで毎日忙しく過ごし、アンバーを全く思い出さない。
アンバーはやっと帰ってきてくれた、シロエに思い出して欲しくて、
念を送り続け、“陰府暦” で、念が強力になり夢で訴えてきた。
しかし、人形の存在を忘れているシロエには意味が伝わらず怯えただけで、
今回の依頼に至ったのであった。
“抱きしめて、話しかけて、笑いかけて”
“それだけでいい”
“側にいて…”
“お願いだから、私を思い出して…”
“お願いだから、前みたいに名前を呼んで”
まるで…愛を求める子供だ。
お父様、お母様、お願い私を見て。私の名前を呼んで。
お願い…お願い…
私は───ここにいるの。
「ねぇ〜、スノウお姉様〜、歩くのはやーい!
アマン一人ぼっちになるぅ〜」
「そんなに早く歩いてないでしょ…」
「置いていかないでぇ〜…え〜んっ」
「泣かないでよ。ほら、手を繋ごう」
「うんっ!」
「……………」
「えへへへっ、お姉様の手あったか〜い」
「アマンの方が体温高いよ」
「え〜、お姉様だよ〜?」
あの子が7歳になるまでは、仲の良い普通の姉妹だった。
人懐っこくお姉様と言って私の後を付いてくるアマンは可愛かった。
中途半端に仲が良かった時期があったせいで、
私は心からアマンを憎めなかったし、突き放せなかったし、
見捨てられなかったのだ。
思い出って…時には判断を鈍らせる邪魔モノになるんだわ。
…もう、あの時のアマンは居ないのに。
“家族というものは、血の繋がりを盾にした、しがらみ、そして、牢獄 ”
ブナの木の精霊の言う通りだ。
私は閉じられた狭い世界の伯爵家の “方形の常夜” の箱の中から、
しがらみの牢獄の中から、愛を求めるアンバーのようにやっと解放されたのだ。
シロエ子爵令嬢は、みんながいつも集まる賑やかな居間のキャビネットに、
アンバーを座らせて飾ることにした。
毎朝アンバーに挨拶をして、髪をとかして、抱きしめてあげているそうだ。
それから、箱に閉じ込められる夢は見ていない。
* * * * * * *
「ローズスフィア様、この度は娘をスノウスフィアを助けていただき、
ありがとうございました」
「……いいや。国王陛下からの仕事依頼だったのだ。礼には及ばん。
愚弟はどうした?」
「アマンに…家令と供に領地経営の指導をしております」
「ほう、やっとシャンとする気になったか…
さて、夫人にお聞きしたい事があるのだが、少しいいだろうか?」
「は、はい。あの紅茶をお煎れしますので…」
「いや、いい。すぐお暇する。
この後、夢渡りの仕事が入っているのだ」
「…そうですか」
「スノウスフィアを連れ戻しに夢に渡った時に、閉じ込められていた場所がな、
雨の降る中一人ぼっちで、店の軒先に立っておったのだ。
そなた達家族3人と買い物に来たのに、置いていかれたと悲しそうにな。
これは…事実だな?」
「…あっ…は、はい…申し訳ありま…」
「私に謝ってどうする。して、事実か?」
「はい…事実です」
「自分はなぜ嫌われているのか、生まれて来なければ良かったのかと、
私に問うてきた。あの子は、未だにあの場所に囚われている。
それを覚えておけ。愚弟にも伝えておくように」
「……っ、…は、はい…」
「もう、スノウスフィアを傷つけるな。あの子が本当に大事ならな」
「はいっ…分かりました」
「アマンをしっかり監視する様に。
今回スノウは無事だから、お目溢しされたが、
次にあの子に何かしたら、もう国王陛下は見逃してはくれまい」
「は、はいっ。心します」
「では、失礼する」
「はい。ご足労ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
50代とは思えない、ゴールデンレッドと赤い髪の美しい横顔をクルリと返し、
ローズスフィアは退室して行った。
彼女は独特のオーラがあり、その威厳さに皆萎縮する。
しかし、同じ “夢渡り人” 同士のせいか、スノウスフィアは彼女に懐いていた。
“夢渡り人” は、外見が独特だった。
一族の誰にも似ていない、突然変異の色で生まれてくる。
ムーンスフィア様は、薄い金色の髪、ゴールデンの瞳、
ローズスフィア様は、赤い髪、ゴールデンレッドの瞳、
スノウスフィアは、銀髪、ゴールデンパープルの瞳。
一族にこの色を持つものは、一人も居ない。
だから生まれた直後には、必ず妻の不貞を疑われる。
それが最初の試練だった。
一族の宝、“夢渡り人” を生み出した偉大な母か、
不貞を働いた汚らわしい悪妻か。
つまり、赤子の目が開くまで妻は針の筵なのである。
私の時もそうだった。
見事な銀髪で産まれてきたこの子を見て、あの人は私を真っ先に疑った。
瞳にゴールドが入っていなかったら、離縁だと言い放たれた。
命がけの長い戦いを終えた、出産直後の妻に向かってだ。
労いの言葉など一言もなかった。
あの時の屈辱と不信感…そして怒り。今でも血が煮えたぎる。
未だに、あの時の恨みと胸の痛みは忘れてはいない。
そして、夫婦の営みが苦痛になり避けるようになったのもあの時からだ。
ゴールデンパープルの瞳を見て、コロッと態度を変え良くやったと大喜び。
そんな、あの人が許せなかった。
そして、その疑惑を向けられるきっかけになったスノウスフィアが、
憎らしくて仕方なかった。
あんたが、あんたが…そんな外見で生まれて来たせいで…と。
今思うと、ただの八つ当たりと逆恨みで、精神的に余裕がなかったのだろう。
この子は…何も悪くないのに。
そして、あの子の賢さと成長するにつれて美しくなっていく外見に、
女として激しく嫉妬していた。そんな根本にある下劣な恨みつらみが、
アマンの魔力に同調して、惑わされる事になったのだ。
“自分はなぜ嫌われているのか、
生まれて来なければ良かったのかと、私に問うてきた”
あの子にこんな事を考えさせて、言わせてしまう程、
追い詰めてしまったのだ。
「スノウスフィア…弱いお母様で、ごめんね…本当にごめんね。
もう、もう、あなたの人生の邪魔はさせないから……
だから、だから、幸せになってちょうだい」
壁に掛かっているパールピンクの額縁のスノウスフィアが描いてくれた、
自分の似顔絵に向かって、夫人は涙声で懇願した。




