第九夜 ~幽閉の槍~
「ん~…厚労省の文官達が、右往左往して死にそうで書類処理手伝ったけど、
なんか出店の営業許可申請書が多いと思ったら、
“夏至夜祭” が近いんだったね」
「あ!確か一週間連続で夜から朝までやる、賑やかなお祭りですよね?」
「そーそー。夏は夜が短いし、暑いからいっそ寝ないで、
灯りの多い王都で夜通し騒ごうって、変な文化が定着しちゃったんだよね。
当然近隣住民達から騒音の不満で自警団と揉めたり、傭兵が見廻りしたり、
挙句に、王宮にまで嘆願書や苦情が申し立てられまくって、困ったお偉方が、
いっそお祭りにしてしまえってなった苦肉の策だったっけ?」
「ええ。暖かくなると、なぜ浮き足立つのでしょうか…お祭り期間外も、
特に王都の街は、酒場以外のお店は閉店しているのに結構な夜更に、
人がウロついてますよね」
「何だろうねぇ、夏季休暇が長いってのも関係してるんじゃない?
特に学生は暇を持て余してるのよ」
「それはそうと、お嬢様は “夏至夜祭” は参加しますか?」
「いかなーい。人混み苦手だもん。あ、もしかして…リタ行きたい?」
「いえ、お嬢様が行きたいのなら、お供しようかなと…」
「本当は行きたいんだ?」
「少し…興味はあります…」
「じゃあ、ちょっとだけ行ってみる?伯爵家に居た時より時間あるし」
「は、はい!」
「ふふっ。じゃあ、予定空けておかなきゃね」
トントン
「ん?どうぞー…」
「失礼いたします。厚生労働省の文官、マルセと申します。
先ほどは、書類をお引き受けして頂いてありがとうございました」
「あ。いいえ。もう終わったのでお持ちしようと思っていたんです」
「本当ですか?まだ余裕あったりしますか?」
「ええ、大丈…」
「追加でお願いして、よろしいでしょうか?」
縋るような目で言われて、流石に断れない。
気の毒になぁ…ただでさえ忙しいのに、お祭りの業務が追加されて、
てんてこ舞いなのだろう。私は快く追加のお手伝いを承諾した。
「大変だねぇ…王宮管轄の文官って…」
「お嬢様、そろそろやめませんか?キリがないです」
「うん、そうだね。
手伝いの分は終わったから、厚労省に届けてくる」
文官務めのフロアに行くと、まだ何処の部屋も明かりがついている。
連日こんなに夜中まで、良く体力が持つわ。
仕事量減らすのは無理だから、昼の部と夜の部で交代制にしたみたいだけど。
国王イグネシアスの指導と教育と洗脳の賜物なのか、
ここの文官達は優秀な上に、やる気満々で信じられないほど良く働くのである。
イグネシアスは、王族としてのカリスマは本物だった。
一方的に威張り散らして権力を振りかざす権力者では無く、
臣下の気持ちや立場に寄り添い、真摯に意見を聞いて誠実に改善と対策するし、
国王自ら率先してバリバリ働いて優秀なので、皆尊敬してついて来るのだ。
彼は、致命的な間違いや怠惰なミスには激怒するが、
もし自分の間違いがあれば、素直に認める国王らしくない所も好かれている。
感情は常時安定しニコやかで物腰も柔らかく、他人に自分の機嫌を取らせない。
帝王学や王族教育の賜物の幅広い知識を持ち、物事をすぐ理解する。
国にとって何が一番大事なのか、それを基準に物の善悪を即座に判断出来る。
何よりイグネシアスは、いつもポジティブでエネルギッシュで、
自信満々のオーラが、周りを安心させて引きつけるのだ。
そして、いつの間にか奴のペースに巻き込まれて、私もこんな事になっている。
コイツは、人たらしの才能がずば抜けているのだ。
「おや、エルッヒ女官殿ではないですか」
「あ、ライル文官。遅くまでご苦労様です」
「…その書類、厚生労働省の手伝いですか?
今から行ったら、また押し付けられますよ」
「あー、やっぱりですか?」
「私も一緒に行って圧力かけます。ちょうど用事があるので」
「え…」
「貴方様の執務処理が、正確で早くて助かるって非常に喜ばれていたので、
大分頼られていますよ」
「皆さん、毎日大変ですね」
「特に今は、“夏至夜祭” の準備もありますからね。
一番忙しいのは厚生労働省ですが、総務部も要綱作成と、
営業申請の記載内容の設備確認の立会いなどで、大忙しです」
そして、案の定また追加で頼まれそうになり、ライル文官がギロリと睨むと、
書類を渋々引っ込めたのだ。おー、凄い圧。
当分は夢渡りの仕事はない感じだったし、
次の日でよければ、また手伝いますと言うと、めちゃくちゃ感謝された。
ライル文官にお礼を言って別れて、私は臣下用の食堂に行き、
リタと遅めの夕飯を食べる事にした。
だだっ広い部屋にポツポツと相席テーブル席が何十席もあり、
窓際には一人用カウンター席がある。
食堂の厨房カウンターでメニューを見て注文すると、
すぐトレーに乗せて提供される。
私とリタは端っこの相席テーブルに座って食事を始めた。
他にもチラホラ文官らしい人達が食事をしている。
そして、彼らの会話が聞こえてきた。
「なあ、あの浮気者の公爵、最近真っ直ぐ家に帰るよな?」
「ああ、いつもなら王宮ブラブラして愛人と噂されていたメイドや女官と、
コソコソと逢瀬を過ごす現場見られてたのに、その女達とも別れたらしいし、
不仲だった奥さんと仲直りでもしたのかな?」
「俺さ、気になってさりげなく聞いたら、最近夢見がいいんだと」
「は?何だそりゃ」
「だから早く帰って寝て、夢を見たいんだとさ。
でも夢っていうのは比喩で、また新しい愛人でもつくったんじゃねーの?」
「ははははっ、だよなー」
これは…夢魔ちゃんが、上手く働いてくれているようね。
よし、よし、約束は守っているみたい。いい子だわ。
私はニンマリ微笑みながら、目の前のスープをスプーンですくって口に運ぶ。
「お嬢様は、相変わらず少食ですね。スープとパンだけで足りますか?」
「うん。温かい食事が出来るだけで充分幸せよ。
そら豆のスープ深みがあって美味しい~♪」
「そうですか…侍女の私の方が沢山食べていて、気が引けます。
こちらのパイ半分食べませんか?」
「気にしなくていいよ。リタは私より神経使って大変なんだから沢山食べな。
パイかー、中身は何?」
「えーと、羊肉とドライフルーツです」
「三分の一だけ貰おっかな」
「も~、本当に少食ですねぇ…」
リタはサクサクとナイフで切り分けると、私の皿にそっと置いた。
本当に彼女がいてくれて良かった。
リタの存在が私を正気でいさせてくれたのだ。
伯爵家時代、私だけ冷めた食事を出されていた。
家族と共に食堂で食べると、いつもわざと私だけ遅れて料理を出されるから、
リタが私室で温かい食事を食べれるように、シェフに手配してくれていた。
それも途中で邪魔されて、冷たい食事にされたけど…
この侍女は、いつも私を必死に守ってくれていた。
あの味のしなかった冷たい食事とは違って、
好きな人との食事の時間は、こんなにも温かく楽しいのだ。
それに王宮務めをしてから、色々の部署の文官と交流したが、皆いい人達だし、
普通に話が通じるし、自分の存在を認めて貰えるのは嬉しいものだ。
あの伯爵家の逆境と苦痛の中で得た知識が、ここで役立っている。
面倒臭い領主代行で、執務を頑張ってきて良かったなぁ。
そして不本意ながら、イグネシアスの権力のお陰で、
あの家から逃げ出すことが出来たのだ。
そう考えると、私はそんなに不幸ではなかった。
家族以外は、皆いい人達だったではないか。
それなのに…この心にポッカリ穴が空いている感覚は何なのだろう。
やっぱり成長過程で、一番身近に求めている家族に愛されないと、
満たされない飢餓を抱えて、こうなってしまうのだろうか。
ずっと…一生このまま…
他人の問題は、夢の中で冷静に分析して解決できるのに…
自分の事が全然分からないのだ。
カチャン
「ご馳走様でした!さて、部屋に戻りましょうか、お嬢様」
「…うん」
満足そうに、ご馳走様をする侍女のリタの笑顔を見て、私もスプーンを置いた。
食堂から出て、長い廊下を歩いて窓の外の風景をふと見ると、
王都の町の灯りがキラキラしてる。
イグネシアスに連れられ、ブランコから見たあの美しい宝石達。
外の景色を何も考えずに、ただ綺麗だなと思いながら眺める。
そんな些細な事でさえ、長い間私は忘れていたのだ。
* * * * * * *
「今日も凄い営業許可申請書の量だった…ふう~」
厚労省に届けた帰りの廊下で、私はため息を吐く。
流石に大方片付いたらしい。
今日は帰れると奥の方で雄叫びが聞こえていた。気の毒すぎる。
「お疲れ様でした。お嬢様」
「うん、役に立ったみたいで良かった」
そして、廊下の前方で人が騒つき、皆んな並んで端により、
腰を折って礼をしている。
ん?誰か上位貴族がいるのかな…
目を凝らすと、イグネシアスだった。
侍従1名と護衛騎士2名を引き連れて歩いてくる。
おっと、国王陛下のお通りなのね。
エルヴァン騎士も同行していて、私と目が合い彼が少し微笑む。
近くにいた文官達と同様に、廊下の端に避けて礼をして頭を垂れていると、
イグネシアスが、侍従と話しながら私の前を通り過ぎる。
「この後は定例会議です。議題は…」
「分かってる、夏至夜祭の件だろう。準備は順調か?」
「はい、出店の申請書の処理も終わりましたし、後は確認だけです」
「催しの準備の進行状況と警備で雇った傭兵は集まったか?」
「はい、そちらも予定通りで…」
イグネシアスは、すれ違いざまに私の頭頂部に指先でトンと軽く触れて行った。
公の場では、声のトーンも全然ふざけてない。
ああしてれば、堂々とした見目麗しい賢い国王なのに…
何で私の前だけ、あんななのよ。
「陛下、全然雰囲気違いますね~。
お嬢様に抱きつくんじゃないかと、冷や冷やしましたが…」
「はははっ、流石に臣下の前じゃやらないでしょ。さ、行こう」
ふと窓の外を見ると、青空が広がる見事な庭園で作業する庭師が見える。
暑い中大変だな…などと思いながら視線を上に向ける。
真っ青な空に、細くて長い棒のような物が浮いていた。
…空に、何か浮いてる?
え…何なのアレ…私の目がどうかしてる?
「ねえ、リタ」
「はい?」
「あの空の上にさ、黒い棒みたいなの浮いてんの見える?」
「…は?…えーと、あっちの方向ですか?いいえ。青い空だけですが…」
「本当に見えてないの?ほら、あの辺だよ?」
「いいえ。何も見えません…大丈夫ですか?お嬢様」
「うーん、目が疲れてるのかなぁ…めっちゃハッキリ見えるんだけど…」
凝視していると、その黒い棒はクルリと矛先をこちらに向けて回転した。
何だか先端が光って見える。
あれ…槍だ…手に持つ槍に似てる。
そう認識した途端、すごい速さでこちらに向かって来る。
「えっ、うわっ!嘘、こっちに向かって来る‼︎
黒い槍がっ…伏せてリタッ!」
「お嬢様?一体何が見えているんですか?私には何もっ…」
それは、みるみる槍として認識できる大きさになり、
あっという間に私の目の前まで来て、そのまま窓を通り抜ける。
そして、私の胸を真っ直ぐ貫いたのだ。
「…っ‼︎……」
「お嬢様⁉︎ 大丈夫ですか?お嬢様!」
痛みは、無かった。
だけど…体の中に入った?…
私は胸を押さえて、体を折り前屈みになった。
「……っ、…」
「スノウ!」
私とリタの騒ぎに異変を感じ取ったのか、
イグネシアスが私の名を呼びながら、近くへ駆け寄って来ていた。
「大丈夫…変な、モノが見え…て…」
「お嬢様…血、血がっ!」
「…え?」
「スノウ、お前…鼻から血が出てるぞ…」
「血…?」
鼻下に触れた指先に、赤い血がべっとり付いている。
「…何?…これ…なんで…」
「おい、何処か具合が…」
グ ラ リ
目の前がグニャリと歪んで力が抜ける。
イグネシアスが驚愕した碧い目を見開き、こちらに腕を伸ばしている。
私…どうしたの?
体が……動か、ない……
力無く倒れ込むスノウスフィアの体を受け止める。
彼女は、ゴールデンパープルの瞳を見開いたまま微動だにしない。
頬を叩いても無反応で、目の前で手を動かしても瞳孔が動かない。
「スノウ!おいっ、どうした!スノウ‼︎」
「お嬢様っ、お嬢様!返事をしてください!」
「おい、リタ、こいつ持病あんのか?」
「い、いいえ!ありません」
「…息…してねぇぞ…」
「え…」
「…心臓も…動いてねぇっ!クソッ、何だよコレ!
エルヴァン、その部屋のドア開けてくれ」
「はっ!」
「それから、侍従は俺の代理で定例会議に参加しろ。
念のために、ここに魔術師を呼べ。
エルヴァンはドアの前で待機。
魔術師以外は、俺が言うまで部屋に誰も入れるな。分かったか?」
「了解いたしました。
他に何かありましたら、いつでもお声がけ下さい」
侍従と護衛騎士は足早に退室し、
イグネシアスは、スノウスフィアを素早く抱き上げて運び、
部屋のベッドに彼女を寝かせる。
リタはスノウスフィアに震える手で、畳んであるブランケットをかける。
この部屋は、来客宿泊用のシングルルームのようだった。
「こいつ、倒れる前何か言っていたか?」
「…あ、は、はいっ。空に黒い棒…槍が浮いていると言っていました。
私には見えなかったのですが、それがこちらに向かって来たそうで…
その後に胸を押さえて…恐らくそれが体に入ったのかと…」
「黒い…槍?…何だ…魔力関係か…」
「申し訳ありません。いきなりでしたので、情報が少なくて…」
「それより、こいつの魂を戻さねぇと…リタ、俺の腕輪外してくれ」
「は、はい?腕輪ですか?」
「魔力封じの右手の黒いヤツ。外側に開くように力を入れると外れる。
それで、外したら俺から離れてドアの前辺りにいろ、
少なからず、俺の魔力の影響受けるからな」
「は…はいっ…畏まりました…外しました!」
「よし、ドアの前で待機してろ。スノウを連れ戻してくる」
「はいっ、お嬢様をお願いします!」
「ああ、任せろ。
……許さんぞ、スノウ。俺に黙って勝手に死ぬなんて、帰ってこい!」
イグネシアスは体を屈めて、
スノウスフィアの額に、自分の額をつけて目を瞑った。
* * * * * * *
「黒い槍?」
「は、はいっ」
「……まさか…エヴァーナイト…」
「え、何ですか?それ…」
5分後に魔術師団の師団長が駆けつけた。
目の前のベッドには、動かないスノウスフィアと目を瞑っているイグネシアス。
そして、師団長のハダルが眉間にシワを寄せて考え込む。
「陛下が戻ってから、詳細はご説明しますが…呪いではないかと…」
「呪いですってっ⁉︎ お嬢様に誰がそんなっこ…と……あ……まさ、か…」
「お心当たりがお有りですか…」
「……確信は、ありませんが…」
「しかし…こんな古い呪い…誰が…」
「呪いで間違いないですか?」
「ええ、恐らく。ああ、陛下を呼び戻さないといけませんね」
「あの…陛下は一体何をして…」
「黄泉の国へ、彼女の魂を探しに行っているかと…」
「そんな事が出来るのですか?」
「陛下の魔力は、豊富で多様な属性と恐ろしい程の魔力量です。
魔力封じが常時必要なほどにね。これは他言無用でお願いします」
「は、はいっ」
ハダル師団長は、詠唱を歌うように口にした。
しばらくすると、ガバリとイグネシアスが体を起こす。
キョロキョロと周りを見渡し、師団長を認識すると声を荒げる。
「おい、何で連れ戻した⁉︎
まだスノウを見つけてないぞ!」
「恐れながら国王陛下、そこに彼女は居ません」
「は?だが、呼吸もしてないし心臓も動いていないんだ」
「そう感じて見えるだけで、彼女は生きています」
「この状態でか?」
「はい。これは古い呪術です。
恐らく魔女狩りの時代の呪いかと…」
「まさか…幽閉の槍…」
「ええ、流石ですね。 “幽閉の槍” エヴァーナイトかと…」
「歴史書で読んだ記憶がある。
肉体は機能停止して…魂は意識の中に閉じ込める、
太古の魔女の呪術だったな」
「な、何ですか…それは…」
「ああ、そうでしたね。
侍女殿にも分かるように、ご説明します」
まだ魔力が存在していない大昔に、魔女と呼ばれる一族がいた。
魔女は大変平和主義で、慎ましく謙虚に生活し、その魔力を交流のある人達に
役立てており、病を治癒する薬草の調合をしたり、まじないをしたり、
自然と共生するシャーマンのようなその魔力は、恐ろしい事は何もなかった。
しかし、不思議なその力を有難いと思う反面、警戒し恐れる者もいる。
やがて、その恐怖はゆっくり水面下で悪感情が浸食していく。
ある日、子供が大怪我をして魔女が治癒を施した。
その現場を偶然目撃した人物によって、子供を害していたと真逆の証言で、
それは誤解されたまま噂が広まったのだ。
歪みは拗れ、恐れ慄いた人々の妄言と敵意によって、
魔女は優しいフリをして人間を油断させ、本当は子供を狙って、
生贄にしようとしたに違いないと、悪意の尾鰭がついていく。
そして、恐れは一気に爆発して糾弾に変わり、
彼らを悪の象徴として抑圧し、迫害し、弾圧して、
魔女狩りという蛮行が行われたのだ。
魔女は優しい心を持ち、攻撃されても彼らに魔力で抵抗しなかった。
その虐殺から逃れる為に、呪いを自分たちに掛けたのだ。
一見死んでいるように見せかける、目眩しの呪術だった。
暗黒力を付与した、幽閉の槍を自らの体に刺して魂と肉体を分離させ、
肉体は機能停止で死んだようになり、魂は意識の中に保管する。
ほとぼりが覚めた頃に、生き残った仲間に呪いを解いてもらい、
魂を肉体に戻して復活する。
体さえ無事ならば、いつでも再生が可能なのである。
これが、“幽閉の槍” 別名エヴァーナイトである。
しかし、この呪いは欠点もあった。
身体的には、息も心臓も止まった状態で死亡と断定され、
中には遺体を焼かれ、魂も共に消滅した者達も沢山いたのだ。
争いを好まない平和主義の魔女は、絶滅寸前になるまで追い詰められた。
それでも、魔女は人間に攻撃する選択はしなかった。
そして、生き残り達が、村外れの森深くに姿を隠して、
今も細々とひっそり暮らしているのだ。
「そんな過去が王国であったのですか…
ですが、そんな古い呪いが何故お嬢様に使われたのでしょう?」
「まあ、大方呪った相手は想像できるが…
あの村外れの迷いの森の魔女の店に辿り着いたって事か。
すげー執念と根性だな」
「ですが、これは魔女殿がやったのではないですね」
「ああ、痕跡を残しすぎてる。あいつらはもっと上手くやるだろう。
依頼人が店に辿り着いたからには、取引はしなければならない、
魔女の掟があり、仕方なく対価を受け取り、呪いを教えたのだろう。
こちらが気がつくのを見越してな。賢い奴だ」
「そうですね。知識のない者ばかりでしたら、
スノウスフィア様は死者として、埋葬されていた所でした」
「で、どうしたらスノウは戻る?」
「呪いだとバレた時点で、呪術は相手に返っていますし、
スノウスフィア様の幽閉の檻は解放されています。
普通は目覚めるのですが、悪いことに彼女は、特殊な能力保持者です。
それが弊害となり、例外的な状況になっていると考えられます。
夢渡り人は、魔法契約で本人の夢には入れないのですが入ってしまった。
だから、契約違反として閉じ込められているのです。
魔法契約を一時的に解除して、誰かが彼女の意識に渡り、
連れ出さないと目が覚めないでしょう」
「なるほど…魔法契約とスノウの特殊能力が仇になっているのか…」
「い、今は、ローズスフィア様が第一席として、
夢渡り人に復帰なさっています!」
「そうだったな、リタ。早急に彼女に依頼しよう」
「では、私は魔法契約の解除をいたします」
* * * * * * *
「国王陛下、少しおやすみになった方が…
お嬢様には私がついていますので…」
「今頃、こいつの夢に伯母が渡っているのだろう?
目を覚ます時、側にいたいのだ。事の次第の説明責任もある」
「……そうで、ございますか…」
「どうした?何か言いたそうだな。言ってみろ」
「恐れながら…陛下は、お嬢様をどうなさるおつもりですか?」
「どう、とは?」
「将来、愛妾か、あるいは側妃か…
それとも、こういう戯れの関係をお続けになるのか…」
「……ほう、やはり心配か?」
「はい。私は……お嬢様には幸せになって欲しいのです。
ずっと陛下が、権力で守って下さっているのは感謝しております。
ですが…その……侍女如きの発言で、大変無礼かと思いますが………」
「いい、発言を続けろ」
「はい……まず、身分が違いすぎます。
現実的に考えて、お側に置くのが可能なのは、せいぜい愛妾とまり。
どんなに愛情を注いでも、性格上…お嬢様が幸せになれるとは思えません」
「俺も色々考えている。戯れではない」
「お嬢様は、陛下と正妃様のご結婚が成立後…自立を考えていらっしゃいます」
「何、だと?」
「自分だけのモノにならない男は嫌だと、おっしゃっていました。
それは、私も女として気持ちは分かるのです。
たとえ政略だったとしても、他の女性の存在が常にチラつくのは、
女として…心苦しいのです。男性には理解出来ないかもしれませんが…」
「俺だって何人も好きになれる訳ではない。
それに、ずっとスノウに一途に懸想しているのは、お前も知っているだろう?
そんなオマケみたいな立場にする気はない。それに、正妃との婚約は、
国の都合によるものだ。だが、お前の懸念はもっともだ。
今は詳しく言えんが、俺にも考えがあり色々模索している。心配するな」
「…お嬢様を幸せに出来ると?」
「ああ。国王としてではなく、男としてな」
「国王陛下に向かって、無礼な発言をいたしましたことをお許しください…」
「問題ない。お前のように、コイツを守る人間が近くにいて、ありがたいのだ。
今までは立場上、伯爵家内の問題に軽々に口出しできなかったし、
動けなかったからな。リタにとって、妹…いや、娘みたいなものだろう?」
「はい、もう…あんな悲しそうな顔をしている、お嬢様を見たくないのです。
この王宮に来てから、人との普通の意思の疎通や、存在を認められているのが
嬉しいようで…やっと人並みの生活が送れて、幸せそうでした…」
「そうか。それは良かった。なあ、一つ聞きたいのだが…」
「はい、何でしょう?」
「スノウは、少しは俺を好いてると思うか?」
「誰だって、好かれるのは嬉しいものです。
自分に好意を寄せてくれる人を、嫌な女性はいません。
生理的に無理でなければ…ですが。
お嬢様が引っかかっているのは、正妃様の存在かと」
「なるほどな…では、スノウには嫌われてはいないんだな。
ありがとう、リタ」
リタは何となく安心はしたが、正妃様をどうにかなど出来るのだろうか、
身分差をどうするのだろうか、と疑問が頭をぐるぐる巡ったが、
この賢王は何か策があるのだろうと、一旦心にしまう事にした。
* * * * * * *
寒い…
なんで、雨が降ってるの。
嫌いよ、雨なんて。大嫌い。
誰もいない…また置いて行かれたんだ。
リタ…リタ早く迎えに来て、寒いよ。
「スノウスフィア…」
…誰?
「迎えに来たよ。さあ帰ろう。皆んな心配してる」
バサリと大きな傘を開いて、温かな手が私の手を取って歩き出す。
ふと顔を上げて、手を引く人物を見上げると、
ゴールデンレッドの瞳と赤い髪が美しい、ローズスフィア伯母様だった。
「ローズ伯母様?」
「うん、そうだよ。可哀想に…
こんな寂しい所で、一人きりだったんだね」
「お父様とお母様とアマンで一緒に買い物に来てたの。
でも…馬車がどこにも無くて…私だけ置いていかれたみたい…」
「そうかい、酷い奴らだね。でも大丈夫、私がついてるよ」
「…私、どうして…嫌われちゃったの?」
「お前が賢くて綺麗で、何でも出来るのが悔しいんだろ、あの愚妹は。
スノウスフィアは何も悪くない、妬まれているだけだ。気にするな」
「私…生まれて来なければ、良かったのかなぁ?」
「そんな事を考えてはダメだ。私はスノウスフィアが大好きだし、
リタもそうだ。そして、イグネシアス国王陛下もお前が大好きだ」
「そうなの?私…居ていいの?」
「勿論だよ。スノウスフィアは、皆んなに好かれている。
あんな家族なんか居なくても、他に沢山味方がいるじゃないか。
お前はここに居ていいんだよ」
「………うん…」
「さあ、目を覚ましな。私の可愛いスノウスフィア。
皆んな、お前を待っているよ」
微笑むローズ伯母様が光に包まれて姿が消えていき、
嫌いな雨がキラキラと宝石のように輝いて、眩しくて…何も見えなくなった。
突然襲ってくる、激しい動悸と肺の痛みと圧迫感。
心臓が煩く鼓動して、体が必死に呼吸をして踠いている。
「ゲッホッ!ゴホッ…ゲホゲホッ…カッ、ハァッ!」
「スノウッ!」
「お、お嬢様ぁっ!」
私の目の前には、険しい表情をしたイグネシアスと、泣き顔のリタが居た。
少し離れた所に立っているのは、魔術師団のハダル師団長だろうか。
そして、どうやら私はベッドに寝かされているようだ。
「……私…どうしたの?ここ何処…
皆んな…何で、そんな顔してんの?…ケッホ…」
「…覚えてないのか?」
「え?うん…」
「とにかく目が覚めて良かったですぅ。お嬢様ぁっ!」
落ち着いてから、私はあの黒い槍を思い出した。
彼等からの説明で、これが呪いだという事も、
ローズスフィア伯母様が夢に渡って助けてくれた事も。
そして、スカイホール伯爵家のメイドの一人が、
意識不明で突然倒れて死亡した事も、後から入って来た情報で知らされた。
私は私室に戻り、ローズ伯母様に今回のお礼の手紙を出した後、
まだ休んでいろとベッドに連行されて座らされ、
なぜかイグネシアスに、後ろからガッシリ抱き締められている。
奴は大股開いて、その間に私がちょこんと座っているのだ。
私が死んだと本気で思ったし、まだ不安で安心するまで嫌だと、
どうしても離れてくれない。
リタも何故か味方してくれないし、心配かけたし、世話になったしで、
私はぬいぐるみと自分に暗示をかけて、半目で諦めて大人しく抱かれている。
「じゃあ、そのメイドの子が呪いを?」
「ああ、お前の妹の側仕えのメイドだったそうだ」
「あー、なるほどねぇ…
呪い返しを警戒して、自分の手でやらなかったんだ」
「馬鹿のくせに、そういう所は頭が回るな。
しかし、伯爵家の両親は何してんだ。娘を監視する事も出来んのか」
「子供じゃないんだから、親が100%管理するなんて無理でしょ。
それにあの子は、ずる賢いのよ。
生まれながらの資質なのか、人を惑わして操る知恵があるの。
そのメイドの子も多分その口だわ。可哀想に…」
「一部の人間だけだろうが、本当に忌々しいな。
消すのは簡単だが、腐ってもお前の家族だ。
お前も少なからず気分が悪いだろうし、それ以外の方法を考えるか…
なあ、スノウ、お前の妹は一番何をすれば嫌がると思う?」
「何か物騒な言葉が聞こえたけど…
そうね、あの子が嫌なのは、私が幸せになることなんじゃないの?」
「ほう、なるほどなぁ…」
「…何、考えてんの?」
「ん~、ちょっとね」
奴は後ろから片腕を腰に回して、もう片方の手は私の手をニギニギしている。
ずっとこの調子で、いい加減くすぐったいんだが…
すると、コンコンとノックされ、リタがトレーを持って入室してくる。
私の食事を食堂に取りに行ってくれていたのだ。
「お嬢様、食事頂いてきました。
本当にスープとパンだけで大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。いつも通りで大丈夫」
「こっち運んでくれ、リタ」
「え?」
「食わしてやる」
「はあ?ちょっと、自分で食べれるってばっ!」
「あー、スノウがまだ心配だなー、
あー、スノウが死んだと思って俺は寿命が縮んだなー」
「……………」
この野郎…
人の弱みにつけ込みやがって。
「ほら、アーンしろ。アーン」
「…あ゛~~」
「ふははっ、相変わらず変な声」
「……………」
スープ飲みにくいし…
心配を言い訳に、今日はこいつの我が儘を聞かされそうだ。
何とか食事を終えて、リタにトレーを回収してもらう。
背中からの体温を感じながら、
そういえば今回のこの呪いの件は、どう処理するのだろう。
その私の思考を読んだように、イグネシアスは答えを口にする。
「今回の件は秘匿にするが、スカイホール伯爵家の両親には、
自分達の娘がしたかもしれない、愚行を通達する。
あと、しっかり監視するようにもな」
「…え…それで、いいの?」
「ローズスフィア殿に、助けてもらったしな。一族連座の責任にはしない」
「ありがとう…」
「だが、お前の無事を知ったら、
懲りずに、また別の呪い飛ばしてくるだろ、あのゴミ女は」
「まあ、他の方法を考えはするだろうね。アマンはしつこいから」
「ふん、お前の幸せな姿を見て憤死でもすればいい」
「…え?」
「ふふん、お前には幸せになって貰おうと思ってな」
「何の…話?」
「お前に、俺の守護の誓紋を与えたから」
「……は?」
「これでお前は守られる」
「え、ちょ、は?何…言ってんの⁉︎
王族の守護誓紋って、一人にしか使えないんじゃ…」
「うん」
「うん、じゃねぇっ!」
「逆に、お前以外誰に与えろっつーんだよ」
「普通、将来の伴侶の正妃様でしょ?
なんで、なんで…私なんかにっ!馬鹿じゃないの!取り消せっ!」
「取り消し不可だ。諦めろ」
「〜〜〜〜っ!この馬鹿、阿保!単細胞!」
「はいはい、俺は国王だ」
とんでもない事をコイツはしたのだ。
大抵は自分の伴侶に与える貴重な魔力を…よりによって…
王族は “守護の誓紋” を一生のうち大切な人物一人だけに与えられる。
それは暗殺などの危険や呪いなどから、守れる強力な守護だった。
そして、その人物の位置情報が常に把握できるようになる。
特に執着が強い者には大変便利な魔力…ん?もしかしてこっち目的か?
「ほらほら、見ろ。ここに刻んだから」
「はあ?…どこよ⁉︎」
右手首の内側をクルリと掴んで見せられる。
何も見えないが…とジッと目を凝らすと、ジワジワと金色の紋が浮き出てきた。
王家の紋…上部に王冠、その王冠から繋がるように、
左右対象に国王のマントが綺麗なドレープを描き垂れ下がり、
真ん中メインに伝説の聖獣、一角で翼のある白馬。
それを囲う月桂樹と葉装飾。その後ろに絢爛な王笏が2本クロスしている。
中央下部には、棘のあるバラが見事に咲いていて、それに蔦が絡まっている。
今までマジマジと紋章の細工を見たことがなく、
その繊細さと美しさに驚いた。
「綺麗だろう?普段は消えているから誰にもバレない。
俺が触れた時だけ、この誓紋が現れるんだ」
「……ふぅん…」
「白い肌のお前に良く似合う」
そう言って、私の手を引き寄せ前屈みに体を倒して、私の体も前に少し倒れる。
そして、手首の誓紋に口付けを落とした。
そのまま腕を滑らせ、両腕で私を包み込んで強く抱きしめる。
不覚にも、心臓が大きく鼓動した。
まさか、ここまでするなんて予想外だった。
ああ…本気なんだ。
イグネシアスは、私を本気で囲い込みに来ている。
* * * * * * *
「怖いわ、突然死なんて。何か持病があったのかしら」
「あの子面接では病気のことを隠していたの?
やだ、病気って感染したりしないわよね?」
「最近、縁起悪いわ。嫌なことだらけ…
資金難で大量削減されて、ただでさえ、少なくなった使用人が死ぬなんて。
私、他の勤め先を探そうかなぁ…」
ヒソヒソと使用人たちが、騒ついて話をしている。
それをドア越しで、アマンは聞き耳を立てていた。
ああ、やっぱり失敗したのね。自分でやらなくて正解だったわ。
でも、お姉様は無事って事よね…
呪いを掛けたのも、向こうにはバレているだろうし。
そして、一番やりそうな人物が私だって事もね。
でも証拠はない。あのメイドは死んだし、怯える必要はないわ。
他の呪術も教えて貰えば良かった。
あの魔女…掟で一つだけと決まってるとか、ケチくさいったら。
コンコン
「は、はいっ」
「入るぞ」
「お父様、ご機嫌よう。私、大人しくしてましたわ」
「明日、魔力封じに魔術師が来る」
「あ、はい」
「その後は、お前に監視をつけて一切の外出を禁じる。
そして、家令を教師でつけるから領主として必要な、領地経営と管理の
勉学に励むように。いいな?」
「は?え…あの…いきなり厳し過ぎませんか?
私だけじゃなく、ヘリオにも…」
「さっさと後継の領主らしく知識と振る舞いを身につけろ。
私は早く隠居生活に入りたいのだ」
「お、お父様?」
バタンッ
スカイホール伯爵は、王宮から来た封書を強く握りしめ、
疲れた横顔で深いため息を吐き、肩を落として廊下を歩いて行った。




