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〈連載中〉スノウスフィアは夢を見ない ~夢渡り人の千夜一夜~  作者: 米野雪子


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第十夜 ~鏡の中~





ガチャリ



腕輪をはめられた。

ああ、魔力を完全に封印されたわ。


この腕輪は、嵌めた魔術師しか外せないし封印も解除できない。

無理矢理外そうとも、腕を切断しようとも、

都合のいい事に、この封印は無くならないのだ。

魔力干渉を受けたり、魔力量が多い人がつけている魔力封じとは違う。

つまり、犯罪者用と言っても過言ではない。


封印しに来た魔術師が、白髪長髪の赤紫の瞳の結構いい男だったから、

ニコやかに愛嬌を振り撒いてやったのに、何よアイツ。

人をまるでゴミを見るような目で…不愉快ったらないわ。

魔術師団の師団長だか何だか知らないけど、偉そうに。


あーあ、最悪。


でも魔力がなくとも、生きていればチャンスはある。

魔力がなくとも、呪いはかけられる。

今は大人しくして、領地経営と管理を学ぶフリをして待つしかない。


私をここまで追い詰めるなんて…

許さない、許さないわ…お姉様。

絶対に不幸にしてやる。

絶対に私より、幸せになんかしてやらない。


何でもすぐに器用に出来る賢さに加え、

あの美しいゴールデンパープルの瞳とサラサラストレートの銀色の髪。

便利な修復魔力を持ってるクセに…それなのに…それなのに!

更に一族の宝の存在、“夢渡り人” の能力まで持つなんて…

どれだけ恵まれているのよ。

 

お姉様は、私が欲しいモノを全て持っていた。


いつも、いつも、皆んなに褒められて、可愛がられて、

注目を浴びて話題の中心にいるのは、いつもお姉様だった。


私が誇れるのは、庇護欲を掻き立てる幼い顔と愛嬌、

そして、人形みたいに綺麗にウェーブしたマリーゴールド色の髪と、

明るい青い瞳の可愛い外見だけ。


お姉様は綺麗だったけど、冷たく見えるし近寄り難いから、

これだけは私が優っている。


私は、ある日悔しくて卑屈になって遠慮気味に謙遜した。

皆んなそんな事はないよって、慰めてくれる。

でも、お姉様はもっと凄くて私は役立たずで恥ずかしいと言うと、

お姉様とは違って、可愛いくて愛嬌があって女の子らしいと言ってくれた。

だから、その方法をずっと続けていたら、お姉様は少しづつ孤立して行った。


いい気味だったわ。


ほら、今は私が主役なの。

あなたの居場所を奪ってやったわ。悔しいでしょ?


でも、お姉様は全然気にしていなかった。

あの澄ました顔が最高にムカついた。

そしていつも通り、優秀な結果を出してまた褒められていた。



お姉様を蔑んで、貶めないと私は主役になれない。



だから、ずっと続けた。

婚約者も奪ってやった。ほら、悔しいでしょ?泣き叫びなさいよ。

私に負けたって認めなさいよ。


でも、泣き叫んで悔しがる所か…ずっと大人しかったお姉様が、

急に強気で饒舌に言い返してきて、挙句絶縁宣言して家を出て行った。


そして、お姉様が居なくなってから何故か皆が冷淡になった。


文句を言って私を責めてくる。意味が分からない。

私はあなた達には、何も悪いことしてないじゃない。

以前は、私が微笑むとみんな笑い返して頬を染めていたのに…


大きなドレッサーの鏡の前でニコリと微笑む。

ほら可愛い。なんて私は可愛いのかしら。


私はまだ若くて可愛いから大丈夫よ。

ヘリオだって、今は世間体を気にして混乱しているだけで、

また以前の様に、熱を持った瞳で私を見るようになって夢中になる。


そして、全て手に入れて、

いつかお姉様を膝まづかせて屈服させてやる。




* * * * * * *




実の妹に、呪いをかけられて殺されかけた。


気分が悪い。


アマン…私の何が、そんなに気に入らないのかしら…

家を出て行っても、こんな事してくるなんて。

何故こんなにも恨まれているのか、全く分からない。


ああ、きっともう私の何もかもが気に入らないのね。


相手が、どんな不満や劣等感を持っているかなんて、知るよしもないし、

そんなのに事前に配慮なんて、出来るはずもない。


こっちは別に興味もないし、関わらないようにしているのに、

向こうから勝手に絡んできて恨んでくるのだから、どうしようもない。

その時点で相手に負けているというのに、

それに気がついてないから、こんな事してくるんだろうけど。


全ての人に好かれるのは不可能。それは痛いほど分かっている。

だから私は、家族との決別を決心した時に、

第三者に好かれようと努力して、自分の心を殺すのをやめたのだ。



いつまで、あの子の意味の分からない感情に、

振り回されなきゃいけないのかしら…



簡単な執務作業を一旦やめて、ペンをプラプラしながら、

机の上にある、イグネシアスからの差し入れのクッキーが目に入る。



よく考えたら、“守護の誓紋” がある私は、

イグネシアスが生きている限り無敵状態なのよね。

その代わり、奴に常に居場所がバレるという代償はあるけど…


これ…アイツから思いっきり、ぶっとい鎖つけられたって事だよね?

不味い…自立する計画立ててたのに、このままじゃ逃げられない…



それに、正妃様がこれを知ったら、どういう感情になるか…

私… “敵” 認定されたりしないよね?



私を守る為だとはいえ、

他にも方法があっただろうに…何考えてんだか。


でも、アイツは考えてこの所行なのだろう。

こういう最悪をちゃっかり利用する所が、王族だなぁとしみじみ思う。

嵌められた感があって、何だか少し悔しい。


あの日以来、イグネシアスは心配なのか、

毎日私の部屋に来るようになった。

そして、右手首の誓紋を嬉しそうに眺めるのだ。


これ…私は自分のモノ宣言しているも同然では?


イグネシアスは嫌いじゃないけど、まだ男として全然意識してないし、

愛妾なんてガラじゃないし…てゆーか私は、一体どういう扱いになるんだろ。

いまいちアイツの本心が分かんないんだよね。奴に確認した方がいいだろうか。

うーん、でも何か自意識過剰で恥ずかしいな。



コンコン



あ、噂をすれば?



「どうぞー」


「ご機嫌よう、エルッヒ女官殿。お仕事をお持ちしました。

 国王陛下は昨日徹夜でして、フラフラしながら貴方様の所に行くと

 言い張るのを殴りたお……いえ、止めました。只今爆睡中です」


「あら、ライル文官。相変わらず忙しいのですね。

 あなたは大丈夫なのですか?」


「ええ、大丈夫です。自分のペースでやっていますから。

 ご心配ありがとうございます」



確かに、彼はいつも爽やかな顔をしていた。

目の下にクマとか見たことない。

ライル文官は、綺麗な仕草でソファにストンと座った。




* * * * * * *




「鏡を見るのが怖い…?」


「はい。鏡を見ると後ろに男が立っている夢を見てしまい、

 現実世界でも鏡が恐ろしくて、身嗜みが不可能になり困っているそうです」


「ああ、それは怖いですね。

 私は子供の頃、鏡の向こうに違う世界があって、

 自分と同じ人物が向こうで真似してるって思ってました」


「それは、随分想像力豊かですね」


「真似すんなって、鏡に向かって怒っていたアホな子供でした。

 ライル文官はそういう風には、思いませんでした?」


「ないですね。鏡は鏡です。それ以外でも以下でもありません」


「おー、クールなお答え」


「国王陛下は、鏡の中の自分が違う動作をしたとか、

 以前騒いでましたが、気のせいでしょう」


「え、こわ…」


「あの方、良く寝ぼけるのですよ」


「ぶふふふっ、目に浮かびます。

 ……えーと、ああ、このご令嬢の事前調査なんですが…」


「ええ、少しトラウマがあるのかと…」


「小さな頃、鏡越しに見知らぬ男が後ろに立っていて、

 驚いて悲鳴をあげたら、実は屋敷に忍び込んできた誘拐犯だったって…

 怖すぎるんですが…」


「十中八九、これが関係しているでしょうね。

 未遂でしたが、子供心に恐怖の対象として焼き付いているのでしょう」


「えーと、アミラ・リン・ファーレンハイツ伯爵令嬢、19歳…

 被害にあったのは5歳の頃で…それまでずっと忘れていたのに、

 婚約者が鏡の後ろに立ったのを見て、

 その時の記憶を思い出しちゃったんですか」


「はい、そうらしいです」


「でも、今までの日常でそんな状況、何度もあったはず…」


「ええ、突然反応が出たのは、最近婚約したばかりの男性です」


「…何だろう…たまたまなのか…何か共通点があるのか…

 あ、誘拐犯の目的は何だったんですか?身代金目当てとか?」


「前から可愛いと思っていて、連れ去りたいと、

 無意識に屋敷に侵入していたそうです」


「えっ、やば…マジの小児性愛者じゃないですか。

 誘拐犯は捕まったんですか?どこにも書いてないですが…」


「捕まりましたが、巨額の示談金を伯爵家に払い、

 不起訴処分で釈放されました」


「は?」


「不愉快な事に…初犯だった事とその男が高位貴族だったのです。

 名も伏せられています。

 そして伯爵家はその…資金運営に困っていたそうで、

 金の力に負けた、という所でしょうか。

 そして、娘を譲ってくれたら遺産も譲るし、

 もっと出すと言われたらしいですが、それは流石に断わったそうです」


「ええ~…」


「昔はこういうの結構多いのですよ。今は厳しくなってますが」


「じゃあ、その男は今ものうのうと普通の人のフリして、

 生きてるってことですか?」


「いいえ、10年前に亡くなったらしいです。高齢でしたからね」


「そんな高齢で、小さな女の子に懸想したんですか?

 益々キモいんですが…」


「ええ、とんでもない男です。

 力では到底敵わない男に襲われかけたなど、相当怖かったでしょう」


「これは早く対処した方がいいですね」


「ええ、よろしくお願いします」




* * * * * * *




可愛い女性らしい部屋。

私は姿を消した状態で部屋の中を見回した。

スモーキーピンク、白、グレー、ベージュで落ちついた色でまとめてある。


そして、親から娘に対する愛が感じられる、白い装飾額縁の楕円の立派な

大きな鏡と真っ白で豪華で美しい、ドレッシングテーブル。


彼女は、そこに座って鏡を覗き込んでいる。


ああ、これが例の鏡ね…


確かに、可愛らしい令嬢だわ。

お人形みたいに綺麗な金髪のウェーブヘアに、水色の瞳に華奢な体。

今でもこんなに可愛くて美しいのだもの。

幼い頃は妖精並だっただろう。


そして、彼女は何かぶつぶつ呟いていた。



「出られない。出られない」


「出たくない。出たくない」


「出ないと、あいつに捕まる」


「出ると、別のあいつに捕まる」


「どうしたら、どうしたら…」


「どこに逃げたら…いいの」



何だろう…これ。

話しかけて大丈夫だろうか。

もう少し、様子を見た方が良さそうだわ。



「後ろのアイツが笑ってる」


「逃さないと笑っている」


「死んだはずなのに…」


「死んだって、お父様とお母様は言っていたのに…」


「どうして」


「どうして…」


「まだ、私の後ろで笑っているの?」



……後ろ?


彼女の横に立ち、後ろを振り向くが誰も居なかった。

アミラ令嬢は、瞬きもせず鏡をずっと凝視している。



何を 見て いるの?



そして、私は彼女が見ている鏡を覗き込んだ。



「…っ、‼︎…」



驚いて思わず声が出そうになる。


鏡の中には、薄暗い闇の中に浮かび上がる二人の男が立っていた。

彼女の後ろに満面の笑みで。


左肩側に高齢男性、右肩側に若い男性。

高齢男性は誘拐未遂犯だろう。若い男性は多分婚約者だ。


アミラ令嬢と共に、鏡の中のその顔を良く観察してみる。

そして、ふと気がついた。


二人の年齢はだいぶ離れているし、髪と瞳の色は違うけど…

目元と口元…鼻筋…背格好…


…え?……何か、似てない?



「鏡の中には、アイツがいる」


「鏡の外には、別のアイツがいる」


「助けて、助けて…」


「誰か…助けて…逃げられない…」



この婚約者…まさか…



「お父様もお母様も、信じてくれない」


「私は……あの男から逃げられない」



「もう、死ぬしかない」



私はその台詞にゾッとして、

咄嗟に手をかざし鏡の中の男達を掻き消した。


彼女は、しばらく体を固くして鏡を見ていたが、

私がそっと彼女の肩に手を添えて、少しの間撫でていると、

アミラ令嬢は、フッと肩の力を抜いて、ふぅーっと大きく息を吐く。

そして、顔を両手で覆って嗚咽しながら泣き出した。



何、この嫌な感じは…


彼女は、あの誘拐犯と婚約者の姿が重なって見えている。


これは…再調査する必要があるわ。




* * * * * * *




「気のせいなら、それでいいのですが…

 でも彼女は、本能的に何か察したんだと思います」


「なるほど。もし、そうなら不味いですね。

 ご両親も、婚約者の身元や素性は調べていると思いますが…

 ですが、誘拐犯は名も姓も変えていますし…

 何か間違いがあってからでは遅いですね。

 わかりました。もう一度虱潰しに調査いたします」


「お願いします」




何だろう。気持ちが悪い。



執着、欲情、偏執、束縛、固執、

渇望、拘泥、愛憎…



そんなドロドロとした…

絡み付くような執念を感じる。




「スノーウ!いるかー!」


「…あんたねぇ…ノックするのいい加減覚えなさいよ」



そして、そんな気分もすっとばすコイツの登場。

身体中がザワザワ寒気がしてたし、正直…助かった。



「お、ライルじゃねぇか。お疲れさん」


「お疲れ様です。陛下。

 私は打ち合わせが終わりましたので、これで失礼いたします」



ライル文官は、イグネシアスの国王らしさ皆無の姿を見ても、

表情も変えずに、綺麗な礼をして部屋を退出した。おお、プロだわ。



「今回の仕事はどうだ?」


「うーん、ちょっと大変そう…

 ライル文官に調査の追加頼んだ所」


「昔の貴族は、傲慢で隠滅体質だったからなぁ…」



足を組んで優雅に向かえのソファに座って、依頼書を見ながら、

イグネシアスは黒髪をかきあげ、こちらを上目使いで見る。

ドキリと心臓が跳ねる。

あれ?私…もしかして…コイツを意識し始めてない?



「スノウ、右手」


「は?そんな毎日チェックしなくても、

 消えたりしないわよ」


「いいから」


「…………」



おずおずと右腕を伸ばすと、そっと左手で引き寄せて、

イグネシアスは、嬉しそうに浮かび上がる紋を眺めている。



私も、“執着”…されているのだろうか?



でも、あの夢の中で感じた、気持ち悪さはコイツには無い。


ああ、そうか。


一方的に、自分の気持ちを押し付けて来ないからだ。

強引だけど…私の反応を見ながら、距離を保ってくれている。


イグネシアスは、私の右手をニギニギしながら口を開いた。



「なあ…」


「えっ、何?」


「俺、マジで焦ったんだ…お前が倒れた時」


「あ…うん…ごめん」


「この守護は戯れじゃない。それだけは覚えておいてくれ」


「……うん…」


「もう今日は、仕事終わったんだろ?」


「ああ…そうだね。

 ライル文官から調査結果聞いてから、また動くけど…」


「じゃあ、行くか!」


「は?何処に?」


「いいから、いいから。リタも一緒に来い」


「ちょっ、またかよ!」



再び、肩に麦袋担ぎで連行され、ダランと脱力タオル状態になり、

後ろから、笑いを噛み殺したリタが足早で付いてくる。


そして連れて来たのは、衣装が並ぶクローゼットルーム。

ズラッと連ねるドレスは、軽く50着はある。



「好きなの選べ」


「……は?何?何で?…あ、でも、サイズ合わないでしょ…」


「全部お前のサイズだ」


「は?だから何で?」


「スノウ、ここに来てから、ずっと同じドレス着まわしてるだろ?」


「ドレスなんて、5着あれば充分だし…」


「俺の臣下が、そんな見窄らしいのは許さん」


「で、でも、こんなに要らないっ」


「遠慮すんな。お前の部屋のクローゼットルームガラガラだろ。

 それに、せっかく被服裁縫師が仕立てたのによ、お前がいらないってなら、

 全部無駄になるぞ。あーあー、勿体ねぇ」


「…え~…リター、選んでくれない?」


「お嬢様は何でも似合いますからねぇ…

 まあ、どれも素敵なデザイン…それに丁寧で綺麗な縫製ですね」


「女官らしいのが、いいなぁ…」


「ああもう、全部持っていけ!

 ほら、こっちはローブに毛皮、靴、ヒールにブーツ。

 そっちは装飾品もあるし、バックに手袋に…」


「だから、そんなに要らないってば!」


「ふふっ、折角なので頂きましょう。お嬢様」


「ええー…」



ああ、身軽でいたいのに…


それに…私は贈り物に慣れていない。


自分がその贈り物を受け取るのに、

ふさわしい人間だとは、思えないからだ。


ドレスとその他を荷台にエイホエイホと入れて、

忙しなく運ぶリタを尻目に、私はオロオロとして居た堪れずにいた。


そんな私の様子を見て、

イグネシアスは後ろから腰に腕を回して抱き寄せ、耳元で囁いた。



「嬉しくなかったか?」


「そんな事は、ないけどさ…こんなに良くして貰う理由ないし、

 私にはそんな…」


「 “価値” は、ない?」


「……っ、……」


「その考え方も変えねぇとなぁ…

 自分の事をやたら卑下する、お前の悪いクセだ。

 ああ、リタそのドレス寄越してくれ」


「はい?ああ、これですね。どうぞ」


「ほら、見てみろ」



イグネシアスは、後ろから両腕を伸ばして、

ドレスをバサリと広げる。



「……え、これ…」


「お前が、茶会で着ていたドレスに似せて作らせたんだ。

 俺の好みも多少入ってるが」


「若干大人っぽいけど、本当に似てる…」


「スノウに似合ってたからな」


「ありが…とう…」


「そうそう、そうやって素直になれ」


「………………」



控えめなスモーキーブルーに、美しい雪の結晶のホワイトレース刺繍が、

上半身からパラパラと雪が舞っているように、下のドレスへ続いている。

胸元はストレートビスチェ風で、肩先が見えるオフショルダー。

デコルテが強調されて上品で、ふんわり透け感のある袖が美しい。

そういえば、子供の頃のドレスはハイネックだったな。

まあ、子供に色気は必要ないしね。


ドレスは美しく上品なAラインで、何層ものオーガンジーがふわりと揺れて、

一輪の花が咲き誇っているよう。

後ろのアクセントのヒラヒラリボントレーンが華やかで、

天使の羽みたいな可愛らしさがある。


優美で上品で…美しいドレスだ。

これは素直に嬉しい。

でも女官の私が、いつ着るのか分からないけど。


私が見惚れていると、

ドレスごと、後ろから強く抱き締めながらイグネシアスは笑う。



「それ着て、また下手くそなワルツ一緒に踊ろうぜ」


「はぁ?」


「ふははははーっ」



イグネシアスは、時折真剣な眼差しで私に思いを伝えるようになったが、

それ以外は、いつもの調子だった。

この辺の距離の取り方が上手いんだよな…コイツ。


でもね、イグネシアス。あんたは一国の国王。

所詮身分違いの私とあんたは、これ以上の関係は望めない。

だから、あんまり勘違いさせないでよ。




* * * * * * *




「おやおや、これは…随分と陛下から沢山贈られましたね」


「ライル文官…お疲れ様です。すみません、散らかっていて…」


「私は気にしませんので、お構いなく。

 昨日の件の調査結果のお知らせに来たのですが、よろしいですか?」


「はい、どうぞ。座ってください」



クローゼットルームで、贈られたドレスと装飾品の整理整頓をしていたら、

部屋中に物が溢れてしまっていた。それをかき分け、ソファに座る。



「さて、エルッヒ女官殿のご指摘と再調査の件、感謝いたします。

 そして、大変重大なことが分かりました。こちら調査書です、ご覧ください」


「…………え゛…………………

 …………うわっ…やっぱり、血縁だったんだ…」


「はい。誘拐未遂犯の高齢男性の名は、元フィリぺドア公爵。

 平民の愛人との間に、婚外子の男の庶子が一人いました。

 その息子を認知せずに、裏では後見人をつけて援助して、

 他家貴族の養子に出しています。

 その息子が大人になり結婚して、生まれた子供が…あの婚約者です。

 つまり元公爵の孫ですね」


「孫?…って事は、孫世代の令嬢に懸想して……オエェェ…」


「ええ、フィリぺドア元公爵が誘拐未遂して除籍後に、

 何度も名を変えていたり、認知してない婚外子の存在が隠されていたせいで、

 血縁を辿るのに随分手間取りました」


「その…元公爵の孫が、アミラ令嬢の婚約者になったのは、偶然ですか?」


「いいえ」



ドクン…



「まさか…」


「ええ。フィリぺドア元公爵が全て仕組んでいました。

 婚約申し込みと共に、巨額の支援金を提案していたのです。

 示談金の件で、伯爵家が金に弱いのを知り尽くしていますね」


「うわ、凄い執念。自分の思いが遂げられなかったからって、

 孫をあてがうなんて…気持ち…悪い…」


「気持ち悪いのは、ここからです」


「えっ…」


「まあまあ、そう怯えないでください。

 この婚約者は、10歳の頃に流行病にかかっており、

 結構な重症で長いこと病床に臥していました」


「は、はい…」


「そこに、もう死を目前にした高齢の元公爵が、

 老いでフラつく体を引きずりながら、医師として来たそうです」


「…元公爵は、医師だったんですか?」


「いいえ。医師のフリをして孫に接触して来たのです」


「え…」


「今まで試みたことのない治癒方法をするが、

 もし成功したら、病が良くなるかもしれない、やってみる価値はあると…

 少しの可能性にも縋りたい、息子夫婦を言葉巧みに言いくるめたんです。

 息子は元公爵とは面識が無かったので、自分の父親と知らずに。

 そして、孫と自分以外は全て部屋から出し、何やら儀式を始めたそうです」


「何の儀式を…」


「恐らく、魂の入れ替えです」


「は…?」


「孫は元気になり、偽医師のフィリぺドアは、その場で死亡しました。

 真相は、孫の中に公爵が入り、元公爵の中に孫が入り死亡したのです」


「…っ、それ、禁忌の術式じゃ…それに自分の孫を犠牲にするなんて…」


「はい、その通りです。

 その時の事故記録書を拝見しましたが、床に残された一部の魔法陣が、

 まさにそれでした。息子夫婦が汚れと思って半分ぐらい拭いてしまった事、

 そして、当時その禁忌の術式を知り得ている魔術師が少なかった事、

 魔術研究も進んでいなかった事、そして、事故記録ファイルの分類分けが

 間違えていた事により、運よく今まで大事にならなかったのです」


「…そうですか…色々重なってしまったんですね」


「ですから、あのままではフィリぺドアは欲望通りに、 

 アミラ令嬢と夫婦になり、思いを遂げる所だったのです。ゾッとしますね。

 エルッヒ女官殿が気づいてくれたお陰ですよ」


「そうですね…危なかったです。公爵には恨まれてるでしょうけど。

 あの…入れ替えを血縁者にしたのは、理由があるんですか?

 儀式の成功率とか…」


「そういうのは特にありません。

 まあ、少しでも自分に近い遺伝子でアミラ令嬢とその…

 交わりたかったのでしょうね」


「いやーっ、キモーい!」


「本当に、つくづく気持ちの悪い男です。

 認知していないとはいえ、自分の息子の子供でしょうに…」



全身が総毛立つ。


気持ち悪すぎる…



執着、欲情、偏執、束縛、固執、

渇望、拘泥、愛憎…


執拗に絡み付く蛇のような情念…

全て、あのアミラ令嬢を手に入れる為の策略。



「婚約者は、いえ…フィリぺドアは真偽判定の後、

 全て明らかになり、めでたく有罪となりました。

 今は地下牢に魔術で雁字搦めなので逃げられません。

 そして、禁忌を犯した為、後日処分されます」


「処分?」


「はい、己の欲望の為に禁忌を平気で犯す者など危険ですし、

 何をするか分かりません。瀕死とはいえ、孫も殺しています。

 こんな綿密な計画を立て、何の躊躇もなく実行してきた犯罪者です。

 そんな者を生かしておけるはずもない。

 この後に及んで、アミラ令嬢に合わせろと喚き散らしているそうです」


「気持ち悪すぎる…」


「ええ、本当に。

 まあ、これで元凶は片付けられますが、

 アミラ令嬢のトラウマをどうするかですね」


「…そうですね。可哀想に…

 可愛いばかりに、変なのに目をつけられて…」


「今でも、相当男性嫌いになっているようです」


「ん〜…男は怖いって刷り込まれちゃいましたからねぇ。 

 元凶が捕まっても、すぐには無理でしょうし…

 夢で治癒するにも相当時間がかかりそうですが」


「犬飼ったら、どうだ?」


「イグネシアス⁉︎ まーたアンタはっ、ノックしてって…」


「犬ですか、確かにいいですね」


「だろ?犬は従順でいいぞ。

 主人を守るし、可愛いから癒しにも最適。

 特に人間嫌いや、心の傷が深い者、長期入院患者の鬱状態に、

 効果が証明されている動物介在療法だ」


「あ…なるほど。

 でも、世話もあるし…動物飼うって簡単じゃないよ」


「アダムがいる」


「アダムって…あのサライヤ令嬢の眷族の天使?」


「ああ、あいつ変幻自在だし、振る舞いも随分マシになったんだ。

 人間社会を学ぶ教育の一環としてやらせよう。犬ぐらい出来るだろ」


「……そっか、本当に犬じゃないなら…いいかも。

 あ、そうだ。この件はアミラ令嬢には報告するの?」


「しねーよ。それこそ、トラウマ爆発すんだろ。

 ファーレンハイツ伯爵家の両親には報告するがな。

 婚約者は、他の理由をつけて解消になったと伝えればいい」


「そっか、良かった。ありがとう」


「よし、それで話を進める。ライル手配任せていいか?」


「はい、お任せください、陛下。では私はすぐに実行に移ります」



そう言って、ライル文官は退出した。

何か…一気に解決したな。



「流石だな、お前は。

 誰も気がつかなかった事を感じ取って、令嬢を救ったんだ」


「私一人の力じゃない。調査してくれたのは、ライル文官だし、

 対策を提案してくれたのは、イグネシアスじゃないの」


「違和感に気づいたのはお前で、それがきっかけになった。

 とにかく最悪にならなくて良かったよ。疑問に思いながらも、

 何の確証もないまま、あの公爵もどきの婚約者と結婚して、

 地獄を味わう所だったんだ。スノウはアミラ令嬢を救ったんだぞ」


「…うん、そうだね。彼女が最悪の事にならなくて良かった」



ふと無言になったイグネシアスを見ると、私をジッと見ていた。

美しい碧眼が何か物憂げだ。



「…何?」


「いや、スノウスフィアは綺麗だなと思ってさ」


「………………」


「ははっ、眉間に皺寄せんなよ。その顔も可愛いけどよ。

 それより部屋すげーな……ふぁぁ〜…」


「あんたが、あんなに一気に寄越すからでしょ!

 ……眠いの?ちゃんと寝てる?」


「ん〜…もうちょっと、忙しいのが続きそうだなぁ。

 なあ、“夏至夜祭” お前行くのか?」


「リタと少し行く予定だけど…」


「別日に俺とも付き合ってくれよ。少し時間取れそうなんだ」


「え、国王が祭りに参加すんの?」


「一般客でな。変装するし、大丈夫、大丈夫」


「え〜…」


「約束な。さーてと、俺は少し仮眠してから仕事に戻るわ、

 おやすみスノウ」


「うん、お休み…」


「…お前が…ヘリオと一緒にならなくて良かった」


「え…何?」


「いや、何でもない。じゃあな…」



イグネシアスは、当然のように私の額に口付けをして退室して行った。

その額を手で触りながら、私は彼の出て行ったドアを見つめる。



執着か…



執着にも色々あるわね。


アマンも逆の意味の憎悪で、私に執着している。


自分の欲望を叶えるために、タガが外れるのも躊躇わない、

その行動を恥とも思わない開き直った人間が一人でもいると、

簡単に日常は壊される。



人間って……怖い。



普通のフリした怪物が、

すぐ隣にいるかもしれないのだ。


今ある平和は、当然ではない。

その時が来たら、ガラスのように一瞬で壊れてしまうのだから。




* * * * * * *




その後、アダムは真っ白な狼のような犬に姿を変え、

アミラ令嬢と共に伯爵邸で暮らして彼女を守り、癒して行った。

彼女が怖がる時は、一緒にベッドで寝ているらしい。


最初犬が来た時に、令嬢は意味がわからず首を傾げていたが、

本来優しい性格の彼女は、すぐにアダムを受け入れ、

大事に扱い、可愛がったという。


そして、鏡の前に並んでずっと尻尾を振る可愛いアダムの姿のおかげで、

アミラ令嬢は、安心して鏡を見る事が出来るようになってきたそうだ。


アダムは、言いつけは忠実に守っていたが、

まだ応用が効かないのか、近づくアミラ令嬢の父親を男だからと、

敵認定して噛み付いたりしていたらしい。

父親は娘を守ってくれるアダムに、手から血を吹き出させながら、

ありがとうとお礼を言って、決して怒らなかった。


自分達が不甲斐ないばっかりに、

娘に二度もトラウマを経験させてしまった罪悪感もあるのだろう。


まだ時間はかかりそうだが、周りもフォローしてくれているし、

彼女はきっと大丈夫。


悪いのは、全てあの変態ジジイなのだ。


どうか彼女には、美しく生まれて来たのを後悔しないで欲しい。

自分の人生を他人の悪意なんかで、台無しにしないで欲しい。


あなたには、幸せになる権利があるのだから。




* * * * * * *




「クリスティーヌ様、陛下がお見えです」


「あら、珍しい。通して頂戴」



クリスティーヌは、隣国王家の第三王女で、

ルナイト王国へ政略結婚で正妃として嫁いで来ていた。

今はまだ婚約者で、正式な王妃ではない。



「息災か?クリスティーヌ」


「ええ、お久しぶりですわ。イグネシアス陛下」


「おや、すまない。手紙を読んでいたのか」


「いいえ。もう読み終わりました、お気になさらず」


「例の人かな?」


「ええ、無事でいるそうですわ」


「そうか、良かった」


「ありがとうございます。陛下の方は順調ですの?」


「はははっ、耳が早いな」


「一応、あなたの正妃ですもの」


「それでな…その…少し、頼みがあるのだ」


「まあ、何でしょう?」



イグネシアスは、正妃クリスティーヌをエスコートして、

バルコニーに姿を消した。









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